英語でさるく 那須省一のブログ
不要害怕出错(間違いを恐れてはいけない)
- 2020-06-15 (Mon)
- 総合
毎朝、目覚めると、聖書に近しい暮らしをエンジョイしている人々の日々の思いが記してある本を読んでいる。以前に紹介したことのある Daily Guideposts 2020 (A Spirit-Lifting Devotional) だ。日記のように日めくりでアメリカに暮らすクリスチャンの信仰と思いが綴られている。私は本棚の上の神棚に手を合わせた後、コーヒーを飲みながら、その日の項に目を通している。
最近読んだ中で印象に残っているのは次の記述。“I read once that, on average, women speak 20,000 words a day and men utter only 7,000 words.”
これは驚きだった。英語と日本語の違いはあろうが、英語話者は一日に男性であれば7千語、女性なら2万語もしゃべっているのか。独り身の私は一日、外出しなければ、一言もしゃべらない日だってある。それはさておき、上記の文章の書き手はさらに “The Bible in Fifty Words” というものを紹介していた。80万語近い聖書の教えがわずか50語で表現され得るのだという。以下の通り。
“God made, Adam bit, Noah arked, Abraham split. Joseph ruled, Jacob fooled. Bush talked, Moses balked. Pharaoh plagued, people walked, sea divided, tablets guided. Promise landed, Saul freaked, David peeked, prophets warned, Jesus born, God walked, love talked, anger crucified, hope died. Love rose, spirit flamed, Word spread, God remained.”
何となく分かると言えば分かるが、Bush talked. のくだりはさすがに面食らった。それで聖書を取り出し、Exodus(出エジプト記)を再読することにした。
◇
近くの公民館で開かれている中国語講座が再開したので、毎週木曜日午後に出かけている。講師の中国人出身者の生の中国語に耳を傾けることができるのはとても有難い。携行している小さいメモ帳のノートが一杯になったので二冊目に更新した。それで一等最初の頁を繰って見た。どんなことを書いているのだろうか。日付けは2016年5月となっている。嗚呼、そうだった。当時、近くの私立高校で催されていた中国語講座に短期間、通っていたのだ。今の公民館講座とは異なる。
しかし、あの初めての講座の出席をスタートと見なせば、もう四年の歳月が流れたことになる。石の上にも三年というではないか。独学とは言え、四年も学習していれば、普通はそれなりの力をつけているのではないかいな、と改めて自問(落胆)せざるを得なかった。まあ、確かにそれなりに力はついているような気もするときもあるが、甚だ心もとない。まあ、まだ当分は試行錯誤しながら悪戦苦闘していこう。
『単語力完全マスター(英日中)』で最近読んだ次の一文に引きつけられた。「当你试着说英语的时候,不要害怕出错」。(英語を話そうとする時、間違いを恐れてはいけません)。Don’t be afraid of making mistakes when you try to speak English. 英语を汉语(中国語)に置き換えると今の私だ。外国語を学ぼうとすれば、間違いを犯すのを怖れていては話にならない。その通り。数多くの間違いをおかしてその非を悟り、上達していきたい。
- Comments: 0
コロナより梅雨
- 2020-06-11 (Thu)
- 総合
福岡はこのところ好天が続いていたが、今日あたりから梅雨のシーズンにふさわしい曇天・雨天の日々となりそうだ。そうなれば香椎浜でのスロージョギングも難しくなる。雨が止んだ間隙をついてのジョギングが果たしてできるかどうか。最近は帰途にコンビニに立ち寄り、メロンコーンとかいうソフトクリームを食べるのが楽しみになっている。安価な270円。ちょっとはまりつつある。中国語だと「真厉害」だろうか。「本当に凄い」
雨は嫌だが、新型コロナウイルスは暑さと湿気に弱いと以前に聞いたような記憶がある。本格的な梅雨の到来でコロナ禍が終息してくれないものかと願わずにはおれない。
読売新聞は政府が外国からの入国制限に関し、今夏にもオーストラリアやベトナムなど感染状況が落ち着いている四か国を対象に制限緩和する措置に出る方針と報じていた。朗報には違いないが、ビジネス関係に特定し、一日にわずか最大250人とか。コロナ禍で青息吐息の観光・宿泊業界関係者からはため息が聞こえてきそうだ。
噂されているコロナの第2波、第3波が到来する可能性を考えると、まさに暗澹たる気持ちになる。今秋以降も全面的解除は望めないのではないか。そして来年以降も新たなコロナウイルスが発生した時にはどうなるのか。東京オリンピック2020は絵に描いた餅となるのではないか。個人的にはオリンピックにはたいして関心はないが、開催中止がもたらす政治的・経済的・社会的混乱は心配だ。最悪の事態を想定した心の準備は誰もが必要だろう。それでなくとも、未曽有の大地震がいつどこで起きても不思議ではない時代に我々は暮らしているのだ。神様のご加護を祈ろう!
◇
とある人から中国語の勉強は進んでいますか、山登りに例えたら、今何合目辺りを登っていますかと問われた。そこでふと考えた。富士山の登山に例えたら(登ったことはないが)何合目辺りだろうか。NHKの初級講座はテキストがなくとも、耳だけで何とかついていける。聞いた漢字(簡体字)をメモ用紙にすぐに書き取ることもできる。でも、中級の講座は再放送であってもテキストがないと全然ダメ。だから、2合目ぐらいだろうか。情けない!
それはそれとして「英日中」の『単語力完全マスター』は辛抱強く読んでいる。最近読んだ中で次のような文章があった。“His ambition knows no limit.”(彼の野心はとどまるところを知らない)。日英の文章の要の語彙がぴったり重なることはそう珍しくないかと思うが、この文章では know(知る)が具合よく重なっている。中国語の訳文は次のようなものだった。「他的野心没有限度」。「知る」に該当する「知道」という語は出ていなかった。上記の文章に関する限りは日本語と英語の方が「距離」が近いと感じた次第だ。
◇
肉屋さんをのぞいたら、冷やし中華の麺を売っていた。宮崎で過ごした学生時代はラーメン店でよく食べたものだ。ラーメンの類は福岡よりも宮崎の方が私は美味いと思っている。懐かしく思い、冷やし中華の麺を早速買い求めて、作ってみた。よく冷えたキュウリとハムを刻んで。生姜も加えてみた。結果は「好吃」だった。よし、今夏の食卓にまた一つレパートリーが増えた。嬉しい!
- Comments: 0
みたび “social distancing”
- 2020-06-09 (Tue)
- 総合
新型コロナウイルス。今やテレビやラジオで「ソーシャルディスタンス」という語を耳にしない日はないようになった。「社会的距離の確保」に努めようという意味合いで「ソーシャルディスタンス」が「3密」とともにキーワードとして使用されている。
英語でも「ソーシャルディスタンス」と言えば通用するみたいな使われ方だが、そうでもない。英語ではあくまで “social distancing” だ。“social distance” ではない。「車間距離」を “car distance” と簡潔に英訳できないように、感染防止のための「社会的距離の確保」を “social distance” で表現することはできない。参考までに「車間距離」は英語では “the distance between two cars” や “a distance between your car and the car ahead” などと表現されている。<読売新聞によると世界保健機関(WHO)は最近、social distancing をphysical distancing と言い換えているという>
私が学生時代にはサラリーマンは和製英語の典型的例として教わった。英語では “an office worker” と書くようにと。しかし今では salaryman は正しい英語の語彙として扱われている。サラリーマンが支える日本社会が世界で認知されている証しでもあるのだろう。dashi(だし)や umami(旨み)が英語の語彙としても通用する時代だ。“social distance” が感染症の対策として国際社会で幅広く通用する時代が到来する可能性がなくはないだろうが、当分の間は “social distancing” か “physical distancing” の方が無難だろう。
◇
英字新聞「ジャパン・ニュース」を開いて、奇抜な見出しに思わず笑ってしまった。そうか、こういう言葉遊びもあるのかと。その見出しは———— “Social dis-dancing? Club tries new layout” 。オランダの話題で、“social distancing” を守りながら、音楽とダンスをエンジョイしようという取り組みを紹介していた。厳密には夜ではなく午後のひとときを、ダンスフロアに間隔を開けたイスに座ってダンスを楽しもうという試み。記事ではイスに座ったままでも十分、ダンス感覚が楽しめると語る利用者の言葉が紹介されていた。
◇
NHKラジオの初級の中国語講座。レストランでの会話の場面で店員がお客に対し、「それでは後で私を呼んでください」と声をかける文章が読まれた。「那一会儿nin叫我」という文章だった。私はこの「nin」という語が最初分からず、かなり手こずった。「(人を)呼ぶ」という意味で nin叫とか言う熟語があるのだろうか。はてさて何だろう。しばらく辞書やネットと格闘した後、そうか、ninは人称代名詞の「您」なのか。それなら、意味がすっと通じる。
上記の表現は日本語では「それでは後で呼んでください」と言うこともできる。人称代名詞は略しても問題ない。むしろ、人称代名詞をきちんと付けるとぎくしゃくする。「それではあなた(お客様)、後で(私を)呼んでください」。英語だと“Then, you call me later.” だろうか。中国語や英語だと人称代名詞をできるだけ略さないで書く(言う)方がいい場合が多い。英語のyou や meが中国語だと你や您であり我だ。中国語ではとにかく適宜、你と我をちりばめながら文章を作っていけばいいのでないかと私は思い始めている。
- Comments: 2
密かな楽しみ
- 2020-06-04 (Thu)
- 総合
6月となり、小倉のよみうりFBS文化センターでこの3か月休講だった英語教室が再開となった。JR香椎駅から小倉駅まで快速で約1時間。北九州のコロナ禍が連日、NHKテレビの全国ニュースになっており、さすがに私もマスクをつけざるを得ない。針金のような物があるのを下にしてつけていたが、そっちが鼻の辺りにくることを知り、慌てて上下を逆にした。
日々、まだ蒸し暑くは感じない。卓上の温度計を見ると、午後1時で気温26.5度。湿度45%。この快適さが今後もしばらく続いてくれればいいのだが、ほどなくクーラーをつけざるを得なくなるのだろう。いや、日中なら玄関の重いドアも開け放てば、涼しい風が窓から玄関に吹きけてくれるはずだ。まだ当分はクーラーのお世話になることがないことを願いたい。
最近は香椎浜でのスロージョギングの帰途、コンビニに立ち寄り、フライドポテトとコーヒー、もしくはパフェみたいなものを食するようになっている。「食い合わせ」の良さはともかく適当に喉の渇きは癒してくれる。
◇
前回の項で「アメリカは病んでいる」と書いた。白人警察官の黒人男性に対する常軌を逸脱した、殺人行為と呼ぶしかない、無慈悲な取り締まりに対する抗議活動が全米各地で広がっている。商店や事務所に対する略奪行為も起きていて、これはさすがにそこまでやるかと暗澹たる気持ちになるが、背景に米国の貧困問題も絡んでおり、悩ましい。
それにしても、どこまで浅ましいのかと思わざるを得ないのはトランプ大統領の醜態だ。デモ隊を治安当局が強圧的に抑えている間、ホワイトハウスのすぐ近くにある教会に歩いて行き、聖書を手にテレビカメラの前で写真撮影を許す挙に出たが、何の意味があるのかさっぱり分からなかった。CNNテレビはその後、大統領が保守層に向け、自分が騒乱に揺らいではおらず「法と秩序」の指導者であることを強調する狙いがあったと解説した。当然のことながら、宗教指導者からは偽善的行為と猛反発を受けている。大統領は今後、軍を投入しての鎮圧も示唆しているが、さあ、これからどうなるのか。
CNNテレビの解説者はトランプ氏のことを a small man であるとか、shameful とか形容しているが、まあ、改めて説明する必要もないだろう。
◇
プロ野球が今月19日の開幕を視野に無観客ながら、練習試合を行い始めた。地上波では放送されていないみたいだが、ケーブルテレビではほぼ全試合を生中継しているようだ。プロ野球にはあまり関心はなくなったものの、生のスポーツ観戦には飢えており、さすがに気になり、チャンネルを合わせるようになりつつある。いけない、これではまたテレビ漬けの日々となる。とはいえ、密かに期待していることがある。大リーグはまだ開幕日が確定していない。ベースボールと野球の違いはあっても日本のプロ野球に魅力を感じているアメリカ人も少なくないことだろう。ひょっとしたら、アメリカでもプロ野球の試合を観戦する術を見つけ、プロ野球のファンになる人々が増えるのではないかと思わないでもない。
- Comments: 0
"I can't breathe!"
- 2020-05-29 (Fri)
- 総合
新型コロナウイルス。福岡は終息に向かいつつあると思っていたが、隣の北九州市がきな臭い状況に陥りつつある。私は来週から小倉で英語教室を再開する予定であり、大事に至らないことを切に願っている。
海の向う、アメリカでは死者がついに10万人の大台に達した。トランプ大統領はこの現実をどう言いつくろうとするのだろうか。きっと中国と野党民主党、オバマ前大統領にすべての非があると非難し続けるのだろう。不思議なのはそれを疑問に思わない米国民がある程度、存在し続けることだ。私の知っているアメリカではない。
テレビカメラの前でマスクをすることを拒絶しているトランプ大統領は、人前でマスクをつけることを厭わない、今秋の大統領選でのライバル、ジョー・バイデン氏のマスク姿を揶揄した。そのことを問われたバイデン氏はトランプのことを “an absolute fool” と呼んだ。むべなるかなだ。
◇
アメリカは病んでいる。新型コロナウイルスのことではない。米CNNを見ていて、白人警官が腹ばいになった黒人の男性の首の辺りを膝で押さえつけ、窒息死させる事件を報じていた。被害者の黒人男性は「息ができない。お願いだからやめてくれ!」と哀願していた。白人警官は意にも介せず、左膝で被害者の首を絞め続け、すぐそばに立っていた同僚の白人警官も止めに入ることはなかった。人種差別的犯罪と言わずして何と形容しよう。
ミネソタ州での出来事。加害者の白人警官は解雇処分となったようだが、これは殺人行為であり、刑事処罰を受けて当然だろう。トランプ大統領と直接関係ある事件ではないが、背景には大統領が寛容な態度を示し続けている人種差別的言動容認の社会的ムードがあると見て間違いないだろう。
◇
『単語力完全マスター(単語力メイン)英=日=中』(流通科学大学)を毎日少しずつ読み進めている。英文の日本語訳の方もこなれた訳文となっていて実にいい。初めてこの本を手にした時は中文はピンイン表記がなく、いや、これは読み(実際の発音)を調べるだけで一苦労。中国語の力がごくごく初心者の私には読破するのは大変な苦労を伴うと、文字通り「積読」状態にしていたが、中日辞書を片手に漢字の意味と発音を調べるのもそう苦ではなくなった。もっとも調べて覚えるそばから忘れているが・・。嗚呼!
最近目にした中で印象に残っているのは次の文章。英文から紹介すると、I was touched by the parting scene in the movie. 中国語訳は「我被那个电影离别的场面所感动了。」。感心したのは日本語訳の文章だ。「その映画の別れの場面にグッときたよ。」。私ならば「私はその映画の別れのシーンに感動しました。」と訳したことだろう。「グッときたよ」の方が格段にいい。こなれた日本語だ。こういう文章に出くわすと、よしこの本をずっと読み進めていこうという気にもなる。上記の文章で「」の中にあえて「。」を入れているのは、この「。」が日本語と中国語だけに共通している記号だからだ。私は初めてこの共通の記号を目にした時、日中両言語の近さを強く感じた。
- Comments: 2
有難くない cavalier
- 2020-05-26 (Tue)
- 総合
緊急事態宣言が全国的に全面解除された。喜ばしいニュースではあろうが、何だかしっくりしない気がしないでもない。新型コロナウイルス対策に関しては、世界中で社会経済活動が緩和の流れにあるようだ。米CNNテレビを見ていると、週末、米南部ジョージア州の海辺で日光浴やボール遊びに興じる人々が映っていたが、マスクをつけている人は皆無だった。人とのある程度の距離を保つsocial distancing はどこ吹く風といった印象。ブラジルやアフリカ諸国など感染がまだピークに達したとは思えない状況にある国々では本当に大丈夫なの?と思わざるを得ない。
◇
米大統領選。民主党の候補指名を確実にしているジョー・バイデン氏が失言で物議を醸している。彼には過去に女性へのセクハラ疑惑もあり、こちらも大丈夫かと心配だ。
バイデン氏の失言はラジオ局とのインタビュー番組にリモートで出演した際、ホスト役の黒人男性に向かい、「もしあなたがトランプ氏を支持するか、私を支持するか迷っているとしたなら、あなたは黒人ではない」と発言したこと。この発言が人種差別的だと批判を浴びているのだが、これまでの政治活動歴から自分が黒人層の支持を取り付けるのは当然と見なしている「傲慢」な姿勢もさらけ出してしまった。
バイデン氏は当然のことながら、釈明に出たが、その際の発言が” “I should not have been so cavalier.” であり、また “I shouldn’t have been such a wise guy.” だったと陳謝した。cavalier(騎士道精神の持ち主)ならドン・キホーテを連想するが、この語は形容詞では「尊大な」とか「思慮の浅い」という有難くない特質を示している。バイデン氏の場合は「ちょっと思い上がっていた」とでも訳すのだろう。a wise guy は「知ったかぶり」「うぬぼれ屋」という意味が載っているが、こちらは「うぬぼれが過ぎた」との意だろう。
今秋にトランプ政権に終止符を打てる現実的な希望はバイデン氏に託されている。今回の失態で、バイデン氏を紹介する英文にはその頭にgaffe-prone(失言癖のある)という形容句がつくことがあることも初めて知った。失言癖ならトランプ氏も負けていないだろうが、大統領の場合は笑うに笑えないことが多い。なんとか大統領選まではバイデン氏には安全運転で乗り切ってもらいたいと願う。
◇
「人名」と「人命」。日本語では同音異義語だ。「じんめいだいいち」と聞けば、まず我々の頭には「人命第一」という語が浮かぶだろう。「じんめいがおぼえられない」と聞けば「人名が覚えられない」だろう。中国語の辞書を引いていて、上記の二語は中国語でも日本語と同様の漢字だと知った。しかも発音も声調が異なるものの、ピンイン表記では同じスペリングのrenming。
「唯々諾々として従う」という表現。「はい、はい」と人の意見に盲従するさまがなぜ「いいだくだく」なのか疑問にも思ってこなかったが、中国語では「唯唯諾諾」という表現があることを知って、なるほど、中国語に語源があるのかと納得した。乱暴にカタカナ書きすると「ウェイウェイヌォヌォ」という音であり、こちらも日本語の音からは程遠い。
- Comments: 0
トランプ氏の vanity(虚栄心)
- 2020-05-22 (Fri)
- 総合
トランプ米大統領は最近ではマスクをつけることもあるようだが、依然、テレビカメラの前でマスクをつけることを拒んでいる。その理由を問われ、“I didn’t want to give the press the pleasure of seeing it.” と答えている。大統領の思考回路では「マスクをつける行為=敗北、降参の証し」なのか。CNNの女性のコメンテーターは大統領のvanity(虚栄心)の表れと一蹴していた。
◇
一昨年の秋、台中(台湾)を旅していた時のこと。有名なカフェをのぞいて、コーヒーフロートのような飲み物を飲み、店員さんに感想を求められたので、「不错」と答えた。「大変美味かった」とほめたつもりだったが、その可愛い店員さんは「不错」は英語だと “So-so.”(まあまあ)程度の意味合いで、微妙な表現ですよ、というような趣旨のことを言われた。
先日、NHKラジオの中国語講座で講師が「不错」という表現は「素晴らしい」という意味であり、「很好」(良い)よりもグレードが上の表現だと説明していた。NHK講座を信用すれば、「不错」は胸を張って口にできる表現なのだ。やはりそうだったのか。
日本語でも「悪くないね!」と言ってほめることがある。職場で新入社員の仕事ぶりを尋ねられた上司が「あいつ、悪くないね」と語っている場面を頭に浮かべると、「あいつ、いいね」と同程度、あるいはもっと上の評価をしている印象だ。台湾を旅して中国語をしゃべり、台湾の人からいつか、私の中国語は「不错」と言われる日が来ることを願いたい。
しかし、天下の情勢では今年は果たしてそうした旅ができるのかどうか心もとない。ひょっとしたら、コロナウイルスを比較的上手に抑え込んだと見られる台湾にも今年は足を運べない可能性も否定できない。どうなることやら・・・。
私は今では森羅万象、すべて神様の思し召しと思うようになっている。この年になっても夢や目標に向かって日々の努力は続けるつもりだ。しかし、その上で無理なものは潔く諦める。神様がそう「差配」されているのだろうと。だから、今年、台湾や中国に旅することがかなわなければ、致し方ない。低空飛行を続けている懐事情には「朗報」ともなる。
◇
昨年末、マンションの共用ブレーカーに不具合が生じ、200ボルトの電圧が流れて、入居家庭の電気製品が故障・破損して使えなくなる事態となった。私は洗濯機が動かなくなった。その結果、新しい洗濯機が届いたのはいいのだが、乾燥機を回していると、音がちょっとうるさいような気がしていた。最近の洗濯機はこんなものなのだろうか?と使い続けていた。
今月初めの連休期間中、クーラーをもう一台入れることにして、電器店の人に来てもらった。たまたま乾燥機を動かしていたら、その人はその音を聞くなり、「これ、おかしいですよ。乾燥機がこんなうるさい音をさせるなんてあり得ない」と即座に指摘した。メーカーの修理屋さんに見てもらった結果、やはり内部のファンに問題があることが判明。修理後の乾燥機は静かな音で回るようになった。
知らない(気づかない)ということは恐ろしい(悲しい)。私は電気店の人が指摘してくれなかったら、けたたましい音のする洗濯機をおそらくずっと使い続けていたことだろう。
- Comments: 0










