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英語でさるく 那須省一のブログ

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「我和我家乡」

20211206-1638778021.jpg しばらくブログのアップを怠っていたら、何だかさぼり癖がついたみたいだ。書きたいことがないことはないのだが、どうも意欲がわかない。いや、これは言い訳か。本当に書きたいことがあれば、パソコンに向かうのが苦でないはずだ。やはり、これは自分の「精神生活」が充実していないから怠惰に向かいがちになるのだろう。まあ、情けないが、昔からそうした「素質」は十分有していた!
 先週日曜日(28日)に福岡市の総合図書館に足を運び、中国の映画を鑑賞した。「福岡日中文化センター」などの恒例の共催イベントで、「愛しの故郷」というタイトルの映画が上映された。中国語のタイトルは「我和我家乡」。家乡は郷里という意味らしい。宣伝チラシには「中国映画界の新たな才能が集結。涙と笑いで心満たされるふるさとの物語」とうたわれていた。確かに「看板に偽りなし」で見応えのある作品だった。なにしろ、5つの物語からなるオムニバスで、全体で2時間半の長さ。
 監督総指揮はあの著名なチャン・イーモウ氏。私は「初恋のきた道」を見て以来、彼のファンになった。今回の作品は毀誉褒貶があるだろう。中国の現在の政治体制に対する批判精神が完璧に欠落していると言えばその通りだ。それでも2021年にこうした中国映画が公開されること自体に意味があるのだろう。
 オムニバスの一つは初期のアルツハイマー病にかかった老教師がかつて教壇に立った田舎の小学校を再訪する作品。遡ること30数年だろうか。息子が昔の教え子たちに頼み、彼らは朽ち果てた教室を再現し、子どもたちにかつての自分たちを演じてもらう。ホースから放たれた水が屋根から雨となって滴り落ちる。教室内では鶏がうろつき、子どもたちはカラークレヨンがないから、暗い色彩の絵を描いている・・・。
 私は宮崎の山間部で育ったが、私が小学生だった60年前でも上記のような光景は見られなかった。このことは何を物語るのか。中国ではそれほどの猛スピードで社会が急激な変遷を遂げつつあるのだと思う。そうした変化に危うさを感じる人も少なくないだろう。それがいいのか悪いのか・・・。
 もう一つ記しておきたい。西部の砂漠のような故郷を再訪する男女のお話があった。都市部で華やかな仕事に従事している女性が出てきた。彼女はとても魅力的だった。日本の女優さんであのような魅力を発散できる人がいるのだろうかと思わず自問した。中国のソフトパワーや恐るべしだ!
 ところで、私はこの映画を観ていて、笑いを抑えるのに苦労した。抱腹絶倒のシーンも少なくなかった。それで思った。もちろん、字幕があったから大笑いできたのだが、ひょっとして中国語を多少なりとも理解できたので笑いに拍車がかかった可能性ありやなしや。もしそうだったら嬉しいのだが、こればかりは分からない。作品の中で話される中国語を少しは理解できたような気がしないでもないが、でも、それは字幕があったからなのだろう。
 まあ、字幕がなくても耳からだけで十分理解できるまでにはまだだいぶ時間がかかるのだろう。地道に普段の努力を続けていくしかないのは分かっている。韓国語もしかりだ。それでも韓国語より中国語の独学の方が楽しいと思うようになって久しい。

“Do you believe in the human heart?"

 一番最後の項で「これから暇な折に読みたいと思った長編小説を図書館から借りてきたばかり」と書いた。実際、文庫本で上下の2冊。細かい字でびっしり頁が埋まっており、おまけに翻訳本ゆえの難解さに満ちており、読み進めるのに大層難儀した。夢うつつの幻想的世界が描かれたり、門外漢にはついていけない哲学的さらには医学的用語が頻出するところも少なくなく、こちらも夢心地で頁を繰ることがしばしばだった。
 という次第で期日内に読破すること能わず、下巻は借り出し期間を延長して昨日、ようやく読破した。果たして読破と呼べるものか自信がないが。この間、拙ブログを更新する気も起きず、こちらは怠惰に任せた。昨日、週一の英語非常勤講師の仕事を終え、帰途の電車の中でようやっとラップトップを膝に置き、久しぶりに拙文を打っている。
 悪戦苦闘した小説の名前すら書いていない。このブログは備忘録ゆえに書き留めておこう。ドイツの大文豪、トーマス・マン(1875-1955)の代表作『魔の山』。恥ずかしながら、これが彼の作品を読む初めての体験だった。ドイツの作家の作品はあまり読んだことがない。この小説を読もうと思い立ったのは購読している読売新聞の書評欄のコラムで紹介されているのを目にしたからだ。書評氏が教えている大学で学生に読ませたところ、学生の評判が芳しかったと書かれていた。それで私も好奇心をそそられ、図書館から借りた。
 いろいろ思うことがあったが、まだ「整理」ができていない。いつかまた別の機会に読後の印象など改めて書き記したいと思う。
                  ◇
 月2回オンラインの英語教室で読み進めているカズオ・イシグロの小説 “Klara and the Sun” も佳境に近づきつつある。やはりさっと一読した時には読み落としていたり、あるいはあまり気にとめていなかった箇所があることに気づかされている。
 最近の箇所では以下のくだり。伏せっている少女、ジョージーが万が一、命を落とすことになれば、彼女の母親は科学的な被造物のAF(私はロボ友と呼んでいる)のクララにそっくり新しいジョージーとなってくれるように求める。ジョージーの癖や話し方、考え方、行動形態などを学び尽くし、親しい家族が見ても見分けがつかないほどに彼女に成り切ることを求められる。
 ジョージーとは離れて住む離婚した父親は懐疑的だが、優しいクララと心を開くようになり、クララに次のように尋ねる。“Do you believe in the human heart? ... Do you think there is such a thing? Something that makes each of us special and individual?” 科学技術が今後最高点に達して将来、ある個人の死亡を受け、その人を「継続」する個体を科学的に「誕生」させることは可能か不可能かという問いでもある。多くの人が the human heart はコピーできない、すなわち、自分でも時として分かりかねている自分をそっくり「コピー」できる人造人間なりロボットを製造できるとは思えないと答えるのではないか。
 それでは人間は類を見ない特別な存在であり、神様だけが「関与」できる崇高な存在だと胸を張れるのか。この地球上で起きている我々人間が引き起こした数々の惨事を想起すると、そういうことなどおこがましくてとても口にできないような気がしないでもない・・・。

It wasn't half bad.(かなり良かった)

 ぐっと冷え込んできた。ガスストーブをつけたくなった。去年の手帳を見てみる。11月11日にガス線をつないでいる。それで一昨日、今冬初めての暖房をつけた。盛岡に暮らしている時は灯油ヒーターで灯油の継ぎ足しが面倒くさかったことを思い出した。都市ガスのストーブはずいぶん楽だ。都会に暮らす利点の一つであることは間違いないだろう。
 寒くなってくると、水仕事で手荒れの季節ともなる。私は生来、肌荒れの質ではないと思っていたが、ここ何年かは毎年、手の甲や指の荒れが目立つようになっている。痒いときもあるし、痛いときもある。そうなれば皮膚科医院に行き、塗り薬を頂く。(これは一年中だが)お風呂には木酢液を入れることを欠かさない。
 そのほか、身体の老化というか劣化を感じることが段々と増えてきた。ここで記すのははばかれることばかりだ。まあ、せめてもの慰めは体力そのものの衰えはまだ感じていないことぐらいだろうか。というか、普段、体力を使う激しい運動や仕事をしていないからだろうけれども。
                 ◇
 NHKラジオで楽しみにしていた「遠山顕の英会話楽習」という比較的上級者向けの番組の放送が終了し、残念に思っていることを前項で書いた。昨日、本棚をあさっていて、思わぬ本に目がとまった。何と、遠山先生の著書だった。すっかり忘れていた。彼の著書を購入していたことを。『脱・「英語人間」』。恥ずかしながら読んだ記憶は全く残っていない。
 これから暇な折に読みたいと思った長編小説を図書館から借りてきたばかりでタイミングはあまり良くないが、この本も再び読まねばならないか。それにしても、内容の一端でも覚えていないとは情けないし、著者にも申し訳ない。ひょっとしたら、「積ん読」だったのだろうか。これからゆっくり「再読」してみれば、「積ん読」だったのかはっきりする。「積ん読」だったら嬉しいのだが。(昨夜、就寝前にちらっと読み始めてみたが、どうやら読んだことはなさそうな書き出しだった。もう少し読み進めればはっきりするだろう)
                 ◇
 毎朝、読んでいるキリスト教の祈祷書。英語の勉強にもなる余録付きの習慣だ。先日、そういう表現にまた出くわした。It wasn’t half bad. 私が苦手とする紛らわしい意味の否定表現だ。何となく意味合いは類推できるから厄介だ。辞書を引いてみる。そうすると、not half はそう簡単な表現でないことが分かった。次の文章―This is not half good. ―。好ましい意味の語の前にくる時はその逆の状態、上記の場合は「全く良くない」という意味であり、very badと同じ意味になるとか。This is not half bad. ならばその逆で「かなり良い」ことを意味し、fairly good に置き換えられるらしい。
 つまり、祈祷書にあったIt wasn’t half bad. は「それはかなり良かった」という意味となる。ほめた表現だ。ところが私の辞書には反語的な解釈を求める次の例文も載っていた。She’s not half attractive. 意味は「彼女はすごく魅力的だ」とか。最初の説明とは全く逆だ。まあ、こうした表現を自分で使うことは今後とも一生ないだろうが、英語ネイティブ話者に使われた場合には一瞬たじろぐかもしれない。

雨雲が去り青空に

20211110-1636505131.jpg 大リーグはプレーオフも終了し、来季に向けてストーブリーグに入ったが、プロ野球はまだこれからがプレーオフの本番。日本シリーズはその先にある。東京オリンピックをはさんだので致し方のない点もあるが、それにしても間延びのしたプロスポーツだ。
 セリーグはペナントレースで3位の巨人が2位の阪神を破り、優勝したヤクルトと日本シリーズ進出の権利をかけて今日から6連戦を戦う。プロ野球機構が決めたことだから外部がとやかく言っても詮無きことだが、それにしても・・・。以前から思っていることだが、6チームしかないリーグで3位までプレーオフに進める制度は大甘ではないか。今季も負け越したチームがリーグを代表して日本シリーズに駒を進める可能性がある。
 ペナントレースで負け越したチームはプレーオフ進出の権利を失うことにすべきではないか。そうでなければ、優勝したチームとのプレーオフでは優勝チームに現行の1勝ではなく2勝の逆ハンデを付与し、3位チームが日本シリーズに進出する可能性をできるだけ難しくするくらいの措置を講じるべきではないか。そうでないと短期決戦で敗れた優勝チームは何のために長いペナントレースを戦い抜いてきたのかと煩悶することだろう。
 私は本来なら巨人ファンだから巨人が勝つのを嬉しく思うが、今季の巨人はもういいと思っている。あの体たらくで日本シリーズに進んだら、ヤクルトファンに申し訳ない。多くの巨人ファンがそう思っているのではないか。まあ、たかがプロ野球、もうどうでもいいが・・・。
                  ◇
 NHKラジオで楽しみにしていた英会話番組が(私にとっては)突然、終了となった。「遠山顕の英会話楽習」という比較的上級者向けの番組だった。私は定期的に聴く熱心な聴取者ではなかったが、暇があれば割とよく耳を傾けていた。遠山先生のユーモアのある英語の話し方はお手本にしたいくらいで、2人の英語ネイティブ話者との掛け合いも凄く勉強になっていた。
 今は後継の英会話番組が放送されているが、正直言って、あまり面白く感じないし、心に響いてこない。次の番組改編期にはぜひまた遠山先生が講師となって復活してもらいたいと願う。でもそういうことにはならないんだろうなあ。
                  ◇
 以前にこのブログでも書いたような気がするが、記憶があやふやなのでここで記しておきたい。次の文章:私はいつか中国語を自由に話せるようになりたいと願っている。英語では “I wish someday I could speak English fluently.” といった訳文が頭に浮かぶ。「自由に」は fluently かwell を選択したい。間違っても freely は選ばないし選べない。スマホの翻訳機能でこの文章を英中韓の言語に翻訳してみた。英文では freely が出てきた。“I hope to be able to speak Chinese freely someday.” スマホ翻訳の限界?
 中国語では「我希望有一天能说一口流利的汉语」という文章となっていた。これは「流ちょうに中国語を話せるようになりたい」と fluently に沿った意味合いで、英語の文意と相通じる文章だろう。この「差・違い」が生まれるのは興味深いと思う。

再びキンモクセイ

 前回の項でキンモクセイの香りについて記した。そのこともあり、木曜日の公民館中国語講座のショートスピーチの話題にすることを考えた。書いているうちに何か面白いことでも思いつくだろうと。くだらない笑い話はすぐに思いついた。ここでそれを披露していいものかどうか迷ったが、どうせこのブログを読んでいる人の数は知れているので活字にしても構わないか。
 最初に今は黄泉の国におられるあの可愛らしい「きんさん、ぎんさん」に非礼を詫びておきたい。お二人には悪意が皆無であることを。ただ単に「言葉遊び」で頭に浮かんだに過ぎない。その笑い話とは・・。
 生前、「きんさん、ぎんさん」が大嫌いな花があったらしい。皆さん、ご存知ですか?それは秋に芳香を放つ有り難いキンモクセイ、ギンモクセイだとか。なぜ?子供の頃、近所の悪ガキどもにからかわれていたからとか。何と言って?「きんも臭え、ぎんも臭え」と・・・。失礼しやした。
 冗談はさておき、ネット情報ではキンモクセイの芳香をかぐとトイレのにおいを想起する人が多いらしい。知らなかった。私はトイレのことなど全然思い出さない。ただただ芳香に酔いしれる。私は居間にアロマの香水瓶を置いているが、キンモクセイの香水瓶もあるのだろうか。今度探してみよう。いいことを思いついた。
 参考までにキンモクセイを英語で何と表現するのかよく分からない。和英辞書では a fragrant orange-colored olive と記載されている。olive(オリーブ)の一種なのだろうか。
                  ◇
 英語を教えていて学生や一般の受講生に時に説いていることがある。「一人英会話の実践だ」。先日ふと思った。自分は中国語と韓国語を独学していて、全然、この「一人会話」を実践していないではないか。幸い、スマホに「日英中韓」の簡単な文章を立ち所に翻訳してくれる機能があるではないか。重い辞書を持ち歩く必要もない。思い立ったが吉日。早速「一人中国語会話」なり「一人韓国語会話」を始めることにした。
 「私は中国語と韓国語を勉強していますが、全然進歩していません。話になりません」という自虐的な文章を口にしてみた。英語だとスマホのお世話にならずとも次のような文章が頭に浮かぶ。“I’ve been studying Chinese and Korean. But the progress is very slow. It’s laughable.”最後の「話になりません」というのはいかにも日本語的な表現だろう。“It’s laughable.” が果たして適訳なのか自信がないが、まあ、これで通じるのではないかと思う。この部分をスマホの翻訳機能に吹き込んでみる。韓国語訳は「말도 안돼요」と出てくる。これはこれでいいのではないかなと思える。中国語では「太不像话了」という文章が出てきた。ネットで確認すると、どうやらこれでそういう意味らしい。
 まだ当分は台湾へも韓国へも旅することはないだろう。せいぜいスマホを相手に両国語の腕を磨こう。なお、「私はキンモクセイの香りが好きです」とスマホに話しかけると、なぜか “I like the scent of kingfishers.” という文章となる。「カワセミ」とは言っていない。ひょっとして「キンモクセイ」が “kingfishers” と聞こえるのだろうかしら。

mobbed & mugged

20211101-1635773200.jpg ネットの記事の見出しを見てドキッとした。え、あの環境活動家のグレタ・トゥンベリさん(18)が他の活動家らに襲われたのかと。どうもそうではないような気がするのだが。本文を読んでもそうした記述は出てこない。他の記事を読んで納得した。次のように書かれていた。She received a rockstar reception as she arrived in Glasgow by train before being escorted by police guard ahead of the Cop26 summit, …
 そう、私は mobbed という語を見て、とっさに mugged と勘違いしたのだ。mugged ならば「強盗に襲われる」という意味になる。mobbed は(ファンや野次馬らによって)「もみくちゃにされる」という感じか。大きな違いだ。
 地球温暖化問題。一昔前には今世紀の末にはなどといった悠長な見方もあったかと思うが、楽観も猶予も許されない喫緊の課題となっているようだ。海外からの報道を読むと、背筋が寒くなってくる。曰く、グリーンランドの氷河地帯で初めて雪ではなく雨が降ったとか、北米の都市では夏に50度を超す暑さを記録したとか、欧州では未曾有の水害に見舞われたとか。このまま温暖化が続けば2100年までに世界の海面は2㍍を超えて上昇し、世界中で6億3千万の人々が海辺から退避を余儀なく運命にあるとか。その責任は今この地球上に住む人類、特に先進国に住む我々にあるらしい!
                  ◇
 日曜日。やはり国民の義務は果たさねばならないかと衆議院選挙の投票に向かった。新聞社の地方支局に勤務していた頃は時に読者に投票を呼びかける記事を書いたこともあったと記憶しているが、心からそう思って記事を書いていたとは思えない。
 まあ、それはともかく夕刻、投票所に指定されている近くの中学校を目指し、歩道を歩いていると何やら懐かしい芳香がしてきた。歩きながらマスクを外して芳香をかごうとすると、すぐににおいがしなくなった。残念。キンモクセイの香りだったと思う。私はキンモクセイの香りが大好きだ。
 それで、英語教室で読み進めているカズオ・イシグロの “Klara and the Sun” の中の文章を思い出した。ぶっきらぼうだが心根の優しい男の子のリックが幼馴染みで伏せっているガールフレンド、ジョージーを自宅に見舞った場面。二人はちょっと仲違いしていてリックには久しぶりの彼女の部屋訪問だ。仲直りした嬉しさもあり、彼は次のように話しかけ、自爆してしまう。面白くかつ微笑ましいやり取りだ。
 “You know one reason I like this room so much? The place smells of you, Josie.’
 ‘What? I can’t believe you said that!’
 ‘I meant in an entirely nice way.’
 ‘Rick, that’s so not what you can say to a girl!’
 ‘I wouldn’t say it to any girl. I’m just saying it to you.’
 ‘Excuse me? So I’m not a girl any more?’
 英語を教えていてこの smell が出てくると、fragranceは芳香、stinkは悪臭です、smellは中立的なにおいであり、good smell とも bad smell とも言えますと説明している。

cold gun ではなかった!

20211027-1635306658.jpg 米CNNをネットで読んでいて、何やら映画の撮影現場で重大な事故があったことを知った。事故の当事者である男優の名前はどこかで見たことのあるような気がする。顔写真もどこかで目にしたことがあるようなぼんやりした記憶があるが、すっと分かったわけでは決してない。記事をだいぶ下まで読んで分かった。この男優はあの有名な風刺番組「サタデーナイトライブ」(SNL)でトランプ前大統領を「怪演」している役者ではないか。私は彼が風刺するトランプ氏が大好きで笑い転げていた。
 アレック・ボールドウィン氏。トランプ氏以上にトランプ氏の演技が上手ではないかと思っていた。そんなことがあるわけはないか。彼が演じるトランプ氏の愚かな言動に当の本人、トランプ氏はよく名誉毀損で訴訟に持っていかないものだと思ったこともある。日本ではちょっとお目にかかれないほど、政治指導者を徹底的にかつ痛烈に揶揄っていた。
 事故、いや事件と呼ぶべきかもしれない惨事はボールドウィン氏が主演を務める映画の撮影現場で起きた。詳しいことは分からないが、どうも、prop と呼ばれる小道具、拳銃が絡んでいて、撮影スタッフがボールドウィン氏に「実弾は入ってない」と言って拳銃を渡したようだ。英語ではそうした拳銃は “cold gun” と呼ばれるらしい。だが、実際にはなぜか実弾が装填されていて、ボールドウィン氏が引き金をひくと実弾が打ち出され、女性の撮影責任者が死亡し、監督が負傷する惨事となった。
 現時点ではボールドウィン氏は事件の当事者となったが、重大な責任はなさそうに見える。「実弾は入ってない」と問題の拳銃を手渡した撮影スタッフにかなりの責任がありそうに見える。実際、この撮影スタッフは過去にも撮影現場での安全確保を怠る前歴があり、評判は良くないとの報道も見られ始めている。
 この事件を公民館の中国語教室で冒頭のショートスピーチの話題にするべく、頭をひねっている。ボールドウィン氏のトランプ氏の「怪演」が「抱腹絶倒」であり、私は毎回、お腹を抱えて笑い転げていたことを述べようと思っている。「抱腹絶倒」はいかにも中国伝来の四文字熟語のように見える。辞書をひいてみた。似た表現があった。「捧腹大笑」。ピンイン表記では「pěngfù dàxiào」。敢えてカタカナ表記すると「ポンフーダーシャオ」。英語では “thrown into convulsions of laughter” という表現が見えた。「抱腹絶倒」にはちょっと物足りないような気がしてしまう。
 気がかりなことが一つ。痛ましい事件の当事者になったことで、ボールドウィン氏がSNLでトランプ氏を「怪演」することはもう二度とないのだろうか。一視聴者としてとても残念に思う。一人だけボールドウィン氏の不運を喜んでいる人物がいるとすれば、トランプ氏だろうか。「罰が当たったわい」とほくそ笑んでいるかもしれない。
 いや、巷間伝えられるところによると、トランプ氏は相次ぐ訴訟で不利な状況に追いやられており、やがて法廷の場に出ることを余儀なくされる運びとか。最終的には収監されるとの見方も強まる一方だ。当初望んでいた大統領経験者としての優遇措置もバイデン大統領に拒絶され、有能な弁護士たちからはそっぽを向かれ、四面楚歌に陥りつつあるとか。ボールドウィン氏の不運を笑っておられる気楽な境遇ではないことは間違いないようだ。

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