化粧女王を探す長い旅 by 大王

2005-06-30 【国家健全化計画2005】7 健全思想の徹底の巻

[国家健全化計画]

 刈り込みをしない日でも、仕事はある。街宣課の本来の仕事は、刈り込みという公権力の行使ではなく、文字どおりの街宣活動だ。

 まだ街宣課が、逮捕権を持たなかったころ、街宣活動は街宣課にとって、最大にして唯一の業務だった。

 しかし、逮捕権を得た街宣課にとっては、逮捕権の行使が主たる職務で、かつての中心業務だったはずの街宣活動は、今やそれほど魅力がない従の職務に変質していたようだ。

 この日は、国家健全省の第一係全員は、いちゃつくカップルで充満している、7月7日午後10時過ぎのベイサイドに繰り出した。

 『何をやるんですか』

 『犯罪の予防と、国家健全思想の徹底よ』

 係長に質問したが、具体的には、何も説明してくれなかった。

 半分どうでもいいという顔をしていたので『刈り込みほどには、緊張しない仕事だな』ということだけは理解できた。

 『それじゃ、あなたたち、お願いね』

 なんだ、係長は車の中で待機するらしい。

 芋縄たちを後目に、係長は助手席を倒して、はやくも仮眠の態勢である。

 真っ白な肌がのぞくえりもとがまぶしい。

 ああ、自分は何を考えているんだろう。

 芋縄は、自分を戒めながら街宣に出た。

 『何をやるんすか?』

 『まあ、みとひなはい』

 鼻声男は、そう言って、国家健全音頭を口ずさむ。

 はあー、国家健全、国家健全、健全音頭だみんなで踊れ あーよいよいほほい

 芋縄たちは、鼻声男を先頭に総勢8人。いずれも無法マツ印のとっこう服に身を包みさっそうたる足取りで、ベイサイドの緑色にあやしく輝く海が広がる場所に来た。

 そうしてベンチに座り愛を語らうカップルの背後にしのびより、全員で国家健全音頭を歌う。ただそれだけである。

 みこんのえっちは法律いはん、あーほれほれ、

 みせいねんならたいへんだ。結婚資格は剥奪で

 いっしょう国家の発電機

 びくつくカップルは、キスはおろか手をつなぐ気力も萎えるのか、げんなりとした表情でこちらを振り向く。

 たらこ唇とあだ名されている長身の職員が、携帯マイクを取り出して、カップルに言ってきかせる風を装いながら、ベイサイドに集まるカップル全員に演説を始めた。

 『こちらは国家健全省です。金曜日の晩をいかがお過ごしでしょうか。国家の承認を受けた結婚予定者とともに、楽しいデイトにうち興じる。それもまた有意義なことと思います。しかし国家健全省は、ここでいちゃつくすべてのカップルに、さらなる有意義な提案をいたしたいのです』

 何を提案しようというのだろう。

 芋縄も耳を傾けた。

 だが、ベイサイドの大半のカップルは、その提案を聞き飽きていると見えて、ばらばらと遠くの方へ退避してゆく。

 『大切な未来を、一時期の激情のために見失い、手を触れ合うことから、キッスへ、さらには、大胆なる無届け性交渉を行うことになったら、われわれに摘発されて、親兄弟も嘆き悲しむことになります。そこで、親愛なる男女のみなさま。感情が盛り上がりそうになったとき、われわれとともに、国家健全体操をして、むらむら気分を一掃しましょう。さあーいっしょにまいりましょう』

 夜中に流れる毒々しい音楽とともに、たらこ唇男が踊り出した。

 このたこ踊りみたいなけったいな踊りが、国家健全体操なのだろうか。

 芋縄は、自分もこの体操を覚えて、たらこ唇先輩のように、人前で踊れるようにならねば、と考えた。  街宣活動は30分ほどで終わり、芋縄が車に戻ると、係長は助手席で無防備に熟睡している。

 ねこのように丸くなって、なぜだかシフトレバーを握りしめて寝ていた。

 『疲れているのかな』

 芋縄が、車を発進させようか、どうしようか迷っていると、係長は目をさました。

 『あ、終わったの。ほかのみんなは?』

 『全車、戻りました』

 『そうなの。じゃ、帰りましょう』

 あーあ、のびをした係長は、ついでにあくびをした。

 あくびをするとぴったりしている第一種制服は身体の線をはっきりと浮き上がらせてしまい目のやり場に困る。

 ちらっと顔を見ると、あくびしたついでに涙が出たのか、係長の目が水分でうるうるしていた。

 『係長』

 『なあに?』

 うるうるした瞳のまま、係長は芋縄を見つめ返してきた。

 『尋ねたいことがあるんですけど』

             (以下次回)


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