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英語でさるく 那須省一のブログ

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良いお年を!

 今年も残り少なになった。このブログももっと定期的にアップしたかったが、生来の怠け者気質もあり、思うに任せなかった。来年はもっとアップに励みたいとも思うが、まあ、それは努力目標ということで。
 それで本日(25日)から私は宮崎の山深い郷里に戻る予定だ。本当はとても居心地の良いここ福岡のマンションの一室で年末年始は翻訳と読書に精を出したいのだが、事情があって帰郷することにした。事情といっても複雑なものではなく、実姉の農家の手伝いをしたいというだけのことだ。私ができることは知れているのだが、まあ一応まだ肉体労働が可能な男であることは事実。
 手伝うのは以前にブログにも書いた「椎茸」の収穫作業だ。とある事情で今、その椎茸の収穫が滞っていると電話で聞かされた。私が時々教壇に立っている大学は本日から冬休みに入る。私の授業は1月9日まで始まらない。それなら、その間少しは手伝えるのではと考えている。果たして期待通り、椎茸が十分育っているかどうかまでは分からないが。
 実姉の家は山の中腹にある。標高がいくらあるか知らない。おそらく600㍍ぐらいだろうか。今でこそ、玄関先まで車が来るように林道が整備されているが、私が子どもの頃は下の本道から獣道のような狭くて曲がりくねった道を上って訪れたものだ。子どもの足には遠くてきつい山道だった。
 実姉の家がある標高は東京で言えば、高尾山ぐらいの高さか。当然のことながら、南国宮崎といえども冬は寒い。雪こそめったに降らないが、やはり凍てつくような寒さだ。田舎の山間部の農家がほぼそうであるように、夏の暑さはしのぎやすいが、冬の寒さはこたえる。私が今住んでいるマンションは狭い。仕事机を置いている部屋のガスヒーターを付けるとすぐに暖まる。暖まり過ぎて、すぐにスィッチを切らないと、頭がぼうっとしてくる。真冬に机に向かって仕事をするのにはうってつけだ。
 翻って、実姉の家で同じようなことは実現が甚だ難しい。昔の豪壮な造りの家でだだっ広い。一番暖かいのは食事もする台所だ。一応パソコンは持って帰るが、接続手段がないので、メールとかネットはできない。第一、私の携帯もほぼ圏外となる。要するに、俗世間とは隔絶した暮らしができるわけだ。もちろん、テレビがあるから、日々のニュースはテレビでフォローできるが。(南スーダンがルワンダ虐殺のような悲惨な状況になりつつあるとのニュースが流れている。私は独立直前の首都ジュバを取材したが、このような事態に至るとは思いもしなかった。マンデラ氏のような指導者がいないとこうなる。情けないの一言だ)
 そういう次第でしばらく、文明の利器から離れた暮らしに入ります。焼酎の飲み過ぎが心配。すこし早いですが(ブログをのぞかれた)皆様、良いお年を。来年も宜しくお願い申し上げます。

マンデラさんの思い出

 南アフリカの伝説的英雄、ネルソン・マンデラ氏が5日、ヨハネスブルクで死去したという。95歳。彼が政治指導者として目指した、肌の色で差別されない自由公平な国づくりの大切さは末永く語り継がれることだろう。
 マンデラ氏は生涯忘れ得ぬ人だ。1918年生まれ。大学卒業後弁護士となるが、やがてアパルトヘイト(人種隔離政策)打倒を目指す黒人解放組織のアフリカ民族会議(ANC)に参画。地下組織で活動していた62年に逮捕され、64年に国家反逆罪で終身刑の判決を受ける。27年間に及ぶ投獄生活を経て、90年2月11日、当時の白人政権により釈放され、その後の南ア民主化の過程でANCを率い、94年全人種参加の初の総選挙で圧勝、大統領に選出される。99年に1期で大統領職から勇退。
 1964に終身刑の判決を受けたレボニア裁判でマンデラ氏が自ら行った最終陳述が知られている。"I have fought against white domination, and I have fought against black domination. I have cherished the ideal of a democratic and free society in which all persons live together in harmony and with equal opportunities. It is an ideal which I hope to live for and achieve. But if needs be, it is an ideal for which I am prepared to die."(私はこれまで白人支配に対して戦ってきた。そして黒人支配にも戦ってきた。私が大切に思ってきたのは民主的で自由な社会を作るという理想であり、すべての人が仲良く平等の機会を手にして生きる社会だ。その理想こそ私がそのために生き、実現したいと願っているものである。もし必要とあらば、私はこの命を捧げることを厭わない理想でもある)
 私は1990年2月19日、約1週間前に釈放されたばかりのマンデラ氏に、ヨハネスブルク郊外のタウンシップ(黒人居住区)にある自宅で単独会見した。日本人記者としては初の単独会見だった。
 私が(当時)部数1400万部(朝夕刊の総計)の日本の新聞社の記者であることを告げられたマンデラ氏は “Gee whiz”(わお、それはすごい!)と子どものように驚いた。さらに私にお茶を勧め、私が「お茶よりもあなたとのお話の方が大事だ」と伝えると、満面に笑みで納得してくれた。最初の質問。あなたが釈放されたことにより、南アはこれから対立(conflict)と不信(distrust)から、「ああ、えーと」といった感じで私が言葉に詰まると、彼は「(君が意味しているのは)話し合い(negotiations)だね)」と助け船を出してくれた。「そうです。話し合いに移行するのでしょうか?」。その後も順調にインタビューは進んだ。
 このインタビューで最も印象に残っているのは、マンデラ氏が敵対する政治勢力が交渉の場に臨む際、「妥協」の大切さを訴えたことだ。“ To me, a compromise is possible…If one is not prepared to compromise, then you must not enter into the process of negotiations.” (私にとって妥協は可能だ。交渉当事者はもし妥協する用意がなければ、話し合いの場に臨むべきではない)
 妥協する、という言葉は日英ともに若干ネガティブなニュアンスがあるが、交渉の場では常套手段であり、何ら恥ずべきことではない。国と国の紛争などで交渉当事者に最も求められているものこそ、このコンプロマイズの姿勢だと思う。
 NHKの現地報道では、マンデラ氏の「偉業」に感謝し、それを継承していきたいという若者の声が報じられていた。そうであることを心から願いたい。犯罪や腐敗、政治不信が渦巻く今の南ア、そしてアフリカ大陸一般の現状は、マンデラ氏が命をかけ、夢見たものとは程遠い。

読書の秋(続)

 前回に引き続き、「備忘録」的に聖書の印象をここに記しておきたい。就寝前に少しずつ読んでいるので、「遅遅として進まず、母として夢見心地」の聖書読みだが。
 「コリント人への手紙」に続いて読んだ「ローマ人への手紙」も人間臭い描写があり、私にも十分楽しめた。これも伝道者パウロが書いたと言われるパウロ書簡の一つだとか。
 以下、私がマーカーで印をつけた個所を記しておく。
 彼らは神についての真実と分かっていることを信じる代わりに、意図的に嘘を信じることを選んだ。神は彼らを見捨て、彼らが罪深い行為に耽るままにした。そして男たちは女と正常な性的関係を結ぶのではなく、お互いに性的情欲を燃やした。男同士の恥ずべき行為だった。(And the men, instead of having a normal sex relationship with women, burned with lust for each other, men doing shameful things with other men)
 我々が神から無罪評決を受けるのは我々が善い行いをしたからというわけではない。キリストのおかげで、そして我々がキリストを信じることによって、無罪評決を受けるのだ。我々はキリストへの信仰によって救われるのであり、我々の善行によって救われるのではない。(Our acquittal is not based on our good deeds; it is based on what Christ has done and our faith in him)
 神がアブラハムに息子を授けると告げた時、彼の信仰は強固だったので、自分が100歳という高齢で父親になるには年を取り過ぎているということは気にもしなかった。妻のサラが90歳で出産には年を取り過ぎているということも案ずることはなかった。(his faith was strong, he didn’t worry about the fact that he was too old to be a father, at the age of one hundred, and that Sarah his wife, at ninety, was also much too old to have a baby)
 我々は神が神の子どもたちと同様、我々に完全なる権利を与えてくれる日を待ち望む。神が約束した新しい体を与えてくれることを待ち望む。病気になったり、死にゆくことは決して二度とない体だ。(We, too, wait anxiously for that day when God will give us our full rights as his children, including the new bodies he has promised us—bodies that will never be sick again and will never die)
 神の救いは誰にもたやすく手に入るところにあるのだ。あなたが他の人々に自分の口からキリストが自分の神であることを告げ、神はキリストを死の世界から甦らせたのだと心から信じるならば、あなたは救われるのだ。(if you tell others with your own mouth that Jesus Christ is your Lord, and believe in your own heart that God has raised him from the dead, you will be saved.
 驕り高ぶることなかれ、謙虚であれ、感謝の心を持ち続けよ、注意深く行動せよ。(Do not be proud; be humble and grateful—and careful.) 
これぐらいは私にもできるかな!?
 モーセの十戒は一つの戒めに凝縮されうる。自分を愛するごとく、汝の隣人を愛せよということだ。(All ten are wrapped up in this one, to love your neighbor as you love yourself.)

食欲の秋 読書の秋

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 寒くなってきた。厚手の毛布を押入れから出してきて、夜は早めにベッドに潜り込んで眠りに就くまでしばし読書に耽っている。今年の春からずっと読んでいるのは聖書だ。このブログでもその頃書いたが、記憶のかなたにあるアメリカ留学時代に恩ある牧師さんから頂いた英語の聖書だ。これまで時折拾い読みしてきたが、最初から読破するのは初めて。この聖書は創世記からヨブ記、出エジプト記へと時系列で読むことができる方法がアドバイスしてある。そのアドバイスに沿って少しずつ読み進めてきた。旧約はすべて読み終え、新訳もだいぶ「奥深く」に進んだ。今は「コリント人への手紙」(Corinthians)の途中だ。
 これがなかなか面白い。いつか聖書のこともどこかで何かしら書けないかと分不相応を顧みずに考えているので、今回の読書印象を「備忘録」的に記しておきたい。
 「コリント人への手紙」は伝道者パウロがコリント(ギリシア)のキリスト教徒に送った文書だという。門外漢の私には詳しい時代背景は分からないが、神への絶対的忠誠、隣人愛の大切さ、結婚の必要性(絶対条件ではない)などについて興味ある教えが述べられている。以下私が気になった個所を羅列すると・・・。
 For the wisdom of this world is foolishness to God. (現世の知恵は神から見たら愚かなものだ) The Lord knows full well how the human mind reasons, and how foolish and futile it is.(神は人間の心がどう物事を論理づけるか承知している。それがいかに愚かで不毛なのかということも) For instance, take the matter of eating. God has given us an appetite for food and stomachs to digest it. But that doesn’t mean we should eat more than we need. Don’t think of eating as important, because some day God will do away with both stomachs and food. (例えば食べるという行為。神は私たちに食べ物を求める食欲と食べた物を消化する胃袋を与えた。だが、だからといって、必要とする以上の物を食べていいというものではない。食べるという行為が大切なものだと考えてはいけない。やがて神は私たちの胃袋や食べ物を意味のないものとするだろう)If you do not marry, it is good. But usually it is best to be married, each man having his own wife, and each woman having her own husband, because otherwise you might fall back into sin.(もしあなたが結婚しないなら、それはそれで良し。だが、普通は結婚するのが最善だ。男は妻を女は夫を持つべし。そうでないと、あなたは罪深い行為に走りがちだからだ) The important thing to remember is that our remaining time is very short. … Those in frequent contact with the exciting things the world offers should make good use of their opportunities without stopping to enjoy them; for the world in its present form will soon be gone.(大事なことは私たちには残された時間がほとんどないということだ・・・現世が提供する楽しい事柄に勤しんでいる者はそれをやめる必要はない。今のうちにせいぜい楽しむことだ。今の形での世界は間もなく消滅するだろうから)
 現代に生きる私たちにこそ残された時間はほとんどないのだろうか。そうした大問題はこの際置いといて、私には無節操な胃袋を戒める言葉が耳に痛い。今の私にとって、毎夕の時として度を超す晩酌、食事は明日の活力を養う源なのだ。神様、お許したもれ!
 (写真は、最近作ってみた秋の味覚の栗ご飯。美味だった。炊飯器よ、ありがとう!)

関西の旅

 10月末から一週間近く関西方面に出かけていた。今教えている大学が学園祭でその期間休講措置となったため、それを利用して、久しぶりに京都大阪神戸を訪れた次第だ。友人や先輩が教壇に立っている三つの大学で特別授業もやらせて頂いた。新聞社を退社後に手がけた海外取材の旅を振り返る授業だった。これまでに刊行した拙著をPRするのが真の狙いだったのではあるが。持参した翻訳本『幸せの残像』の宣伝チラシも大方はけた。
 京都では京都外国語大学の英語の授業で教壇に立たせてもらった。かつての職場の上司のお膳立てもあり、100人以上の学生が集まり、座り切れずに教室の後ろに立って話を聞いている学生もいた。パワーポイントを使ってアフリカ、アメリカ、英国&アイルランドの旅を駆け足で話させてもらった。学生たちにどれだけ参考になる話ができたか分からないが、私の得意のギャグに弾けた笑顔やメモをする姿などから察して、それなりのお役に立てたのではないかと願っている。
 大阪は新聞社時代に二度ほど、通算で5年近く勤務した経験がある。私には懐かしい地だ。今回改めて考えてみたら、最初に大阪に勤務したのはロンドン支局から「直行」した1996年春のこと。もう17年の歳月が流れている。年を取るはずだ。つい昨日のような思いをずっと抱いていた。今住んでいる福岡もいいが、大阪も実に良かった。馴染みの寿司屋、居酒屋、銭湯がある。
 今回そうした店をのぞきたかったが、夜の予定が詰まっていて、かなわなかった。銭湯だけは行きたいと思っていた。サウナが付いていて、かつて常連だった。行けば、番台の大将か奥さんが私のことを覚えてくれていて、「お、那須さん、お久しぶり」と懐かしがってくれるのが分かっていた。数年前に再訪した時がそうだった。20代の息子さんが番台にいると、私は「お、青年君。元気か」と声をかける。彼の名前までは知らないので、いつも「青年君」と呼びかけていた。私も彼も競馬が好きなので、お馬さんの話をよくした。
 この銭湯はなぜだか分からないが、ゲイの客がいて、私は大事な一物を触られそうになったことがある。女性にもてたためしはないが、ゲイの人には結構声をかけられる。自慢にも何にもならない。それは不快な思い出なのだが、番台の一家の温もりが心地好いから、大阪に行き、暇があれば、私は午後の早い時間でも一風呂浴びたくなるのだ。ここも今回はパスせざるを得なかった。
 今、土曜日の夜、福岡への帰りの新幹線の車中でこの項を書いている。タイミング悪く、日本シリーズの巨人にとっては剣が峰の第6戦を見ることができないのは残念だが、これは仕方ない。月曜日から大学での授業が再開されるから、そろそろ帰途に就かないと。
 嬉しかったこともある。土曜日の午後、芦屋のキリスト教会に足を運ぶことができたことだ。このブログで以前に紹介したことのある「子羊の群れ」という教会だ。教会では最近、スペインで賛美のコンサートを催したばかりで、この日の午後、その報告を兼ねたコンサートが教会であった。コンサートの直前、牧師のピーターさんと久しぶりに会い、来訪を喜んでもらった。私の海外の旅の間の無事を祈って頂いた奥様とも語らい、癒しのひと時を過ごすことができた!

秋の味覚

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 早いもので最後にこのブログをアップしてから一か月以上が経過している。仕事というか雑務、いや、やはり仕事と呼ぶべきだろう、に追われて、ブログのアップがおろそかになっていた。別にノルマがあるわけでなく、特段書きたいテーマがあったわけでもないから、何の後ろめたさもなく、時間だけが過ぎていった。
 後ろめたさと言えば、新聞社を辞めて4年近く経つのに、今でも時々、原稿が締め切りに間に合わないとか、デスクに報告するねたがなく焦るとかいった夢を見る。地方支局勤務時代の苦い思い出が消え去っていないのだろう。正直あまりいい目覚めではないが、これからも死ぬまでこうした夢からは解放されないのではないか。まあ、それを思えば、今の自分は・・・。
 今は午前中は出版社から依頼された新しい翻訳に取り組んでいる。19世紀に一世を風靡したアイルランドの作家の夫人の伝記だ。恥ずかしい話、これがなかなかはかどらない。英文自体が少し難解なこともあるが(『幸せの残像』の翻訳に比べれば、難易度ははるかに上)、こなれた日本語に仕立てるのがなかなか厄介。詰まる所、自分自身の力不足の故なのだが。
 その他、今教えている大学の英語の授業の教材作りにも精を出しているが、これが結構時間がかかる。学生がどれだけ理解しているのか甚だ心もとない授業なのだが、最近は真剣な目で聞き入ってくれる(女子)学生もいて、教材作りは決しておろそかにはできない。まあ、自分自身の英語の勉強にもなっているので、「一石二鳥」なのだが。
 余裕があれば、近くのジムをのぞき、プールで軽く泳ぐか、水中を歩いている。あまりカロリーを「消費」していないのではないかと危惧している。体重が落ちた自覚もないし、お腹のふっくら具合もあまり変わりがない。まあ、何もしないよりはましだろうと自分に言い聞かせている。ゆっくりシェイプアップだ。
 石部金吉のような生活もすっかり板についた(と自分では思っている)。楽しみはほぼ一日おきにスーパーに出かけ、酒(焼酎)の肴や晩ご飯(朝ご飯も)のおかずを考えることだ。およそ料理音痴の私だが、まあ、何とか、生き延びていくために胃袋を満たすだけのことはできる。何しろ、炊飯器は学生時代から愛用している「勤続40年以上」のつわものだ。今でも連日おいしいご飯を炊き上げてくれる。
 おかずのレパートリーは当然のことながら片手で数えられるほど。パスタが最近加わった。ただ、どうも味がいまいちだなと思って、パッケージの説明書きを改めて読んでみたら、「ゆであがったら、すぐにお湯を切って、あたたかいままのスパゲッティにソースをあえて召し上がってください」と書いてある。オマガ! あたしゃ、蕎麦の感覚で麺を水でしっかり洗って、召し上がっていた! 道理で味がいまいちのわけだ。まあ、いい、これで一つ利口になった。
 数日前には新聞社勤務時代の取材で親しくなった大分県佐伯市のHさんご夫妻から「秋の味覚」が届いた。ご自身の農園で育てた見事なサツマイモと栗だ。サツマイモは早速味噌汁の具に加えたり、電子レンジで焼いて、焼き芋風にして食べている。バターをかけて食べるとこれが凄く美味い。しめしめ、まだ何か他の料理に加える手はないかと料理音痴の頭をひねっているところだ。
 (写真は、電子レンジでこさえた「焼き芋」。私にはこれで幸せ一杯の秋の味覚だ!)

『幸せの残像』

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 昨年末以来、翻訳に取り組んでいたイランの小説がようやく福岡市の出版社・書肆侃侃房(しょしかんかんぼう)から刊行されました。邦訳のタイトルは『幸せの残像』です。著者はイラン人のパリヌッシュ・サニイ女史。イランを舞台にした悲しくも切ない恋愛小説ですが、著者自身の言葉によると、過去半世紀、イランの多くの女性がかいくぐってきた苦難の体験が凝縮されているとのことです。
 書肆侃侃房は “Woman’s Best” と称し、フィクション・ノンフィクションを問わず、世界中の女性の生きかたについて書かれた書籍を翻訳出版していくプロジェクトを展開しています。私はこれまで拙著をここから刊行していただいた関係で、今回、この小説の翻訳を依頼された次第です。原著のペルシア語から翻訳された英語版が非常に平易な英文となっていたため、そう苦労することなく訳することができました。とは言え、邦訳本は650頁を超える大作です。今はこの翻訳本が日の目を見て、翻訳者として静かな喜びに浸っています。我々日本人にはとかく靄がかかったように理解しづらい中東イスラムの世界、かつてはペルシアとして知られたイランの社会が垣間見える作品です。訳者解説でも触れましたが、翻訳作業に当たりながら、幾度となく、涙が湧いてくるのを抑えきれませんでした。手にしていただければ、幸甚に思います。定価2,625円。
 なお、書肆侃侃房のホームページ(http://www.kankanbou.com/kankan/)上で案内が出ています。

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