詩集『シカルの井戸』
伊藤冬留
A5判、並製、192ページ
定価:本体2,000円 + 税
ISBN978-4-86385-665-3 C0092
遠く 記憶の向こうから
聞こえて 来るもの
それは 蒸気機関車の
車輪の音と 汽笛
新芽を出した ばかりの
落葉松の 林の脇を
添うように
郭公が 鳴いている
冬留さんは、80歳になった年に、ヤマメ釣りを終えた。美絵子さんもそれに従い、竿を置いた。体力や山中での過ごし方に限界を感じたというのである。人生の終盤を彩る良い釣り旅だった、とも言った。その最後の釣行の日、色づき始めた大きな楓の枝がさしかかる浅瀬で釣っていた冬留さんの竿に大物がかかったが、手元にきてバラした。逃した獲物はまさしく大きかったと笑っておられたが、詩人らしい、静かで潔い竿仕舞であった。
平和と安息の生活を希求する詩人の人生の旅路における心象が刻印され、シカルの井戸の傍らで聞く水音のような、予知・予言の「ことば」が響いているこの一書を持ち、森に行き、ページをひらく日のことを、いま、私は思っている。
(九州民族仮面美術館館長 高見乾司)
(もくじ)
Ⅰ
流星
風が
川蟹
絶滅危惧種
薔薇組
老いの暮らし
来る時代
冬の旅
みえこ
驟雨
来世
風
時計
さくら さくら
大失敗/神社の山/国破れて/太平洋/男女共学/節穴の教室/新校舎落成
わっぱ先生
もう一人の兄
履歴書
ピクニック
償い
Ⅱ
シカルの井戸
濁り酒
ルードイッヒ
ガリ版文字
詩
汽笛
未来
ぢいぢと ばあば
火事
骨
ラッシュアワー
望郷
書斎にて
付き添い
お祈り
卒寿
しまったですな
親父
放浪の画家
穂高連峰
夏落葉
記念写真
臨終
帰宅
父と子(一)
父と子(二)
贈り物
病む妹へ
金魚
螽斯
ザック
「詩人の旅」高見乾司
これからも詩を
【著者プロフィール】
伊藤冬留(いとう・ふゆる)
一九三五年 北海道生
同志社大学文学部文化学科卒業
著作 『巡礼歌』(梓書院、一九九〇) 『辻音楽師』(中川書店、一九九九) 『冬
の旅人』(鉱脈社、二〇〇七) 『冬の楽章』(鉱脈社、二〇一二) 『冬の挽歌』(鉱
脈社、二〇一六)
『羊の門』(書肆侃侃房、二〇二一)にて第五十二回福岡市文学賞受賞