化粧女王を探す長い旅 by 大王

2005-09-26 早良郡日記

[早良郡風景]昭和44年12月原団地〜壱岐〜拾六町

原団地の誕生

画像の説明 旧早良郡の最初の大型団地は、旧原村北方の田園地帯を整地して出現した、原団地だったと思います。鉄筋コンクリート5階建てが林立する公団様式でした。

画像の説明 田圃の中に突如とて出現した団地は、周囲の田園風景の中に、とても違和感をかもしだしていました。友人の自宅から、飯盛山方向を眺めています。バスの停留所は、原団地前ではなく、舟底橋といっていました。系統番号13番の西鉄バスが走っていました。廃船の材料を転用して作った橋だったのでしょうか。

若宮神社

画像の説明 旧早良郡壱岐村にある若宮神社です。背後には、原団地、室見団地に続いて建設された室住団地が建っています。

画像の説明 田園の中にひっそりと建つ神社の社殿には、絵馬が奉納してあります

画像の説明 刈り入れがすんだあとの秋の田園です。愛宕山まで完全に見通せるほど、田んぼ以外はなにもない風景でした。

 撮影場所は、十郎川の土手からだったような気もします。画像の説明 田のなかに藁が積んであります。藁の内部は暖かいので、冬になると子供たちがよくあそんでいました。藁こづみ、といっていたけど、遊んでいるうちに藁が崩れて脱出できなくなることもありました。

 亡くなる子供もいたので、冬休みに入る前は、学校から「藁こづみでは遊ばないように!」と注意されていました。

 また水田には、不思議な樹木が残っている場所があり、たいてい、そこには、石碑があったりなぞの場所だったりしています。

木の橋

画像の説明 十郎川にかかる木の橋です。早良郡内の川にかかる橋の多くはこのように木の橋でした。

画像の説明 遠景に生きの松原の松林が見え、その向こう側は旧早良郡能古島村です。まるで地続きのように見えていました。

造成中の「生きの松原団地?

画像の説明遠景に長垂山が見えているので、生きの松原団地周辺の造成中の光景でしょうか。宅地開発が、はじまっていました。画像の説明 空き地には冬なのに雑草が茂っています。外来種植物の繁殖が問題になり始めていました。

十郎川の土手

画像の説明 つつじヶ丘、という住宅地が現在のどこを指すのかは不明です。看板があるので、近在なのでしょう。

 小さな集落が見えています。背後の松原の前に、煙があがっています。このあたりに国鉄筑肥線が走っており、当時はまだ蒸気機関車が走っていたでしょうか?それとも、田焼きの煙かもしれません。

画像の説明 早良郡原村に戻ってきました。お寺の夕景です。

月が出た出た月が出た

画像の説明 月が出た出た。月が出た。この歌は大好きです。九州人なら、ヨサコイなんかはやめにして、これを踊りまくってほしいです。

 月が差し込む、あばらやも、かわいいサマちゃんと、いっしょなら。。。この歌詞の続きを知っていたら教えてください。


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