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英語でさるく 那須省一のブログ

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アフガニスタン、再びタリバン支配へ

20210817-1629181487.jpg アフガニスタンの親米民主政権が遂に崩壊した。あまりにもあっけない終焉だった。政権を奪取したのはかつてアフガンを支配していたイスラム主義勢力のタリバン。2001年9月にイスラム過激派のテロ組織、アル・カーイダによる米同時テロを受け、米軍がアフガンに進攻し、政権の座を追われて20年。アル・カーイダやイスラム過激派勢力が再び活気づく可能性も否定できない。なにより、西側の民主主義を全面的に否定し、特に女性の社会進出を忌み嫌うタリバンの再興は国際社会にとって悲報であり、脅威でもある。
 首都カブールから多くの外交官、国民らが逃げ出す中、現地にとどまったとみられるCNNの女性記者が銃を手に意気軒昂のタリバンの幹部戦闘員らにマイクを向けていた。この幹部は流ちょうな英語で「婦女子はこれからも教育を受けることができる。ただし、顔全体を覆うヘジャブをかぶらなければならない」と話していた。アフガニスタンの女性のためにもそうした「柔軟さ」がリップサービスでないことを祈りたいが、タリバンが具体的にどのような施策を打ち出すのか?
 私は国際情勢の取材の現場を離れて久しいが、今回のアフガン民主政権崩壊すなわち米国のアフガン撤退はベトナム戦争のサイゴン陥落のような衝撃(大事件)ではないかと思える。「瓢箪から駒が出る」みたいにアフガニスタンが安定することにつながれば、まさに奇跡的な展開だが、そんなに甘くはないだろう。
                  ◇
 数日前、次の文章が頭に浮かんだ。「私は中学生時代に一人でアメリカに旅した男を知っている」。続いてこの文章をそれぞれ、英語と中国語、韓国語に翻訳したら、どういう文章になるだろうかと考えてみた。英訳はまあこんな感じだろうか。I know a man who traveled to America alone in junior high school. 中国語と韓国語の対訳はネットの助けも得ながら考えてみた。それぞれ次のような文章となるのではないか。「我认识一个中学时代独自去米国旅行的男人」。「저는 중학생때 혼자 미국으로 여행갔던 남자를 알아」。
 日本語は「私は・・・男を知っている」と主語と述語が遠く離れ、述語は文末に置かれている。韓国語も同様に「저는・・・남자를알아」と主語と述語が離れ、述語は文末にある。これに対し、英語は「I know a man」と始まり、中国語も「我认识」と「私は・・・知っている」が文頭に出てくる。ただし、英語ではその男が「中学生時代に一人でアメリカに旅をした」という大事な情報は、関係代名詞を使い、そっくり後ろから説明されている。
 これに対し、中国語では「一个・・・男人」の間にそうした情報がぎっしり詰め込まれている。この点では日本語に近いと言えるかもしれない。
 このブログでも何度か書いているが、外国語学習の要点は語順の習得にあると考えている。英語では大事な情報は後ろから添えられる。日本語と韓国語では大事な情報は基本、前から順序よく付け加えていく。私は中国語はSVOを念頭に置きながらも、大事な情報は前置きしてもOKという印象を抱いている。だから、「一个・・・男人」というように言わば、英語の a と manの間に諸々の情報を詰め込むことが許される、と理解している。こんな感じで英中韓の言語の学習が進めばいいのになあと願っているが、はてさて? 

再び豪雨

20210815-1628999258.jpg 本日は日曜日。窓から少し晴れ間も見える。このところの陰鬱な雨模様とは雲泥の差だ。この晴れ間も長続きはしないのだろう。ほどなく曇天、雨天が戻ってくるものと思われる。それにしても全国的に信じ難いほどの雨が降っているようだ。NHKテレビを見るのも億劫になるほど洪水や水害に備えるようにとの警告が流れ続けている。
 お天道様が東京オリンピックの閉幕を待っていたかのようだ。この豪雨被害がオリンピックと重なっていたら、海外から来日していたオリンピック関係者は日本の防災の脆弱さの印象をも抱いて帰国の途に就いていたことだろう。まあ、それが日本の現実だから致し方ないことではあるが。地震に台風、水害。こうしたものは備えるにしても限度がある。
 米国に戻った大学時代の恩師からも九州の友人たちの身を案じるメールが届いた。Nearly two million people have been urged to evacuate their homes amid heavy rainfall in parts of Japan. (日本各地を襲っている豪雨で200万人近い人々が自宅から避難するよう求められている)というBBCの見出しを目にすれば心配にもなるだろう。
 豪雨の一方でコロナ禍は一向に収りそうにもない。いやそれどころか、感染者数は上昇の一途だ。ワクチン接種を終えたからと言って安心するわけにはいかない。いやはや、メダルラッシュで沸いた2021年の夏は別の意味で記憶に残ることになるのかもしれない。
 事の重大さは承知している。それにしても、テレビやラジオで「災害の危機が迫っています」とか「命を守る行動を取ってください」とか繰り返し放送されるとますます滅入ってしまう。気象庁などの専門家の警告もほとんど同じ内容で定時ごとに繰り返されると、もっと他にやり方はないものかと思ってしまう。彼らも仕事だから、苦情を呈するのは間違っていることは理解しているが。
                  ◇
 海外のニュースもきな臭いのが多いが、その中でもやはり気になるのはアフガニスタン情勢だ。一国の内戦は所詮、その国のことだから、他国がとやかく言うことは筋違いかもしれない。心穏やかでなくなるのは結果的にその国の国民が理不尽な圧政で困窮するのを見聞するときか。アフガニスタン全土を席巻する勢いのイスラム過激派タリバンはまさにそうした統治を実現しそうな旧支配勢力だ。
 タリバンの復活で最も懸念されるのは、タリバンがその社会進出を忌み嫌う女性たちの行く末だろう。BBCではそうした女性たちの嘆きを紹介していた。米英軍が軍事侵攻によりタリバン政権を崩壊させ、現在の穏健な政権を樹立して20年になる。その間に生まれ育った若者、特に女性にとっては男女の性差のない自由で平等な統治が当たり前の社会だったのだろう。
 それが間もなく瓦解し、かつての閉塞的な社会に逆戻りする。彼女たちの落胆は容易に想像できる。閉塞的だけでなく、米軍に協力的な言動をしてきた人々にとっては報復の死が待っている可能性が大だ。国際的テロ組織アル・カーイダの台頭にもつながるタリバンの政権復帰は日本を含め国際社会にとっても容認しがたい動きであることは間違いない。駐留米軍の撤退は「誤り」(ベン・ウォレス英国防相)との見方も報じられ始めている。

母が逝って20年!

 東京オリンピックが終わった途端に福岡は曇天が続いている。海も荒れ模様だ。昨日は新宮海水浴場に足を運んだが、波が荒くて泳ぐ気は失せてしまった。天気予報を見る限り、今後も雨か曇りマークがずっと続いている。困った。
 オリンピックが終わったと思ったら、甲子園の高校野球が開幕した。プロ野球も間もなく再開する。大リーグはずっと続いているが、大谷翔平君の打棒がすっかり湿っており、あまり見る気も起きない。とはいっても、YouTubeで生中継が楽しめるから、付き合っている。
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 ふとカレンダーを見上げて、明日は12日か。そろそろお盆だな。毎年のことだが、12日はお袋の命日ではないかいな。妹と姪っ子に確認のラインをすると、そう、もう20年になるとよ、との返事が来た。え、20年も経つのか!当時はまだブログを始めておらず、頼りになるのは新聞記者時代の手帳しかない。引き出しの奥にしまってある2001年の手帳を取り出す。大阪で英字新聞課に勤務していた。パチンコ店で妹から母危篤との電話を受けると記してある。愚かな息子だった。あれから20年。私はこの間、一体何をしていたのだろう?命日は明日だが、一日早くお袋を思い出し、今夜は一杯やろう!な、おっかさん!
                  ◇
 海外のニュースも憂鬱なものばかり。地球温暖化の進行で異常気象がますます深刻な様相を呈しているとか。イスラム過激派勢力タリバンが攻勢を強めているアフガニスタン情勢はいよいよ危機的状況にあるとか。飢餓が懸念されるエチオピアでは北部のティグレ地区での内戦が沈静化しつつあると思っていたが、再び戦闘が激化する雲行きだとか・・・。
 ところで「深刻」という語は中国語では日本語とは若干ニュアンスが異なるようだ。中日辞典を眺めていて気づいた。日本語では「深刻」はネガティブな場面でしか使われないかと思う。誰も深刻な場面に遭遇したくないだろう。中国語ではその意味は①深い、本質をついた②(感情、印象などが)深い、強いと載っている。ポジティブな意味合いで使われるようだ。発音を敢えてカタカナ表記すると「シェンクー」。
 明るいニュースは皆無に近い中、笑えなくもない話題も。例えばトランプ前米大統領にまつわるニュース。トランプ氏の長年の不正に対し法の手が着実に伸びつつあるとの諸々の報道がYouTubeで賑々しく流れているが、ジュリアーノ元ニューヨーク市長の状況も切迫しているようだ。彼はトランプ前大統領支持の急先鋒となっていたが、トランプ氏が失脚して以降、火の粉を一身に浴びつつある。だが、トランプ氏陣営からは一切の助け船がないらしい。ジュリアーノ氏はトランプ氏を擁護したために膨大な額の損害賠償訴訟も抱えており、投獄・破産の危機に瀕しているとか。自業自得と言えようが、私が見たYouTubeではトランプ氏自身は盟友の苦難さえ平気で傍観できる人物だと評していた。
 ジュリアーノ氏が最終的にトランプ氏に反旗を翻し、トランプ氏を告発する証言に出る展開になればアメリカの民主主義に深刻な亀裂をもたらしてきている「トランプ劇場」は大団円を迎えることになるのだろう。果たして・・・。

東京オリンピック閉幕

20210808-1628431844.jpg (パラリンピックはこれからだが)東京オリンピックが終了した。コロナ禍があり、賛否両論の中での開催となったが、とにもかくにも最後までやり終えることができて良かったと思う。評価はどうあれ、国際社会に対して約束した公約は果たさなければならなかっただろう。男子体操の橋本大輝選手の個人総合優勝、水泳の大橋悠依選手の金メダル2個の力泳、男女卓球の団体戦での奮闘など感動的なシーンを目にすることができた。驚いたのは何と言っても、(突如として出現したような気がした)女子バスケの大躍進。「なでしこジャパン」の称号は彼女たちに捧げたい。
 今回のオリンピックではテレビに釘付けとなった。テレビの力を再認識させられた。ただ私はテレビ、いわゆる地上波テレビの力は着実に衰えつつあるのではないかと思っている。私はニュースとスポーツ中継以外はほとんどテレビを見ない。ドラマやバラエティ番組などは興味もない。将棋や麻雀、外国語ドラマなど特化した番組はケーブルテレビやパソコンで好きな時に自由に楽しめる。パリ五輪は3年後だ。その時も我々は地上波テレビの前に釘付けとなるのだろうか。東京五輪はそうした光景が最後の五輪の気がしてならない。
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 新宮海水浴場。クラゲに刺された左首の腫れは一週間過ぎてもまだ残っている。しかし痛みはほとんど感じなくなった。クラゲ防御にも効果を発揮する日焼け止めクリームがあるとネットで知り、薬屋さんを何軒かのぞいたが、売ってなかった。仕方ない。それで時々お世話になっている皮膚科医院に行き、塗り薬をもらった。
 クラゲ対策になるか分からないが、その塗り薬を塗り、海に入っている。幸い、その後はクラゲに刺されてはいない。ゴーグルで海中に目を光らせ、警戒しながら泳いでいる。週1で英語を教えている専門学校がしばらく夏休みに入ることもあり、できるだけ泳ごうと思っている。少しはシェイプアップするかしら。いや、この程度では到底無理だろう!
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 NHKラジオの中国語講座に関し、部屋の外から「入ってもいいですか?」と尋ねる文章は中国語では英語と同様、部屋の中にいる人(聞き手)の立場に立った「可以进来吗?」という言い方が標準的だと書いた。聞き手の立場から見たら、許可を求めている話者は「来」(come)なのだ。日本語の「発想」では話者が許可を得て部屋に入っていくのは「去」(go)と思える。だから、我々日本人は上記の英語表現はつい “May I go in?” と言いそうだが、正しくは中国語のように “May I come in?” になる・・・。
 もう一つ付け加えておきたい。上記の放送の翌日だかに「彼がアメリカに帰って来た」という文章が「他回美国来了」と紹介されていた。この例文自体が不自然だとは私は思う。講座の聴取者がアメリカにいるのであれば自然な表現だろうが、聴取者は日本にいるわけだから、「アメリカに帰って来た」という文章はあり得ない。「彼がアメリカに帰って行った」とすべきだろう。「他回美国去了」となる。語学の学習であまり細かいことにこだわるのは野暮とも思うが、私はこうしたことが気になってしまう。「山を見ずに木ばかりを見て」いるのかもしれない。

憎っくきクラゲ

 日曜日に新宮海水浴場でまた泳いだ。それはいいのだが、泳いでいてクラゲに左首の辺りを刺されてしまった。激痛が走った。帰宅後も痛みが消えない。触ってみると、腫れはこんもりと盛り上がり、痛い。一晩過ぎれば大丈夫だろうと考えたが、身体のほてりが収まらない。そのうち、寒気がしてきた。悪寒さえ感じるようになり、冷房を消したり入れたり。風呂に入ってベッドに横になったが、熱があるのか、全然寝付けない。午前5時頃までうつらうつらしながら、気がついたら朝になっていた。
 左首に手を当てると、腫れはそのまま。痛みは若干治まったように感じたが、まだ痛い。時々お世話になっている皮膚科の医院に行こうかとも考えたが、自然治癒を待つのが一番かと思い直した。このブログを書いている水曜朝も腫れはまだかなり残っている。痛みはだいぶ楽になった。ネットで調べると、クラゲに刺されないようにするクリームもあるのだとか。この次泳ぐ時にはそのクリームを買って行こう。
 それでふと思った。新型コロナウイルスのワクチン接種の前後にクラゲに刺されていたら、大変なことになっていたかもしれないと。ど素人の考えだが、これだけの痛みが残る毒を体内に「注入」されたのだから、ワクチンがもたらす副反応で想定外の深刻な症状を呈していた可能性もあるのでは。くわばら、くわばら。接種完了後しばらく経過してから海で泳ぐようになった展開に神様のご加護があったと感謝したい!
                  ◇
 コロナ禍の猛威の中、オリンピックが佳境を迎えつつある。火曜日の夜は男子サッカーの準決勝戦に出場した日本チームに熱心に声援を送ったが、最後の最後に力尽きた。0対0で推移していたところで日本が何度かゴールできる惜しいシーンもあっただけに悔やまれる。
 男子体操の最後の競技。種目別決勝の鉄棒。個人総合で金メダルを取っていた橋本大輝選手が二つ目の金メダルで有終の美を飾った。手足の先まで伸びきった美しい演技だった。体操日本ここにありという感じだった。あっぱれ!
                   ◇
 NHKラジオの中国語講座。部屋の外にいる人が中にいる人に対して入室する許可を求める表現が紹介されていた。日本語では「入ってもいいですか?」となるが、中国語では相手の立場に立った「可以进来吗?」という言い方が標準的だとか。日本語だと「入って来てもいいですか?」という訳文となるか。
 英語では上記の場合、相手の立場から見た “May I come in?” となる。”May I go in?” という言い方はしない。英語と中国語が似ていると感じるときが多々あるが、この表現もその一つだ。
 もっとも、講師の先生は「日本語では入って来てもいいですか?」とは言わない。それは中にいる人から見た言い方だから、というようなことをおっしゃっていた。私はそうは思わない。多くの日本人が今では「入って来てもいいですか?」とも言っているような気がする。なお、中国語では上記の表現は「可以进去吗?」(入って行っても)という自分の視点から見た言い方も可能だとか。それだと日本語とほぼ同じようだと感じてしまうのだが・・・。

“twisties”

20210802-1627861815.jpg 旧聞に属する話題で恐縮だが、東京オリンピック男子体操。団体では銀メダルに終わったが、個人総合では若きエース、橋本大輝選手が初めての金メダルを獲得した。まだ20歳前の若さ。内村航平選手の後継者の誕生だ、なんてことはこのブログでとっくに書いていたと思っていたが、友人とラインでやり取りしていたに過ぎなく、このブログでは何の言及もしていないことに気づいた。
 私は高校時代に器械体操クラブに所属して、日々練習に励んでいた。だから体操には懐かしさもあり、熱心に見入ってしまう。私の体操自体はお粗末極まりないレベルだったが、床運動ではバク転や宙返りも何とかこなしてはいた。あの頃の体型が欲しい!
 橋本選手が個人総合で逆転優勝を決めた鉄棒の演技を見たが、素晴らしいの一言だった。最後の着地で少し動いたが、数々の離れ業は見事に決め、実に雄大な演技だった。身長は166㌢らしいが、もっと高くあるように思えた。手放し技をあれほど綺麗に正確に決めることができるのは人間業とは思えない。一つ小さなミスが出たら、大けが、場合によっては命にかかわる大事になるだろう。
 私はそんなことを考えながら体操競技を見る。床運動や平行棒など他の種目でもそうだが、特に危険が一杯なのは男子では鉄棒が筆頭だろう。女子では文句なしに平均台か。あの幅10㌢の狭い木製の台の上で跳んだり、宙返りしたり、これも人間業とは思えない。全然「平気ん台」ではないではないか。そんなことを考えていたら、女子体操の第一人者でアメリカチームのエース、シモーン・バイルス選手が途中棄権したというニュースに接した。
 団体総合決勝で最初の跳馬を跳んだ後に急遽、次の種目から欠場したのだという。米国チームは「心の健康の問題」をその理由として挙げていた。これだけではよく分からない。外電を読んでその理由が分かった。彼女は体操競技関係者が言うところの “twisties” に悩まされていたのだとか。“twisties”とは “a loss of air awareness during routines” と説明さていた。日曜日のジャパン・ニュースが掲載していたAP電が分かりやすかった。次のような記述があった。Biles said on social media Friday that she is dealing with what is defined as “the twisties”: the sudden inability to feel comfortable while twisting in midair.
 跳馬(vault)や床運動(floor exercise)などの種目で空中でひねりを加えたり、宙返りを試みている時に、突然、脳からの信号に身体がうまく調和しなくなるということのようだ。両者がかみ合わなければひねりも効かないだろうし、着地も不安だ。空中に浮かんだ状態で突然そのような事態に陥れば、着地に失敗し、重大な事故を招く危険性もある。その恐怖感は察して余りある。
 世界の一流選手がなぜこのような異常事態に陥るのか。素人なりに考えても、おそらく心理的な要因が絡んでいるのだろう。“twisty”は辞書には「曲がりくねった」という意味が載っている。ゴルフではグリーン上のパッティングなどの場面でプレッシャーから簡単なパットを外したりする現象をイップス(yips)と呼ぶことが広く知られている。将来、体操や類似の過酷なスポーツの場で上記のような突然の機能不全の出現をトィスティーズと呼ぶことが当たり前のことのようになるのだろうか。

新宮海水浴場

20210729-1627564664.jpg 連日オリンピック観戦と大谷翔平君の大リーグ。これでは全然仕事にならない。へたするとほぼ一日中、テレビとパソコンに付き合わされる羽目に陥る。
 本日(木曜日)。この日は週一の中国語講座がお休みだったこともあり、先日来、考えていることを実行した。最近の暑さもあり、海に出かけ泳ぐということだ。ジム通いをやめ、プールで泳ぐことをやめて久しい。最後に泳いだのはいつか覚えてもいない。鹿児島・南大隅町の友人を訪ね、錦江湾で泳ぐことも頭をよぎったが、このコロナ禍ではさすがに先方が負担に感じるだろう。私はワクチンの接種を二回済ませてはいるが・・。
20210729-1627564711.jpg 郷里の宮崎とてもやはり福岡から戻ってきたとなると、あまり歓迎されないことは分かり切っている。それで、かつてメンバーだったジムで回数券でも購入してプールで泳ぐことも考えたが、気乗りはしない。それで近くの海で泳げないかなと考え始めた。思い出したのは中国語講座の受講生の一人が新宮に住んでいて、時々海辺の話をされていたこと。新宮は私のところからも近い。ひなびたローカル電車で10分ほどの距離。ネットで調べると新宮海水浴場は終点の駅から徒歩5分とある。とにかく現地に行ってみよう。それで本日、水泳パンツを短パンの下に履き、ゴーグルを袋に入れて駅に向かった。
 海水浴場は予想以上に閑散としていた。素早く衣服を浜辺に脱ぎ捨て海に入った。裸足になって波打ち際に行こうとすると、いやはや、砂の熱いこと、やけどしそうなほど熱い。こんなことはすっかり忘れていた。恐る恐る海中に入ると、気持ちがいい。ゴーグルをはめ、とりあえずクロール。
 しばらく泳いだり、海中を歩いたり、仰向けになって浮かんだりした。久しぶりの泳ぎなので、足が海底(水底)に届かないところにはなるべく行かないようにしていた。さてそろそろ上がろうと思った。立ってみると全然足が届かない。あれ、こんなところまで来たつもりはないのに。ゴーグルをつけているから、海底がぼんやり見えるが、何だか深そう。やばい。油断していると体力がつきて浜辺にたどり着けないかもしれない・・。
 仰向けになり小休止し、仰向けのまま水をかいて、浜辺を目指す。目指したつもりだが、姿勢を戻して見ると、浜辺からはさらに離れているみたいだ。まずい。平泳ぎをトライするが、波に逆らっているのかほとんど前に進めない。疲れたのでまた仰向けになり小休止。姿勢を戻してクロールで必死に水をかいた。ゴーグルで見える海底が段々と近づいて見える。頃合いをみて立ってみる。足が届いた。一安心。溺れる危険は消滅した。いや、やはり海は油断できない。特に私のように「元金槌(かなづち)」の身には。
 私はずっと昔にも海で泳いでいて溺れそうになったことがある。新聞社に入社して職場の先輩たちと鎌倉の海に泳ぎに行き、同じような形で溺れそうになった。平泳ぎで力尽きて立ったら、足が海底に届き、辛うじて溺れるのを免れた。今回はあの時ほど切羽詰まった感覚ではなかったが、それでもやばいかなと思うのは気持ちのいいものではない。
 それはともかく、近くにこのように気楽に泳げる海水浴場があるとは、今の住所に落ち着いて10年近くなるが全然知らなかった。この夏はどこへも出かけられそうにないので、これから足繁く通うことを考えている。

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