柚のかくし味 by 柚


2004-02-15 必要に迫られて

チリ便りのほうはちょっと閑話休題。

だれにでも、必要に迫られてしかやらないことがある。私にもそんなことがいくつかある。いや、もっとたくさんあるのだけれど、特徴的なことは

自転車のりを覚えたのは35歳のとき

それまでは必要がなかった。息子が通う幼稚園が遠くて、毎日歩いて送り迎えをするのは大変だったので、一念発起、自転車に乗れるようになった。後ろに乗っている息子は気が気でないらしく、「おかあさん、落ちる、落ちる」を連呼していたけれど・・・。それでもやがて、うまく乗れるようになった。

車の運転を再開

車の免許は20代の前半でとっていたけれど、ほとんど乗らずにペーパードライバー歴17年だったのが、これもある理由で矢部村まで始終通うことに。車がなければあんな遠いところまで行くのは大変。そこで自動車試験場で2時間講習を受けただけで、いきなり路上に出た。今でも乗り始めの頃の怖さを思い出すとぞっとする。でも、おかげでドライブが大好きに。今では、どこまででも車でいける。

英語がしゃべれた

これが一番苦労した。30代の始め頃、カナダに2年間住んだ。英語なんて、まったく。だけど二人の子供を連れ出すには言葉が通じなければどうにもならない。そこで決めたのは、家族以外と日本語をしゃべらないこと。そして日本語を読まないということ。日本語の本など、読みたくても読めなかったけど。それで、英語のやさしい恋愛小説を片端から読んだ。「ハーレクイン・ロマンス」とか、ほとんどのペーパーバックスの古本が1ドル以下で買えた。恋愛小説は会話が多いので、会話の練習にはうってつけだったのだ。それでも最初は相手が何を言っているかわからず、ほんとうに恥もかいたし、苦労もした。でも、慣れとは恐ろしいもので、これもやがて、どうやら英語らしきものがしゃべれるようになっていた。

会社を作ってしまった

出版の仕事を始めたら、法人でなければといわれ、会社を作ることにした。40代の始めだった。『小さな有限会社の作り方』とかいう本を買ってきて、そのとおりにした。法務局に行き、類似称号を調べ、会社名と目的を決め、公証人役場に行き、法務局に設立の届けを出して会社はできた。考えたら、何でも自分でした。会社は自分で作るものだと思い込んでいたし・・・。

それが始まりだった。そうして今があるのだ。


2004年
2月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29

侃侃諤諤

2005-08-23
韓国で料理を食べて思った

2005-08-15
戦後60年の節目に

2005-03-22
地震のこと、続報

2005-03-20
地震な一日

2005-02-16
きみに読む物語

2005-01-27
懐かしい写真

2005-01-19
地球の裏側

2005-01-10
成人残念会

2005-01-07
コーヒーとの出会い

2005-01-05
本作りのこと

2004-12-18
ライターでなく、もの書き

2004-12-17
日のあたる道

2004-12-11
『象と耳鳴り』

2004-12-07
「蒼い記憶」

2004-11-23
さいぼう会に参加して

2004-11-18
若竹酒造場にて

2004-10-21
台風とロウソク

2004-10-16
江口章子のふるさと

2004-10-15
運命の足音

2004-09-24
夜からの声

2004-09-13
父は今日も元気

2004-09-03
日韓詩人交流

2004-08-15
お盆の最終日

2004-08-10
原爆が落ちた日に

2. 軽々と生きる

2004-08-08
被爆の街としての長崎

2. 赤の広場で歌うポール

2004-07-23
久々の小倉駅

2004-07-18
自分のなかの核

2004-07-16
田舎の夏が懐かしい

2004-06-30
「永久就職」というまやかし

2004-06-13
リバーサイドは健在なり