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December 2025

The road to hell ...

 今年もあと数日。また新しい一年がやってくる。世界情勢は緊張をはらんだまま2026年になだれ込んでいくようだ。ただしかし、トランプ米大統領は終わりの始まりにあるように思える。かつての熱狂的な支持者の間でもトランプ離れが着実に進行し、2026年に実施される中間選挙では与党共和党が苦戦し、野党民主党が主導権を奪取する可能性もあるとか。それが世界に朗報となるのかがよく分からないのが悩ましい。日中関係も今のぎすぎすした関係が恒常化するのだろうか。好転して欲しいと切に願う。
 とまあ、愚禿凡夫は身の回りのことから片づけていこう。はて、去年の今頃は何をしていたのか、何を考えていたのか。そうしたことは記憶のかなたにある。韓国に旅したような気もするが、いやあれはいつだったか。確か、北陸・能登半島の地震の直後だったような記憶が・・。そうだ、こういう時はブログをスクロールしてみればすぐに分かる。このブログは日記帳のようなものだ。
 それで韓国の旅は一年前ではなく、2024年の正月だと分かった。そうか、2年前になるのか。つい先日のような気がしないでもない。本来ならそろそろ台湾に旅したいのだが、航空券がちょっと手を出しづらい。そんなことを考えていたら、本日は日曜日で中央競馬会(JRA)の一大イベント、一年の最後を飾る有馬記念の日ではないか。何度も書いている通り、私はもう馬券を買うことはないが、予想(推理)だけは毎週末楽しんでいる。実際、予想をした上で本番のレースをJRAのホームページ上で生観戦している。心弾むひとときとなっている。すべて無料であり、懐を痛める心配がないのは有り難い。
 普段、馬券を買わない人も馬券を購入すると言われる有馬記念。私は頭の中でレースのシミュレーションを済ませている。先頭でゴールするのはあの馬、単勝オッズ38.9倍の人気薄だ。二着馬はこれとこれ、三着馬は特定できないから、総流し。JRAのホームページのオッズ欄で「取らぬ狸の皮算用」をしてみると、馬単で24,100円、三連単ならざっと94,000円の払い戻しとなる。賭け金を増やせばその分払い戻し額も増える。
 もちろん、馬券をネットで購入することはないので、夢物語を綴っているに過ぎない。去年の今頃アップしていた項を再録すると。ーー競馬界の一年の終わりを告げる有馬記念。何度も書いているが、予想だけしてレースをパソコンで見る。私は今では馬券は買わないで予想だけをして楽しむ派。でも予想するからには当てたい。たとえ実際に夢のような馬券が的中し、実際に電話投票していたら、うん十万円、うん百万円の大万馬券が懐に転がり込んでいたとしても嗚呼惜しかった、本当に馬券を買っていれば良かった!などとは思わない。実際そうしたケースは過去に何回か経験している。悔しくも何ともない。私の理屈はこうだ。現実に私がその馬券を電話投票で購入していたなら、神様がきっと「介入」して当たり馬券とはなっていなかっただろう!ーー
 そして今年の有馬記念は今レースが終わったばかりだ。私の本命馬は途中であえなく失速、掲示板にも載らなかった! 最近のメディアでは老若男女、特に若者をギャンブルの世界に誘ういかにも楽しそうな広告をよく見かけるが、用心あれかし! 彼らに送る言葉は次の金言だ。“The road to hell is paved with good intentions.”

玉名温泉を堪能

 玉名温泉から帰宅した。早朝、午後、夜中と日がな一日、お湯に浸かっていた。朝食はホテルが朝食会場で提供してくれるのでいいのだが、問題はランチと夕食。玉名温泉の周辺は悲劇的に飲食施設が貧弱だった。ランチ難民、夕食難民となるのは不可避だった。まあ、それでも何とかお腹を満たすことはできたのであまり文句は言いたくない。
 夕食難民となってホテル周辺を徘徊しているうちに、何軒か感じの良さそうなお店も見つけた。玉名温泉は福岡からそう遠くはない。在来線でも博多駅経由で2時間余、2,130円で行ける。宮崎や大分、鹿児島の温泉地はそういうわけにはいかない。年明けにもまた足を運びたいと思った。これぐらいは亡きお袋も許してくれるだろう。
                  ◇
 玉名温泉滞在中に今年最後のオンライン英語教室を実施した。ナイジェリア出身の作家の “Miracle in Lagos Traffic” という短篇。ナイジェリアの貧困というか貧富の差を背景に描かれていた。比較的裕福な一家の娘が腎機能の病気を患ったため、腎臓のドナーを探すことになる。母親は敬虔なクリスチャンであり、彼女の願いが通じたのか、商都ラゴスの通りで物乞いと変わらない仕事に従事している貧しい少年と知り合い、彼の腎臓が奇跡的に娘のそれと「適合」していることが判明する。母親は狂喜乱舞して少年とその父親にドナー提供を要請する。少年一家には夢のような経済支援も申し出る。
 話はトントン拍子に進み、手術の日がやってくる。娘一家の運転手が少年の住むスラム街に迎えに行っており、少年はその車で病院に到着する手はずになっていた。だが、少年は現れず、運転手から母親の携帯に電話が入る。身体にメスが入る手術に怖じ気づいたのか、それとも既に十分お金を手にしており、娘一家を土壇場で欺そうと目論んでいたのかは読者には分からない。運転手が母親に少年一家の掘っ立て小屋が幽霊のように消えちまっていますと報告するくだりが面白い、私は声を立てて笑いそうになった。ラゴスの庶民の一筋縄ではいかないしたたかさがよく出ていた。
 母親が運転手の報告をどう受け止めたのかは書いてない。そのくだりを原文で紹介するとーー。Something in his voice sounded like he might have been laughing. 原文に忠実に翻訳すると、「彼の声にはどこか、さっきから笑いっぱなしなのでないかと思わせるものがあった」ぐらいだろうか。私はちょっと訳文に手を加えたくなった。原文にない要素を訳者が勝手に付け加えることは普通は許されないことだろう。それは承知しているが、私は場合によってはそれもある程度許されてもいいと考えている。(もちろん、きちんとした翻訳本であれば、筆者の許可を得ることが先決だろうが)。
 一家が雇っている運転手は薄給で雇われていることが分かる。日本人の視点からは信じ難い薄給だが、ナイジェリアという国では平均的報酬なのだろう。給与の増額を願い出るが、一蹴されてしまう。運転手はそうした不満を抱えているので、裕福な一家が見事に足元からすくわれたことに少し「溜飲」を下げる思いがしたのかもしれない。私は訳文の冒頭に手を入れて、「運転手の弾んだ声を聞いていると・・・」としたかった。彼の声は間違いなく沈痛ではなく、面白がっているところがあったに違いないと思うからである。

湯に浸かり一句

20251222-1766402908.jpg 熊本・玉名温泉のホテルでくつろいでいる。ここの湯が気にいっている。トロン湯と呼ぶらしい。ネット情報だと、「トロン原石という天然鉱石の成分や遠赤外線効果を利用した人工温泉(薬用温泉)の一種で、体を芯から温め、血行促進や疲労回復などに効果がある」とされる。よく分からないが、長く患っている背中の帯状疱疹による神経痛にも効き目があるのではないかと期待している。
 昨夜はそのトロン湯を堪能した後に近くの高級焼き肉レストランで散財した。さすがに美味かった。久しぶりに日本酒の冷酒(300ml)も頂いた。仕事の帰途に時々のぞいている焼き鳥屋の焼き鳥も美味いが、それはそれ、これはこれか。 
 一夜明けて月曜日。ホテルの朝飯を頂き、再び朝風呂に。昨日から湯船に浸かりながら、温泉にまつわる句をひねろうと思ったが、なかなかいい句が思いつかない。すぐに頭に浮かんだのは――古希を過ぎ なお悩まさる 身と心―― 帯状疱疹という語はさすがに長すぎて、はさめない。ふと気づく。季語が入っていないではないか。それでは露天風呂から見えた木立の光景を念頭に――木々枯れて 古希の身体に 痛みなお――
 所詮ど素人の駄作。今、パソコンの画面を見やりながら、句会(といっても参加したことなどないが)で発表しても1点も入らないだろうなと諦めの心境。よし、また再考しよう。
                  ◇
 今回の旅もまた失敗をしてしまった。旅のお供の文庫本を携行するのを忘れてしまったのだ。居間のテーブルの上にずっと置いていたのだが、出発する前にリュックサックに入れるのをすっかり忘れていた。最近はこういった失敗の連続だ。情けない。まあ、いいか。オー・ヘンリー賞受賞の短篇集は手元にある。まだ、半分以上は読んでいないから、時間は十分につぶせる。
 昨夜のオンライン英語教室も何とかホテルの一室からやり終えた。今年は昨夜で終了。年明けはまだ決めていないが、これから何を読むか決めなくてはならない。作品を楽しみながら、英語力を身につけるものを選びたい。
                  ◇
 お昼を食べようと昼過ぎにホテルの周辺を歩いた。これまでホテル周辺を歩いたことはない。聞けば少し歩けば、地元名物のラーメン店があるとか。確かにあった。元気なおばちゃんが切り盛りしていた。ラーメン(700円)を注文する。出てきたのは豚骨系のラーメンだった。私はどうも豚骨系は苦手。有り難く全部食べたが、また明日も来たいとは思わなかった。これは好みだから致し方ない。
 ホテルに戻り、再びトロン湯に。贅沢なひととき。ホテルはネットで予約していて確か一泊5,500円だったか。昔のマッチ箱より小さめな部屋でベッドが一つあるきりで、机もイスもない。嬉しいのは狭いトイレはウオッシュレット完備なこと。温泉を何度も楽しめれば文句はない。あ、また一句浮かんだ。だが、これも俳句に精通した人からは理屈っぽい句と一蹴されるのだろう。致し方なし。
 枯れ木立 煩悩深し 古希の我 

自分へのご褒美

20251222-1766364417.jpg 私はこのブログでは身辺雑記を中心に書いている。といっても、非常勤講師をしている職場に関することは極力触れないようにしている。その理由はことさら述べる必要はないだろう。善意で書いたとしても関係者の心を傷つける可能性がなくはない。それで、ライフワークである外国語学習に関係する話題以外のことはシャットアウトしている次第だ。それは女子大や専門学校で教えていた時にも自身に課してきた戒めだ。
 さて、本日から熊本・玉名温泉のホテルに投宿する。この夏に初めて足を運んだ時に気に入った温泉地だ。湯がいいと思った。もう一度浸かってみたい。背中の帯状疱疹は一向に完治する気配がない。少しでも癒やしたい。もう一つ、近くに穴場的なレストランがある。そこを再訪することも楽しみだ。最大の楽しみは部屋にこもって読書三昧。読みたい文庫本は買ってある。私は急がず、じっくり読む派なので、文庫本は2冊もあれば十分。それに、オンライン英語教室で読んでいるオー・ヘンリー賞受賞作品を集めた短篇集も持参するので、時間を持て余すことはないだろう。
 仕事のことはすっかり忘れたいが、一つだけ、忘れてはならないことがある。1.2週おきの日曜日に催している英語教室。この日がその日曜日。温泉に浸かった後にパソコンを開いて教室を開講する。自宅にいなくても開講できるのは本当に便利だ。この日は今年最後の教室。ナイジェリア出身の作家の作品を読む。アフリカをライフワークにしたいと願っている私は作品の大団円で思わず声を上げて笑いたくなったユーモラスな短篇だった。2人の受講生はどうだろうか?
                  ◇
 読売新聞やNHKラジオ、海外のメディアで国際面のニュースは毎日フォローしているが、今年も暗澹たる思いに駆られる記事ばかりだったような気がする。聖書が説く世紀末の時代に本当に我々は生きているのではないかという思いが強くなる。私のように行く末が見えてきた世代はいいが、生を受けたばかりの赤ん坊やよちよち歩きの幼児たちは可愛そうでならない。
 いつもは見出しだけを見て、素通りしている英BBCのネットの記事に手が止まった。その見出しは Putin vows no more wars if West treats Russia with respect とあった。「もし西側がロシアを尊敬の念で遇するならば戦争はやめるとプーチン大統領が約束」。額面通りに受けとめることはできないだろうと思いながらも、近年ではあまりお目にかかれない前向きの見出しに興味を覚え、記事をプリントアウトして読んでみた。
 プーチン大統領が4時間を超えるロシア国民との質疑応答に際して、BBCのロシア編集担当責任者の質問に答える形で述べたのだとか。大統領は欧米諸国の北大西洋条約機構(NATO)がかつて東欧には手を出さないと約束したのに、その約束を反故にして東欧にまで進出してきたように、我々を再び欺さないならば、ロシアによるウクライナ侵攻が終息する可能性を示唆したようだ。プーチンウオッチャーならこの興味深い発言の真意は分かるのだろう。そうでない私は脳内を??が駆け回る。ウクライナ侵攻が勃発してもうじき4年。ウクライナを打ち負かせないプーチン政権が音を上げつつあるように見えなくもない。

declutterの好機

20251216-1765881687.jpg 記憶力の劣化にあきれるほどである。授業に活かそうと昔書いていた原稿や海外で撮影した写真を探そうとした。そうしたものが大切に保管してあるUSBメモリーやメモリーカードが確か、滅多に使わないデスクの引き出しにあるはずだ。一番あって欲しかったものがなかなか見つからない。不思議だ。他の場所に移した記憶はない。いろいろなところを漁った果てに、普段座って事務作業をしている居間のテーブルの上、あまたのガラクタの中からそれが出てきた。捜し物が見つかったことにほっとするとともに、あきれた。
 続いて困ったことは海外で撮影した写真が残っているメモリーカードをデジカメに入れて見ようとしたが、全然、反応しなかったこと。デジカメは新聞社を辞める直前に購入していた。当時としては本格的なデジカメだったが、仕事の場ではあまり使うことなく早期退社した。アフリカの旅には携行しなかった。いいデジカメなので本当なら持参したかったのだが、誤解を恐れずに言えば、高級品のデジカメを持ってアフリカの街々をほっつき歩くことは「盗んでもらって結構です」というようなものだ。手のひらに収まるようにコンパクトで手頃な値段のデジカメ携行で我慢した。(実際にはそのデジカメは盗まれることなく全行程を無事終了したが、その後故障したので廃棄せざるを得なかった)。
 さて、メモリーカードを残った今のデジカメで「再生」しようと試みたが、できなかった。デジカメ自体の操作方法が分からなくなってしまっていた。長く勤務した新聞社を早期退社してはや15年。当時は問題なく使いこなしていたように思うが、今は全然分からない。情けないことこの上ない。天神の近くにある、かつて勤務していた新聞社に足を運び、写真部の誰かに教えを請おうとさえ考えたほどだ。いや、それはさすがに恥ずかしい。親しい記者が残っていればまた話は変わるが、そういう人はもはやいない。
 それでしかたなく近くにある家電の量販店に行き、カメラ売り場にいた店員さんに尋ねた。いずれにしろ、新しいメモリーカードを購入する必要もあった。そのついでに店員さんに色々教えてもらい、凄く助かった。よく分からないが、アフリカで使っていたデジカメはパナソニック。今手元に残っているのはニコン。compatiblity(適合性、互換性)と言うのだろうか、ニコンのデジカメでは他社のデジカメのメモリーカードを再生することができないようだ。
 パソコンなら大丈夫ですよとのことで、帰宅後、トライしてみた。これも量販店に行く前にトライしていたが、だめだった。再度トライしてみると、あら、不思議、これまで再生できなかったものが次々に現れてきた。そんなこんなで今手元にあるデジカメは問題なく使えることが分かった。普段の生活では旅先での写真も含め、スマホで十分事が足りるので不便はないが、スマホ以外にしっかりしたデジカメがあるのは心強い。
 とにかく、部屋中が散らかりまくっていることに改めて気づいた。世間で言うゴミ屋敷ではないが、とても胸を張れるものではない。それで決意した。年末年始は遠出する予定はない。せいぜい、部屋の片付けに精を出そう。仕事の準備もソファーに座ってやるのではなく、きちんと机を前にイスに座って心静かに手がけることができるようになりたい。このマンション(アパート)に住んで13年。一頃流行した英語表現で言えば、declutter(物を減らしてすっきりさせる)には絶好の機会到来だ!

prepper とは?

 寒いと動き出すのが億劫になる。第一、朝目覚めてもなかなか温かい布団から抜け出せない。実兄は仕事のために毎朝3時半ごろに起きていると言っていたが、同じ兄弟ながら、私は朝は全然弱い。毎朝起きるのは6時頃。スマホのアラームを6時にセットしており、6時になるとチャイムみたいなものが鳴り出す。それでさあ起きようと思う。思うのだが、ついつい惰眠をむさぼり、6時15分頃になってようやく起き出す。情けない。
 それでもかつての自分から比べたら早起きになった方である。新聞記者時代には何時頃起きていただろうか。夜遅くまで飲み明かしていたので、8時頃だったかもしれない。東京勤務で通勤ラッシュを回避する時には早く起きていた可能性もあるが、私にとって早朝とは何となく8時前後か。だから今、中学校の非常勤講師となり、朝1限の授業に間に合わせるため、朝6時に起床する日々は「画期的」であり、自分で自分をほめたくなる。それが大半の人にとっては当たり前のことであってもだ。
 いかん、また詰まらないことを駄弁ってしまった。まあ、これも備忘録、後年、この項を読み返す時、嗚呼、俺は毎朝6時には起きようとしていたこともあったのだなと懐かしく思う日があるかもしれない。
                  ◇
 ズームで定期的(月2回)に催している英語短編小説を読む教室。オー・ヘンリー賞を受賞した作品を読み進めていることは先に書いた。アメリカを中心に最新の短編を読んでおり、古典とは異なる味わいに受講生よりも私の方がはるかに勉強になっている。先夜に読んだのは “Countdown” という小説。ロシアのウクライナ侵攻を背景にしており、クレムリンの徴兵策でそれまでの平穏な日々が瞬時に奪われるロシア人家庭の窮状が淡々と描写されていた。ウクライナの前線に送り込むためにクレムリンが徴兵制を敷く。徴兵の役目を担った二人の兵士が中年の男性宅に強引に押し入る。男性は外出中。兵士たちは怯える妻と幼い娘をからかいながら、自分たちが後で食べる食料品を冷蔵庫から強奪していく。こういう光景が日常茶飯事なのだろうか。
 ウクライナ戦争関連以外で気になる語があった。prepper という語で、敢えてカタカナ表記すると、プレッパー。普通の辞書には出ていないので、ネットで検索すると、大意次のように説明されていた。舞台はアメリカ。――自然災害や経済恐慌などで発生する世紀末的苦境に対処するため、生存術や物資の備蓄、避難訓練などに日常的に取り組んでいる人々のこと。prepareという語に由来し、「備える人」を意味する。中央政府や地方自治体の公的支援を当てにせず、自力で生き延びることを信条としている。2017年時点では全米に250~450万人のプレッパーがいると言われ、自給自足で生活するための農場や家畜を所有していたり、自宅の地下を核シェルターに改造していたりするとか。彼らは政府やメディアを信じず、支配階級の力が及ばないローカルなラジオやインターネット、身近なコミュニティなどを情報源としている。隣人であっても敵とみなすライフスタイルの実践者とも――
 アメリカにプレッパーの人々が本当に数百万人もいるのか知らない。そうだとしたら、私には彼らがアメリカの闇を暗示している存在に思えてならない。

早くも師走

 あれよあれよという間に師走となった。ほどなく新年2026年を迎えるとは。ときの流れが速過ぎる? 早過ぎる? あれ、この場合どっちだったかと今また迷う。ネット検索すると、「AI による概要」として次のような説明がある。「時間の流れが早く感じるのは『ジャネーの法則』によるもので、年齢を重ねるごとに、経験する出来事の相対的な価値が低くなり、時間が早く過ぎると感じられるようになる。また、大人になるにつれて新しい体験が減り、日々の活動が単調になりがちであることも原因」と述べてある。『ジャネーの法則』は知らないが、表現は「早過ぎる」でいいのか。ともかく、新しいことに挑戦すれば、打開策はあるらしい。なかなか新しいことは見つからないが・・・。
 私にとってはずっと自分に課していることを新たな高みに引き上げたい、それが挑戦になるかと思っているが、なかなか難儀だ。中国語と韓国語の学習。いっそのこと、中国(台湾)か韓国に短期でいいから、語学留学でもしたいが、諸事情からそれは甚だ困難。それで毎朝、NHKラジオの語学講座に耳を傾けるのが精一杯だ。だが、これとても右の耳から左の耳にすらすらと理解できるものでは、私の場合はない。頭の中に??がいつも浮かんでいる。つい最近も「ごめんなさい」と謝罪するときの表現、カタカナ表記だと「バオチエン」ということは覚えていたが、中国語では大切な声調はうろ覚え。チエンは下がり調子(四声)かなと思ったが、バオの声調は全く自信ない。耳でネイティブ話者の発声を聞いてもよく分からない。ネットで調べて、ああ、これも四声かと知った。中国語では「抱歉」(bàoqiàn)。普通の会話では「抱歉、抱歉」と2回繰り返すのが一般的らしい。
 これで謝罪の言葉は完璧に覚えたとはゆめゆめ思ってはいない。しばらく時間が経過すると、またうろ覚えに逆戻りしてしまう。難しい漢字はもちろん、声調もあやふやになってしまう。老化現象の一つだろうか。情けないけど仕方ない。不思議なのはいつまでもよく記憶している語もあれば、何度覚えたつもりでもすぐに忘れてしまう語もあることだ。外国語の語彙にも相性の良し悪しがあるのだろうか。
                  ◇
 大リーグやプロ野球がシーズンオフとなり、一喜一憂することが格段に減った。もっと嬉しいのは、毎朝、テレビやパソコンの前に釘付けとなることがなくなり、自由な時間が増えたことだ。そういえば、この時期をストーブリーグと呼んでいたなと思いだし、これは海の向こうでも通じるかなと、調べてみたら、ちょっと異なることを知った。
 英語では hot stove league と頭に hot を付けて使うのがスタンダードのようだ。オフシーズンの冬の期間、ファンの人たちがストーブの回りで暖をとりながら、各チームの来季の戦力、選手のトレードの動きなどを噂し合ったのが語源らしい。hot が付くか付かないかで意味が正しく伝わるか伝わらないかが決まるとはいかにも英語らしい。
 それにしても、噂されているプロ野球の有力選手たちが来シーズン、大リーグに移籍することになれば、ますます大リーグに関心は移る。ここ福岡は地元チーム、ソフトバンクホークスの熱狂的なファンが跋扈しているが、ジャイアンツの衰退とともにプロ野球への関心自体が薄れてしまった身としては野球は早朝に見るスポーツとなってしまった。

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