英語でさるく 那須省一のブログ
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明日は我が身か
- 2026-01-25 (Sun)
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寒い日々が続いている。中学校の職場で教室に向かう途中、嫌な寒気を覚えた。それでコートを羽織って教室に向かうことを許してもらった。翌日は高校だけの仕事の日。早朝に起床して思った。へたすると風邪をひきそうだ。それで思い出した。去年だか、上下のズボン下を来て出勤していたこともあったではないかと。あれは温かかった。
衣服の山からズボン下を探し出し、早速着込んだ。ネルのズボン下はさすがに温かい。なんでもっと早く手を出さなかったのだろうか。やはり独り身の男の長年の一人暮らしはそこかしこでボロを出すらしい。まあ、でもこれからもしばらくは寒い日々が続くだろう。ズボン下の存在に気づいて良かった。・・・とここまで記して去年のブログをチェックしてみた。2025年2月9日の項で次のように記している。――福岡はこのところ寒い日々が続いている。先週はついに初めてネルのズボン下を着用した。ロンドン勤務時代にモスクワ取材に備えて上下を購入していた。帰国してからはほとんど着たことがなかった。箪笥の奥にしまっていたそれを引き出した。ふんわりしたズボン下を着るようになってずいぶん温かく感じるようになった。もっと早く気づけば良かった。これからはこのズボン下着用が欠かせなくなりそうだ――
そうか、今年は2月の声を聞く前にズボン下の存在に気がついて良かった。なぜもっと早く思い出さなかったのだろうか。
◇
寒くなると温泉が恋しくなる。私が住んでいる近辺には温泉がない(と思っている)。スーパー銭湯の類はないことはないが、あまり食指は動かない。また玉名温泉に生きたくなった。でも今月初めに言ったばかりだしなと思って、手帳やブログで調べて見たら、勘違いしていたことに気づいた。玉名温泉に足を運んだのは今月ではなく、去年の暮れだったことを。ほぼ一か月前。博多駅から九州新幹線を利用して出かけていた。在来線なら新幹線より安く行けるのだが。もちろん、在来線だから時間はかかるが、たいしたことはない。週末を利用して行くことも十分可能だろう。そのうち、また行くべかなと思い始めている。少しは土地勘もできたことだし。何より、湯が気に入っている。亡きお袋もこれぐらいの贅沢は大目に見てくれるのではないかと思っている・・・。
◇
オー・ヘンリー賞を受賞した作品をオンライン英語教室で読んでいる。今読んでいる作品の中に沈思黙考させられる描写があった。自活できなくなった人々が余生を送る高級老人ホームに入居している老婦。認知症からか、彼女は好きな飲み物さえ周囲の老人からの指摘で知る。How did it feel, I had wondered, to exist, increasingly, from outside oneself, to rely on others to tell you who you were, to lose the secrets that you had told no one, the secrets that defined who you were, for better or worse, because they belonged only to you.
老化による衰えが怖いのは身体機能だけではない。脳の劣化もそうだ。他人には話したことのない秘め事、自分が自分であることを決定づける大切な思い出が自分の記憶から跡形もなく削られていく怖さ、悲しさ。人生とはかくも惨いのか。明日は我が身か。
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「ドンロー主義」
- 2026-01-12 (Mon)
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昨年からずっと悩まされていたことがあった。パソコンのことだ。私はネットで二つの海外メディアと契約し、オンラインでニュースや論評をフォローしてきていた。ところが、昨年のいつ頃だったか、はっきりとは記憶にないが、そのホームページにアクセスして興味を覚えた記事を読もうとすると、途中から読めなくなっていた。メンバーとなると読めますよというお知らせが出て拒絶されるのだ。
これには参ってしまった。いや、すでにメンバーになっているよ、もう何年もメンバーシップの契約を結んでいるよと愚痴りながら、いろいろトライしてみるのだが、らちがあかない。パスワードを求められ、思いつく限りのパスワードを打ち込んでみるものの、すべて拒絶されてしまう。各種パスワードをメモしている手帳とにらめっこしながら、幾度、パソコンと悪銭苦闘したことだろうか。最後には疲れて投げ出してしまった。
私がオンラインで購読しているのは米ニューヨーカー誌と東アフリカにあるケニアのネーション紙。ニューヨーカー誌はさすがに米国を代表する高級誌だけあって読み応え十分。特にベテラン政治記者のスーザン・グラッサー氏のコラムをずっと愛読してきた。ネーション紙はケニア及びアフリカの最新の出来事を知る上で重宝してきていた。だが、昨年来、上記の二誌紙がじっくり読めなくなったのだ。再び新しい契約を結べばいいのだろうが、それでは古い契約と合わせ、二重取りされてしまうのではないか。阿呆らしい。読みたい記事が読めずに悶々としながら、新しい年を迎えてしまった。
ニューヨーカー誌の担当者とメールでのやり取りを繰り返しているうちにふと思った。私はネットへのアクセスに2通りの方法を利用している。グーグルクロムとマイクロソフトエッジ。アナログ人間の私にはなぜそうなったのか、そしてまた両者の違いなどは皆目分からないのだが、昔から利用していたのはグーグルクロム。海外メディアへのアクセスももっぱらクロムを利用していた。それで不慣れなエッジをクリックしてニューヨーカーにアクセスしてみると、これまではねつけられていたグラッサー氏のコラムやその他の記事も自由に読むことができるようになった。不思議だが、とりあえずの問題は解決した(ようだ)。
再び読めるようになったスーザン・グラッサー氏のコラムを早速読んだ。1月8日付けのコラムで、その見出しと袖見出しを読めば、内容もおおよそ類推はできるかと思う。”Why Donald Trump wants Greenland (and everything else)” There’s no Trump Doctrine, just a map of the world that the President wants to write his name on it in big gold letters. (「ドナルド・トランプはなぜグリーンランド(そして他のすべて)を欲しているのか」 トランプ主義なんてものはなく、彼の頭にあるのは世界地図であり、その上に自分の名前を大きな金文字で書き込みたいだけなのだ)
米国が位置する西半球を力(軍事力)で支配し、域外の国々の干渉を許さず、さらには影響力を地の果てまで広げようとするトランプ氏の姿勢は、トランプ流モンロー主義を意味する「ドンロー主義」として呼ばれ始めているが、グラサー氏はトランプ大統領はただ単に世界最強の軍事力を持つ国の為政者として世界に崇められたいだけなのだと看破している。裸の王様に羞恥心を芽生えさせられる者はいないのか?
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憂鬱・・
- 2026-01-06 (Tue)
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トランプ米大統領による信じ難いベネズエラ介入以来、落ち着かない日々を過ごしている。いかに腐敗した独裁国家であっても、一国の為政者である大統領がテロ行為と大差ない軍事力によって拉致され、連行される事態に至るとは。連日、米メディアの報道を漁りながら、何が起きているのか知ろうとしているが、憂鬱になるばかりだ。
トランプ大統領が愚弄だと蔑んできたが、彼は間違いなく世界最高の軍事力を手にしている。しかも、その軍事力を米議会のチェックなしに自由自在に操っている。危険極まりない。ベネズエラに留まることなく、トランプ氏は彼の意に沿わない中南米の他の国々にも手を伸ばそうとしているとも言われる。一つ間違えば、世界は第三次世界大戦のような大惨事に見舞われる可能性さえありうるのではないか。
トランプ大統領のこの暴挙をロシアのプーチン大統領がどう見ているかも気になるところだ。ウクライナ情勢には否定的な影響しかないだろう。プーチン大統領がかつてソ連下での領土だったバルト三国に牙をむいたとしても、その非を責める国際世論は勢いをそがれるかもしれない。日本にとって関係が深い台湾も心配。中国がかねて主張している通り、やがて台湾を武力による併合に踏み切った場合、中国の正当化の論理はトランプ氏のベネズエラ介入より「説得力」を持つだろう。
懸念されるのはトランプ氏の「アメリカ第一」(America First)主義は日米関係よりも米中関係をより重視することになるのではということだ。トランプ氏にとって南北のアメリカ大陸が米国の覇権下にある限りよしとするのではないか。中国がアジアに君臨しても構わない。ロシアが覇権国家となっても、英独仏を中心とした欧州諸国が対峙する限り、アメリカの力を直接脅かすものではないと見なすのではないか。今は蜜月関係の中露にしても、いつか衝突することになると踏んでいるかもしれない。気になるところだ。
◇
このところリラックスした、いや、正確には怠惰な日々を過ごしてきている。すぐにまた非常勤講師の仕事が始まるので、今週からまた毎朝6時起床の生活を心がけている。朝が弱い私はこれが非常に辛い。泣き言なんか言っておられないのだが、でも辛い。
まあ、なんとか起床してトイレ、洗面、歯磨きのルーティンをこなして、神棚に水をあげて祈りのひととき。最近はきちんと朝食を食べることがなかなかできず、きな粉をいれた無調整豆乳を飲んで一日をスタートさせている。余裕があれば、コーヒーを淹れて楽しみたいのだが、仕事が再開すれば電車の時間が気になってできないだろう。
おっと、忘れていた。キリスト教の祈祷書(devotion)に心静かに目を通すことだけはずっと続けている。去年読んでいたものはコンタクト本だったので執筆者の顔写真は割愛されていたが、今年は単行本のような大きさの本を購入していたので、総勢52人の執筆者の顔写真が末尾に掲載されている。その日の祈祷を読んだ後に執筆者の顔写真を眺める。もう何年も眺めているのでだいたいの人は「顔なじみ」になっている。文章にも個性があり、名前を見ずとも想像がつくことがある。これからも一生会うことはない人々だろうが、これだけ身近に感じるのは何となく不思議な思いがしないでもない。
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早くも新たな「戦火」
- 2026-01-03 (Sat)
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2026年が明けた。昨年は6日付けの項で「さあ仕事モードへ」と題して、次のように記している。――社会人になって最も安上がりの年末年始となったかと思う。どこにも出かけずに外食もせず、財布の中身は全然減らなかった。現役時代からこういう暮らしをしていれば、かなりの財を蓄えていることだろう。という悔いはさておき、三が日も普段はまず手にしない小説を読み、余った時間はYouTubeで暇をつぶした。酒類もほどほどにしたから、そんなに太ったという意識はない。それでもさすがに昨日(4日)は外に出ようと思い至り、久しく歩いていない香椎浜の散策路を歩いた。寒風も吹いておらず、手袋をせずとも、気持ちよく歩くことができた。そうこうしているうちにいよいよ明日7日から三学期が始まる。再び中学校と高校の掛け持ちの非常勤講師職だ――
実はちょっと驚いた。今年の正月も全く同じように過ごしたからだ。いや、昨年以上に安上がりの年末年始となったように思える。(先月末の玉名温泉での静養は勘定に入れていない)。今年の仕事始めは昨年よりも遅い。まだ少しのんびりすることができる。いや、少しだけだ。週が明けるといろいろ、やらなければならないことがある。我が古里にも帰郷したいと考えていたが、どうもできなそうだ。亡きお袋や親父、兄姉のお墓に手をわせることもなく年をまたぐ。私は親不孝者だ。
◇
年明け早々に米東海岸に住む大学時代の恩師からニューヨークタイムズ紙の論説がメールで届いた。この論説に関する限り、無制限(無料)で読むことができた。NYT紙の論説陣による論説だった。論説を執筆する記者は opinion jounalist と呼ばれることを知った。
“Trump is the Jan. 6 President” という見出しだった。無理を承知で訳すと、「トランプ大統領の本質は2021年1月6日の暴動が象徴している)とでもなろうか。かなりの長さの論説だったが、要するに二期目のトランプ政権の本質はあの忌まわしき1月6日の米議会議事堂襲撃事件が如実に物語っていると断罪している。米憲法や法の支配を暴力で踏みにじったあの暴動は紛れもなく当時のトランプ大統領が主導したもので、米議会は速やかにトランプ氏を訴追し、その後再び大統領の座を狙ったトランプ氏の目論見を阻止すべきだったと述べている。今さら言われてもという主張だが、2026年の初頭に改めて読むとそうだよなと思わざるを得ない。記事はトランプ氏の政治姿勢には批判的だったものの、トランプ氏訴追になぜか怖じ気づき、結果的にそうした動きを頓挫させた与党共和党の重鎮、ミッチ・マコネル上院議員の「罪」を厳しく指摘してもいる。
この項を書いている折も折、米軍が南米のベネズエラの首都カラカスの大統領府を攻撃し、マドゥロ大統領を拘束し、国外へ移送したとトランプ大統領が発表と報じるニュースが飛び込んできた。南米ウォッチャーでない限り、このニュースの意味合いは即座には判断しかねるが、敵対する外国政権が腹に据えかねるとその指導者を力づくでねじ伏せる暴挙はロシアのウクライナ侵攻を責める資格を失うというものだろう。
トランプ大統領の健康不安、判断力低下さえささやかれる現在、トランプ政権の2026年に言い知れぬ危うさを感じてしまう。
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The road to hell ...
- 2025-12-28 (Sun)
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今年もあと数日。また新しい一年がやってくる。世界情勢は緊張をはらんだまま2026年になだれ込んでいくようだ。ただしかし、トランプ米大統領は終わりの始まりにあるように思える。かつての熱狂的な支持者の間でもトランプ離れが着実に進行し、2026年に実施される中間選挙では与党共和党が苦戦し、野党民主党が主導権を奪取する可能性もあるとか。それが世界に朗報となるのかがよく分からないのが悩ましい。日中関係も今のぎすぎすした関係が恒常化するのだろうか。好転して欲しいと切に願う。
とまあ、愚禿凡夫は身の回りのことから片づけていこう。はて、去年の今頃は何をしていたのか、何を考えていたのか。そうしたことは記憶のかなたにある。韓国に旅したような気もするが、いやあれはいつだったか。確か、北陸・能登半島の地震の直後だったような記憶が・・。そうだ、こういう時はブログをスクロールしてみればすぐに分かる。このブログは日記帳のようなものだ。
それで韓国の旅は一年前ではなく、2024年の正月だと分かった。そうか、2年前になるのか。つい先日のような気がしないでもない。本来ならそろそろ台湾に旅したいのだが、航空券がちょっと手を出しづらい。そんなことを考えていたら、本日は日曜日で中央競馬会(JRA)の一大イベント、一年の最後を飾る有馬記念の日ではないか。何度も書いている通り、私はもう馬券を買うことはないが、予想(推理)だけは毎週末楽しんでいる。実際、予想をした上で本番のレースをJRAのホームページ上で生観戦している。心弾むひとときとなっている。すべて無料であり、懐を痛める心配がないのは有り難い。
普段、馬券を買わない人も馬券を購入すると言われる有馬記念。私は頭の中でレースのシミュレーションを済ませている。先頭でゴールするのはあの馬、単勝オッズ38.9倍の人気薄だ。二着馬はこれとこれ、三着馬は特定できないから、総流し。JRAのホームページのオッズ欄で「取らぬ狸の皮算用」をしてみると、馬単で24,100円、三連単ならざっと94,000円の払い戻しとなる。賭け金を増やせばその分払い戻し額も増える。
もちろん、馬券をネットで購入することはないので、夢物語を綴っているに過ぎない。去年の今頃アップしていた項を再録すると。ーー競馬界の一年の終わりを告げる有馬記念。何度も書いているが、予想だけしてレースをパソコンで見る。私は今では馬券は買わないで予想だけをして楽しむ派。でも予想するからには当てたい。たとえ実際に夢のような馬券が的中し、実際に電話投票していたら、うん十万円、うん百万円の大万馬券が懐に転がり込んでいたとしても嗚呼惜しかった、本当に馬券を買っていれば良かった!などとは思わない。実際そうしたケースは過去に何回か経験している。悔しくも何ともない。私の理屈はこうだ。現実に私がその馬券を電話投票で購入していたなら、神様がきっと「介入」して当たり馬券とはなっていなかっただろう!ーー
そして今年の有馬記念は今レースが終わったばかりだ。私の本命馬は途中であえなく失速、掲示板にも載らなかった! 最近のメディアでは老若男女、特に若者をギャンブルの世界に誘ういかにも楽しそうな広告をよく見かけるが、用心あれかし! 彼らに送る言葉は次の金言だ。“The road to hell is paved with good intentions.”
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玉名温泉を堪能
- 2025-12-26 (Fri)
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玉名温泉から帰宅した。早朝、午後、夜中と日がな一日、お湯に浸かっていた。朝食はホテルが朝食会場で提供してくれるのでいいのだが、問題はランチと夕食。玉名温泉の周辺は悲劇的に飲食施設が貧弱だった。ランチ難民、夕食難民となるのは不可避だった。まあ、それでも何とかお腹を満たすことはできたのであまり文句は言いたくない。
夕食難民となってホテル周辺を徘徊しているうちに、何軒か感じの良さそうなお店も見つけた。玉名温泉は福岡からそう遠くはない。在来線でも博多駅経由で2時間余、2,130円で行ける。宮崎や大分、鹿児島の温泉地はそういうわけにはいかない。年明けにもまた足を運びたいと思った。これぐらいは亡きお袋も許してくれるだろう。
◇
玉名温泉滞在中に今年最後のオンライン英語教室を実施した。ナイジェリア出身の作家の “Miracle in Lagos Traffic” という短篇。ナイジェリアの貧困というか貧富の差を背景に描かれていた。比較的裕福な一家の娘が腎機能の病気を患ったため、腎臓のドナーを探すことになる。母親は敬虔なクリスチャンであり、彼女の願いが通じたのか、商都ラゴスの通りで物乞いと変わらない仕事に従事している貧しい少年と知り合い、彼の腎臓が奇跡的に娘のそれと「適合」していることが判明する。母親は狂喜乱舞して少年とその父親にドナー提供を要請する。少年一家には夢のような経済支援も申し出る。
話はトントン拍子に進み、手術の日がやってくる。娘一家の運転手が少年の住むスラム街に迎えに行っており、少年はその車で病院に到着する手はずになっていた。だが、少年は現れず、運転手から母親の携帯に電話が入る。身体にメスが入る手術に怖じ気づいたのか、それとも既に十分お金を手にしており、娘一家を土壇場で欺そうと目論んでいたのかは読者には分からない。運転手が母親に少年一家の掘っ立て小屋が幽霊のように消えちまっていますと報告するくだりが面白い、私は声を立てて笑いそうになった。ラゴスの庶民の一筋縄ではいかないしたたかさがよく出ていた。
母親が運転手の報告をどう受け止めたのかは書いてない。そのくだりを原文で紹介するとーー。Something in his voice sounded like he might have been laughing. 原文に忠実に翻訳すると、「彼の声にはどこか、さっきから笑いっぱなしなのでないかと思わせるものがあった」ぐらいだろうか。私はちょっと訳文に手を加えたくなった。原文にない要素を訳者が勝手に付け加えることは普通は許されないことだろう。それは承知しているが、私は場合によってはそれもある程度許されてもいいと考えている。(もちろん、きちんとした翻訳本であれば、筆者の許可を得ることが先決だろうが)。
一家が雇っている運転手は薄給で雇われていることが分かる。日本人の視点からは信じ難い薄給だが、ナイジェリアという国では平均的報酬なのだろう。給与の増額を願い出るが、一蹴されてしまう。運転手はそうした不満を抱えているので、裕福な一家が見事に足元からすくわれたことに少し「溜飲」を下げる思いがしたのかもしれない。私は訳文の冒頭に手を入れて、「運転手の弾んだ声を聞いていると・・・」としたかった。彼の声は間違いなく沈痛ではなく、面白がっているところがあったに違いないと思うからである。
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湯に浸かり一句
- 2025-12-22 (Mon)
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熊本・玉名温泉のホテルでくつろいでいる。ここの湯が気にいっている。トロン湯と呼ぶらしい。ネット情報だと、「トロン原石という天然鉱石の成分や遠赤外線効果を利用した人工温泉(薬用温泉)の一種で、体を芯から温め、血行促進や疲労回復などに効果がある」とされる。よく分からないが、長く患っている背中の帯状疱疹による神経痛にも効き目があるのではないかと期待している。
昨夜はそのトロン湯を堪能した後に近くの高級焼き肉レストランで散財した。さすがに美味かった。久しぶりに日本酒の冷酒(300ml)も頂いた。仕事の帰途に時々のぞいている焼き鳥屋の焼き鳥も美味いが、それはそれ、これはこれか。
一夜明けて月曜日。ホテルの朝飯を頂き、再び朝風呂に。昨日から湯船に浸かりながら、温泉にまつわる句をひねろうと思ったが、なかなかいい句が思いつかない。すぐに頭に浮かんだのは――古希を過ぎ なお悩まさる 身と心―― 帯状疱疹という語はさすがに長すぎて、はさめない。ふと気づく。季語が入っていないではないか。それでは露天風呂から見えた木立の光景を念頭に――木々枯れて 古希の身体に 痛みなお――
所詮ど素人の駄作。今、パソコンの画面を見やりながら、句会(といっても参加したことなどないが)で発表しても1点も入らないだろうなと諦めの心境。よし、また再考しよう。
◇
今回の旅もまた失敗をしてしまった。旅のお供の文庫本を携行するのを忘れてしまったのだ。居間のテーブルの上にずっと置いていたのだが、出発する前にリュックサックに入れるのをすっかり忘れていた。最近はこういった失敗の連続だ。情けない。まあ、いいか。オー・ヘンリー賞受賞の短篇集は手元にある。まだ、半分以上は読んでいないから、時間は十分につぶせる。
昨夜のオンライン英語教室も何とかホテルの一室からやり終えた。今年は昨夜で終了。年明けはまだ決めていないが、これから何を読むか決めなくてはならない。作品を楽しみながら、英語力を身につけるものを選びたい。
◇
お昼を食べようと昼過ぎにホテルの周辺を歩いた。これまでホテル周辺を歩いたことはない。聞けば少し歩けば、地元名物のラーメン店があるとか。確かにあった。元気なおばちゃんが切り盛りしていた。ラーメン(700円)を注文する。出てきたのは豚骨系のラーメンだった。私はどうも豚骨系は苦手。有り難く全部食べたが、また明日も来たいとは思わなかった。これは好みだから致し方ない。
ホテルに戻り、再びトロン湯に。贅沢なひととき。ホテルはネットで予約していて確か一泊5,500円だったか。昔のマッチ箱より小さめな部屋でベッドが一つあるきりで、机もイスもない。嬉しいのは狭いトイレはウオッシュレット完備なこと。温泉を何度も楽しめれば文句はない。あ、また一句浮かんだ。だが、これも俳句に精通した人からは理屈っぽい句と一蹴されるのだろう。致し方なし。
枯れ木立 煩悩深し 古希の我
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