英語でさるく 那須省一のブログ
「耳を覆ったところで・・」
- 2021-07-18 (Sun)
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前回の項で、蝉時雨のことを書いた。「マンションの自室にいても毎夏、蝉時雨が聞こえていたような気がするが、今夏はまだそういう経験はない。これからあるのか分からない」と。日曜朝、窓を開けて、聖書関連の書を読み、新聞に目を通していると、おっ、聞こえるではないか。まさに降るような蝉時雨が。慣れてしまえば気にならないのだろうが、さすがにうるさい。窓から前方にはマンションしか目に入らないが、どこにこれだけの鳴き声を聞かせる蝉が群れているのか不思議でならない。
わずか一週間の命。とはいえ、それは80年前後の人生を生きる我々の視点から見た思いに過ぎないのだろう。1万年前の化石が見つかるとかいったニュースに接すると、1万年前ってどれほど前の話なんだよと突っ込みたくもなる。想像もつかない。人類は立って歩いていたのか、言葉を文字を持っていたのか?
仮にそうした気の遠くなるような「寿命」の生命体がいたとしたら、我々の一生は蝉のようなものに見えるのかしれない、などと考えたくなるのも、この気の滅入る暑さのせいか。
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公民館の中国語教室で「掩耳盗铃」(yǎněrdàolíng)という表現を学んだ。中国の故事にまつわる表現で、「耳を覆って鈴を盗む」つまり「自分で自分を欺く」という意味。人に気づかれたくないからと耳栓をして鈴を盗んだとしても、鈴の音で人にはその盗みがばればれとなっている。鈴はもともとは大きな鐘だったらしい。
日本語には中国由来の諺が少なくない。似たようなものがあるのではと頭をひねってみたが、思い浮かばない。強いてあげれば、「頭隠して尻隠さず」ぐらいのものだ。でもこれにしてもぴったりという感触はない。
なぜこの「掩耳盗铃」という成句が印象に残ったかというと、私はこのところ、この成句が戒める生活習慣になっているのではないかという危惧があるからだ。例えば、体重。運動不足がたたり、自己最高を更新しているのではないかと恐れているが、体重計にのることはしない。まさに「掩耳盗铃」の典型的例だろう。
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大相撲。日本人の関取が情けない状態に陥ってからはそうは熱心に見ていないが、それでも小兵力士が活躍すると応援したくなる。
名古屋場所。久しぶりに東京を離れての場所となった。注目は大関照ノ富士が横綱昇進を決めることができるか。千秋楽の結びの一番は果たせるかな、照ノ富士と横綱白鵬の全勝対決となった。私はもとより横綱の風格に欠ける白鴎のファンではない。照ノ富士のファンでもなかったが、体調を壊し、序二段まで落ち、奇跡的なカムバックを果たした大関には敬意を表せざるを得ない。
かくいう次第で照ノ富士に声援を送りながら、結びの一番を見たが、白鵬があっけなく勝利した。それにしても、立ち合い時に例によって右肘を使ってのかち上げなど、横綱相撲からはほど遠い内容。耳よりも目を覆いたくなるような一番だった。あれではいくら優勝回数を重ねても名横綱として記憶されることはないだろう。少なくとも私にはそうだ。
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We are truly living in a global village!
- 2021-07-16 (Fri)
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大リーグのオールスター戦は大谷フィーバーが席巻したようだ。全米の野球ファン、いや米国民を魅了したショウヘイ・オオタニは凄い青年だ。野球はアメリカでは4番目の人気スポーツだと聞いたことがある。バスケットボールが1番でフットボールが2番で・・・。大リーグ機構が一丸となってショウヘイ人気をあおっているのを目にすると、彼が大リーグの裾野を広げるダイバーシティー(diversity)を象徴する人物であり、また野球に対する国民の好感度を従来のファンベースから一気に拡大する好機到来と考えているような節も見える。まあ、それはともかく、根っからの野球ファンの一人である私はすぐに始まる後半戦でもショウヘイいや翔平君の活躍を願いながらテレビの前に座すことになる。
翻って日本のプロ野球はオリンピックを挟んだ長期の休みに入るそうだ。セパともに上位争いが熱を帯びているが、1か月の休みは何とも長い。オリンピックの野球もあるにはあるが、ペナントとはまた別の舞台であり、アメリカのチームには大リーグを代表する選手は加わっておらず、興味を抱けない。とにかく8月中旬にプロ野球が再開される頃に優勝争いが気の抜けたビールみたいになってなければいいが。ビールと言えば、猛暑が予想される今夏のビールはひときわ旨いだろうなあと思う。風呂上がりにキンキンに冷やしたビールで喉を潤したい、ぜひ近い将来!
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香椎浜を久しぶりに歩いた。本当はジョギングの方がいいのだが、水は低きに流れるもの、情けないが歩くことを選択した。それでも汗びっしょり。蝉時雨も今夏初めて耳にしたように思う。やはりあの蝉のやかましいほどの鳴き声を聞かないことには夏が到来した気がしない。マンションの自室にいても毎夏、蝉時雨が聞こえていたような気がするが、今夏はまだそういう経験はない。これからあるのか分からない。
香椎浜を歩いていてもう一つ気づいたことがある。空を飛ぶ飛行機の数が幾分増えたような気がする。福岡空港発着かどうかは分からないが、両方向に飛ぶ飛行機を同時に目にもするようになった。コロナ禍は以前猛威を振るっているようだが、航空機の往来は確実に戻りつつあるように思える。
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昨日(木曜)夜、早めに寝たためか、未明に目覚めてしまった。クーラーをつけて涼んだが、中途半端な眠りがたたり、寝付けない。暇を持て余し、深夜には滅多に見ないテレビをつけた。全英オープンの生中継が流れていた。松山英樹選手でも出場していれば熱心に観戦したかもしれないが、日本のエースはコロナ禍で欠場しており、あまり食指は動かない。
BBC放送をのぞくと、ドイツやベルギーで集中豪雨が発生し、家屋が流され、多くの死者が出ていることを中継していた。日本の各地で起きている豪雨被害とほぼ同じ光景。きっと、過去に体験したことのないような雨が降り、予想もしない被害に見舞われているのだろう。地球温暖化の異常気象はやはり全世界で被害をもたらしているようだ。この項をアップしている今、次の言葉が頭に浮かんだ。It seems to me that we are truly living in a global village. We can’t hide anywhere.
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「俏皮话」(qiàopihuà)
- 2021-07-14 (Wed)
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アメリカで刊行されているキリスト教信仰にまつわるエッセイ集 “Daily Guideposts 2021” を毎朝読んでいることを今年初めの頃に書いた。芦屋市に住む敬愛する人から毎年頂いている本で、今年は読みそこなっていた2011年本も同時進行形で読んでいる。日々生きている、生かされていることを神様に感謝する思いに浸る。興味深い文章にもよく出くわしている。
最近の例を記しておきたい。あるご夫人が書かれていた。海外の旅で訪れたインドネシアでの体験。ジャカルタでは “belum” という語があり、英語だと “not yet” という意味らしい。交渉の余地のない、取り付く島もない “no” ではなく、“not yet” なのだとか。この後の文章がすこぶる面白かったので、以下に記すことを許してもらいたい。
Belum leaves room for dreams. Asked in a job interview, “Do you have a college degree?” a fifty-year-old man who left school at nine will answer, “Belum.” And during a doctor’s exam, if an eighty-year-old woman is asked, “Do you have any children?” she’ll smile and reply, “Belum.”
素晴らしい表現だと思う。生きてさえいれば、チャンスはあるはず。人生に不可能なことなどないのではないか、と思わせてくれる言葉ではないか。私は上記のエッセイを読んだその日は凄く気分が良くなった。日本語だとどういう表現になるのか。「あなたは大学を出ていますか?」「まだです」。「あなたは子どもさんがいますか?」「まだです」。こんな感じだろうか。「まだです」。私もこれからこう答えて行こうかな?
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公民館の中国語講座。毎週できるだけ通っているが、力をつけているのかどうか甚だ心許ない。まあしかし、NHKラジオの中国語講座(初級)がテキストなしで何とか理解できるのだから、少しは力はついているのだろう(と思いたい)。
先日の公民館講座。例によって私が駄洒落をかます。一応、世間的には「ウイット」と称しているが、まあ「親父ギャグ」と大差ないか。広辞苑で「親父ギャグ」を引くと「年配の男性が口にする、時代感覚からずれた面白くない冗談や洒落(しゃれ)」とある。自分で言うのも何だが、私がかますのは「面白くないことはない」と思う。それで、厚かましくも「ウイット」と称しているのだ。
少なくとも受講生の一人であるご夫人は私の駄洒落を「面白い」と感じてくれているようだ。彼女は私の駄洒落を「俏皮话」(qiàopihuà)と中国語で表現してくれた。私が使っている日中辞典では「駄洒落」と引くと、確かに「俏皮话」が真っ先に載っていた。しかし、ここからが大切なのだが、「俏皮话」を中日辞典で確認すると「才知あふれる言葉、機知に富む言葉」と出ている。どうやら単なる「親父ギャグ」ではないようだ。「俏」(qiào)は「垢抜けした、気のきいた」という意味の形容詞らしい。
私は「駄洒落をかます」をこれまで「开玩笑」と表現していた。これからは「我喜欢说俏皮话」と言うことにしよう。「親父ギャグ」ではありませんよ、「才知にあふれた言葉」なんですよと。先方がどう受け取るかはまた別の話だが・・・。
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いよいよ “Klara and the Sun” の世界に
- 2021-07-12 (Mon)
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昨日(日曜日)新型コロナウイルスのワクチンの二回目の接種を受けた。今回は自宅近くの区役所出先が接種会場だったため、手間暇かからず楽だった。接種を受けた左腕の痛さもほとんど感じないほどで、一夜明けた月曜朝も体調に何ら変わりはない。これで終了ならありがたいのだが、海外からのニュースだと効果を持続させるため、3度目の接種の可能性を示唆する報道もあり、あまり安心はできないようだ。いずれしろ、今後とも外出時はマスクを付けることが求められるのだろう。一日も早く終息(収束)して欲しいと祈る。
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天神のカフェで毎月第2,4日曜日に実施している「小説を読む」英語教室もコロナ禍のため、ずっと自宅からオンラインで続けている。昨日から読み始めたのが日系の英国人作家カズオ・イシグロ氏の近作 “Klara and the Sun”。
初回には20頁程度を読んだ。書き出しから不思議な描写がある。BoyAFとかGirlAF という表現だ。読み進めるにつれ、なぞが解けていく。AFとは Artificial Friendのことなのだ。ヒロインのGirlAF であるKlara はまるで人間のようにきめ細やかな心情の揺れを感じ取るように成長していく。お店の中で他のAFと一緒に展示され、子どもたちがやってきて「購入」されるのを待つ。GirlAF をどう訳そうか。今頭にあるのは「ロボ友少女」。この小説はすでに邦訳が出ているが、翻訳者が何と訳しているか興味深い。
購入された家庭でその家の子どもの遊び相手、時には勉強相手になることが求められていることが分かる。一人っ子が当たり前の社会なのか。どこの国とは明示されていないが、英語が主要言語であり、着ている衣服で貧富の差が明確に認識できる格差社会でもあるようだ。Klaraを購入することになるのは、Klaraの見立てでは14歳半ばのJosie という名の少女。笑顔が魅力的な明るい少女だが、病弱な身体で歩行にも若干困難を感じている節がある。Josieには冷たい印象を与えるキャリアウーマンの母親がいつも付き添っている。
KlaraのようなAFにとって死活的に重要な意味を持つのが Sun(太陽)であることも冒頭から描かれている。太陽光をエネルギー源としているのだ。KlaraはB2の第4シリーズと呼ばれる型式のAFであり、今はさらに新しい型のB3が「発売」され始めたことも紹介されている。人間界も次から次へ「新人類」が誕生しているようで、私など時として肩身が狭く感じており、世代交代はロボットの世界だけの話ではないかもしれない・・。
冗談はともかく、次のようなKlaraの心理描写は心に染み入る。「そのロボ友少年は少女の数歩後をついて歩くということを受け入れていた。すれ違う人々は二人の姿を目にすれば、ロボ友少年が少女には愛されていないということが分かったことだろう。私はロボ友少年の足取りに気だるさを見て取った。家庭に引き取られて行ったとしても、その家の子どもに気に入れられなかったら、どういう気持ちになるのだろうとあれこれ想像せざるを得なかった。私はこの二人を見るまで、そういうことは思いもしなかったのだ。ロボ友が引き取られた家の子どもに疎まれ、いなくなって欲しいと嫌われながらも、一緒に暮らし続けるなんてことは」
何だか、同じ作家の2005年の名作 “Never Let Me Go” をほうふつとさせる描写だ。
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“He did it again. He’s a beast!”
- 2021-07-08 (Thu)
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大谷翔平君がまた打った。もちろん、ホームランだ。今季32号。ホームラン王を目指して一直線。ひょっとしたらひょっとするかもしれない。長打力を秘めた二刀流の選手とはいえ、強者たちがひしめく大リーグでその頂点に立つとは少し前まで想像すらできなかった。恐れ入谷の鬼子母神だ。私はなぜか「きしぼじん」と読んでいたが、どうも「きしもじん」らしい。
アリーグ東地区を突っ走る強豪、ボストンレッドソックスを迎えたホームでの3連戦。3タテを食らっても不思議ではないと思っていたが、2勝1敗と勝ち越して終えた。そのうち2戦目の1勝は翔平君が力投で挙げたもの。語源は知らないが、rubber match(ラバーマッチ)と呼ばれる決着をつける本日の3戦目で、DH出場した翔平君は初回のチャンスを作るヒットを放ち、同点に追いつかれた5回裏には上述の32号を右翼席にかっ飛ばした。あの松井秀喜先輩の日本人選手大リーグ最多本塁打(31本)をシーズン半ばであっさりと抜き去ったのだから驚きだ。いや、こと翔平君に関する限り、驚きには値しないかもしれない。
この日は日本時間では午前5時からの試合開始だったため、寝ぼけ眼でテレビを見ていたが、5回裏の攻撃では自打球を足に当てたのか痛がるそぶりを再三見せていた。こういう時にこそ打つんだよなと思って見ていたら、期待通り、文句なしの弾丸ライナーを右翼席に突き刺した。現地のアナウンサーが快哉の余り、“He did it again. He’s a beast!” と叫んでいたが、翔平君のパワーに対する最上級の誉め言葉だろう。本当に凄い選手だ!
水曜日付の読売新聞朝刊の文化欄で大谷選手の魅力について、野球に詳しい作家が論評していた。作家は大谷選手が「努力のにおい」を全然感じさせないところ、「スポ根」の呪縛もなく、ストイックな「求道者」のイメージが皆無なことに特徴があり、ただただ好きなことに専念している、そうした姿が見る者を魅了しているのではないかと論じていた。
私は翔平君の魅力はあの「胸がすかっとする」ホームラン、これぞホームランというような一打にあると思っている。それが見たくて早起きしてテレビを見ている。日本のプロ野球であのような快打を「常時」見せてくれる選手は皆無に近いのではないか。その上でマウンドに立てば160㌔近いストレートを投げ、強打者をねじ伏せる。スーパーマンとでも呼びたくなるような現代のヒーローだ。かてて加えて彼が好人物であることはあの端正なマスクを見れば分かる。昨日聴いたNHKラジオの中国語講座で「没有人不喜欢他」という文章が流れていた。「彼のことを好きでない人はいない」という意味だったような。「誰だって彼のことを好きになる」とも解釈できるのだろう。翔平君はそういう若者だ。
大リーグは間もなく前半戦が終了し、来週15日にはオールスター戦がある。その前日の14日には翔平君も出場するホームランダービーがある。NHKではこのホームラン競争をBS1で午前8時から生中継するようだ。コロナ禍は一向に収まらないわ、水害は全国各地で人々を悩ましているわで憂鬱な日々を送っている方々も多いことだろう。海の向こうの野球を楽しむ気分ではないと憤慨している方もおられるかもしれない。(こういう言い方、書き方は好きではないが)私的には翔平君の目の覚めるような大飛球のホームランを見てしばし陶然としたい思いだ。
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主席と主食
- 2021-07-02 (Fri)
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大谷翔平君がホームランを3本も打ったニューヨークでの対ヤンキース戦。彼が先発のマウンドに立った第3戦を楽しみにしていたが、制球が定まらず、塁を埋めては自滅し、1回も投げ切れずにマウンドを降りた。救援の投手も打たれて、自責点は何と7点。これでは防御率が酷い数字に落ちるのは避けられない!
私は途中でテレビ観戦を諦め、散髪に出かけた。帰宅してパソコンを開けると、なんとまだゲームが続いている。どうやら途中で雨が降り、かなりの時間、中断していたらしい。大リーグの凄いところは長時間でも雨が止むのを待ち、ゲームの成立を目指すところだ。プロ野球だったら、とっくに雨天コールドが成立していたことだろう。
ゲームは信じられない展開を見せていた。何と、貧打のエンゼルス打線から最終回表に満塁ホームランが飛び出し、8対8の同点に追いつき、さらに猛攻、最終的に11点を上げて逆転勝利。翔平君はとっくにゲームを離れていたが、負け投手として記録に残るのを奇跡的に回避できた。
一夜明け、本日(2日)未明の第4戦は悪天候により中止となった。私はDHとして打者に専念する翔平君が再び目の覚めるようなホームランをかっ飛ばすのを期待してスマホの目覚ましで中途半端に早起きして中止を知り、大いに落胆した。とはいえ、打者としてはニューヨーカーやヤンキースファンに強烈な印象を与えたことは間違いない。ヤンキースのスター選手、アーロン・ジャッジ外野手は翔平君を称して “He’s a generational talent, that’s for sure.”(世代を代表する才能の持ち主)と語っていた。generation は一世代のことだから、まあ30年ぐらいの感覚だろうか。ベーブ・ルースの再来とも称される翔平君なら「100年に一人の逸材」とでも称してもらいたいぐらいなのだが。
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翔平君が乱調で早々とマウンドを降りたのを見た直後に1日は中国共産党の創設100年の記念すべき日であることを思い出し、中国の国営テレビ局にチャンネルを合わせると、天安門広場で催されていた記念式典が生中継されていた。習近平総書記(国家主席)が演説していた。中国語の勉強のために耳を傾けたが、残念ながら理解できるところは少なかった。
本日の読売新聞を読むと、習氏の演説は中国の「強国」路線を堅持し、米国への対抗心を強くにじませていたと総括している。「中華民族の偉大な復興」という政治スローガンを21回も繰り返したとか。どのような政治体制であれ、一党独裁が永続的に許される社会はいびつだと思わざるを得ないが、習氏や党の指導部はこのことについて何の不安も疑念も感じていないのだろうか。
公民館の中国語講座の冒頭のショートスピーチを作文していて面白いと思ったことがある。主席は中国語のピンイン表記ではzhǔxí。主食のピンイン表記はzhǔshí。日本人には両者の区別が容易にできる人は少ないのではないかと思う。私にはそうだ。ネットでその辺りを調べてみてもヒットすることはないので、この二つの語の発音の酷似はたいしたことではないようだ。私の印象では主席のxíは涼しげなシーに聞こえ、主食のshíは喉の奥でこもったシーに聞こえる。両者の区別が難なくできる日が来ることを祈りたい気分だ。
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U.S. fries in heat wave!
- 2021-06-30 (Wed)
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今年の夏はまだ蝉の鳴き声を聞いてないなと思った。ラジオを聴いていたら、どうやら蝉の鳴き声が本格化するのは7月に入ってからとのこと。季節感に乏しい生活をしているからこういうことも忘れていた。そうか、窓を閉めたくなるような騒音ともなる蝉時雨を耳にするのはまだこれからか。猛暑の方は段々と忍び寄っているのに。
先週末、珍しく来客があったため、今夏初めてクーラーを入れた。さすがに涼しい。これからはしばらくの間、クーラーのお世話になる日々が続くのだろう。大きな台風さえ来なければ、少しぐらいの暑さは我慢できる。そう思いながら、英字新聞のジャパン・ニュースを開くと、アメリカの北西部ではすでに猛暑が訪れているというニュースが出ていた。やれやれ、地球温暖化は確実に地球を蝕みつつあるようだ。
Northwest U.S. fries in historic heat wave という見出しだった。ここの fry は辞書には「猛烈に暑い」と載っている。フライパンで揚げられるように暑いのだろう。記事によるとシアトルで摂氏42度、ポートランド(オレゴン州)では46.6度を記録したという。私はシアトルやポートランドといった米北西部には行ったことがないが、この辺りは6月でも冷たい雨が降ることから、1月は Juneuary と呼ばれるとか。シアトルの6月の平均気温は21.1度に過ぎなく、エアコンを備えている家庭は半分以下と述べている。今は40度を超える暑さでエアコンがない生活は耐え難いのではないか。こうした猛暑が年中行事となれば暮らし方も変わらざるを得ないだろう。
とここまで書いてBBCのホームページをのぞいたら、カナダでもこのところの猛暑でお年寄りを中心に熱波による死者が急増しているというニュースをトップで報じていた。日曜日から3日連続の猛暑で、米北西部に隣接したブリティッシュコロンビア州では49.5度を記録したとか。信じられない気温だ。まだ明日から7月に入るというのに!
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また大谷翔平君がホームランを打った。ヤンキース球場でのヤンキース戦。第2打席。スリーワンとバッティングカウントではあった。先に読んだアメリカの短編小説流に表現すれば、He was in the catbird seat. とでもなるのだろう。それにしても凄い。軽くバットを振っただけに見えたが、打球はあっという間にライトスタンドに飛び込んだ。翔平君は第3打席でも連続ホームランを放った。野球の本場、ヤンキースファンたちに強烈な印象を与えたことだろう。明日はいよいよ先発投手としてマウンドにも立つ。快投を期待したい!
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将棋界のスーパースター、藤井聡太二冠も快進撃を続けている。王位戦の防衛戦(7番勝負)の初戦(水曜日)では挑戦者の豊島竜王に苦戦を強いられているが、棋聖戦(5番勝負)では渡辺明名人に連勝し、防衛にあと1勝としている。さらには豊島竜王が保持する叡王にも挑戦(5番勝負)することになっており、18歳にして大忙しだ。将棋の世界はさすがに大リーグほどの世界的な注目を集めることがないのが残念なくらいだ。
まあ、それはそれとして、私のような愚禿凡夫には彼らの一挙手一投足から目が離せなくなり、一日があっという間に過ぎ去っている。いいのか悪いのか!
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