May 2026
切り干しダイコン
- 2026-05-29 (Fri)
- 総合
毎朝、日課として目を通しているキリスト教の祈祷書(devotional)。米国で発行され、敬虔なクリスチャンの方々の手になるもので、英語の勉強にもなっている。
先日の筆者はガレージセールでの体験を綴っていた。古い道具類を売りさばいていた家の主人は筆者の顔を凝視し、「ひょっとして昔、○○通りに住んでいませんでしたか?」と尋ねた。英文では “Did you used to live over on ○○ street?” となっていた。急いで読んでいたら、読み飛ばしていただろう。だが、じっくり読んでいると、違和感は禁じ得ない。Did you と始めたら、続くのはuse to live …とすべきではないか。参考までにChatGptで確認すると、やはりDid you used to live …という言い方は文法的でなく、無理があるので、素直に“Did you use to live over on ○○ street?” とすべしとのご託宣。
ただし、個人的には “Did you used to live over on ○○ street?” でも良さそうな気がしてならない。特に口語ではこう言ってきたような気もする。ウーン、悩ましい・・。
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何度も書いている通り、早朝目覚めると、スマホのラジオ機能を活用し、NHKラジオの語学講座(韓国語から中国語)を聴いている。特に中国語の講座の最後に講師の先生が宿題として出題する諺や慣用句が楽しみだ。一度しか読まれないので、耳の鍛錬にいい。
声調を無視したアルファベット表記だと “moming qimiao” という音が流れてきた。敢えてカタカナで書くと「モーミン チーミャオ」という音に近い。スマホの検索機能を使って調べていたら、「莫名其妙」(mòmíng qímiào)という表現が出てきた。「何が何だかさっぱり分からない」「不思議である」という意味合いと紹介されていた。これはさすがに中国語の漢字を見ても、その意味合いを正しく推測するのは難しいかと思う。
いろいろ調べていたら、「ちんぷんかんぷん」の語源ではないかいう説があった。もっとも「ちんぷんかんぷん」の語源は諸説あるとの由。例えば中国語の聞き間違い説。中国語で「聞いても分からない、見ても分からない」という意味である「听不懂看不懂」(tīngbùdǒng kànbùdǒng)が日本人の耳には「ティンブードン カンブードン」と聞こえたことから、「ちんぷんかんぷん」となったのではないかという説だ。なんとなくそう思えなくもない。
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職場のある古賀市で有志により月一回催されている料理教室。今月は「かつ丼」だった。かつ丼はきちんと作ったことはないので、講師のH先生の説明に真剣に耳を傾けた。豚肉は筋を切り、薄力粉やパン粉をまぶす、調味料は醤油やみりん、和風だしで作ることなどを教えてもらった。サイドディッシュで「キャベツの即席わさび漬け」の作り方も。私には当面「かつ丼」は無理だが、「キャベツの即席わさび漬け」はすぐにできそう。
最近目覚めた食材がある。こんなことをここで披露するのは恥ずかしいが、備忘録のブログだからきちんと書いておきたい。それは「切り干しダイコン」。これまでその存在を意識したことなどない食材だ。水で戻してフライパンで炒めて食したら、予想をはるかに上回る美味だった。切り干しダイコンはカルシウムや鉄分、食物繊維が豊富で栄養の「宝庫」だとか。しかもその安さよ。嗚呼、もっと早く「気づき」たかった!
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「愚公移山」
- 2026-05-22 (Fri)
- 総合
少し前に中国語の学習について、「音を聴いて声調を含めたピンイン表記を正確に思い浮かべるのは(音感の鈍い私には)至難の業」と書いた。平日はスマホのラジオから流れてくる中国語の音を聴いて、その語句(四文字熟語のケースが多い)を想起しようともがいている。面白いのは、一群のその音を耳にして、スマホの検索機能で調べると、そう苦労せずにその語句に行き当たる幸運がままあることだ。中国語と日本語は発音が大きく乖離した言語だと思っているが、案外、その「距離」は近いのではないかと感じたりもしている。
最近の一例を挙げる。スマホのスピーカーから「ユーゴン イーシャン(yugong yishan)」という音が流れてきた。これだけでは何のことやらさっぱり分からない。例によって漢字を推測した。yuという音で「愚」をすぐに思いつくのは私にはできない。声調を度外視すれば、yuの発音からは「迂」や「于」「余」「魚」「雨」「浴」「欲」など幾多もある。gongや yi、shanもしかり。スマホの検索機能であれこれやっていて、「愚公移山」という語句に行き着いた。人工知能(AI)恐るべしだ。以下の説明があった。――中国の故事成語である「愚公移山」(ぐこういざん)のことだと思われます。どんなに困難なことや一見不可能に思えることでも、地道に努力を続ければいつかは必ず達成できる、という意味を持ちます――
とにかく、初めて出合う中国語の格言を聴き、その「音」からそう苦労することなく漢字を推測できたことは嬉しかった。漢字文化圏に暮らす日本人ならではの喜びだろう。
「愚公移山」で「石の上にも三年」ということわざを思う人もいるかもしれない。愚公とは「愚かな人」という意味ではなく、架空の老人の名前のようだ。現実には地道な努力だけで「山を移す」ことなど不可能だろう。確か、聖書に似たような文言があったことを思い出し、ネットで調べると、マタイ伝にあった。英文では “Faith will move mountains.” という言葉だった。「信念は山をも動かす」が定訳とか。
こうした言葉に接すると私はいつも思い出す小説がある。英米文学を専攻した学生時代に卒論のテーマに選んだ英作家、サマセット・モームの代表作 “Of Human Bondage”(邦訳『人間の絆』)だ。主人公の若者は生まれつき片足が不自由。両親を亡くして孤児となり、牧師の叔父に引き取られる。不自由な足から解放されるよう願う日々を送るが、厳格な叔父から諭された言葉が聖書のこの言葉だった。若者は必死に祈り続けるが、毎朝目覚めると不自由な足に変化はない。それで信仰心を失うことになる。
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最近は大リーグすなわち大谷翔平君のことをあまり書いていないが、もちろん、ずっと熱心にフォローしている。一時はちょっと打撃が湿っていたが、二刀流プレーヤーとして再び比類なき活躍を見せ始めている。
日本時間木曜日の対パドレス戦では投手として先発し、5回を投げて無失点に抑え、打っては先頭打者ホームランをかっ飛ばし、ライバルチームを突き放した。防御率はダントツのトップで、MVPはともかく、初めてのサイヤング賞受賞も夢ではなくなった。ホームラン王に二度輝いたこともある打者が投手にとって最高の栄誉であるサイヤング賞まで獲得することになれば、彼を形容する賛辞は地球上に存在しなくなるかもしれない。
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“fashionably late”
- 2026-05-20 (Wed)
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日々購読している新聞を読む喜び、楽しさは人それぞれだろう。ひと頃は紙の新聞はネット情報に押され、電子新聞となるかなどして消滅の途にあるとささやかれてもいた。私が記者として現役の間は大丈夫だろうと思っていた時期もあったが、AI(人工知能)が信じ難い発展・進化を遂げつつある昨今、紙の新聞の前途は容易ならざるようだ。
とはいえ、私にとっては紙の新聞は今なお、思わぬ妙味を提供してくれる存在だ。例えば、火曜日の朝刊のスポーツ面。読売新聞専属の評論家の堀内恒夫氏が『ホリさんの言わせてもらうよ』と題したコラムで、巨人の低迷している、本来なら大黒柱である戸郷投手について手厳しく論じていた。見出しを拾うだけで内容は容易に類推できる。「戸郷 ゼロから見直して」「投げ急ぎ フォーム修正を」。巨人の大エースだった堀内氏には戸郷投手の不振が看過できないことがよくうかがえる。
面白かったのはその不振にあえいでいた戸郷投手が火曜日夜の試合で首位ヤクルトを相手に7回を投げ無失点の力投を見せ、今季の初勝利を挙げたこと。学生の頃までは巨人ファンだった私も今は巨人のゲームを熱心に見ることは皆無に近い。パリーグのゲームの方が面白いとさえ感じている。だから、堀内氏のコラムを読んだ時は「へえ、そうなんだ、戸郷は抜本的な立て直しに迫られているんだな」程度の印象で読んだ。そしてその夜のゲームで上記のように彼は快投を演じた。私はゲームを見ていないのでよく分からないが、読売新聞の野球欄の戦評を読むと、「決め球のフォークボールがさえた」とある。私が堀内氏だったら複雑な心境で戸郷投手の快投を見守ったかもしれない。
読売新聞で必ず読むのは国際面ではなく、「暮らし」面に掲載される、読者のお悩み相談に識者が答える「人生案内」。系列の英字新聞「ジャパン・ニュース」でもその翻訳が “Troubleshooter” として紹介されている。外国人読者に人気のコラムだ。
読売新聞を読んでいて、時に挙を突かれることがある。上記の堀内氏のコラムが掲載された同じ日に「教育・投書」面に載っていた、英語表現を紹介する小さなコラム「街で使える英会話*パーティー編」が目に入った。普段は滅多に読まないコラムだが、たまたまこの日は目に飛び込んできた。見出し的な文言におやっと思ったからだ。まず、英語で “fashionably late” という語句があり、続いて「かっこよく遅刻する」という意味が紹介されていた。「へえー、そういう意味合いなんだ。まさにかっこよい表現だな」と感じた。でも、このコラムは確か子供向けの英語教室的なものだったのではないかな、今では大人も対象に含んでいるのかなと思った。
それはともかく、私はこの表現を知らなかった。そう思いながら、一応、辞書をひくと、なんと載っているではないか、昔からある表現のようだ。訳は「(注目を集めるために予定より)少し遅れて」とある。要するに定刻通り、あるいは定刻より前にパーティー会場に着くのはやぼで、少し遅れて姿を見せるのが粋というわけのようだ。「君たちがパーティーに来てくれて嬉しいよ!」と歓迎するホストに、到着した客は笑顔で応じる。”Sorry we’re a bit late, but we wanted to be fashionably late.(少し遅れてしまってごめんね。でもあえてかっこよく遅刻したくてね)という訳が載っていた。
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いとこを見舞う2
- 2026-05-12 (Tue)
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難病に伏せっている幼馴染みのいとこを見舞ったことを前回の項で書いた。読み返してみて、私の心中に去来した思いなどは書いていないことに気づいた。書きづらかったこともあるが、やはり、そうした思いの一つや二つはきちんと記しておくべきかなと思った。このブログは私にとって備忘録。何年も経過して、嗚呼、あの頃はそういう思いをしていたんだなと再認識するためにもきちんと書いておきたい。
それでここに記す。いとこはこの四年ほどベッドに寝たきり状態。言葉を発することはできない。詳しく尋ねたことはないが、おそらく筋萎縮性側索硬化症(ALS)という難病なのだろう。手足・のど・舌の筋肉や呼吸に必要な筋肉がだんだんやせて力がなくなっていく病気のようだ。コロナ禍もあってずっと見舞いを控えていたのだが、抜本的治療法のない難病だと知って、気軽に見舞いに行く気は失せていた。
ただ、何もせず、座してばかりはいられない。私は行き当たりばったりのいい加減な人生を送っているが、これでも毎朝神様に祈りを捧げるクリスチャンの端くれではある。田舎の神社に手を合わせる神道も大切に思っている。だから、毎朝、いとこの名前を口の端に乗せ、神様に安寧を祈った。可能ならば、彼が存命のうちに画期的な治療薬が見つかり、回復することが可能になるようなことにならないものか。そう神様にひたすら祈り続けている。
いことの奥さんのKちゃんにホテルの前で拾ってもらい、病院を訪れた。彼の容体は今は安定しており、個室から四人部屋に移っていた。「よぉ、T、久しぶり、悪いな、長いこと顔を見せないで。今日、やっとこさ来たよ」と声をかけた。いとこの耳元でKちゃんが私が来たことをささやいてくれている。目の動きを追うと、なんとなく私のことを認識してくれているみたいな。私はTの額に右手で触れる。奇跡的にでも回復してくれとの祈りを込めて。Tは間違いなく果報者だ。日々一生懸命に尽くしてくれる伴侶がいる。私には望むべくもない幸せだ。
所定の面会時間が過ぎたので、Tにまた来るからと言葉をかけて病室を去った。Tには成人の子供が3人。長女のAちゃんが私たちの前に来ていた。もう何年も会っていなかったのでAちゃんとは分からなかった。次女のSちゃんとは帰途の車の中で電話で少しだけ話した。彼女とも何年も会っていない。人生とは悲しいかな、そんなものだろう。
本来は土曜日に福岡に戻る予定だったが、土曜日も延泊した。理由は実に単純明快。私が宮崎で定宿にしているホテルは宮崎でも安い部類に属するが、ここの鉱泉風呂が好きなことに加えて、今回は朝食ビュッフェ(920円)に郷土料理の冷や汁がお目見えしていたこと。私は栄養価満点の冷や汁が好物。駅前の土産物店で売っているパックに入ったものを購入して自宅で作ることもあるが、なかなか上手に作れない。それが好きなだけ食える朝食ビュッフェは有り難い。この冷や汁食いたさでもう一泊した次第。
駅前の土産物店ではもちろん、冷や汁のパックを大量に買い込んだ。福岡でしばらくは堪能できる。もっとも県外の人にこの冷や汁がどう映るか。そう有名な郷土料理でもない。「貧乏くさい」と案外、敬遠される可能性が大かもしれない。まあ、そんなことはどうでも良い。良さを知っている人にしか分からない味だろう!
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いとこを見舞う
- 2026-05-11 (Mon)
- 総合
難しい病に伏せっている幼馴染みのいとこを見舞うために帰郷した。宮崎はやはりいい。空気が爽やかだ。実家のある山里はもっといいが、贅沢は言えない。宮崎市内でも十分伸びやかに呼吸することができる。ここまで書いて、実家のある西都市銀鏡地区は九州山地の奥深いところにあると書いて間違いないだろうかとふと思い、パソコンでググってみた。AIが以下のように説いている。異議なし――宮崎県西都市の北西、九州山地の山深くに位置する「銀鏡(しろみ)地区」は、標高1,000m級の山々に囲まれた「隠れ里」のような場所です。国の重要無形民俗文化財「銀鏡神楽」や、ニニギノミコトの神話が残る銀鏡神社、ユズの香る里山、そして山間部の厳しい環境で育まれた狩猟文化が今なお息づいています。――
いつも投宿しているホテルにチェックインして鉱泉風呂に浸かった。夕刻にはよくのぞいていたラーメン店で懐かしいラーメンを食べようと思ったが、お店はあるが、開店していない。この店はなぜか私が足を運ぶとずっと閉まったままだ。ひょっとしたらもうやっていないのかもしれない。不思議。しかたないので、少し離れたところにあるホルモン焼き店で生ビールを飲みながら、ホルモンや豚バラなどを食した。福岡でも味わえない独特のホルモン焼きだ。
ホテルでの就寝。よく寝付けず、うつらうつらしながら朝を迎えた。明け方に夢を見たような感覚がある。小中学校を一緒に過ごした幼馴染みたちが大勢出てきた。いや、出てきたような感じで、一人一人を明確に認識したわけではない。それでも何人かは名前も分かった(と夢の中で思っていた)。こうした夢はたまに見ることはあるが、最近はなかったので目覚めた時にしばし考え込んでしまった。何か意味がある、あったのだろうかと。同い年のいとことは彼が病に伏せってからは初めて会うので、同級生たちが出てきたのだろうか。
日曜日。福岡に戻り、毎月2回のズームによる英語小説を読む教室を開いた。このところずっと読んできたオー・ヘンリー賞受賞の短篇集の最後の作品を読み終えた。全部を読んだわけではないが、どれも読み応えのある作品だった。最後に読んだのは” “Shotgun Calypso”という小品。シングルマザーの母親と暮らす十代半ばの姉妹が描かれていた。シングルマザーといっても、彼女は頼りがいのある男を見つけるのが巧みで週末には姉妹を引き連れて彼の元を訪れる。ちょっと破天荒な性分で、彼の家で姉妹が近くにいることが分かっていてもセックスに精を出す母親だった。姉妹が気に障る言動に出ると、すぐに手を出すような母親でもあったが、両者の間にはそれなりの愛情も流れていた。
母親がいとこと若い時のことを回想しているシーン。いとこが言う、あの頃、もっとましな男と恋仲になっていたなら、あたいら、今よりいい暮らしができていたわね、きっと。母親たちは姉妹が寝ていると思っている。だが、姉妹は寝てはいず、母親らの話に聞き耳をたてている。母親は言う。「あたいはそうは思わないわよ。第一、違う選択をしていたら、あの子たち、小賢しくて憎ったらしいあの子たちはこの世にいないわ」と応じる。姉は思う。
「私はこの時まで母が私たち姉妹を気に入っていたとは知らなかった。私たちを愛してはいた、それは母親だから当然のことだけど、母が私たちを気に入っていたとは思わなかった」と。この辺りは人の子の親ではない私には預かり知らない世界だ・・・。
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お茶会
- 2026-05-04 (Mon)
- 総合
世はゴールデンウィーク。特に旅行の計画もなし。例によって関西方面に足を伸ばす程度。目的地は明石市。山陽新幹線の広島駅で一旦下車し、姫路駅へ。天候に恵まれたこともあってか姫路駅は空気が伸びやかで気持ちが良かった。ここで外に出て山陽電鉄の電車に乗り換えて西江井ヶ島駅を目指した。
駅の改札口でIさんが我々を出迎えており、総勢五人が集合。本日はIさんの義母のお家に向かい、お茶を頂き、句会を楽しもうという趣向。Iさんの義母は裏千家特別名誉師範のお師匠さん。風流心に乏しい私は有り難くお茶を頂いた。お茶も美味かったが、私がいたく感心させられたのは義母のかくしゃくとした立ち居振る舞い。御年92歳になられるという彼女の元気さが強く印象に残った。Iさんの旦那さんもお茶をなされるが、本領は能楽ということでしばし能や能面などのお話を伺った。
句会はめいめいが詠んだ句を和紙に書き、披露した。Iさんは短歌で「薫風の 佳き日となりて 運強き 貴い友を 迎へるうれしさ」。説明するまでもない明朗快活な歌だ。Nさんは「蒼天に 燦然と映え 桜花」。私も新幹線の車中で詠んだ句を三句披露した。あえてここに記すと「新幹線 ずっと猫が 鳴き通し」。小倉辺りで乗り込んだ後部座席の乗客が持ち込んだペットの猫が私が下車した広島駅までずっと鳴きっぱなしだったので詠んだ句だ。私は猫派なのでそう苦にはならなかったが、近くの乗客は閉口したかもしれない。季語がないことに気づき、慌てて手を入れたのが「窓の外 緑は走る 猫は鳴く」。いずれにせよ、私の作品は俳句とは呼べず、せいぜい川柳みたいなものか。
Iさんの義母のお家は庭に三重塔がそびえる立派な庭園だった。庭園には茶室が設けられ、千利休師匠がすっと姿を現わしになられそうな趣ある風情。さすがにお弟子さんをとってらっしゃるだけある。お茶を頂きながらしばし歓談した後、丁重にお別れをして、ランチ会場に向かった。会場は海沿いにあるレストラン。恰幅のいいマスターが海の幸、山の幸に工夫を凝らした料理でもてなしてくれた。前菜はニンジンをつぶしたスープにジャガイモを焦がしたような一品。その後、地元の言葉で「ぐれ」とか言う白身の煮魚を食べたが、あっさりとした味で美味だった。骨付きの肉も食した。塩味が効いていて貪り食った
皆々様と気持ちよくお別れをして、私は例のごとく三宮駅に向かった。なんだか最近は神戸周辺で飲食するといつも三宮駅前を徘徊して宿を探す。いや、探すというより、いつも空き部屋があるカプセルホテルを目指す。昨秋は一泊6000円で泊まれたような記憶があるが、今回は7600円。ゴールデンウィーク価格かもしれない。まあ、サウナ付きだからリーズナブルと言えなくもない。二段ベッドの下の方なら200円高い7800円。昨秋も書いたが、私のような高齢で肥満の身には上のカプセルに潜り込むのは骨が折れる。今回も頑丈な金属製の手すりにしがみつきながら、必死の思いで上のベッドになんとか潜り込んだ。このカプセルベッドに潜り込むことができなくなったら、お迎えがやって来るのではないかと思っている。逆に言えば、独力で潜り込むことができる限り、浮世に我が身を置くことができるとも言えるのではないか。だから、毎年一回はこのカプセルホテルに投宿する必要・意義がありかなと思い始めている?!?!
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