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クリスティー『マギンティ夫人は死んだ』論③

  (アガサ・クリスティー『マギンティ夫人は死んだ』の真相部分に言及しますのでご注意ください。)
 ところで、事件を解決する過程で、疑問を感じざるをえないような行動をポアロがしているところがあります。事件の鍵となる写真を集まった村人たちに見せてしまうところです。あまりにも彼らが事件のことを軽々しく話題にするので、つい腹をたてたポアロがことの深刻さを訴えるために見せてしまったのでしょうが、これは少し軽率な行為ではなかったでしょうか。その集団の中には犯人やマギンティ夫人と同じく写真が何者を示しているかに気づく人間がいるかもしれないのです。誰かに何かを悟られたと感じた犯人が次の犯行におよんでしまう可能性もあります。実際、この後にアップワード夫人殺害事件が起こってしまいます。ポアロは彼女が探偵の真似ごとをしたことが問題だと主張していますが、危険をもたらした責任がポアロにもあることは明白です。
 そもそも自分が名探偵であると名のりをあげて村にやってきたポアロ自身にも危険がおよぶ可能性はあったのです。実際に彼も駅のホームで背中を押されて命を失いそうになっています。ポアロにはみずからの危険を顧みないところがあります。事件を解決するためならば、命を失うことも厭わないという一種の騎士道精神を彼はもちあわせているのです。(その精神が最終作『カーテン』の結末をもたらすわけですが・・・)自分の危険を顧みない人間は、他者の危険にも鈍感なところがあるものです。アップワード夫人に危険がおよぶ可能性にきづいたポアロは、真実を総て話すよう夫人に頼むのですが、田舎の英国人はみだりに結論めいたことは口にしないのだという理由で断られてしまいます。そのアップワードの言葉を、ポアロは自分が外国人(ベルギー人)であることへの批判だと受けとってしまいました。自分が英国人ではないことに過剰にこだわってしまうところもポアロの弱点なのかもしれません。
 この第二の殺害が実行されたことによって事件は解決したともいえるのです。アップワードが犠牲になることによって、容疑者ベントリイ青年は死刑にならずにすんだともいえます。一人を救うために、一人を犠牲にする。ポアロの判断が、そんな残酷な結末をもたらすこともあるのです。
 

 

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