化粧女王を探す長い旅 by 大王

2005-06-15 【国家健全化計画2005】3 採精バキューム、の巻

[国家健全化計画] 

【国家健全化計画】3 採精バキューム、の巻

 目標地点は静まり返っている。まだ学生だったころ、芋縄にとっては、完全に無縁の場所だった、油山展望台。国家健全化推進法もなかったころは、市内有数のデートスポットとして、にぎわっていた。そう芋縄は聞いたことがある。しかし、もちろんのこと、当時は自分で確かめたことはない。

 『ここを刈り込むのは5年ぶりなのよ。しばらくやらなかったものだから、また集まって来ているみたい』

 係長は、芋縄に解説してくれた。女性に親切にされた覚えがない芋縄にとって、職務の上でのこととはいえ、じーんときてしまうほどの、係長の言葉だった。係長はまだ20代の前半みたいだった。

 『ほら、ぼーっとしてないでさ、ちゃんと見てなさいよ。これからがたいへんなんだからさ。下の出口は全部ふさいだし、あとはまつだけね』

 健全推進車両と呼ばれる車が、するすると前進してゆく。推進車両は、地味な緑色のユーノスロードスターだった。注意深く見ると警察や消防などが使う88ナンバーなのだが、暗いので分からない。しかも、アベックのように男女の職員が、そろいで乗っている。

 『あれで油断させるのよ。車で来ているやつらも、われわれには気を付けているからね。もちろん、車だけに気をとられたらだめ。外にもいるからね』

 『くわしいっすね』

 『仕事だから、詳しいのはあたりまえでしょ』

 午後9時5分になった。闇をつんざいて、やにわに国家健全推進音頭が流れる。

  • はぁー、国家健全、国家健全、健全音頭だみんなで踊れ
  • あーよいほい、ほほい
  • みこんのえっちは法律いはん、あーほれほれ
  • 未成年なら、たいへんだ、あーほれほれ
  • けっこん資格は剥奪で、
  • 一生、国家の発電機 あーそりゃそりゃ
  • はぁー、国家健全、国家健全、健全音頭だみんなで踊れ
  • あーよいほい、ほほい
  • 無資格えっちも法律いはん、あーそれそれ
  • 車の中なら、たいへんだ、あーほれほれ
  • 男は恐怖の採精バキューム
  • 女は子孫繁栄養殖場 あーこりゃこりゃ
  • (※どなたか、この歌詞に曲をつけて奉納してください)

 『あなたも、歌詞を覚えて仕事しながら口ずさむのよ。ふだんの心がけが大切なんだからね。ふふふ』

 係長は、国家健全推進音頭を自分でもくちずさんでみせた。よーし、歌詞を暗記するぞ。芋縄は決意した。

 投光器が駐車場一帯を照らしていた。駐車車両は12台。すでに完全に包囲されているため、逃走を図る車両はない。そのかわりに車を捨てて逃走するカップルは数組いた。

 『さ、あなたも、次からは逃げるやつを捕まえるのよ。逃げるのは大半は男だけどね。そろそろわたしの出番かな。それをちょうだい』

 係長は、掃除機を改造したみたいな器具を背中に背負った。手には象の鼻のようなノズルを手にしている。これが採精バキュームだ。

 『それ、どうやって使うんですか』

 『見れば分かるよ。どうでもいいけど、あなたがこれのお世話になることがないようにね。あなた、なんとなく意思が弱そうだから。最初に注意しとくね』

 『そんなことはありません』

 係長は、車を降りて点検している職員に、質問する。 『どう?』

 『はあ、係長、点検お願いします。本人は違反行為を否定しています』

 『分かった。照明をあてろ』

 芋縄は、パンツまで脱がされて、げんなりとした××を露出した若い男のあきらめの表情を見た。係長は、手慣れたてつきで、××を点検してゆく。

 『だめだわね。これは、法律違反は明らかだ。採精バキュームかける』

 『かんべんしてください』

 男は情けない顔で哀願する。 ウオーーーーーーン。うなるバキュームの動作音。象の鼻のような先端は、男の××をすっかり包み込み、係長は素手で男の腰をさすっている。いったい何のために?優しい言葉までときおりかけている。犯罪者に対して。

 『がまんできなかったの?結婚資格を剥奪されてもいいと思うほど、彼女を愛していたのね。可愛そうに。もう、彼女とはえっちできないよ。気の毒ね。これは、私からせめてものなぐさめの気持ちだよ』

 採精バキュームの吸い取り口に、係長は手を添えている。何のためにだ。男は係長の手と機械の振動による相乗効果によってか、たちどころに採精されてしまった。

 『あなたの生命は、国家のために大切に使わせていただきます』

 処置を終わった係長は、象の鼻を××、から放して、次の犯罪者に向かった。採精バキュームを鮮やかに使う係長の、美しい手の動きを芋縄は生涯忘れられないと、このときに早くも思っている。

 係長は、服務規律すれすれのところで、円滑に採精作業を続けて、昨年度の採精率最高賞を得たのだと、あとから聞いた。芋縄は、自分が犯罪をおかして係長に採精される夢を何度も見た。それは、芋縄にとっては、あり得ない夢だった。

 犯罪をおかすには、相手がいる。だが、その相手がいるようであれば、芋縄は、この仕事を選んだりしていないはずだ。刈り込み初日は、芋縄にとって忘れられない記憶となった。

 係長は、その後も芋縄を相棒に使い、さまざまな場所に連れ出した。

         (以下次回)


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