英語でさるく 那須省一のブログ
| Next»
水餃子
- 2026-08-06 (Thu)
- 総合
台北のホテルをチェックアウトして空港に向かう。あっという間の1週間だった。もっと準備をしていればと悔いること多々。まあ性格というか性分だから仕方ない。よそ様に迷惑をかけたわけではないから諦めよう。昨日は記憶の彼方にある大学を再訪しただけで終わった。成果もないから再訪とは名ばかりだ。
昼飯は胃袋が疲れているので日本食を欲した。台北は至る所に日本食レストランの看板が見える。7,8年前と比べても格段に増えている気がする。こちらも名ばかりのレストランが少なくないのかもしれない。ホテルの裏手には鰻を食わせるレストランが繁盛している。久しぶりにのぞいた。うな重の小を注文。まだお昼だが、ビールに冷や奴も頼んだ。十分満足した。締めて500元(約2,500円)。お客で賑わっていた。地元客も多いのだろう。私は宮崎の郷里にお気に入りの鰻店があり、国内ではよそで鰻を食する気にはなかなかなれないが、海外では全く別の話。
夜は昔、よく行っていた食堂をのぞいた。そこではいつも注文するものは決まっていた。牛肉麵と水餃子。水餃子が特に好きだった。台北、というか台湾の食堂がいいのは一人客が気兼ねなく食事できることだ。見ていると夕食の時間帯でも一人客が、それも女性の一人客が堂々と食事をしていることだ。日本だとなかなか見かけない光景かもしれない。私のような一人の旅行客にはとてもありがたい。何度か書いているが、私のような小柄で帽子をかぶり、口髭(鼻髭?)を生やしている男はすぐに日本人と分かるようで、親日的な台湾では好意的に遇してくれることが多い。
ホテル近くにあるこの食堂に夕刻足を運び、上記のように牛肉麵と水餃子を頼んだ。水餃子は久しく注文していないので、メニューを見てもどれがどれだかよく分からない。それで適当にメニューの漢字(繁体字)を指して注文。缶ビールも冷蔵庫から出して、楽しみに待っていると、水餃子は牛肉麵のように丼に浮かんで出てきた。オマガ! いや違う。私が頼んだのはこんなものではない。大きなお皿に整然と並べられた水餃子だ。とき既に遅し。今さら取り替えることはできないだろう。丼のスープの中から水餃子を拾い上げながら、ビールを飲み、牛肉麵と一緒に食べた。美味いことは美味かったが、釈然としない。非はすべて正しく注文しなかった私にある!
さて、これで私の夏休みは終わった。あとは宮崎に戻り、幼馴染みたちと久しぶりに会食し、郷里の亡き両親、兄姉たちのお墓参りをするだけだ。それを済ませれば、8月末からの二学期の仕事がスタートする。正直に白状すると、気が重い。古希を過ぎた身ではもう自由気ままに暮らしたいという思いもある。年金だけで生活できないこともない。もっとも、私のような独り身の高齢者は社会との関わりが乏しくなれば、老け込む一途だろう。
もう一つ記しておきたいことがある。台湾滞在中、できるだけ中国語を口にして会話しようと試みたが、ことごとく失敗した。相手の言っていることがまず理解できなかった。理解できることもないことはなかったが、私の口をついて出る言葉はイエスなら「ネ」。中国語ではない、韓国語だ。ぱっと頭に閃いた文章は圧倒的に韓国語だった。どうやら私は中国語には向いておらず、韓国語の方が可能性があるようだ。それを認識した次第だ。
- Comments: 0
再び台北
- 2026-08-05 (Wed)
- 総合
今この項を台南から台北へ北上する新幹線(台湾高速鉄道)の中で打っている。本来は昨日台南のホテルで打つべきだったのだが、昨日も沢山歩き回り疲れ果ててしまい、パソコンに向かう気力がなかった。
一夜明けて新幹線の中でこの項を打っている次第。忘れる前に一つだけ書いておきたいことがある。私がネットで検索してひょいと予約したホテルは台南大飯店という名前のホテルだった。私は以前に台南に旅したことはあるが、台南駅の真ん前に立つこのホテルは初めて。非常に清潔で非の打ち所がなかった。スタッフも親切で申し分なかった。そう大きいホテルではなかったが、いやそう大きくなかったからあのような快適な宿所だったのだろうか。
よく考えれば、台北から花蓮、そして高尾経由で台南、そして振り出しの台北と、駆け足とは言え、台湾をほぼ一周したことになる。昔、いつだったか忘れたが、逆回りで台湾を一周したことがあったことを思い出した。あの時はもう少し時間的余裕があったような気がする。今回のような気ぜわしい旅ではなかった。日本(福岡)に比べれば物価の安い台湾を旅するのだから、本来ならもっとゆったり、せめて2週間、できれば3週間ぐらいはのんびり旅を楽しみたいと思う。
台南では一応、名物と言われる牛肉湯を食べた。ちょっと期待していたものとは違っていたが、だいたいの感じは分かった。デザートの豆花も美味かった。これが日本にあれば、しょっちゅう通うことになるのではと思った。もう一つ嬉しいことがあった。昨日は疲れきっていたので、マッサージというか按摩をやってくれるお店を訪ねた。全身按摩で1時間900元(約4,500円)。何度も書いて恐縮だが、背中右側に残る帯状疱疹。患ってもう何年になるのか。按摩を受けながら、背中右側を全然意識しなかった。ひょっとしたら、確実に良化の途上にあるのではないか?・・とそんなことまで考えた。本当にそうあって欲しいと心から願う。
さて、今乗車している新幹線はまもなく台北駅に到着する。とりあえず、予約を入れていた中心部の中山駅に近いホテルに行く。チェックインはできないが、キャリーバッグを預けて、市内を散策したい。実は数日前に台北にいた時、かつて一か月だけとはいえ、中国語を学んだ大学を再訪して、老師に挨拶ぐらいはしたいと思い、訪ねようとしたのだが、方向音痴が災いしたのか、行き着けなかった。明日は帰国の途に就くので今日がラストチャンスだ。大学の所在地をネットでしっかりメモしたので、今度はタクシーでチャレンジだ。
本日は何とか行き着くことはできたが、恩師は引退されていた。知っている人のいない大学では肩身も狭い。辺りの光景もすっかり変わっており、名残もなかった。
この次、台湾に来れるのはいつになるだろうか。毎年来たいのはやまやまだが、年金受給者で非常勤講師の身ではそれも無理。それに友人と久しく会っていないイギリスもそろそろ再訪したい。ウエストエンドの劇場街にも足を向けたい。ゴルフも久しくやってないが、かつてメンバーだったゴルフクラブにも足を運び、クラブをレンタルしてでもフェアウェイを闊歩したい。
やりたいことは幾多あれども身は一つ。思いは募れども、蓄えは細るばかり。
- Comments: 0
台南もいい!
- 2026-08-03 (Mon)
- 総合
朝早くホテルを出て花蓮駅にタクシーを走らせ、台南に向かった。花蓮駅で改めて気づいたが、花蓮から台南への便は極めて不便。花蓮駅には8時前に着き、前夜にネットで調べた9時頃の電車で台南に向かおうとした。切符売り場の女性スタッフにその旨を伝えると困った表情で同僚に相談に行った。両耳にイアリングをした若い男性スタッフが現れた。彼はパソコンのキーをたたきながら、「お客さん、9時の電車はお薦めしません。それより、10時21分の電車がいいかと思います。これなら高尾乗り換えで台南に15時48分に着きます」といった趣旨のことを宣う。
よく分からないが、島の中央を山々がそびえる台湾は東西の横断がなかなか厳しいようだ。駅員さんがそう宣うのだから、従うしかない。電車の座席に身を沈め、車窓を流れる風景をしばし楽しんだ。前日もそうだったが、目に入るのは線路沿いの何の変哲もない雑木や雑草の類。時々沿線の町の民家や田畑なども見える。ぼけっとしながら、見とれた。そして来し方に思いを馳せた。今はこの世にいない母親や姉兄のことなども。スマホでNHKラジオ放送が生で聴けることを知ったので、ワイアレスでNHKの放送に耳を傾けもした。熊本の地震関連の続報のニュースの後はFMの「歌謡スクランブル」。森進一や八代亜紀らの演歌を聴きながら、車外の光景を見ているとまあ、どうでもよくなってくる。
あ、そろそろお昼を食べようか。今朝は花蓮駅の小さなスタバでサンドを食っただけ。長旅になることは分かっているから、お肉の弁当といなり寿司を買っていた。さて、お味の方はどうだろうか。あまり期待しないで食べよう。ビールでも買えば良かったが、思いつかなかった。旅慣れてないと、こういう時に下手を打つ。
さて、覚悟していたとはいえ、やはり5時間半近い電車の旅は疲れた。台南に着いた時はさすがにもう今日はホテルでおとなしくしてようかとさえ思った。でも、貴重な台南滞在の時間だ。できるだけ有効活用せねばと思い、ホテルのフロントスタッフに夕刻に行くべく美味いレストランを尋ねた。おっとその前に一つ書いておかねばならないことがある。私はネット予約の時に少しでも価格を下げるために「窓なし」を選択したみたいだった。覚えていないのだが、若い女性スタッフは窓ありにグレードアップしておきましたとの由。え、それは望外の幸せと感謝した。それで早速5階の部屋に入ってみると見晴らしのいい大きな窓がついているではないか! ここに2泊できるのはありがたい。値段もまずまず。
それで一息入れて夕刻、スタッフに教えてもらったレストランに急いだ。疲れているのでタクシー(ほぼ500円)を利用した。着いたのはレストランと言うより庶民の食堂という感じのお店。いやもっと正確には屋台に屋根が付いたようなせわしないお店で、元気のいいおばちゃんたちが数人忙しく立ち働いていた。言葉も分からず、どうやって注文していいかも分からないので右往左往していると、現地に住んでいるハンサムな日本人男性がたまたま居合わせて、私にあれこれ教えてくれてずいぶん助かった。
小ライスに煮込み、野菜に煮卵、それと牡蠣のスープ。私も時々牡蠣を味噌汁にぶち込んで食べたりするが、この牡蠣スープは美味かった。しかも凄く安かった! 明日もここに来ていいとさえ思ったが、明日はせっかくだから台南名物を食したい。
- Comments: 0
懐かしい花蓮
- 2026-08-02 (Sun)
- 総合
日曜日。まあ、今の私は毎日が日曜日みたいなものだが。朝早くホテルをチェックアウトして地下鉄で台北駅に向かった。台北駅で花蓮に向かう電車のチケットを購入。583元(約2,915円)。2時間半ほどで花蓮着の予定だ。
この三日間ほど窓なしの部屋に泊まっていたせいか、車窓に流れる河川や緑の木々を眺めているいるだけで晴れやかな気分になる。やはりこうした電車の旅が最高だなあと改めて思う。九州新幹線や日豊本線で福岡から宮崎に向かっているような感覚だ。この日の朝は朝飯をスキップしていたためちょっと空腹。台北駅構内でカフェに立ち寄りたかったのだが、切符をすぐに購入したため、タイミングを逸した。
食堂車がないものかと車掌さんに尋ねたが、要領を得なかった。しかたない、しばし我慢して花蓮に着いたらのお楽しみだと諦めた。諦めていたところ、売り子さんが背後からやって来た。弁当ありますかと尋ねると、輪っかの弁当を取り出した。大きな肉がご飯の上に乗っている。100元(約500円)。味はともかく、お腹は満たされた。
退屈紛れにスマホをいじった。YouTubeを触っていると、福岡で日曜日にはいつも聴いているキリスト教の礼拝が流れてきた。おやっ、台湾でも、しかも特急電車の中で聴くことができるのかと驚いた。バッグの中からワイアレスを急いで探し、子羊の群れ教会の日曜礼拝に耳を傾けた。凄い時代だ。
電車は定刻通りのほぼ正午に花蓮着。ホテルに急いだ。窓ありか否かの確認はせずにネットでちゃちゃっと予約したホテルだった。駅前のインフォメーションで確認すると、私のホテルは歩くには遠すぎるとのことでタクシーを拾った。チェックインは午後4時以降とのことでキャリーバッグを預けて、市内を散策した。なんとなく歩いていると、あれ、このあたりの風景は何だか既視感があるぞと思えてきた。花蓮に最後に来たのはおそらく8年前のことだからぼんやりとした記憶だ。そうだ、この辺りに小さなコーヒーショップがあり、若いマスターと親しくおしゃべりしたことがある。最初は拙い中国語で苦闘していたが、そのうちもっぱら英語で話していた。
とある一軒のコーヒーショップに行き着き、ガラスのドア越しに店内をのぞくと眼鏡をかけた男性がコーヒーを淹れている。男性に見覚えがあるようなないような・・・。おそるおそる声をかけると、向こうはああ、昔お会いしたことがありますよねとの由。間違いない。私が当時使っていた英語の非常勤講師の名刺まで取り出してくれた。几帳面な性格のお人だ。日中台の難しい関係のことなども含め、いろいろと話をして、次にいつまた花蓮に来られるか分からないが、再会を約して辞した。
今回久しぶりに台湾に来て気づいたことがある。スマホのラジオ機能でNHKの放送が日本国内にいる時のように自由に聞けるようになっていたこと。いつからそうなったのか知らないが、これは日本人には大変有り難い。日本と台湾の物理的距離の近さゆえだろうか。午後4時過ぎにホテルに再度向かい、2階の部屋に入ると、景観はともかく窓があった。花蓮が大好きな私は本来なら何日もここに滞在して寛ぎたいと思うが、明日は台南に向かう予定を組んでしまっている。
- Comments: 0
台北の温かさ
- 2026-08-02 (Sun)
- 総合
土曜日未明。実は午前1時過ぎに目覚めてしまった。金曜日は歩きに歩いたため、スマホの歩数計は軽く2万歩超えを記録。疲労困憊だったため熟睡できるものと期待していたが、あにはからんや途中で目覚めた。時計をみるとまだ午前1時過ぎ。なぜこんな時刻に? 水音がそれも結構な水音がずっと耳元でしていたからだ。部屋の洗面所を確認したほどだ。その後もずっと気になり、眠ることができなかった。窓はない、水音は酷い、最低なホテルだなや! それでも明日日曜日にはチェックアウトすると思えば、たいして怒りもわいてこないから不思議だ。
その土曜日。昔よくのぞいていた朝飯屋に行くつもりだったが、台北入りしてからの疲れがたまっていたのと、土曜朝も営業しているのか分からず、加えてそのお店にたどり着けるか自信がなかったので断念、休息に当てることにした。それで朝飯は近くの食堂で食べた。この朝も鹹豆漿(シェントウジャン:しょっぱい豆乳スープ)と卵焼きの蛋餅(ダンピン)、それにもう一皿を頼んだ。調理場で働いているおばちゃんたちはこちらが日本人とすぐに分かるようで、戸惑う私を前に笑いながらてきぱきと料理をトレイに並べてくれる。私のような日本人の中高年の客が珍しくないのだろう。少しなら中国語を解することができるのだが、厨房のおばちゃんたちには立ち向かえない。鹹豆漿(シェントウジャン)は美味かった。
この日は洗濯をしたかった。台北は暑さも尋常ではなく、シャツや下着、靴下、ハンカチなどの洗濯が急務。以前の旅ではシャワー室で適当に洗い、干して、それを着ることが多かったが、窓なしの部屋では干す作業がはかどらない。汗をたっぷり吸い込んだ衣服はやはりきちんと洗いたいところではある。
ホテルにランドリーサービスがあれば問題ないが、私が泊まるレベルのホテルではそうしたサービスはない。コインランドリー店もあるにはあるが、いろいろと操作が小難しそう。それでホテル近くの裏通りにある洗濯店をのぞいた。おばちゃんが出てきて「やってあげるよ。えーと、料金は・・・」と応じてくれた。こういうところは台北(台湾)の人たちは実に親切だ。洗濯・乾燥を頼み、ごくリーズナブルな料金を支払い、午後5時に再訪すると、きれいに畳んだ洗濯物が待っていた。
明日日曜日は台北から花蓮に移動する。たかだか1週間の旅ではせいぜい二箇所が限度だろうと思い、台北の他には台南を訪れる予定を組んでいたが、そそっかしい性分ゆえ、ホテルのチェックアウトを日曜にして、台南入りは月曜にしていた。日曜の宿がない。それでお気に入りの花蓮に駆け足で入ることにした。台北―花蓮―台南のルートは理想的な台湾の旅とは呼べないだろうが、まあいいか。台北から花蓮まで電車でどれぐらいかかるのだろうか。調べたが忘れてしまった。確か美味い駅弁を車中で食った記憶もある。車窓の風景も楽しめるかもしれない。道中読もうと持参した台湾の食がテーマの小説もまだ読みかけだ。
昨日は睡眠が足りてなかったと思い、早めにベッドに入ったが、その前に開いたパソコンで、また熊本で震度5弱の地震が起きたと報じられている。こんなあてのないお気楽な旅にあっていいのだろうか。心穏やかでいられるはずがない。
- Comments: 0
嗚呼あの朝飯は・・
- 2026-07-31 (Fri)
- 総合
さて一夜明けて金曜日の朝。いつものように午前6時の目覚ましが鳴るのに気づいたが、台湾は日本との時差が1時間あるのでこちらはまだ5時。それでゆっくり洗面していつものように短パンに半袖シャツを身につけ、ホテルを出た。目指すはかつてよくのぞいた朝飯屋。方向音痴の私だが、なんとなく「あっちの方向に向かえば、確かあるはずだ」と目星をつけて歩いた。私としては上出来、探していた朝飯屋にたどり着いた。
お店の雰囲気は7年前と変わらない。紙切れに料理の番号を書き入れておばちゃんに手渡した。今回頼んだのは①鹹豆漿(シェントウジャン:しょっぱい豆乳スープ)②小篭包(ショウロンポウ)③卵焼きの蛋餅(ダンピン)。典型的な台北の朝食だろうか。とりあえず、100元札を手渡す。当時はこれで十分だったはずで、多分お釣りがきた。お姉さんがあと30元足りないと宣った。130元とは大ざっぱに言って650円ぐらいか。
参考までにこの食堂ではないが、2018年9月に花蓮の朝飯屋で書いたブログを読み返してみると、以下のように書いている。――到着した翌朝は「豆漿」(ドウジャン)」「餃子」「卵焼き」の三品を注文した。締めて92元(約345円)」――。今では信じ難い価格の朝食だ・・・とノスタルジーに浸っていても始まらない。3品を置いたトレイを手に空いたテーブルに座り、食べ始めた。美味ければ何の問題もない、ないはずだった。
ところが、どうも求めていたものとは味が異なる。①はガツンと来るものがない。何だか気の抜けた料理を食わされているみたいだ。②は量はあったが、これももう一度食したいと願うようなものではなかった。③は辛うじて合格点か。それでもまた注文するかとなると疑問符がつく。要するに、私はがっかりした。よく分からないが、店内もかつての熱気はないように見かけられた。残念! まだ数日残されている。安いはともかく美味い朝飯を探し続けていくつもりだ。ただ、7年も経過していると、記憶があやふやでたどり着けるかどうか全くもって自信がない。自信があるのは胃袋の記憶だけだ。
朝食をなんとか済ませた後、台北市内を散策した。この日の目的は来週水曜日、台北最終日の夜の宿を見つけること。今投宿しているホテルもそう悪くないのだが、価格と比べるとやはり不満はある。一泊2,100。元(約10,500円)。私レベルでは決して安くはない。先述したが、やはり窓がないのは不安でもある。外の様子が何にも分からない。
それで散策の折に見かけたホテルに何軒か飛び込んで値段を尋ねた。一軒は2,080元との由。今泊まっているホテルとほぼ同じだ。でも、ここも窓なしの部屋で、窓ありなら、少し価格が跳ね上がっていた。どれぐらいかは忘れた。歩いていたら、地下鉄の中山駅近くにまで来た。おお、ここはかつてよく泊まっていたT大酒店(ホテル)がある地区ではないか。懐かしさでフロントに行くと、女性スタッフが二人いる。一人はよく覚えている。吉本新喜劇に似たような役者さんがいた。声をかけると向こうも私のことを覚えていてくれた。台北最後の夜の宿を探しており、来週水曜の夜の宿代を尋ねると、結構安い部屋が空いていた。即予約を入れた。
散策の途中では台北名物のバイクの怒濤の通勤風景も見た。夕食を済ませた後は小さい公園で涼みながらカットスイカ(500円)を食べ、隣のご婦人に写真も撮ってもらった。
- Comments: 0
7年ぶりの台北!
- 2026-07-30 (Thu)
- 総合
念願叶い、本日台湾に到着。最後に台湾の大地を踏んだのは4年かそこら前かとずっと思っていたが、改めて拙ブログを読み返すと、最後に台湾を訪問したのは2019年7月とあるから、7年も前のことだ。忘れていた。それだけの歳月が流れていたことを。年を取るはずだ。記憶力もめっきり衰えたようだ。
コロナ禍以前には航空運賃が安かったこともあり、足繁く訪台していたが、台北空港で入国手続きに苦労した記憶はない。しかし、今回は凄く手こずった。入国カードと言うのだろうか、以前は手書きだったのが、今回は空港内でQRコードを読み込んで必要事項を記入して入国審査官に送信するシステムになっていた。私が手こずったのはスマホを台湾でも使用できるように出立前に手続きをしていたつもりだったが、これが全く機能していなかった。何度トライしてもはねつけられた。最後には空港スタッフのおばちゃんが哀れんで手助けしてくれ、なんとか入国できた。
1時間近くの時間を浪費しただろうか。これだけでどっと疲れが出た。次に空港内のショップで日本円を現地通貨に両替した。とりあえず50,000円を両替したが、渡されたのは9,435元。1万元に満たなかった。7年前のブログでは13,000元を上回る現地通貨を手にしていないとおかしいのだが・・・。まあ、為替レートの変化だから致し方ない。
台北駅までは電車に乗って行き、そこからホテルには歩くと40分以上かかるとかでタクシーを探した。英語を解する運転手がなかなか見つからず、これも苦労した。それに台北はやはり暑い。汗だくになってやっと見つけた車でホテルまで。日本円では1泊8,000円程度のホテルでまずまず。窓がないことはちょっとがっかりしたが。まあ、もっとも以前の台北泊では安いラブホテルに投宿して隣部屋の運動会の物音に耐えたことを考えればずいぶんましではある。
チェックインして少し落ち着いたらもう夕刻。とりあえず、夕食を摂ろう。フロントにいろいろ尋ねたが、要領を得ない。まあ、ぶらぶら歩けばそのうちいいレストランが見つかるだろうと期待していたが、どうもそうはいかなかった。本日は朝からろくな食事をしておらず、お腹が空いたので、適当なレストランに入った。久しぶりの台北。感覚が鈍ってしまっていた。牛タン鍋に生ビールを注文したのだが、わざわざ一人でこんなものを食らうことはなかった。しかも煮立て過ぎて、美味からはほど遠かった。お店を切り盛りしている若者たちが愛想よくてこれはまあまあだったものの。
いやあ、失敗したな、あの店で注文するにしても、もっと工夫すれば良かった、でも、言葉が通じないとそれもままならないんだよなあと思いながら、ホテルに向かうと、例によってまた迷子になってしまった。どうしようもない方向音痴の私は一発で目的地に行き着くのは至難の業。チェックインしたばかりのホテルになかなか戻れず、うろうろしていたら、なんと夜市に遭遇。おお、そうだった、この手があったのだ! 夜市の屋台で食べれば安くて済むし、結構美味いものにありつけないこともない。台北はいや台湾は夜市の天国ではないかいな。犬も歩けば棒に当たるというではないか!
さすがに疲れた。シャワーを浴びて早く寝よう。いよいよ明日は楽しみな朝飯だ。
- Comments: 0
| Next»










