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Tomorrow will worry about itself!

  • 2025-11-15 (Sat) 18:57
  • 総合

 大学で非常勤講師をしている時は学期の終わりに際し、期末考査的な試験問題を作成することがあり、パソコンでそうした問題を作っていた。自分一人の講座であり、好きなように問題を作成していた。特段の苦労もなかった。
 今教えている中学校では正職員の先生が問題を作成しているので私はノータッチでよい。高校でもこれまではそうだったが、今学期は期末考査の問題を作成する仕事を任された。問題自体を作成するのはできるのだが、問題用紙や解答用紙をパソコン上で作るのは私にはできない。罫線を引いたり、何と表現したらいいのだろう、問題や解答のスペースをきちんと作ることはできない。作ったことがないからだ。
 新聞記者時代に英字新聞部でも長く勤務した。英字新聞部ではスタッフ記者が自ら紙面のレイアウトから記事や写真の配置に至るまで職場のパソコン上で自由自在にこなしていた。私はデスク、後に編集長という立場にあったため、そうした現場の作業には一切タッチしなかった。少しでもかかわっていたなら、試験問題などの作成はおそらく何とか一人でこなせていたかもしれない。残念ながら、できあがった紙面を見て、見出しの修正とか記事中の誤りとかの指摘はできても、キーボードを操作することはできなかった!
 今にして思う。やっておけば良かったと。やらずとも職務怠慢とは見なされなかったのでやらなかったのである。元来がものぐさ、不器用なため、かかわらなかった。こうやってパソコン上で原稿を書き、自分のブログにその原稿をアップして、時に写真も添付していることぐらいしか、私にはできない。時々写真が天地が逆さまになることがあり、いくらトライしても正常にアップすることができず、写真のアップを断念することもしばしば。前項でも書いたが、これも自業自得の好例だと言えるだろう。深く悔いている自分がいる。
                  ◇
 毎朝、キリスト教の祈祷書を読んでおり、新たな気持ちで一日をスタートさせている。本日(土曜日)の頁は次の言葉で始まっていた。Therefore do not worry about tomorrow, for tomorrow will worry about itself. ネットで検索すると、次のような説明が出てきた。新約聖書マタイによる福音書の一節で「だから明日のことまで思い煩うな。明日のことは明日が思い煩う」とある。実に明快な言葉だ。大いに勇気づけられる。
 もちろん、キリスト十二使徒の一人、マタイは我々に刹那的に生きよと命じているのではない。凡人には予測もつかない明日や将来のことなどに思い悩まず、いまのときを精一杯生きよと諭しているのだろう。そういえば、私の好きな聖書の言葉に似たようなものがあったなとついでに検索をかけてみると、すっと出てきた。そう上記の言葉の少し前にある次の一節だった。 "Look at the birds of the air: They do not sow or reap or store away in the barn, yet your heavenly Father feeds them. Are you not much more valuable than they?" これもネットでは「空の鳥を見よ。まくことも、刈り取ることも、倉に集めることもない。それらも、天のあなたがたの父が養ってくださる。あなたがたは、それらよりも、はるかにすぐれた者ではないか」とある。
 こういう聖書の言葉を読んで励まされない者はいないだろう。

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