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英語でさるく 那須省一のブログ

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咖啡(珈琲)から緑茶に

 つい最近まで就寝時に寝つきが良くないなあと思うことがよくあった。疲れる仕事を全然していないことも一因だろうが、それでも睡魔がやってくるまで悶々とすることも珍しくなかった。なぜだろうと考えてみた。ひょっとしたら愛飲しているコーヒーのせい? 朝目覚めてまず一杯。それから中国語の勉強などしながら2、3杯。昼食後に一杯。午後も2、3杯。夕食後に2、3杯。一日にざっと8杯前後飲んでいることになる。平日は酒(焼酎)をやらないので、その分コーヒーで埋め合わせていることもあるが、さすがにこれは飲み過ぎかな?
 それでコーヒー豆が枯渇したのを機に試しにコーヒーを一切断つことにした。よく分からない点もあるが、寝付きは随分良くなったような気がする。気がつくと(もちろん本当は気がついていないが)すっと眠りに落ちている。やはりコーヒーの飲み過ぎがたたったのだろうと思わざるを得ない。気に入っていたコーヒーミルを綺麗に洗い、自宅ではしばらくはコーヒーから遠ざかることにした。当面はコーヒーの代わりに緑茶だ。
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20190902-1567387467.jpg ネットでCNNをスクロールしていて、This is world’s safest city to visit(これが世界で最も安全な旅ができる都市)という見出しが目に飛び込んできた。写真はどうも日本(東京)のような印象だ。英エコノミスト誌の恒例の調査結果で、世界の主要60都市を治安、環境、健康、個人の身の安全など多岐にわたる観点からランク付けしている。
 3年連続で総合評価のトップに立ったのは東京。第2位はシンガポール、第3位は大阪。アムステルダム、シドニー、トロント、ワシントンなどが続いた。ベストテンのうちアジアの都市が6つを占めた。ロンドン、ニューヨークはそれぞれ14、15位。北京は31位、上海は32位。最下位の60位はナイジェリアのラゴス。
 2020年の東京五輪・パラリンピックを控え、東京及び日本には追い風となる調査結果だろう。私が昨今はまっている台北は22位だった。23位のパリ、24位のブリュッセルの上にあり悪くない。  
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 居酒屋に足繁く通っていた頃は焼酎をボトルキープで飲んでいた。初めてのお店では「とりあえず一合ほど」と頼んでいた。勘定をする段にはあと二つは増えていたか。今は週末に自宅でオンザロックが楽しみ。先日ふと「一合ってどれぐらいの量」と気になった。調べてみると、一合=180mlという。私は何となく一合=100ml と思っていたが、全然違っていた。一升瓶の一升は1.8lだから、一合はその10分の1の量。私がコンビニで買い求めているのは一升の半分の量の900ml入り焼酎。
 台所にある量りは最大250ml の容器。今は200mlほどの量を量って飲んでいる。なるほど一合ちょっとの量か。道理で酔わないはずだ。一人でテレビを見ながら、考えごとをしながら飲むには200ml程度でも不満はない。ずっとこの程度で酒量を抑えていれば私の人生はおそらく違ったものになっていただろう。悲しいかな、酒量はリセットできても、人生はリセットというわけにはいかない。嗚呼!

九州北部豪雨に思う

 九州がまたもや豪雨に見舞われている。今度は佐賀県や長崎県、福岡県などの九州北部だ。私が住む福岡市東区もしつこく雨が降り続けているが、大きな川は近くには流れておらず、水害の心配はとりあえずない。住宅地では取り急ぎ、大小河川の氾濫を防ぐ手立て、防げなければせめて床上浸水を阻止する効果的な対策を見いだすことが急務だ。
 私は昨年7月にこのブログで以下のように書いている。——何という災難だろう。にわかには信じられないような水害が西日本各地を襲った、いやまだ続いている。広島、岡山は特に被害が甚大なようだ。被害総額は最終的にどれだけになるのだろう。私の住んでいる福岡市の東区は特段のこともなかったが、久留米市の方は住宅の浸水被害が深刻だとか。「数十年に一度の大雨」とか「これまで経験したことのない豪雨」などといった形容が耳に残っている。しかし本当に怖いのは、今回のような水害がこれからはそう珍しくない時代に突入しているのではないかという疑念があることだ。太平洋から襲来する台風の気圧をネットで見ても、915ヘクトパスカルなどといった猛烈な気圧となっていたりする。スーパータイフーンとでも呼ぶのだろう。現代に生きる我々日本人は、南海トラフ大地震など未曽有の天変地異を覚悟せよとも言われる。何とも心がふさがる。——
 このブログで何度か書いているが、地球温暖化のゆえかかつてなかったような凄まじい規模の豪雨が襲来するようになっている。私は南太平洋の熱帯・亜熱帯地方のような雨が日本で今降っているのではという気がしてならない。門外漢ゆえにそれを裏づけるものは何も手にしていないが。豪雨に象徴される異常気象が日本の日常の光景となりつつあるのではと危惧する。英語だと Abnormal is now kind of normal, I’m afraid. とでも表現するのだろうか。
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 雨が降るので香椎浜でのスロージョギングもお休みの日々となっている。正直に書けば、心中ほっとしている部分もあるのだが、でも走りたい気持ちもないことはないので複雑な心境だ。ジョギングは中国語では「跑步」(pǎo’bù)と「慢跑」(mànpǎo)という二つの語があるとか。「慢跑」の「慢」は「遅い、のろい」、「跑」は「走る」という意味だと辞書に載っている。私の場合「スロージョギング」だから「慢跑」の方がぴったりの感じだ。
 明け方まで結構激しく降っていた雨が今は上がっている。天気予報だとこれから先もずっと雨マークが見える。間隙をついてぱっと外に出て走るしか手はなさそうだ。
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 ふと気づくと、ケーブルテレビで毎日のように楽しんでいた韓国語と中国語のドラマをこのところ全然見ていない。韓国のドラマは一度はまると全100回とか150回といったロングランのものに付き合わされることになるから覚悟が必要だが、中国のドラマはそう長いものはないからはまっても構わないと思っている。とは言え、最近は食指が動くものに出合っていない。
 台北ではまったアニメの「それいけ!アンパンマン」(麵包超人)の中国語版が放送されたら、毎日でも見たいのになあと思うこの頃だ。

"He went out laughing."

 “I had a wonderful alone time with him.” という英文を見たら、私はおそらく違和感を覚えるだろう。“I had a wonderful time alone with him.” と直した方がいいでのはないかと思ってしまう。でもネイティブスピーカーではないので自信はない。英字新聞などでこうした文章を目にすれば、あ、こういうのでもOKなのかと納得するしかない。
 映画俳優のピーター・フォンダ氏が死去したというニュースをジャパン・ニュース紙で読んでいて、上記の表現に出合った。姉のジェイン氏が次のように弟の死を悼んでいた。“I am very sad. He was my sweet-hearted baby brother. The talker of the family. I have had beautiful alone time with him these last days. He went out laughing.”(私は悲しみに沈んでいます。私にとっては優しくて可愛い弟でした。家族で一番のおしゃべり好きでした。最期の数日間は二人だけで素晴らしいときを過ごしました。弟は笑いながら旅立ちました)
 なるほど beautiful に alone を重ねてもOKなようだ。何となく形容詞を重ねる時にはand を間に入れたくなるが、そうしなくても良さそうだ。
 ピーター・フォンダ氏はヘンリー・フォンダ氏を父親に持ち、姉のジェーン氏とともに華麗なる芸能一家の一員。享年79歳。映画「イージー・ライダー」の主演で人気を博した。偉大なる父親との若い時の確執が知られるが、映画監督としても数々の作品を制作し、俳優としても長く活躍を続けた。姉の言葉にあるように「笑いながら旅立った」という死に際は羨ましいと思う。
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 手元の「中国語・韓国語雑記帳」が2冊目に入った。ぜひ覚えておきたい事柄を小さいノートにメモ書きし始めたのが2016年12月だから、2年と8カ月で一冊目が一杯になったことになる。まことに遅遅とした歩みだ。時々読み返しているが、忘れていることが多い。これ一冊だけでも頭に叩き込んでいれば、相当の力がついているはずと思わなくもないが、悲しいかな、そうではない。最近は中国語のメモ書きが目立ち、韓国語はあまり目立たない。日韓関係の冷え込みは全く関係がない。中国語がそれだけ面白い、刺激的だからだ。
 最近の書き込みを紹介すると。他说的话我一直记着。(彼の言ったことはずっと覚えている)。中国語の語順と日本語の語順は全く同じ。日本語では「私」と言う必要はないが、中国語では「我」を明記する必要がある。中国語をすべからく日本語の語順で話せるならこんなに楽なことはないが、そうもいかないのが現実。それでもこのような文章に出合うと気が随分楽になる。発音の世界はまた全く別の話だが。
 NHKラジオの中国語講座。我会游泳。(私は泳ぐことができる)。これまでこの游泳がどうも苦手だった。発音もyóu yǒng でこれまで何度辞書で確認したか分からない。似たような語が並んでいることや日本語とそっくりなことも「災い」したように思う。今度は覚えたかと思っている。「游」は「油」と同じyóu だ。敢えてカタカナ表記すれば「ィオウ」だ。努力してできるようになれば、「会」(huì )という助動詞を使う。能力があってできるのであれば「能」(néng)を使い、我能游五百米。(私は五百㍍泳ぐことができる)。このケースだと「游泳」は使わず、単に「游」とだけ言う。この辺りは私には説明がつかない。

瓢箪から駒?

 ほぼ毎日のようにネットでのぞいているアメリカのトークショーがある。スティーブン・コルベアという才気あふれたテレビタレント(TV personality)がホスト役の番組で、彼の歯に衣着せぬブラックユーモアにはいつも感心しながら楽しませてもらっている。
 最近の例を紹介すると————。どうやらニューヨークのある通りを改名する運動が起きているとか。有名な五番街の56丁目から57丁目にかけての通り。ここをバラク・オバマ前大統領の名前を取り、President Barack Obama Avenue と改名すべく、署名活動が進められているという。面白いのはこの通りにはあのトランプ大統領のトランプタワーがあり、もし改名の手続きが成就すれば、トランプタワーの住所は 725 President Barack Obama Avenue となる運びとか。トークショーのスタジオに集まった反共和党、反トランプ層と思われる聴衆からは一斉に拍手喝采が起きた。
 この改名キャンペーンは一人の女性が冗談(joke)として始めたものだったとか。コルベア氏は次の言葉でその女性に語りかけるように締め括っている。“Careful…some things that start as a joke, end up as president.” (気をつけて。冗談として始まったものが場合によっては大統領となってしまうこともあるんですよ)。トランプ大統領の大統領選出馬も当初は冗談として見る向きも多かったが、米国民が気づいた時には手遅れで、彼は大統領に選ばれてしまったことを痛烈に揶揄っている。「おーい山田君、座布団1枚!」いや “Give him a floor cushion.” か。
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 このブログで少し前に大リーグを見る熱意が失せつつあると書いた記憶がある。大谷翔平君を筆頭に日本人プレーヤーの調子が今一つだったからだ。特に西武ライオンズからシアトルマリナーズに鳴り物入りで移籍した菊池雄星君はこのところポカスカ滅多打ちにされ、哀れな惨状を呈していた。日本時間月曜未明に彼が投げる試合がケーブルテレビで放送されることを知った。どうせまた打たれるのだろうと思ったが、松山英樹選手の調子がだいぶ上向いている米ゴルフの生中継もあったので、チャンネルを合わせた。
 そうしたら、西武時代を彷彿させるかのように生き生きとした表情で彼がマウンドに立ち、堂々の投球を見せている。球数も少なく、9回を96球で投げ切り、奪三振8個の完封劇を演じた。チームも7点を挙げて援護。もちろん、この一試合だけで彼の評価が急激に上がることはないだろうが、少なくともチーム内での評価は好転したようだ。サービス監督は次のような言葉で菊池投手をほめたたえた。彼がこの日のような素晴らしい投球がこれからもできる才能にあふれた投手であるという評価だ。そうであればいい。
 “Yusei is a very talented pitcher, and we know that. He has the ability to have outings like this. There’ll be rough ones along the way, like anybody has, but I’m really happy and proud of him.” 
 日本のプロ野球は悲しいかな、巨人が調子いいと、やはり見てしまう。浮世の些細な楽しみ事に過ぎないことは分かっている。黄泉の国ではもっと崇高な楽しみ事があるのだろうかと考えてしまう。もっとも地獄ではなく、天国に行けたとしたらの話だが。

故郷のお墓

20190818-1566129087.jpg 20190818-1566129120.jpg青島のホテルには3泊した。温泉に何度も浸かり、鬼の洗濯板で有名な青島神社にも歩いた。ホテルを離れ予定通り、山里の実家を訪ね、お袋や父親、長兄、次姉が眠るお墓にも手を合わせた。父親と長兄が好きだった焼酎をお墓にかけた。お袋と次姉のためにはお袋が好きだった健康飲料をかけた。古里の名産品をお土産として沢山買い求めもした。気持ちがいい好天の故郷はこの日は明るく輝いて見えた。
 最後の夜は西都の幼馴染のいとこの家に泊めてもらった。いとこ夫婦と私の妹との4人でビールに焼酎を飲みながら、楽しく歓談した。居間でカラオケも楽しんだ。音楽の才のあるいとこは歌がうまい。私は足元にも及ばないが、それでも久しぶりに私の演歌を耳にしたいとこは昔よりずいぶん上手くなったとほめてくれた。
 今、特急にちりんの座席に身を委ねながら、多少二日酔い気味のぼぉーとした頭でパソコンのキーボードを叩いている。色々な思いが頭に浮かぶが、とりとめのないことが多く、ここに記すのは憚られる。私にはすでに両親はなく近しい肉親も相次いで黄泉の国に旅立っている。現世のはかなさは承知している。宇宙の無限・広大さに比べれば1個人の人生など取るに足らない刹那的なものに過ぎないだろう。
 だから、故郷に拘泥することはあまり意味のないことかもしれない。この地球でさえ未来永劫存続するものかどうかも分からない。そういうことを受容した上で、私は思う。ずっと故郷、あるいは故郷に近い土地に住み続ける人は幸福だ。もちろん彼らには彼らの苦労があるだろうが。
                  ◇
 青島。私が泊まっていたホテルから別のホテルが見えた。以前に泊まったことがあるような気がしていた。そうだ、宮崎大学時代の恩師、バタワース先生の歓迎会をした時、私は福岡から来てそこに泊まったような。ひょっとしたら過去にブログでそのことを書いているかもしれない。そう思ってスクロールしてみたものの、記述はない。今のブログは英国の旅を終え、福岡に再び落ち着いた2012年11月からスタートさせている。どうもその前のことのようだ。
 過去のメールを確認すれば、分かるかもしれない。古いメールをチェックすると、分かった。2012年3月下旬に上記の歓迎会がもたれている。バタワース先生を驚かすために私の参加は内緒にされていたようだ。日本人の恩師2人に卒業生2人が中心となり、そのグループに私が飛び入り参加する形でサプライズ歓迎会となったようだ。その時の歓迎会の宴の場となり、宿泊先となったのが目の前のホテルだったことが分かった。
 そうか、あれからもう7年近く経っているのか。ついこの間のような気がしていた。バタワース先生とは今も時々メールのやり取りをしている。彼が宮崎をまた再訪したく思っていることも知っている。先年奥様を亡くされた。再度彼をアメリカから宮崎に招待することを考えてもいいかもしれない。袖振り合うも他生の縁とか。そうした縁のある人とはできうる限り、袖を振り合わせて生きたいものだ。そうしたくてもできないでいる、かつての友人たちも少なくないが。

台風一過

20190816-1565912840.jpg 宮崎市の青島。宮崎県人であれば郷愁を誘う地名だ。山間部出身者には青島と聞けば、憧れの海を連想する。私もはるか昔の子供の頃、青島の海に何度も来たはずだが、残念ながら何も覚えていない。当時は泳げなかったからかもしれない。
20190816-1565912870.jpg 今回妹の差配で宿泊したのはその青島にある老舗のホテル。天然温泉でも知られている。そうは期待していなかったが、予想以上に良かった。一つには台風の余波で泊り客が少なかった(ように見受けられた)ことも一因しているだろう。天然温泉のお風呂場はそうは大きくなく、利用者が多ければ、かなりの混み具合になると推察されたが、快適に楽しむ余裕があった。特に朝風呂はがらがらで露天風呂にサウナとのんびり利用させてもらった。
20190816-1565912895.jpg とここまで書いて、台風のことを全然記していないことに気づいた。チェックインしてほどなく暴風雨となり、夕食時には風雨の強さが見て取れた。これでは深夜から翌日にかけて凄く荒れ模様になるのではと心配した。ところが、そのうち風雨が収まったようだった。未明の3時頃に目が覚めたので窓の外を見やると風は少しあるものの全然、台風襲来という雰囲気ではない。
 木曜朝に目覚めると、台風は過ぎ去ったような感じだ。予報では本日こそ大荒れになると報じられていたが、どうもそうではなさそう。朝食後、上述の通り、朝風呂に行き、露天に浸かっていると、突然セミが一斉に鳴き始めた。うるさく感じるほど。セミも台風が去ったことが分かっているのだろうか。少なくとも宮崎ではもう案じることはなさそうだ。
 ホテルは青島の海に面している。10階のベランダから浜辺を見ると、さすがにまだ強い波が押し寄せていた。これではまだ泳ぐのは無理だろう。天気が回復すれば明日金曜は泳げるかもしれない。まあ水泳パンツもゴーグルも持参していないから今回は諦めよう。
 今回の台風に関し、テレビでその報道を見ていて感じたことを一つ記しておきたい。空の便は西日本を中心に当然のことながら大きく乱れ、欠航が相次いでいる。そのニュースを見ていて、以下のような表現に違和感を覚えた。「〇〇空港では機材繰りができず、多くの便が欠航を余儀なくされました」。機材繰り? 文脈から「飛行機のやり繰りがつかず、乗客を運ぶことができない」という意味なのだろうと推察できた。それでも「機材繰り」はかなり無理のある造語ではないかと私は思った。ネットでチェックするとこの語ですぐにヒットするから今では普通に使われている新語のようだが、「資金繰り」から「機材繰り」は相当な飛躍ではないか。また、飛行機そのものを「機材」で表すのも無理があるように感じた。「飛行機の手配ができず」とか「飛行機が未着のため」などの表現でいいのでは。
 活字メディアでも放送メディアでも字数・語彙は少なければ少ないほどいいのは同じだ。だから無駄な字や語彙は削ぎ落としていく。The shorter the better. とはいえ、物事には限度があるのではないか。That’s a bit over the top, I’m afraid.
 もっとも言葉は「生き物」であり、「生きて」いる。多くの人がそして主要メディアが普通に「機材繰り」と言うようになれば、これが正しい日本語の語彙となるのだろう。「市民権」を得たと見なされる。「鳥肌が立つ」が今や「凄く感動した」を意味して使われるように。私には「鳥肌が立つ」はまだネガティブな意味合いの語彙でしかないが。

特急にちりん

20190814-1565780725.jpg お盆の週。ずっと福岡で暇を持て余すつもりでいたが、急きょ宮崎の山里の郷里に帰ることにした。帰ると言っても実家のそばにあるお袋や姉のお墓に手を合わせるだけのこと。お袋の墓に手を合わせたいと願ったのには訳がある。母親のお墓を拝む理由など世間の人には特別の理由もなかろうが、親不孝者の私にはそれがある。このブログでこんなことを書くのは恥ずかしいが、あえて記すと、私は昔から身体の不調があると、あ、お袋に不義理をしているのではないかいなと思っている。きちんとお墓参りをしていないのでは。
 最近右肩に違和感がある。手を上げて上にある物を取ろうとする時などに鈍い痛みが走る。嫌な感じの鈍痛。すぐに収まるので日常生活に何ら支障はないのだが、気になるといえばなる。それでふと思った。お盆の季節なのに帰郷さえしないのでお袋がシグナルを送っているのでは。それで急きょ帰郷することにした次第。宮崎まで帰れば、あとは妹が車で送ってくれる。お墓に手を合わせれば、右肩の違和感がなくなるかもしれない。
 心配事が一つ。台風だ。テレビで連日、超大型の台風が西日本を直撃するべく太平洋上を北上していると報じている。宮崎への上陸はなさそうだが、ほぼ間違いなく暴風雨に見舞われるだろう。最悪の場合、往路の電車が途中でストップすることだってあり得るかもしれない。それで水曜朝早起きして最寄りの香椎駅から宮崎駅行きの特急の始発に乗った。福岡は快晴とまではいかないまでも雨は降っていない。本当に大きな台風が近づいているのかと思えなくもなかった。
 JR日豊線。大分駅で特急ソニックから特急にちりんに乗り換えた。4号車自由席に入って見てびっくり。乗客は私の他には一人だけ若い男性が前の方に座っている。グリーン車にでも乗車したような開放感。台風の関係で乗車を見合わせた人が多いのだろうか。まあ、確かにわざわざ台風の真っ只中に突っ込んでいく旅の人はあまりいないだろう。佐伯を過ぎて延岡に向かう車中から外は雨が降りだしたことに初めて気づいた。風はないようだ。
 香椎から宮崎まで5時間40分の旅程だから、スマホのらじる&らじるでNHKラジオを聞く。第二放送で物語の朗読をやっていた。「耳なし芳一」。お盆の時期にはうってつけの朗読だろう。何となくイヤホンで聞いた。芳一という名の若い琵琶法師が源平合戦に敗れた鎧兜の悪霊に取りつかれる。悪霊が芳一を連れ出さないように寺の和尚さんが抱一の裸身にお経を書く。その夜、悪霊がまたやって来る。芳一の名をいくら呼んでも芳一は和尚さんに言われた通り、返事をしない。悪霊はしかたなく、お経を書き忘れたがために目に入った二つの耳に近づき、・・・という佳境で放送が突然途切れた。電車がトンネルに入ったのだ。日豊線ではトンネルが多い。短いトンネルなら放送中断はないが、ちょっと長めのトンネルではその度に中断する。
 まあ、贅沢は言えない。風雨が強まり、電車が途中で止まる事態に比べれば何でもない。実際、高鍋に入った辺りから左に見える海岸に押し寄せる白波が不気味に映った。
 この調子だと宮崎までは何とか到着することができそうだ。本日の夜以降も大きな被害を出すことなく台風が駆け足で通過してくれることを願う。郷里に向かうのは土曜日の予定。それまでは宮崎市内のホテルの温泉に浸かるつもりだ。右肩も少しは癒されるかもしれない。これは妹が手配してくれた。実にありがたい。

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