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英語でさるく 那須省一のブログ

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冷酷NHK!

 しばらくこのブログから遠ざかっていた。なかなか執筆意欲がわかなかった。最大の要因は実姉の死去だ。7人兄(姉)妹の一番上であり、私と実家のある古里を結びつける最後の砦のような存在だった姉。その姉が高齢により亡くなった。老衰死と呼んで差し支えない自然死だと思う。享年87歳。お袋や長男、次男、次姉よりも長生きだったのが救いだ。私とはずいぶん年が離れていたが、口やかましく可愛がってもらった。まだ元気だった頃は数か月に一度は帰郷し、姉の家に足を運んでいた。
 体調を壊して宮崎市内の施設に入居して以降はコロナ禍もあり、さすがに足繁く見舞うことはできなかったが、毎朝、神棚に手を合わせる時は幸姉の名前も唱えて回復と長寿を祈っていた。家族葬で営まれた告別式には新幹線と高速バスで急遽とんぼ返りして冥福を祈った。7人兄妹のうち、これで2人の姉、2人の兄がいなくなり、残ったのは兄が1人に妹が1人。寂しくなった。改めて合掌!
                 ◇
 細々と聴講を続けているNHKラジオの外国語講座。最近の講座では番組の終わりに「この講座は3月30日から毎朝午前1時から放送します」といった告知が流れている。私が定期的に聴いているのは英語と中国語、韓国語の講座。英語はともかく、中国語と韓国語の講座は基礎的なことがらを忘れないようにとそれなりに一生懸命耳を傾けている。残念ながら、もうとっくに自由自在に話せてもいいような基本的な表現もうろ覚えのため、四苦八苦している。とにかく聴き続けることに意味があると自分に言い聞かせている次第。
 それで上記の通り、放送時間が抜本的に変更されるようだ。アナログ人間の私にはよく分からないが、現行のラジオ第1・第2・FMの3波を「AMと「FM」の2波体制へ再編するのだとか。これに従い、ラジオ第2は廃止され、語学番組や教育番組は主に新FMへ移行されるという。
 私の平日朝の日課は 6時45分から「ラジオ英会話」を聴き、8時からは「まいにちハングル講座」続いて「まいにち中国語」をそれぞれ15分間聴いている。英語の番組は現行のままのようだが、中韓は深夜帯に持って行かれる。再放送もなくなる。このブログを書くに際し、ネットで確認すると、中韓講座はまだいい、学習者の少ない「アラビア語講座」や「ベトナム語ニュース」や「インドネシア語ニュース」などの番組は廃止されるとか。
 ちょっと待ってくれよ、NHKさんよ。国際化、国際交流の深化に逆行する動きではないかいな。私はベトナム語やインドネシア語を学ぶことはこれからもないだろうが、現在、学んでいる、あるいはこれから学ぶかもしれない人々には冷酷な処遇だろう。こうした切り捨て措置はちょっと理解に苦しむ。
 中韓の講座は朝8時台の放送がなくなるとはいえ、NHKのインターネットラジオアプリ「らじる★らじる」の聴き逃し配信(1週間)は継続されるようだ。通勤時間帯と重なると8時台の放送はしばしば聞き逃していて、「らじる★らじる」のお世話になっていた。だから、そう不便とは思わないが、これからさまざまな外国語を学ぼうとしている人たち、特に若い人たちには「薄情」な変更ではないかと思えてならない。

『嵐が丘』再び映画化

 英BBCのネット記事を読んでいて、英文学の名作『嵐が丘』(Wuthering Heights)の映画化が物議を醸していることを知った。『嵐が丘』は2012年の英文学紀行の取材の旅で初めて読んだのだが、その幻想的なムードに魅了され、大好きになった作品。私は作品の舞台となったイングランド北部のヨークシャー地方を歩き回った。
 その『嵐が丘』が再び米国で映画化されたのだが、評価が真っ二つに割れているのだとか。正確には覚えていないが、ずいぶん昔の映画は観た記憶がある。小説同様、感銘を受けたと思う。よくは覚えていないが。今回の新作はオーストラリア出身の女優マーゴット・ロビーの製作・主演。
 ネット情報によると、マーゴット・ロビーは恋人役のジェイコブ・エロルディを「彼が雨に打たれるだけで観客は息もつけない」と大絶賛しているとか。それでなくとも相手を焼き尽くすような炎の愛が描かれる印象があるが、いやはや何とも凄まじい愛情が描かれているのだろうと覚悟して劇場に足を運ぶべきか。福岡市内でも今月下旬から上映されるとかで、さてどうしたものか。
 などと思い、本棚からただ一冊残っている拙著『イギリス文学紀行』を引っ張り出してパラパラとめくってみた。著者のエミリー・ブロンテ(1818-1848)の項を読み返してみる。書いた内容はだいたい覚えてはいるが、忘れてしまっていることも少なくないようだ。記憶違いに驚いたこともある。原題の”Wuthering Heights” を私は「ワザリングハイツ」と思っていた。それが現地音に近い発音だと。しかし拙著には「ウザリングハイツ」と明記している。以下のように詳述している。
 ウザリングハイツ(Wuthering Heights): wuthering という表現はヨークシャー地方の方言で、天候が悪化して「風が吹きすさぶ」ような状態を意味する形容詞だという。heights は普通に「丘」や「高地」を表す言葉。原作のタイトルも我々日本人には「何と発音するのだろう」と「記憶」に残るが、これを『嵐が丘』と最初に翻訳した訳者の腕も素晴らしいと思う。なお、日本語表記で「ワザリングハイツ」と書く向きもあるようだが、現地では皆「ウザリングハイツ」と発音していた。
 そうか。すっかり忘れていた。現地の人々が口にしていた正しい発音は「ウザリングハイツ」だったのだ。ワザリングハイツではない!
 いずれにしろ、封切りになれば観に行こうかなと考え始めている。気にいるかどうかはともかく、ヨークシャー地方のロケがたっぷりと組み込まれているのだろう。私が丘陵を歩いた時はいつ頃だったか? 8月頃? ロンドン五輪たけなわの時分だった。爽やかな空気に誘われて闊歩したが、途中で喉が渇き、ペットボトルか何かを携帯すべきだったと少し悔いたことを覚えている。それでもうだるような暑さからは遠く、散策後にパブで飲んだビールの美味さを引き立ててくれた。映画を見て当時の思い出に浸るのも一興かもしれない。
 日本と英国の国土を比較すると日本の方がずっと大きい。英国は歴史と伝統のイメージがあるが、単体の国としては小国。ただ、列車やバスで旅すると、英国は平野が広がっているのが良く分かる。残念ながら我が国土は山林が目立つ。この差は意外と大きい。

インフル罹患!

 季節の変わり目には私はよく風邪を引く。虚弱体質ではないと思うが、そう頑健でもないようだ。2月の声を聞いたと思っていたら、体調が崩れた。風邪の初期症状のようだ。平熱が35.7度の私は熱に弱い。体温が36度を超えると気だるくなる。念のため、病院に行き、診てもらった。コロナではないだろうとインフルだけの検査をしてもらった。陰性との判定。良かった、ほっとした、一応解熱剤のような薬を処方してもらい、帰宅。
 一晩休んで翌日。何だか身体がだるい。熱も全然下がっていない感覚だ。どうもおかしい。同じ病院を訪ね、再び検査をしてもらう。今度はコロナの検査も。そして結果はインフルエンザB型に罹患していることが判明。ショック。すぐに職場に連絡を入れ、今週いっぱい授業には出席できなくなったことを伝えた。期末考査を控えており、生徒にいろいろ力説しておきたいことがあった。私には凄く痛い。しかし、熱にやられた身体には抵抗力もなく、食欲も気力も失せており、教壇に立つことは許されないだろう。何とか体力を回復し、週明けからの仕事復帰を目指したい。
 このブログでも描きたいことがあった気がするのだが、脳内もやられてしまったのか、筆(指)が動かない。残念。こちらも完全に回復するまで小休止しよう。

gaslighting (ガスライティング)

20260201-1769909715.jpg 毎年このニュースを目(耳)にすると、このブログに想起したことを書いたことがあるのかしらと考える。スクロールしてみれば分かるのだが、そういう気にもなれない。数日前だか、夕刊を読んでいてこの記事に出くわした。内容は見出しで容易に類推ができる。米科学誌が最新の「終末時計」を公表、人類滅亡までの残り時間が「85秒」になったとか。もちろん、史上最短の残り時間だ。こういう記事を見て心が晴れるわけがない。
 昨年より4秒針が進んだ背景には米露中の格保有国が権威主義的な振る舞いを続けており、覇権主義が猛威を振るっていることのほか、野放図の人工知能(AI)の脅威、気候変動対策の遅れなどが指摘されていた。終末時計の残り時間は1947年から毎年公表されているとのことで、今回、記事を読んで気づいたことがある。これまでも書かれていたのであろうが、きれいさっぱり忘れていた。時計がスタートした47年の残り時間は7分であり、これまで最も長かったのは冷戦が終結した直後の91年で残り時間は17分だったという。
 昔のお年寄りは「長生きなどするもんじゃない」と言っていたが、ひょっとしたら本当にそうなのかもしれない・・・。
                  ◇
 米ニューヨーカー誌のコラムニストの最新のコラムを読んでいて次の語に手がとまった。gaslighting という語。以前に何回かネットで調べたことはぼんやりと記憶にある。ガス(霧)をかけて事実・真実をぼかす、覆い隠すような否定的な意味合いだったような。普通の英和辞書には載っていないかと思う。私の電子辞書にも載っていない。
 今はやりのChatGPTにお伺いを立てると・・・Gaslighting is a form of psychological manipulation where someone tries to make you doubt your own memory, perception, or sanity—so they can gain control or avoid responsibility. と出ている。なるほど、心理的な操作のことらしい。第三者があなたの記憶や理解を疑問視して、さらには正気か否かさえも疑わせることにより、あなたを追い詰め、最後には支配下に置くようにする行為。これは精神的虐待であり、犯罪行為と何ら変わりないのではないか、
 米ミネソタ州のミネアポリスで起きた連邦捜査官による騒乱鎮圧事件。トランプ政権の強圧的な取り締まりを上記のコラムニストはトランプ大統領や側近がいかに言いつくろうとも市民2人が捜査官の発砲により死亡した事実は否定できないと批判した。そのくだりは No amount of gaslighting by Trump and his advisers can prove otherwise. と表現されていた。
 これもネット情報だが、このgaslighting という語の語源は1938年の戯曲『ガス燈(Gaslight)』に由来するのだとか。夫が部屋のガス灯を暗くし、それを指摘する妻に「気のせいだ」と言い張り、彼女を精神病だと思い込ませようとした描写から生まれた。夫は妻を意のままに操り、彼女が相続した財産を手中に収めようと目論んでいた。戯曲は英米で映画化され、gaslighting という語が流布するようになったとか。トランプ大統領は米国民を相手に日々、gaslighting を駆使しているように思えてならない。国際社会、すなわち我々もターゲットにされているのかもしれない。
 (注:アナログ人間の私は掲載した写真の天地を修正することができない)

明日は我が身か

 寒い日々が続いている。中学校の職場で教室に向かう途中、嫌な寒気を覚えた。それでコートを羽織って教室に向かうことを許してもらった。翌日は高校だけの仕事の日。早朝に起床して思った。へたすると風邪をひきそうだ。それで思い出した。去年だか、上下のズボン下を来て出勤していたこともあったではないかと。あれは温かかった。
 衣服の山からズボン下を探し出し、早速着込んだ。ネルのズボン下はさすがに温かい。なんでもっと早く手を出さなかったのだろうか。やはり独り身の男の長年の一人暮らしはそこかしこでボロを出すらしい。まあ、でもこれからもしばらくは寒い日々が続くだろう。ズボン下の存在に気づいて良かった。・・・とここまで記して去年のブログをチェックしてみた。2025年2月9日の項で次のように記している。――福岡はこのところ寒い日々が続いている。先週はついに初めてネルのズボン下を着用した。ロンドン勤務時代にモスクワ取材に備えて上下を購入していた。帰国してからはほとんど着たことがなかった。箪笥の奥にしまっていたそれを引き出した。ふんわりしたズボン下を着るようになってずいぶん温かく感じるようになった。もっと早く気づけば良かった。これからはこのズボン下着用が欠かせなくなりそうだ――
 そうか、今年は2月の声を聞く前にズボン下の存在に気がついて良かった。なぜもっと早く思い出さなかったのだろうか。
                  ◇
 寒くなると温泉が恋しくなる。私が住んでいる近辺には温泉がない(と思っている)。スーパー銭湯の類はないことはないが、あまり食指は動かない。また玉名温泉に生きたくなった。でも今月初めに言ったばかりだしなと思って、手帳やブログで調べて見たら、勘違いしていたことに気づいた。玉名温泉に足を運んだのは今月ではなく、去年の暮れだったことを。ほぼ一か月前。博多駅から九州新幹線を利用して出かけていた。在来線なら新幹線より安く行けるのだが。もちろん、在来線だから時間はかかるが、たいしたことはない。週末を利用して行くことも十分可能だろう。そのうち、また行くべかなと思い始めている。少しは土地勘もできたことだし。何より、湯が気に入っている。亡きお袋もこれぐらいの贅沢は大目に見てくれるのではないかと思っている・・・。
                  ◇
 オー・ヘンリー賞を受賞した作品をオンライン英語教室で読んでいる。今読んでいる作品の中に沈思黙考させられる描写があった。自活できなくなった人々が余生を送る高級老人ホームに入居している老婦。認知症からか、彼女は好きな飲み物さえ周囲の老人からの指摘で知る。How did it feel, I had wondered, to exist, increasingly, from outside oneself, to rely on others to tell you who you were, to lose the secrets that you had told no one, the secrets that defined who you were, for better or worse, because they belonged only to you.
 老化による衰えが怖いのは身体機能だけではない。脳の劣化もそうだ。他人には話したことのない秘め事、自分が自分であることを決定づける大切な思い出が自分の記憶から跡形もなく削られていく怖さ、悲しさ。人生とはかくも惨いのか。明日は我が身か。

「ドンロー主義」

20260112-1768183597.jpg 昨年からずっと悩まされていたことがあった。パソコンのことだ。私はネットで二つの海外メディアと契約し、オンラインでニュースや論評をフォローしてきていた。ところが、昨年のいつ頃だったか、はっきりとは記憶にないが、そのホームページにアクセスして興味を覚えた記事を読もうとすると、途中から読めなくなっていた。メンバーとなると読めますよというお知らせが出て拒絶されるのだ。
 これには参ってしまった。いや、すでにメンバーになっているよ、もう何年もメンバーシップの契約を結んでいるよと愚痴りながら、いろいろトライしてみるのだが、らちがあかない。パスワードを求められ、思いつく限りのパスワードを打ち込んでみるものの、すべて拒絶されてしまう。各種パスワードをメモしている手帳とにらめっこしながら、幾度、パソコンと悪銭苦闘したことだろうか。最後には疲れて投げ出してしまった。
 私がオンラインで購読しているのは米ニューヨーカー誌と東アフリカにあるケニアのネーション紙。ニューヨーカー誌はさすがに米国を代表する高級誌だけあって読み応え十分。特にベテラン政治記者のスーザン・グラッサー氏のコラムをずっと愛読してきた。ネーション紙はケニア及びアフリカの最新の出来事を知る上で重宝してきていた。だが、昨年来、上記の二誌紙がじっくり読めなくなったのだ。再び新しい契約を結べばいいのだろうが、それでは古い契約と合わせ、二重取りされてしまうのではないか。阿呆らしい。読みたい記事が読めずに悶々としながら、新しい年を迎えてしまった。
 ニューヨーカー誌の担当者とメールでのやり取りを繰り返しているうちにふと思った。私はネットへのアクセスに2通りの方法を利用している。グーグルクロムとマイクロソフトエッジ。アナログ人間の私にはなぜそうなったのか、そしてまた両者の違いなどは皆目分からないのだが、昔から利用していたのはグーグルクロム。海外メディアへのアクセスももっぱらクロムを利用していた。それで不慣れなエッジをクリックしてニューヨーカーにアクセスしてみると、これまではねつけられていたグラッサー氏のコラムやその他の記事も自由に読むことができるようになった。不思議だが、とりあえずの問題は解決した(ようだ)。
 再び読めるようになったスーザン・グラッサー氏のコラムを早速読んだ。1月8日付けのコラムで、その見出しと袖見出しを読めば、内容もおおよそ類推はできるかと思う。”Why Donald Trump wants Greenland (and everything else)” There’s no Trump Doctrine, just a map of the world that the President wants to write his name on it in big gold letters. (「ドナルド・トランプはなぜグリーンランド(そして他のすべて)を欲しているのか」 トランプ主義なんてものはなく、彼の頭にあるのは世界地図であり、その上に自分の名前を大きな金文字で書き込みたいだけなのだ)
 米国が位置する西半球を力(軍事力)で支配し、域外の国々の干渉を許さず、さらには影響力を地の果てまで広げようとするトランプ氏の姿勢は、トランプ流モンロー主義を意味する「ドンロー主義」として呼ばれ始めているが、グラサー氏はトランプ大統領はただ単に世界最強の軍事力を持つ国の為政者として世界に崇められたいだけなのだと看破している。裸の王様に羞恥心を芽生えさせられる者はいないのか?

憂鬱・・

 トランプ米大統領による信じ難いベネズエラ介入以来、落ち着かない日々を過ごしている。いかに腐敗した独裁国家であっても、一国の為政者である大統領がテロ行為と大差ない軍事力によって拉致され、連行される事態に至るとは。連日、米メディアの報道を漁りながら、何が起きているのか知ろうとしているが、憂鬱になるばかりだ。
 トランプ大統領が愚弄だと蔑んできたが、彼は間違いなく世界最高の軍事力を手にしている。しかも、その軍事力を米議会のチェックなしに自由自在に操っている。危険極まりない。ベネズエラに留まることなく、トランプ氏は彼の意に沿わない中南米の他の国々にも手を伸ばそうとしているとも言われる。一つ間違えば、世界は第三次世界大戦のような大惨事に見舞われる可能性さえありうるのではないか。
 トランプ大統領のこの暴挙をロシアのプーチン大統領がどう見ているかも気になるところだ。ウクライナ情勢には否定的な影響しかないだろう。プーチン大統領がかつてソ連下での領土だったバルト三国に牙をむいたとしても、その非を責める国際世論は勢いをそがれるかもしれない。日本にとって関係が深い台湾も心配。中国がかねて主張している通り、やがて台湾を武力による併合に踏み切った場合、中国の正当化の論理はトランプ氏のベネズエラ介入より「説得力」を持つだろう。
 懸念されるのはトランプ氏の「アメリカ第一」(America First)主義は日米関係よりも米中関係をより重視することになるのではということだ。トランプ氏にとって南北のアメリカ大陸が米国の覇権下にある限りよしとするのではないか。中国がアジアに君臨しても構わない。ロシアが覇権国家となっても、英独仏を中心とした欧州諸国が対峙する限り、アメリカの力を直接脅かすものではないと見なすのではないか。今は蜜月関係の中露にしても、いつか衝突することになると踏んでいるかもしれない。気になるところだ。
                  ◇
20260106-1767668604.jpg このところリラックスした、いや、正確には怠惰な日々を過ごしてきている。すぐにまた非常勤講師の仕事が始まるので、今週からまた毎朝6時起床の生活を心がけている。朝が弱い私はこれが非常に辛い。泣き言なんか言っておられないのだが、でも辛い。
 まあ、なんとか起床してトイレ、洗面、歯磨きのルーティンをこなして、神棚に水をあげて祈りのひととき。最近はきちんと朝食を食べることがなかなかできず、きな粉をいれた無調整豆乳を飲んで一日をスタートさせている。余裕があれば、コーヒーを淹れて楽しみたいのだが、仕事が再開すれば電車の時間が気になってできないだろう。
 おっと、忘れていた。キリスト教の祈祷書(devotion)に心静かに目を通すことだけはずっと続けている。去年読んでいたものはコンタクト本だったので執筆者の顔写真は割愛されていたが、今年は単行本のような大きさの本を購入していたので、総勢52人の執筆者の顔写真が末尾に掲載されている。その日の祈祷を読んだ後に執筆者の顔写真を眺める。もう何年も眺めているのでだいたいの人は「顔なじみ」になっている。文章にも個性があり、名前を見ずとも想像がつくことがある。これからも一生会うことはない人々だろうが、これだけ身近に感じるのは何となく不思議な思いがしないでもない。

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