英語でさるく 那須省一のブログ
九里の東九陵
- 2024-01-07 (Sun)
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私が泊まっていたホテルはユースホステルのような宿で4日間だけの予約だったので、昨日(土曜日)予定通りチェックアウトした。幸い近くに少しだけハイレベルのホテルを見つけ、簡単に移動することができた。週末をはさむのでレートは跳ね上がるが、致し方ない。いずれにしろ、残りあと2日間だけの宿だ。
午後遅くにチェックインして部屋に入った。驚いた。平日のレートはそう大きくは変わらないが、快適さが全然違う。部屋が広く、作業机もある。トイレ兼シャワー室は清潔で使い勝手も申し分ない。ウォシュレットも備えてある。後で気がついたが、部屋全体がオンドルになっており、暑くさえ感じた。前のホテルにはなかった電話も付いている。しまった。こんなホテルがすぐ近くにあったのなら、始めからここに予約を入れておけば良かった!
とこれは午後遅くにチェックインして感じたこと。この日はその前に友人、ジンさんの案内で彼の地元・九里にある朝鮮王朝の歴代王が眠るお墓である「朝鮮王陵」(チョソンワンヌン)を歩いた。「朝鮮王陵」はユネスコ世界文化遺産に登録されている。九里の王陵はその中でも「東九陵」(トングルン)と呼ばれ、その名が示すように王朝の開祖である太祖(テジョ)を始め九つの墓が集中した最大の王陵群だという。
王陵は儒教と風水に基づいて作られたと言われる。ソウルは福岡と比較しても寒さが厳しい。今回のソウル訪問中、雨はあまり降らなかったが、どんよりした曇り空が多かった。だが、東九陵を歩いている間は暖かい日光が差し込み、幸福な気分にさせられた。王陵がここに作られた理由の一端が理解できたような気がした。王様が歩いた参道の石段を歩く時は厳粛な気分にさせられた。それと同時に身と心が引き締まる思いにもなった。
朝鮮王朝は1392年から1910年まで27代519年続いた朝鮮最後の王朝。日本が朝鮮を併合し、朝鮮王朝が滅びた1910年という年号を目にするといつも複雑な気持ちになるのは私だけではないだろう。
移動したホテルで目覚めると日曜日。ベッドで寝転んでこの項を打っている。テレビを付けると、韓国版ののど自慢を(おそらく)生放送している。NHKテレビ日曜ののど自慢は今ではほとんどまともに見たことはないが、ここののど自慢は別の話。よくまあ、こんなに公衆の面前で思い切った歌や踊りを披露できるものだと思う。日本人と韓国人の国民性の違いを感じる。どちらがいいと言うつもりなどは毛頭ない。
こちらののど自慢。観衆も存分に楽しんでいることが画面から伝わってくる。番組を象徴する有名人だと勝手に思っている高齢の男性司会者も依然ご健在のようだ。いつまでも見ていたいが、この日はかつて中東で一緒に取材したことのあるもう一人の友人、ぺさんとお昼を食べる約束を取り付けていた。そろそろホテルを出なくては。
ペさんとのランチの後は買い物に出かけたい。私は明日には帰福しなければならない。この一週間、下着以外は着た切り雀。ズボンとシャツぐらいはソウルの思い出とともに買いたい。今よく着ていて、今回の旅でも着ているコートはずっと昔のソウルの旅で購入して重宝している。同じように長く着用できる衣服が欲しいと願っている。
ペさんにどこに行けば適当なものが買えるか尋ねてみよう。
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二日酔い
- 2024-01-05 (Fri)
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スマホの問題は未解決のままソウルをあとにすることになりそうだが、韓国人友人へのEメールがつながらない問題は解決した。なんと彼が間違って私からのメールをスパムメールに「指定」していたのだ。再三メールを送っても返信がないはずだ。真相が分かって二人で大笑いした。
今回のソウル訪問の主目的は彼にクリスマスプレゼントを届けることだった。中身はまあ和菓子や酒のつまみ程度でたいしたプレゼントではないが、彼は喜んでくれた。その夜は郊外にある彼のマンションに招かれ、初対面となる奥方の手料理に舌鼓を打った。マッコリの瓶をからにした後、41度の強めの焼酎をお互いにあおった。コロナ禍を経て4年ぶりの再会だからまずかろうはずがない。
深夜に彼のマンションを辞し、電車を乗り継いでソウル中心部のホテルに戻った。方向音痴の私にはこれも一仕事。そして金曜日朝、予期していなかった酷い二日酔い。体調を気遣う彼への返信メールに「私はゾンビ状態」と応じた。実際午前中はベッドから抜け出すのもやっとこさだった。これでは限られたソウル滞在の時間がもったいない。分かってはいるが、脳内にもやがかかった状態ではいかんともしがたい。
とりあえず昼飯を食べなくてはと思い、近くのレストラン街を歩いた。麺類の看板が見え、気づいたらテーブルについていた。ほどなく若い店員さんが餃子のような菜を2個持って来た。あれ?という顔をしていると、彼は私に「私は本当に日本人が大好きなんですよ。これはサービスです」と微笑む。たどたどしいが立派な日本語。私の韓国語よりずっと優秀。普通だったら「渡りに船」と彼にそう思うようになった経緯を尋ねていただろうが、私の脳内は依然もやが漂っており、機会を逸した。あまり書きたくはないが、残念ながら麺類はいまいちの美味さだった。これも二日酔いのなせる業?
二日酔いの残った胃袋に収めたいのはやはりご飯と焼き魚か。夕方に足を運んだ食堂では中年の男性が二人焼酎を飲んでいた。二人の前には焼き魚。おばちゃんにその焼き魚を指しながら、「あれと同じ物下さい」と伝えた。今宵も飲むのは愚かなことだろうが、手持ち無沙汰なので焼酎を1瓶注文。さすがにあまり飲めなかったが、ご飯に焼き魚で胃袋はだいぶ癒された感じだった。
ホテルへの帰途。公園で幻想的なライトアップの催しが行われていた。つられるように歩いていると、テントが目に入り「あなたの2024年の運勢を占います」とうたっていた。ふらっと中に入ると担当者(占い師?)が私が書き込んだ氏名、生年月日を見ながらいろいろと語りかけてくる。ほぼ韓国語だったので応答に手こずったが、一つ理解できたことは「あなたは文章を書く仕事が向いています」。カムサハムニダ!
テントの中では催しのボランティアらしき男女の若者が働いていた。若者の一人が「これはソウル市からのプレゼントです」と言いながら、青いマフラーや耳当て、カイロなどが入ったビニール袋を手渡してくれた。さらには焼き芋まで1個。彼らの笑顔に接しているとこちらまで気持ちが温かくなる。私の脳内からいつの間にか、もやが立ち消えてしまっていたようだ。本当?
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ゆずラーメン
- 2024-01-04 (Thu)
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前回の項で「投宿したのはなんだか迷路みたいなところにあるホテル。ちゃんとしたホテルだが、私のような方向音痴には大変。南大門市場からの帰途では道に迷い、難儀した」と書いた。昨日も難儀した。近くに目印になる建物がない(と思っていた)。それで昨日の夜、ホテルを出て比較的大きな通りに出てみると、何だか見たことのある歴史的な門構えが見える。近づいて見ると、「敦化門」とある。
何度かこの前を通ったことは記憶にある。なんだ、ここを目印にすればホテルはすぐそこだ。それに気づかず、毎回、それこそ足を棒にしてホテルを探し回っていた。無知というかアホみたいというか情けない!
ホテルに関してもう一つ。YouTubeで似たような名前のホテルが出ていたので結構大きなホテルかと思っていたが、着いてみると、ユースホステルのような小さな宿で先述の通り、迷路のようなところに位置している。かなりの土地勘がないと真っ直ぐには着けないホテルであることは間違いない。いい勉強になったと思おう!
スマホの問題にも悩まされている。SIMカードを購入すれば、ソウルでも日本にいる時のようにスマホが使えると聞き、コンビニでとりあえず、10日間有効のカードを買った。スマホにピンを差し込み、日本のSIMカードを取り出し、韓国のSIMカードを挿入。ここまでは良かったが、交換の仕方をしくじったのか、ネットワークが機能しない。つまり、ソウルで連絡したい人に電話ができないのだ。ショック!
もう一つ理解に苦しむことがある。前項でも書いた古い韓国人の友人とメール連絡ができない。昨年の夏まではメールを交換できた。年末以来、何度も彼にメールを送っているのだが、返信がない。どうも向こうに届いていないようなのだ。メールアドレスを確認してみたが、問題はないように思える。電話もかけられないので参っている。今回の滞在中に何とか解決したいと願っている。
お昼過ぎ。ホテル近くの食堂街を歩く。危惧していたソウルの気温はそれほどのことはないが、福岡に比べれば寒いことは寒い。ランチを求めるサラリーマンらしき人々が歩道に広がっている。どの顔も笑顔だ。私はその国というか都市の幸福度(満足度)は街を歩く人々の表情を見ればだいたい分かると考えている。笑顔が少ないと幸福度は低く、治安も心配になってくる。海外からの旅行客はそれなりに注意を払う必要がある。アフリカなどの途上国では特にそうだ。
本日(木曜日)ホテル近くを歩いていて多くの笑顔を見たような気がする。福岡よりも笑顔が多かったような気がしないでもない。もっともこれはソウルを再訪したばかりの印象だからあまり当てにならないかもしれない。ネットの記事などを読むと、韓国社会、特に若者の間での閉塞感は日本よりずっと深刻という記事を読んだような・・。
ランチは「ゆずラーメン」という日本語表記の看板にひかれて店内に。あまり期待はしていなかったが、あっさりしていてなかなか旨かった。12000ウォン(約1310円)。値段はともかく、若い人たちで繁盛していた。福岡はラーメンを求める韓国人観光客で賑わっているが、こんなラーメンが食べられるなら、福岡にわざわざ足を運ぶ必要はないのでは!
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ソウル再訪
- 2024-01-02 (Tue)
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久しぶりの韓国訪問。2日朝、6時にスマホの目覚ましをセットしたが、起床するのもやっとだった。かてて加えて、前日に北陸・能登半島で連続発生した世紀末を連想させる激震の連続。NHK女性アナの滑舌のいい「テレビを見ていないで急いで逃げてください!引き返したりしないこと!今すぐ逃げこと!」という明快な避難指示が心にぐさっと刺さった。福岡に住む私は当事者ではない。北陸の人々にどう聞こえたか察して余りある。
私は年末から魚津に住む親しい知人を訪ねることも考えていた。この人から寄る年波で暖かくなってから再訪して欲しいと言われたため、魚津訪問は控えていた。もし再訪していたら、まさにドンピシャで今回の地震に遭遇していた。そうなれば、知人や親戚の方々にきっと余計な心労を与えていたことだろうと胸をなで下ろした。
とまあ、そんなことはどうでもいいのだが、北陸の大地震でのんびり韓国への旅を楽しんでいいものかと思った。それで1日夜ベッドに入るときは寝坊したらそれはそれでいいかとも考えた。それでも目覚ましで朝6時過ぎに目覚め、急ぎ旅行の準備に取りかかった。というか、冷蔵庫にある残り物を朝食として片付け、お土産をキャリーバッグに詰め、髭を剃った程度のこと。ほぼ一週間の旅だが、着替えは最低限にして、ズボンやシャツの替えはなし。なんとなればソウルで新しく買おうと考えた。とまあ、ちんたらやっていたら、福岡国際空港に到着するのが遅れてしまった。大丈夫かなとも案じたが、すべては神様の思し召し次第。神様が行けと言われるならなんとかなるだろう。
という次第で今、ソウルの安ホテルにチェックインしてこの項を打っている。4年3か月ぶりのソウル訪問。すっかり忘れていた。前回はラブホテルに投宿したが、今回はネットでホテルを押さえていた。料金はほぼ同じか安いぐらい。チェックイン後、南大門市場までバスで行き、両替商を訪ね、円をウォンに両替。とりあえず、5万円を両替したが、前回は軽く50万ウォンを超えていたと思うが、円安のせいか、今回は45万7500ウォン。両替商のおばちゃんはそれでも最近ちょっとレートが良くなったのですよと宣った。
前回のソウル訪問は2019年10月。当時の両替レートは1¥=10.13ウォンだった。今回はそれが1¥=9.15ウォン。なんだかとても損をしているように感じるが、まあ、為替レートだからどうすることもできない。
今回投宿したのはなんだか迷路みたいなところにあるホテル。ちゃんとしたホテルだが、私のような方向音痴には大変。南大門市場からの帰途では道に迷い、難儀した。なんとか帰り着き、夕食を食べるために再び外出。何軒かレストランをのぞいたが、以前にも感じたことだが、ソウルで一人で食するレストランに行き着くのは大変。「一人前はやっていません」と言われたり、それではどれぐらいかかりますかと問えば、日本円で「4500円の鍋」とか。さすがにちょっと高いと思うし、第一、写真を見ると、大食漢の私でもちょっと無理かなと思うほどの量。
それで何軒かのぞいた後、チゲなべの食堂に辿り着いた。韓国焼酎を飲んでも締めて13000ウォン(約1420円)。お腹いっぱいになったし、満足。さあ、明日は何をしよう。中東取材で知り合った韓国人の旧友と再会し、語り合いたいが、はてさてどうなることやら。
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良いお年を!
- 2023-12-31 (Sun)
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2023年が過ぎ、2024年が幕を開けようとしている。新年はどういう年になるのだろう。個人的なことはともかく、世界情勢はやはり気になる。種々の不安要因はあるが、最大のものは引き続きウクライナ情勢か。ロシアの核爆弾使用の懸念は消えていない。一方的に侵略されたウクライナが受け入れることのできる和平案が見つかるのかという疑念はあるが、ウクライナの人々が一日も早く心穏やかに過ごせるようになって欲しいと心から願う。
中東・イスラエルのパレスチナ自治区ガザの戦闘も和平の兆しが一向に見えないまま年を越す。日本のメディアでは報じられることはあまりないが、アフリカの国々も惨劇と無縁ではなかった。年末に英字紙で読んだナイジェリア関連のニュースではイスラム過激派の武闘組織がキリスト教徒が居住する地区を襲撃し、200人近い村人が惨殺されていた。人命の価値、値段が国によって地域によって違っていいはずがないのに!
宇宙のどこかから異星人がやって来て、上記の光景を目撃し、我々が地球と呼ぶ惑星に生息する人類は野蛮極まりない愚かな生き物ですなとコメントしたとしたなら、我々には返す言葉などないだろう。「本来は心優しい人々が圧倒的に多いのですが、どうも彼我の微妙な差異に拘り、争いをやめない好戦的な人々もいるのですよ」と苦笑するしかないのか。恥じ入るしかない。
アメリカは大統領選を迎える。そしてこれも信じ難いことだが、あのトランプ氏が今なお絶大な影響力を誇っているのだとか。2020年の前回大統領選でバイデン現大統領に敗れた時はトランプ氏が表舞台から消え去るものと思ったが、そうではなかった。まさか4年後の次回大統領選でも共和党の最有力候補と目されていようとは想像できなかった。
年末に届いた米ニューヨーカー誌のスーザン・グラッサー記者のコラムはそのトランプ氏のことを取り上げていた。米政界に精通している彼女は共和党の候補者指名争いでトランプ氏を負かす人物はいないとの見立てだった。さらにおそらくバイデン氏との再戦となる雲行きの大統領選本選でもトランプ氏が勝利する可能性が高いとまで案じている。背景には数々の重大なスキャンダルにもかかわらずトランプ氏の岩盤支持層の結束が固いこと、高齢のバイデン大統領の支持率が依然低迷していることなどがあり、トランプ氏優位のまま2024年を迎えようとしているらしい。
もちろん、一寸先は闇というのは日本の政界だけではない。グラッサー氏も次のようにその記事を締め括っている。Trump’s victory is by no means assured. … With American democracy on the line, I’m taking the only defensible position toward the New Year: full-scale dread. I plan to pull up the covers and hide under my pillow as long as possible come January. It’s going to be a long twelve months. 布団を頭からかぶっても運命は変えられないし、full-scale dread(紛うことなき恐怖)から逃げられるわけもなく、やがて現実を直視するしか手はないことは誰もが分かっている・・・。
とにもかくにも私は明後日の2日から久しぶりに韓国・ソウルへに出る! 새해 복 많이 받으세요!(セヘ ポン マニ パドゥセヨ)(新年、福をたくさんもらってください→明けましておめでとうございます)
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有馬記念
- 2023-12-24 (Sun)
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前回の項で「これをもって私のこのブログの2023年は打ち止めとしたい」と書いたばかりだが、「舌の根も乾かぬうちに」またぞろ何やら書いているではないかいな。実はちょっと記しておきたいことがあるのだ。タイミングは今しかないような気がする。競馬のこと。この時期は当然有馬記念(24日)の話題だ。普段馬券を買わない人も馬券に手を出すのが有馬記念だと聞いたことがある。年末ジャンボ宝くじのような感覚だろうか。宝くじはまず当たらないが、有馬記念だったら運が良ければ、ビギナーズラックということもある。
私には時々、ラインメールで競馬の話題をやり取りする友人が一人いる。彼は長年競馬に勤しんでいる馬券勝負師だ。私も年数はかなりになるが、勝ち馬を見極めるのは所詮ど素人レベル。有馬記念が近づいたこともあり、競馬のことをちょっと考えていて、といっても馬券を買うことなど今では遠い世界の出来事だが、ふと思った。俺、馬券から足を洗ってもう何年になるのかな?と。10年ぐらいになるのかな?はっきりとは分からない。
こういうときは過去のブログをスクロールすることだ。だが、残念ながら馬券購入から足を洗った明確な記述はないようだ。恥ずかしい話だからあえて取り上げていない可能性大かな。
私は日記はつけないが、年ごとの手帳は新聞社勤務時代からずっと日々のメモ書きとして利用している。古い手帳を調べてみた。該当の記述が出てきた。2015年4月19日(日)の項で次のように走り書きしている。「もうそろそろ競馬から足を洗う時か!宣言『脱競馬』!!これからはもっと有効的に週末を活用すべき!(と心に誓う)」。そうか。まだ8年余か。まだまだ修行が足りないな。
パチンコは馬券から足を洗う少し前に決別した記憶があるから、おそらくもう10年は手を触れていないような気がする。パチンコは推理の楽しみもないから、もう二度と手を染めることはないと思う。第一時間がもったいない。ギャンブルに関して今なお興味を捨てきれないのは麻雀。といっても実際に麻雀に精を出しているのではなく、Mリーグと呼ばれるネットの競技麻雀のチーム対抗戦でプロ雀士の人たちがプレーしているのを楽しんでいるのだ。麻雀のように運というか偶然性の要素が大きいゲームに興じる人をプロと呼んでいいのか疑念も残るが、Mリーグは若い人々の間で結構人気があるようだ。
競馬に関しては「私が80歳になってまだ健康で遊びに使える小金があるようだったら、また馬券を楽しんでもいいかなと思っているよ」と先述の競馬の友に語ったような記憶がある。これからあと10年修行の日々を経なければならない。その頃には私は色々な意味で干上がってしまっているかもしれない!
とまあそれはさておき、予想だけは自由だ。有馬記念。私の勝ち馬予想は○番○○○○○○○○。まあ、外れるだろう。当たっていたら、後日馬名を改めてこのブログに記したい。たとえ当たっていたとしても、ああ残念!馬券を買っていれば!などと思うことは絶対にない。私が「誓い」を破り、馬券を買っていたら、結果が異なっていたことだろうし・・。
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しばし冬眠?
- 2023-12-19 (Tue)
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次に記載しておくのは、先週末、備忘録として記し、今では少なくなった友人・知人らにメールした「個人的な新春展望」だ。まあどうでもいい内容だが、いつかまた懐かしく読み返すこともあるやもしれない。これをもって私のこのブログの2023年は打ち止めとしたい。年末・正月にかけ特段の予定はない。インフルエンザに出鼻をくじかれたが、体調に問題がなければ、久しぶりに海外の旅を考えてもいるが、どうなることやら。
出かけるとしたなら、「気心」の知れた台湾か。韓国も捨てがたい。最近は中国語の独学はほぼ手詰まりの窮状で、それは韓国語も似たような惨状なのだが、韓国語は毎週、韓国人ネイティブ話者の無料YouTube講座に耳を傾けている。ソウルには近しい韓国人の友もいる。トランク一つ手にソウルを訪ねるのも一興かもしれない、などと考えているが、実際に腰を上げるのはしんどい。故郷・宮崎弁を使うなら結局「よだきぃ」と見送るかもしれない。
◇
2023年は帯状疱疹罹患に始まりました。まさかこんなに長く苦しむことになるとは思いもしなかった。毎夕、風呂に入るべく肌着を脱ぐと、右肩を中心に目を背けたくなるような膿みが付着していました。やがて膿みは収まりましたが、明け方の違和感はつい先日まで続いたような気がします。ほぼ一年が経過し、心の安らぎを感じるようになっていた先週末、今度はインフルエンザに見舞われました。一週間寝たきりを余儀なくされ、この土曜日にようやく体調が戻りました。
かくて2023年は踏んだり蹴ったりの一年でした。とはいえ、老年期の帯状疱疹は誰もが経験する病とか。私は体力のある時期に一足早く駆け抜けさせてもらったと捉えましょう。仕事(中学校での英語の非常勤講師職)はなんとか続けられているわけですし、もっと甚大な健康被害だってあり得たわけでしょうし。
さて来る2024年。世界の果てで起きている愚かなそして凄惨な戦争・テロを想起すると、人類に21世紀を語る資格があるのかという根源的な疑念さえあります。我々は聖書が説く「終わりの時代」に生きているのでしょうか。
暦の月が二度変われば私も古希。人生がこんなに「短篇」であるとは思わなかった。あとは淡々と引き際を見つけるだけでしょうか。寂しすぎる気もしますが。まあ、できることを気負わずこなしていきましょう。とはいえ、「人生七掛け論」者の私から見たら、私は70×0.7=49すなわちこれから人生の華である50代を迎えることになります。ならばそろそろ考えていることに着手する頃合いでしょうか。はてさて言うは易し、行うは難し。考えていることは頭の中にあるのですが、それを実行に移すのは至難の業。
2024年もかくして煩悶の中、怠惰と不作為のまま過ぎゆくことになるのかもしれません。数日前の読売新聞朝刊の一面下の目立つ広告欄にあの養老孟司先生の初の自伝の本の紹介が載っていました。NHKテレビで愛猫と戯れていた先生の人生哲学の語りは私も好きです。この本を買ってまで読もうとは思わないが、広告の文言によるとーー。虫と猫と、バカの壁 考え続けた86年 「人生は、なるようになる。これが僕の結論です」とか。「なるようになる」すなわち「なるようにしかならない」ということなのでしょうか?
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