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韓国文学の源流 短編選3『失花』

韓国文学の源流 短編選3 1939-1945
「失花」
李箱(イ・サン)、李孝石(イ・ヒョソク)、蔡萬植(チェ・マンシク)、金南天(キム・ナムチョン)、李無影(イ・ムヨン)、池河蓮(チ・ハリョン) 著

オ・ファスン、岡裕美、カン・バンファ 訳

四六、上製、352ページ
定価:本体2,400円+税
ISBN978-4-86385-418-5 C0097

装幀 成原亜美
装画 松尾穂波

 

2019年6月にスタートした韓国文学の源流シリーズは今回、短編選をスタートします。朝鮮文学時代から今の韓国現代文学に続く、古典的作品から現代まで、その時代を代表する短編の名作をセレクトし、韓国文学の源流を俯瞰できる全10 巻です。韓国文学に親しみ始めた読者が、遡って古い時代の文学も読めるようにしたいと考えています。各巻は6 ~ 10 編の各時代の主要作品を網羅し、小説が書かれた時代がわかるような解説とその時代の地図、文学史年表が入ります。よりいっそう、韓国文学に親しんでいただければ幸いです。


日本統治時代、戦争の影が色濃くなる中、
荒れ狂う時代の波に翻弄される主人公たちの
恋愛、家族、そして職場での人間模様……。
当時を代表する作家たちが綴る名作六編。


モダニズム作家、李箱の遺稿で、死後に発表された『失花』
妻の死後、中国を旅し、華やかな都会の中の孤独をアイロニーをこめて描いた『ハルビン』
日本にいられなくなり新しい生活を求めてやってきた澄子と、雑誌社に勤めながら小説を書く作家との愛の逃避行『冷凍魚』
思想犯として投獄された男に本を差し入れ、一時釈放を待つ女を待ち受ける厳しい現実を描いた『経営』
変わりゆく農村を舞台に土とだけ向き合って生き、すべてを失ったあと自らの命を絶つ父。帰郷し田んぼに出てはじめて父の思想にめざめる『土の奴隷』
妻とその女友だちとの交流を通して男と女の不可解な感情とすれ違いを描いた『秋』


2020年9月中旬全国書店にて発売。

 

【目次】

失花 실화 李箱(イ・サン/이상) 岡裕美 訳
ハルビン 哈爾濱 하얼빈 李孝石(イ・ヒョソク/이효석) オ・ファスン 訳
冷凍魚 냉 동 어 蔡萬植(チェ・マンシク/채만식) オ・ファスン 訳
経営 경 영 金南天(キム・ナムチョン/김남천) 岡裕美 訳
土の奴隷 続「第1課第1章」 흙의 노예 李無影(イ・ムヨン/이무영) カン・バンファ 訳
 가을 池河蓮(チ・ハリョン/지하련) カン・バンファ 訳
解説 渡辺直紀
文学史年表
著者プロフィール
訳者プロフィール


【著者プロフィール】

李箱(イ・サン)​

一九一〇―一九三七 京城生まれの詩人、小説家。本名、金海卿(キムヘギョン)。京城高等工業学校を卒業し、朝鮮総督府建築課で技手として働くかたわら、三〇年に発表した長編小説『十二月十二日』で作家活動を開始した。三三年に朝鮮総督府を辞職して喫茶店の経営を始め、妓生の錦紅(クモン)と同居生活を送る。三四年には文学同人「九人会」に参加し、『朝鮮中央日報』に詩『烏瞰図』を連載するが、難解だとの抗議を受けて打ち切られた。三六年、『朝光』誌に掲載された短篇小説『つばさ』が一躍脚光を浴び、モダニズム作家としての地位を確立。同年、東京に渡る。三七年に思想犯として日本の警察に逮捕され、持病の肺結核が悪化して保釈された後、同年四月十七日に死去。東京で書かれた『失花』は、死後に遺稿として発表された。このほか代表作に『蜘蛛、豚に会う』『逢別記』などがある。

李孝石(イ・ヒョソク)
一九〇七―一九四二 江原道(カンウォンド)平昌郡(ピョンチャングン)珍富面(チンブミョン)に生まれる。号は可山(カサン)。京城第一高等普通学校を経て、一九三〇年京城帝国大学法学部英文学科を卒業。一九三一年日本の恩師の口利きで朝鮮総督府警務局検閲係に一時就職するも、良心の呵責と周囲の非難により一カ月足らずで退職する。その後は妻の実家のある、咸鏡北道(ハムギョンプット/現在の北朝鮮)鏡城(キョンソン)に移り鏡城農業学校で英語教師、後に平壌の崇実(スンシル)専門学校教授として赴任する。教員をしながら文筆活動を行っていたこともあり、経済的には比較的余裕があったとされる。高等普通学校在学中の一九二五年「毎日申報」の新春文芸に詩「春」が選外佳作となるが、大学在学中の一九二八年雑誌「朝鮮の光」に短編「都市と幽霊」を発表したのが正式な文壇デビュー。初期の作品は「露領近海」「上陸」「北國私信」など、傾向文学の色合いが濃く、同伴者作家とも言われていた。一九三二年以後、純粋文学の世界に傾倒していき、作品には「オリオンと林檎」(三二)、「豚」「雄鶏」(三三)などがある。一九三三年には「九人会」結成の発起人の一人となり、完全に純粋文学へと移行していく。三十代前半がもっとも執筆活動が盛んな時期で、短編「山」「野」「柘榴」「ひまわり」など、毎年十作以上の短編や散文を発表していた。特に短編「そばの花咲く頃」(三六)は自然と人間の心理を美しく描写した彼の代表作として現代まで広く読み継がれている。故郷や自然への郷愁をモチーフにした短編小説が多いなか、学生時代に読み耽ったチェーホフや英語教師として過ごした経験も影響し、モダンボーイや海外の近代文化を基盤にした作品や、不倫や痴情を描いた長編小説を執筆するなど、その作品世界は幅広い。長編の代表作には「花粉」(三九)「碧空無限」(四〇)などがある。一九四〇年妻に先立たれ、ほどなく幼い次男まで亡くすと、失意のうちに満州などを転々とする。そのころから体調を崩し、一九四二年脳膜炎を患い三五歳の若さで夭折する。

蔡萬植(チェ・マンシク)
一九〇二―一九五〇 全羅北道(チョルラプット)沃溝郡(オックグン)臨陂面(イムピミョン)に生まれる。号は白菱(ペンヌン)など。一九一四年臨陂普通学校卒業後、一九一八年に上京し、京城の中央高等普通学校に入学。在学中の二〇年に結婚し、二二年に卒業。同年、日本に渡り早稲田大学付属第一早稲田高等学院文科入学。だが二三年九月、関東大震災に遭い朝鮮に帰国、そのまま日本に戻ることはなく学籍は除籍となる。その後、私立学校の教員として勤務し、そのころから小説の執筆を始め、二五年には東亜日報社に入社し記者になるが、一年あまりで退社。その後も開闢社、朝鮮日報社などを転々とする傍ら文筆家として執筆活動を続ける。三六年以後は職につかず、創作活動に専念し、四五年郷里の臨陂に帰郷し五〇年に肺結核で永眠。小説家としては短編「新しい道へ」が「朝鮮文壇」三号(二四年)に掲載されて文壇デビュー。その後、数多くの短編、長編を執筆するが、小説の他、戯曲や評論、随筆などその作品は多岐に渡る。初期の作品は「消えゆく影」「貨物自動車」など、同伴者作家に近い。三四年に発表した短編「レディメイド人生」は風刺と諧謔の効いた作風が特徴で、この風刺と諧謔はその後の彼の小説に欠かせない要素となる。その代表作に短編「痴叔」(三八年)、長編には『濁流』(三七年)、「太平天下」(三八年)がある。四〇年以降、解放を迎えるまで、家族に起きた不幸や経済的困窮など現実的問題を抱え、しだいに親日的作風へと移行していく。長編『美しき夜明け』(四二年)、『女人戦記』(四四年)などがその代表である。四五年の解放後、「民族の罪人」(四八年)を発表して自らの親日行為を自己批判している。解放後の作品には短編「孟巡査」「ミスター方」「田んぼの話」(四六年)などがある。後に国家の歴史清算の過程で親日反民族行為と規定され親日作家のレッテルを貼られるが、激動期に数多くの作品を残し、量的にも質的にも韓国の近代文学を代表する作家の一人である点では異論がない。

金南天(キム・ナムチョン)
一九一一―一九五三? 平安南道(ピョンアンナムド)成川(ソンチョン)生まれの小説家、文学評論家。本名、金孝植(キムヒョシク)。二九年に平壌高等普通学校を卒業後、日本の法政大に入学。朝鮮プロレタリア芸術家同盟(KAPF)東京支部に加入し、会誌『無産者』の同人として活動した。三一年に帰国。同年、KAPFの一斉検挙により起訴され、実刑判決を言い渡された。出所後、服役中の経験を基にした短篇『水』(三三年)など、社会主義的リアリズムを追求した作品を発表。日本の植民地支配からの解放直後、「朝鮮文学建設本部」の結成において中心的役割を担い、四六年には「朝鮮プロレタリア文学同盟」と統合した「朝鮮文学家同盟」の発足を主導した。四七年ごろ北に渡り、最高人民会議代議員、朝鮮文学芸術総同盟の書記長などを務めたが、五三年ごろに粛清されたと伝えられている。代表作に長編小説『大河』、中編小説『麦』など。

李無影(イ・ムヨン)
一九〇八―一九六〇 忠清北道陰城(チュンチョンプクド・ウムソン)に生まれる。本名は李甲龍(イ・カビョン)。一九二五年、高校を中退して日本へ渡り、成城中学に入学後、加藤武雄の門下生となる。一九二九年の帰国後は教員や出版社の社員、雑誌社の記者などを経ながら執筆を続け、一九三一年に『東亜日報』の戯曲懸賞公募で「真昼に夢見る人々」が当選、一九三二年には『東亜日報』に中編「地軸を回す人々」を連載し、作家としての真価を発揮し始める。一九三三年、文芸誌『文学タイムズ』(のちの『朝鮮文学』)を創刊するかたわら、文学同人「九人会」会員として活動。一九三五年、東亜日報社学芸部の記者となるが、一九三九年には軍浦の近くにあった宮村(クンチョン)に移り、自ら農業に携わりながら農村小説を書く。彼の農民小説は大きく三つの時期に区分される。一九三二―一九三五年の第一期には貧困にあえぎ絶望する農民の姿を、一九三九年前後の第二期には逆境にも屈さず人間としての品位と生存意志を保ち続ける農民像を、一九五〇年以降の第三期には収奪と圧迫の歴史的受難を大河小説の形で描いた。主な作品に「明日の舗道」(一九三七)「第一課第一章」(一九三九)「土の奴隷」(一九四〇)『青瓦の家』(一九四二―一九四三、朝鮮芸術賞)『農民』(一九五〇)『農夫伝抄』(一九五六)などがある。

池河蓮(チ・ハリョン)
一九一二―未詳 慶尚南道居昌(キョンサンナムド・コチャン)に生まれる。本名は李現郁(イ・ヒョヌク)。一九四〇年、雑誌『文章』に「決別」を発表し作家となる。仁川(インチョン)にあった昭和女子高等学校卒。KAPF(朝鮮プロレタリア芸術家同盟)の指導者であった林和(イム・ファ)の妻としても知られる。一九四五年八月十五日の光復後は朝鮮文学家同盟に加担し、一九四七年に夫婦で越北するまでに多くの作品を発表した。主な作品に「決別」(一九四〇)「滞郷抄」「秋」(共に一九四一)「山道」(一九四二)「道程」(一九四六、朝鮮文学賞)「クァンナル(広津)」(一九四七)などがある。


【訳者プロフィール】

オ・ファスン(呉華順)
青山学院大学法学部卒業後、渡韓。慶煕大学国語国文科修士課程戯曲専攻修了。共同通信社発行『もっと知りたい!韓国テレビドラマ』の現地スタッフを経て、現在、韓国を拠点にフリーライター、通訳・翻訳者として活動中。著書『なぜなにコリア』(共同通信社)。訳書『旅立ち』(ソン・スンホン著)、共訳書『公式コンプリートブック 美男(イケメン)ですね』(キネマ旬報社)など。

岡裕美(おか・ひろみ)
同志社大学文学部、延世大学国語国文学科修士課程卒業。二〇一二年、第十一回韓国文学翻訳新人賞を受賞。訳書にキム・スム『ひとり』(三一書房)、イ・ジン『ギター・ブギー・シャッフル』(新泉社)、『李箱文学賞受賞作家による自伝的エッセイ集』(クオン、共訳)がある。

カン・バンファ(姜芳華)
岡山県倉敷市生まれ。岡山商科大学法律学科、梨花女子大学通訳翻訳大学院卒、高麗大学文芸創作科博士課程修了。梨花女子大学通訳翻訳大学院、漢陽女子大学日本語通翻訳科、韓国文学翻訳院翻訳アカデミー日本語科、同院翻訳アトリエ日本語科、ハンギョレ教育文化センターなどで教える。韓国文学翻訳院翻訳新人賞受賞。日訳書にチョン・ユジョン『七年の夜』(書肆侃侃房)、同『種の起源』(早川書房)、ピョン・ヘヨン『ホール』、ペク・スリン『惨憺たる光』(共に書肆侃侃房)、『私の生のアリバイ』(クオン)など。韓訳書に児童書多数。共著に『일본어 번역 스킬(日本語翻訳スキル)』(넥서스 JAPANESE)がある。

 

【韓国文学の源流シリーズ】
およそ100年前の朝鮮時代から始まり、近現代文学の主要作家の作品によって構成されるシリーズ。韓国現代文学のファンにとって、より深く、韓国の時の流れを俯瞰することができるはずです。