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英語でさるく 那須省一のブログ

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愚痴りたくないが

 帯状疱疹に苦しめられていることは書いた。今も辛い状態が続いている。日中は仕事をしていれば、右胸の辺りと背中の痛みはそれほど気にならない。いや気にしないように努めているのかもしれない。問題は夜中。今はなるべく早めに就寝しようと夜の9時過ぎにはベッドに入ることが多いが、なかなか寝付けない。運良く眠りに落ちたとしても、途中で胸の痛みで目が覚める。スマホの時計を見やると午前1時40分とか。まだ夜中だ。いかん、眠ろう。それからの記憶があやふや。熟睡からはほど遠い。もうろうとしたまま朝を迎える。
 上記のような夜をもう何度経験しているだろう。皮膚科医院で服用薬をもらってきちんと飲んでいるが、効果があるのかないのか、よく分からない。そうした悶々とした状況下、今度は腰痛が襲いかかってきた。私は腰痛だけは経験したことがない。だからショックだった。どうも世に言うぎっくり腰の症状のようだ。ベッドに寝転ぶのも一苦労。これでは教壇に立てないのではと危惧した。内科医院を訪ね診てもらう。帯状疱疹とは無関係のようだ。痛みが続けば整形外科医院できちんと診てもらうことを薦められた。
 それで窮余の一策と痛み止めを処方してもらった。これで痛みが解消しなければ、整形外科医院に足を運ぼう。幸いこの痛み止めは効いたようだ。一晩経過したら、腰痛は消えていた(ように感じている)。問題は依然、帯状疱疹。痛い。眠れない・・・。
                  ◇
 体調的には最悪の状況がずっと続いているので、あまり世の中の事柄に真剣に向き合う余裕がない。余裕がないが、案じてはいる。その筆頭はやはりウクライナ情勢。ロシア軍が一方的にウクライナを侵攻して以来、まもなく1年が経過しようとしている。あの大国がウクライナを攻略するのにこれだけ長期にわたって苦戦しているのは、それだけ抵抗するウクライナの人々に理と義があるからだろう。
 プーチン露大統領の政権基盤は残念ながら依然盤石のようだ。CNNもBBCも最近はあまり目にしていないので読売新聞から引用するとーー。プーチン大統領は2日、第2次大戦の激戦地だった露南部のボルゴグラード(旧スターリングラード)で催された旧ソ連軍の旧独軍勝利記念式典で演説したが、ウクライナ侵攻をかつての対ナチスとの戦いであるかのように形容したとか。何をか言わんやである。ドイツがウクライナの求めに応じ、戦車を供与しようとしていることに反発しての発言であることは明らか。侵攻がこのまま泥沼化していけばやがてロシアが核兵器使用に踏み切り、欧米諸国が相応の報復措置に出て、事実上第3次大戦の勃発という悪夢も頭に浮かぶ。何とも恐ろしい時代だ。
                  ◇
 もうろうとした頭でも毎朝のNHKラジオの英韓中の外国語講座は聞き続けている。睡眠不足から寝落ちしていることがしょっちゅうだが。先日の英会話講座では次のような一文が流れていた。Direct translations are hard to understand. 「直訳は理解するのが難しい」と訳されていたような。ふと思った。「直訳」は literal translation ではないかいな。そう教えてきていた。改めて辞書をひくと、literal translation, word for word translation と出ている。今はdirect translation でもOKとされているのだろう。

(私も)終末時計?

 2023年がとほほの幕開けとなったことは先に書いた。実は発熱の原因が風邪か何かよく分からなかったが、もう一つ、立派な病気を抱え込んでいたことが発覚した。帯状疱疹。以前から皮膚科系の弱点を抱えていることは知っていたが、まさか今回、この帯状疱疹に見舞われていることまでは分からなかった。右胸の辺りがチクチクと痛むことは気づいていた。手を入れると湿気がある。なんかおかしい。すぐに皮膚科に走れば良かったのだろうが、発熱の方に気を取られてしまった。
 そして熱が下がって足を運んだ皮膚科。胸をはだけると、医師の診断は即「帯状疱疹です」。よくほおっておかれましたな。いや、そういうつもりでは。手遅れかもしれないが、急ぎ、飲み薬と塗り薬を処方してもらった。以来、二三週間経過した。日中は何とか仕事ができる程度には回復したが、就寝時には右胸の辺りの違和感が消えない。激烈な痛みではないのだが、痛いことは痛い。それが気になってすっと眠りに落ちることができない。悶々としながら浅い眠りに落ち、すぐまた目覚める・・・。いやはや何とも辛い日々が続いている・・・。
 ブログをアップする気にもなれない。読みたい小説は目の前にあるのだが、そうした本を手にする意欲もない。私にとってこの1月は「失われた一か月だ」と嘆いているが、果して今月だけで済む話でもなさそうな雲行きだ。中学校での金曜日の授業を終え、帰宅後の今この項を打っていても、右胸の辺りに違和感があり、何もかも投げ出して寝転びたくなる。嗚呼、いつまでこの不調が続くのだろうか?
                  ◇
 20230127-1674807291.jpg個人的には絶不調だが、人類社会の危機も確実に進行しているようだ。あの「終末時計」(doomsday clock)のことだ。実はこのところ、終末時計どれぐらい進んだのだろうと思っていた。あれは年末に取り上げられる恒例のニュースだったかしら? だとしたら、去年暮れに見落としてしまったのだろうかとも思っていた。外国のメディアではいつも記事化されるが、日本ではそうでもなかったか?
 年末恒例ではなかった。今週そのニュースをアメリカのネットで目にした。ロシアのウクライナ侵攻もあり、今年は人類滅亡までの残り時間が過去最短の「90秒」となったことが明らかにされた。90秒=1分半。ため息を一つか二つつく間に人類はこの地球上から消えてしまうらしい。
 終末時計は米科学誌「原子力科学者会報」(BAS)が毎年発表しているもので、1947年に核戦争の危険性を警告する目的で米国の原爆開発に参加した科学者たちが創設したとか。時計の針が真夜中の零時を指せば、それが人類滅亡のときを示す。2018、2019年は残り時間は2分だった、2020年に100秒となり、一昨年、昨年も100秒のまま据え置かれていた。今年は10秒が削られ、90秒となったことになる。
 私がネットでみた米国の風刺番組では今年の終末時計の発表が沈痛な雰囲気の中でなされ、発表に立ち会った5人の科学者の方々が無表情でしばしたたずんでいた、その様子がなんとも形容し難く、「突っ込みどころ」満載といった感じだった。しかし、人類社会を脅かす昨今の危機的状況は決して笑い話などではないという気がしてならない。

とほほの幕開け

 新年第一号のブログ、通し番号では第778号を今の惨憺たる状況下でアップすることになろうとは想像もしなかった。諸悪の根源は身体の熱なのだが、なぜこうなったのか今もきちんと説明できないのがもどかしい。
 当初、嗚呼遂にコロナウイルスに毒されてしまったかと嘆いた。ところがどうもそうではないみたいだ。薬局でコロナ検査キットを買い求め、検査してみたが、陰性だった。それならば流行がささやかれているインフルエンザに罹患したかと思ったが、これもそうではなかった。それなら、正月以来ずっと我が身を悩ませている発熱の原因は何なのだ?普通の風邪?いや、そうとも思えない。
 しゃきっとしたいのだが、身体に熱があればそういうわけにもいかない。最初の頃は36度台前半だったような気もするが、段々と右肩上がりになり、38度に達するようになった。平熱が35.7度の私にとって38度は危険水域なのだが、ちょっと趣が違う気もした。第一私は体温が38度に達すると、寝ていて幻覚を見るようになる。不快感一杯の幻覚だ。寝るのが怖くなる。ところが今回の発熱は幻覚を伴わない。素人の見立てだから当てにはならないが、幻覚がない分、助かる。
 とはいえ、発熱を除去しないことには何も始まらない。本来だったら、正月明けに関西方面に旅して、亀岡に住む実兄の顔を拝み、芦屋の教会で日曜礼拝に参加し、特別の願い事を託すつもりだった。そうした計画がもろくも瓦解。連休が明けると専門学校と中学校での授業も再開する。余裕をもって準備に勤しむことにしていたが、これもあえなく頓挫。私は元来、キビキビと起床し行動に移る性分ではない。それでも目が覚めてからベッドの中で10分も20分もうとうとしているのは好きではない。それが今回の発熱ではまさにずっとそうしていたい気分だった。身体がきついからだろう。
 症状としては発熱の他には倦怠感、頭痛、右胸の痛みぐらいだろうか。咳は全然出なかった。鼻水の類もなし。あ、そうそう、食欲はかなり減退したように感じた。台所が汚くなって料理の気力も失せ、普段は滅多に行かないレストランに足を向けたはいいが、快食というわけにはいかなかった。まあ、普通誰だって熱があれば食欲は落ちるものだろう。
 ぐだぐだと無為に過ごしただけの正月休み。幸いにも診てくれる内科医院を見つけた時にはほっとした。実際には平熱に戻るまでにはさらに数日を要するのだが、応対してくれる医院が見つかっただけで熱が少し下がったような気がした。
 新しい年を気持ちよくスタートすることはできなかったが、終わりよければの心境を目指していこう。第一、まだスタート地点に立っている気がしない。と思っていたら、玄関の呼び鈴がピンポン。対応に出ると、国際郵便のようだ。韓国から?宛先のハングルを読むと、見慣れた感覚。あれ、これって私が昨年暮れ、クリスマス前にソウルに住む友人のジンさんに贈った郵便物ではないかいな。まさか日韓関係の悪化から送り返されてきたのではないだろうな?どうも宛所に行き着かなかったようだ。転居したのだろうか。よく分からない。隣国とはいえ結構高い郵便料金を払って送り出したような記憶がある。すべては徒労に終わったということか。あ、また熱が出てきた!

歳末点描2(第777号)

20221230-1672384466.jpg 『アバター:ウェイオブウォーター』を昨日観た。IMAX とか呼ばれ、特製のサングラスをかけて観ると、画面が浮き上がって見えるし、音響効果もあって、眼前で物語が展開しているよう。(料金はサングラス代含め2,800円だったが、シニア割引があり2,100円) 
 22世紀。元海兵隊員の男ジェイク・サリーが地球から遠く離れた惑星パンドラに送り込まれ、そこに住むナヴィと呼ばれる人間に似た神秘的な女性と恋に落ちる。第一作は森が舞台だったが、今回は海が舞台。初めて見る人はきっと感動したと思うが、13年ぶりとはいえ、前作の印象が残っている者は前作ほどの感動は覚えなかったのではないか。第一、長すぎた。途中でトイレに立つ人が何人かいた。優に3時間を超えていたか。
 観終わってふと考えた。22世紀の地球から地球では入手できない不老をもたらす鉱物資源などを求め、パンドラにやって来た我々人類の末裔。パンドラに住む高身長で身体的能力に長けたナヴィたちが空や海中を自由自在に飛び回る奇怪な鳥類を操ることができるとはいえ、彼らの原始的な弓矢で科学技術を駆使した破壊力抜群の兵器で襲ってくる人類の末裔に対抗できるとはおよそ信じ難い。
 『ウェイオブウォーター』は人類との新たな戦闘を乗り切り、ナヴィのリーダーとして妻や子供たちを守る決意を新たにするジェイク・サリーの次の決意の一言で幕を閉じる。“This is where we make our stand.” (ここが我々が堂々と生きていく場所だ)。第三作が遠からず、皆さんの前にやってきますよと私には聞こえた。
                  ◇
20221230-1672384526.jpg 映画館のある博多区のキャナルシティ界隈を久しぶりに歩いた。清流公園では屋台が出て、若者グループの生演奏などもあり、年末らしい賑わいを見せていた。
 道行く人の会話が前から後ろから聞こえてくる。圧倒的に韓国語が多かった印象がある。中国語はそうでもなかった。韓国からやってきた観光客が多いのだろう。人気のラーメン店や日本料理店の前には長蛇の列もできていた。ということはソウルや釜山でも同じように日本人観光客の列が出来ているのだろう。私は韓国であれ、台湾であれ、まだ旅をする気には到底なれない。
                  ◇
 やがてオンライン英語教室で読みたいと考えている英書を求めて、天神の書店に足を運んだ。いつも洋書を買い求めているところだが、念頭にあった本は在庫なし。店員さんに調べてもらったが、どうも近くの書店にもない模様。ないものはないので致し方ない。
 年明けに関西に行く予定なので、大阪か京都の書店に立ち寄って買い求める手も頭に浮かんだが、在庫なしの可能性もある。電話で問い合わせるのも億劫になり、アマゾンで買い求めようかと考えた。私はネットショッピングは苦手でほとんど利用したことがない。しかし、関西への長旅の往復の車中で読む本は絶対欲しい。よってアマゾンをグーグル。それが昨日夜で明日には届くとか。本当にその本を手にしているのだろうか。そうなれば嬉しいが。
 ファイルにこの項をしまう際に気づいた。ブログには表れないが、この項は第777号だ!この項を読まれる奇特な方に幸多き2023年であれ!新年快乐!새해 복 많이 받으세요.

歳末点描

20221229-1672280577.jpg 久しぶりの好天に誘われ、香椎浜のジョギング路を散歩した。この秋から中学校で教壇に立つ仕事を始めて以来、平日はほぼ忙殺され、香椎浜に足を向けることができないでいた。香椎浜ではいつも快適な散策が楽しめるが、この時期はさすがに歩いている人も少なく、ジョギングしている人もまばら。歩いていたら、コンビニの近くで「恵方巻き」ののぼりが見えた。まだ正月も来ていないのになんという気の早さか。商魂逞しいと形容すべきか。
                  ◇
 コロナ禍で今冬も郷里には足を向けられない。郷里と言えば、宮崎県知事選で現職の河野俊嗣知事が四選を果たした。何の思惑があってか知る由もないが、突如返り咲きを狙ったテレビタレントの東国原英夫氏を破っての当選。二人の差はわずか2万3千票ほどだった。タレント稼業に飽きたのかもう一回、県知事でもやるべと戻ってきたお笑い芸人が易々と当選を果たすようでは宮崎県民の民度を疑われていたことだろう。それにしても、あそこまで追い上げられるとは県民が県政に期待するものは皆無に近いということなのか?
                  ◇
 長い冬休み。中学校や専門学校の仕事が復活するのは1月半ばから。専門学校の契約は3月末で切れる。この2年間、週に一日、教えてきていた。週に一日といえども、2コマで計2時間半の講義なので、内容的には結構な量となる。学生たちにとって役に立つ講義だったのかと自問すれば、反省したいこともある。授業で何度も口にした文章を試験に出し、その解答を目にして愕然としたことも少なくない。どう教えたら良かったのか?
 残すところあと3か月。学生たちの多くは来春から大学に編入して新たなスタートを切る者が多いようだ。彼らが英語の真の力を身につけていけるように精一杯のお手伝いをしたい。そのためには残る期間、どういう教え方をしようかと手元にある過去のさまざまな講座・授業で使った教材に目を通しながらあれこれ思いをめぐらせている。
                  ◇
 オンラインで続けてきた英語の小説を読む教室も無事に一年を終えようとしている。コロナ禍でカフェでの対面教室からオンラインに切り替えたが、思えば、オンラインの経験があったから、専門学校での講義がコロナ対策でズームに切り替わった際にもスムーズに対応できた。アナログ人間の私には信じ難いこと。
 オンライン教室は現在、福岡から遠いところに住む人たちの教室を含め2グループ。ごく限られた人数の教室だが、それぞれ毎月2回の講座は私にとっても非常に心地よく教えることができる。大学時代に尊敬する恩師の英文学講座を私一人が受講し、1対1の家庭教師のような講座があったが、私は今もあれが一番思い出に残り、楽しい講座だったと思い出す。オンラインで英語小説を読む教室はまさにそんな雰囲気のひとときだ。
 このところ読んでいるアガサ・クリスティの戯曲はいよいよ佳境に入りつつある。それが終われば次に何を読もう。できれば私も読んだことのない作品を一緒に読みたい。さてどこを漁ればそういう作品があるだろうか。セレンディピティー(serendipity)に期待しよう。
 良いお年を! 新年快乐!새해 복 많이 받으세요. Happy New Year 2023!

残映はzanei?

20221225-1671935049.jpg 英字紙「ジャパン・ニュース」のカルチャー欄に懐かしい顔が見えた。歌手のちあきなおみ氏。名前は漢字で書くべきか? ネットで検索してみると、ひらがなでいいようだ。1947年9月生まれとあり、75歳。70代半ばになったのか。元歌手、元女優と記されている。表舞台から姿を消してしまったのでこういう記述になるのだろう。
 英字紙の記事は読売新聞からの翻訳で、ちあきなおみ氏が1992年9月に夫の死別とともに引退して30年を機に、彼女と親しい関係にある音楽プロデューサーの証言などを交えながら、彼女が今なお日本の歌謡曲の世界で美空ひばりと双璧をなす歌手と崇められていることを紹介していた。“Naomi Chiaki is second to none.”(ちあきなおみは唯一無二の存在)とはそのプロデューサーの言葉だ。今秋新しく発売されたコンセプトアルバム「残映」も好調な販売を続けているとか。彼女の今なお衰えぬ人気を物語るエピソードだろう。
 代表曲「喝采」は強く印象に残っているものの、私は記事を読んで初めて彼女のたぐいまれな「歌唱力」を知った。いつかテレビ画面に彼女が再び奇跡的に登場するようなことがあれば、私は間違いなくテレビの前に釘付けになるだろう。さすがに今もかつての歌声を期待するのは酷だろうとは思うが・・。
 ところで、英字紙で「残映」はどう紹介されていたか。次のように紹介されていた。“Zanei” (Sunset glow) reached No. 1 on the weekly Oricon rankings in the “enka and kayokyoku” song category on Oct. 31, …… 私は最初、zanei に戸惑った。座寧? ( )の中のsunset glow を見て、ああ、「日没の輝き」を意味しているのか、「残映」だなと思い至った。英語表記が紛らわしい時には “Zan-ei”とハイフォンを入れるか、中国語のピンイン表記のように分かち書きを明示する “Zan’ei”と表記するのが望ましいと改めて思った次第だ。
                   ◇
20221225-1671935125.jpg ジャパン・ニュース紙上にもう一つ韓国発の面白い記事があった。こうした記事はネットでもお目にかかれることはあるが、じっくり楽しむにはやはり実際の紙面を手にするのが一番のような気もする。韓国で来年六月から韓国民の年齢の数え方が国際社会のそれと同じやり方に「統一」されるという話題。他愛ないニュースではあるが・・・。
 要するに韓国では今もなお、赤ん坊が誕生すると、即1歳と見なされ、年が明け正月がやって来ると更にもう1歳の年を加える年齢の数え方をしているとか。例えば大晦日におぎゃーと誕生するとその場で1歳となり、翌日のお正月で2歳を迎える。一年が経過して正月を迎えると3歳となる。つまり、日本でならやっと1歳となった時点で韓国の赤ん坊はすでに3歳児と勘定されることになる。
 公的な書類などではいわゆる満年齢で記述するケースもあるようだが、普段の生活では旧来の数え方で済ませていることもあり、混乱が生じることも少なくないとか。誕生日が年末に近ければ、実年齢(満年齢)と2歳近い差が生じる。この記事の見出しはS. Koreans to become younger as way of counting age changes となっていた。年長者に対する敬語使用が日本とは比較にならないほど厳格な韓国。確かにソウルで韓国人の友人と年齢の話題になった時に、お互いの年の数え方に微妙な「ずれ」を感じたことを思い出す。

冬休みの本確保!

20221219-1671434903.jpg コロナ禍もあり、出版社・書肆侃侃房がある天神方面にはすっかり縁遠い日々を送っていた。今年も残り少なくなり、挨拶ぐらいはしておこうと先日、故郷・西都市の名菓を手土産に久しぶりに足を運んだ。田島社長と歓談の後、社長から「これ冬休みに読んでみなさいな」と書肆侃侃房の近刊、10冊近い本を頂いた。私の好みを熟知しておられ、韓国の小説・短篇、台湾に関係する本も含まれていた。有り難い!
 帰宅後、早速読み始めた。まず最初に手にしたのは黄順元(ファン・スノン)著の『木々、坂に立つ』(白川豊訳)。著者の黄順元氏(1915-2000)は平壌生まれで日本に留学経験もあり、大戦後の46年に南朝鮮に越南している作家。韓国文学をかじっている人なら誰でも知っている高名な作家だろうが、無知な私は初めて。帯カバーにある通り、南北分断と朝鮮戦争(1950-53)をめぐる若者群像が男女の性を絡めながら描かれている。今の視点から「生」の価値や「命」を軽々と放棄する生き方を批判するのはあまり意味のないことかもしれないが、時代に翻弄されてもがく若者たちの姿が痛々しい。実に読み応えのある作品だった。
                  ◇
 時々参加している徳島を中心としたオンラインの英語愛好者の集まり。ほぼ三か月置きの一夜パソコンの前に集い、英字出版物の話題で盛り上がる肩の凝らない集いだ。先日の集まりでは泣くこと、涙の効用が話題に上った。人は泣くことによってストレス、緊張を解きほぐしているのだとか。従って、涙は健康に役立つものであり、泣くことを我慢することは愚の骨頂。そのくだりの英文はーー。Studies show that people who hold back tears are more likely to get sick or suffer from stress-related issues. So, for health reasons, it’s best to cry whenever necessary. (研究によると涙を我慢する人々はそうでない人々より病気になりやすく、またストレスに起因する病状で苦しむ可能性が高い。健康のためには必要があればいつでも泣くのが最善の方策なのだ)
 正直、私は昔から涙もろい。今でも小説を読んだり、ドラマを見たりしていて、思わず涙ぐむことも少なくない。さすがに人前で大粒の涙を流すことははばかられるが、涙腺が熱くなることは昔も今もしばしば。嗚咽でなければそう恥じ入ることでもないだろう。だから上記の記事を読んだ時には「我が意を得たり」と思った次第だ。
 人の身体のメカニズムはともかく、いわゆるストレスが長寿(longevity)を妨げる最大の敵ではないかと私は思っている。社会生活はとかくストレスとの戦い、いや正確には戦ってはいけない、ストレスをどうやって回避するか、それが不可避ならいかにそうしたストレスをため込まないように暮らすかがかぎを握っているのだと思う。思えば、大学卒業以来勤めた新聞社を56歳で早期退社したのも我が人生のストレス回避には大いに役立ったのかもしれない。ストレスを回避するために社を辞するのだとなどとは露思っていなかったが。
 そして今、私は中学校で教壇に立ち、中学生に英語を教えるという新たな仕事に着手している。現時点で言えることは新しい仕事はストレスとは無縁であり、教えることがかくも楽しく有意義であることかと再認識させられている。これが私の人生のストレス蓄積になるようなら改めて考え直そう。

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