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March 2024

新しい炊飯器!

 世の中、驚くニュースが時々飛び込んでくる。天変地異や戦争のニュースは勘弁して欲しいが、それ以外でもなんと形容していいのか困るものもある。世界的なスーパースターとなった大谷翔平選手の大リーグでの通訳を務めている水原一平氏が違法賭博疑惑でドジャース球団から解雇された。刑事訴追の恐れもあるとか。水原氏はギャンブル依存症(gambling addiction)だったと伝えられている。ギャンブルの醍醐味はその魔力に気づき、窮地を悟ったら潔く身を引くことだと私は思っている。願わくは、大谷君に火の粉が降ってこないことを祈る。
                  ◇ 
 非常勤講師の仕事も春休みに入り、一息ついている。時間ができたので久しぶりに大好きな台湾に行こうかと考えている。済ませなくてはならないその他の用事もあり、見送ることになる可能性大だが。
 実はこのところ、幾つかの台湾グルメのYouTubeをよく見ていて、うずうずしていた。台湾の魅力。一つは朝食だ。あれほど安くてかつ美味い朝飯が味わえるところはないのではとさえ思う。昔の拙ブログを見てみよう。以下の記述がある。2018年3月26日の項だから、あれから6年も経つのか!
 ――花蓮で最後に食べた朝食も忘れ難い。お客の流れが絶えない街の食堂で適当に注文したのは、キャベツ餃子のような高麗菜煎包、小麦粉のクレープのような蛋餅(ダンピン)、それに冷たくて甘い豆漿(豆乳)の3品。これが何と72元(約270円)。はるか昔の学生時代の生協(学食)に戻ったような感覚。これで腹一杯になったのは言うまでもない。――
 YouTubeを見ていて、台湾再訪を思うようになったのは美味い朝飯を食べたくなったからだが、遠因としては私が今住んでいる界隈には美味い朝飯を食わせる食堂の類がないことがある。それなら自分で作ればいいのだが、最近はどうもこれはという朝飯が作れていない。なぜなのだろうと考えてみた。以前は料理音痴の私でもご飯ぐらいは一人前に炊けていたと思う。炊飯器にお米を入れるだけだ。ふと思った。私が愛用している炊飯器は社会人となった新人時代に購入したもの。今年で45年の歳月が経過している。その間一度も故障することなくアフリカの大地からロンドンのフラットまで付き添い続けてくれたが、さすがに「老朽化」したのだろうか? 無理もないことだ。
20240323-1711177493.jpg 家電製品の売り場に足を運んだ。値札2万5千円ほどの黒い炊飯器が目に入った。使い勝手も良さそう。(発芽)玄米も楽に炊けそう。決めた。すまなく思うが、戦友みたいな炊飯器にはおいおい「話をして別れ」を納得してもらおう!(写真:左が新しい炊飯器)
 上記のことを書いたのが昨日(金曜日)の午後。そしてその日の夕刻、早速夕ご飯を炊いてみた。湯気を立てる熱々のご飯をほおばった。ん、これは美味い、かつて新聞社の盛岡支局に勤務していた頃、東北のお米を炊いて舌鼓を打っていた美味さと遜色ない味わい(のような気がきた)。これなら台所に立つ楽しみもまた復活しそうだ。一つの物を長く愛用することは美徳に違いないが、それだけにこだわりしすぎると失っているものも少なくないのかもしれない。

台湾からナイロビまで

 YouTubeにはまっていることは既に何回か書いたかと思う。大リーグやプロ野球中継がシーズンオフなのでテレビをつけない日はあっても、パソコンを立ち上げYouTubeを見ない日は皆無。それほど私の日々の生活には欠かせない存在となっている。これがいいことかあまり好ましくないことか正直分からない。社会評論家の大宅壮一氏がかつて危惧した日本国民の「一億総白痴化」はテレビを念頭に置いた警告だった。大宅氏も平成・令和の時代の今のYouTube隆盛までは視野になかったことだろう。
 最近よく見ているのは日本人の若者が一人で海外を旅してグルメを中心にアップしているYouTube。無邪気というか楽天的というか、さまざまな国々の街を臆することなく歩いている彼の珍道中は見ていてなかなか面白い。コメント欄を見ると、数多くの固定ファンを引きつけているようだ。今はケニアを旅していて、日曜日には現地からライブ配信するとか。ケニア国内の動物サファリの様子を生配信するものと思われる。
 彼がナイロビに到着した時の配信を先に見たが、懐かしいナイロビの街並みが流れ、楽しく見させてもらった。私がナイロビを最後に訪れたのは2010年だからもう14年も昔のことだ。私一人で楽しむのはもったいないと思い、新聞社のナイロビ支局で勤務していた当時(1987-1990年)からの付き合いがある何人かの友人に「懐かしい光景が見られるかも」とラインメールを送った。
 笑ってしまったのは彼がナイロビのホテルにチェックインした後、近くのレストランで食事しようとして、びびりまくりながら通りを急いでいた時の様子。彼が抱いていた恐怖感が画面から伝わってきた。本当は笑えない話だ。そうした怖い思いを隠すことなく正直にレポートしてくれる姿勢には好感を抱いた。この種のYouTuberに見られる「上から目線」の尊大さもなく、見ていて不快な気分にさせられることもほとんどない。彼は直前には台湾からもレポートしているようだ。懐かしいケニアはおいそれとは足を運ぶことはできないが、大好きな台湾ならばその気になればすぐに飛べる。近く再訪したいと考えてもいる。ぜひ参考に見なくてはと思っている。
 さて、ナイロビに巻き戻そう。ナイロビの街が依然、外国からの旅人には「危険」な地であることは上記のYouTubeからもよく分かった。私にしても今ナイロビを訪れたなら、たとえ日中でも一人で街を歩く勇気はない。仕事がなく、将来の展望もなく、不満を募らせている若者たちがたむろする街を一人で歩く行為は、ひったくりあるいは強盗の格好のカモ。そうしたことが十分に予測できる街を気ままに散策するのは蛮勇でしかない。
 それにしても、私がナイロビ勤務を終えてから34年。あの当時もさすがに夜間は街を一人で歩くことはできなかったが、日中ならそう危険を感じることなく街を歩くことはできた。日本を始め普通の国なら普通にできる行為ができないのは残念だし悲しい。紀行本『ブラックアフリカをさるく』を執筆するために2010年にケニアを再訪した時も複雑な心境になったが、治安状況は一向に改善していないようだ。一番辛い思いをしているのはナイロビにそしてケニアに暮らす庶民の方々だろう。煎じ詰めれば政治腐敗・堕落が諸悪の根元か。どこかの国の国政も目を覆いたくなる惨状を呈しているようだが・・・。

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