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クリスティー『三幕の殺人』論

 (アガサ・クリスティー『三幕の殺人』の真相部分に言及しますので、ご注意ください。)
  この作品もデビット・スーシェの「名探偵ポワロ」シリーズで今回はじめてドラマ化されました。クリスティー作品の中では比較的ポピュラーな作品なのに、なかなかドラマ化されなかったのは、この作品では物語半ばまでポアロが脇役にまわっているからでしょう。前半部では、チャールズ・カートライトとハーミオン・リットン・ゴア(エッグ)とサタースウェイトの三者によって主に事件の調査は進められていくのですが、ポアロが徐々に主役の座を奪っていくような展開が面白いです。
  そもそも、この作品は演じる者(俳優)と演じる者(探偵)との対決という構図を骨組みにしています。最後のポアロの科白「毒を飲んだのはこのわたしだったかもしれないのですよ」は、前半部にあるチャールズの「ぼくが死体にならないことだ」という言葉に対応しているのです。では何故ポアロの方が役者が一枚上だったのか。チャールズは自分の演技に酔っているかのようにみえます。特に探偵役を演じるときは、壁についたインクのシミから失踪した執事(エリス)に殺人を犯す意図がなかったという自分にとって不利になるような推理を展開したりもしています。対するポアロは演じている自分を客観視できているように見受けられます。サタースウェイトにする最後の述懐がそれを物語っているのです。自分が下手な英語を使うのも、尊大な振りをするのも、総て相手を油断させるためだと。
 そもそもサタースウェイトは別シリーズ『謎のクィン氏』の主人公でした。この作品は心理学的小説ともいえるもので、心の中の「影」とも呼べるクィン氏が登場し謎を解決していきます。サタースウェイトは常に第三者的な位置におり、事件や人物を映し出す鏡のような役割をはたしていました。その役割は『三幕の殺人』引き継がれており、作中ポアロは珍しく自分について述べようとします(例えば祖国に兄弟がいたことなど)。不思議なことに、今度は作中人物が鏡となり、サタースウェイトが自分の過去を語り出すような場面もあります(メアリー・リットン・ゴア=エッグの母にかつて婚約者がいたことを語り出す件。このエピソードは『謎のクィン氏』にも描かれていた)。
  ただしポアロの最後の科白はシニカルな響きをもっています。この名探偵は尊大さを装っているのではなくて本当に尊大な人間である可能性があるのです。「自分を客観視できている自分」を演じている。そんな印象さえ受けます。そうだとするならば、単にポアロの方が演じるものとしての能力が一枚上手だったということになります。
 今回もポアロは「トランプの家」を組み立てていました。しかし事件解決の直接的な糸口になったのは、「トランプの家」自体がもたらした論理的思考ではなく、トランプではなくファミリーカードを使ってしまったという派生的な事柄です。『邪悪の家』のときも、「トランプの家」を作る作業によってもたらされた発想は、事件解決には連動していませんでした。習慣化されているポアロの行為は、それが直接的に解答や解決をもたらすというものではなく、ときにより意外な要素を彼の思考のうちに呼び込んでくるという効用をもっているといえましょう。
 ドラマには、サタースウェイトは登場せず、そのためにチャールズとポアロが古くからの友人であるという設定になっています。チャールズは若いエッグのみならず、友人ポアロをだますということになってしまうわけですが、後の『オリエント急行の殺人』と同じく、どうもこのTVドラマ・シリーズは苦悩するポアロを描くことに眼目があるようです。
 

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