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断酒時々解禁

  • 2018-01-01 (Mon) 16:44
  • 総合

 新年が明けた。歳月は人を待たず。私はこの警句がそう嫌いではない。この警句を目にすると、“Time flies.” という文章がすぐに頭に浮かぶが、手元の電子辞書には “Time and tide wait for no man.” という和訳が載っている。最近読んだ中国語の語学本には「岁月不待人。」という文章が出ていた記憶がある。発音はともかく、岁が歳であることを知れば、この警句は中国由来かなと思えてくる。由来はともかく、時の流れは確かに誰も待ってくれない。もっとも私などを待ってくれるものなどははなからないが。
                  ◇
 年末から計画していた北陸・関西方面への旅が事情により頓挫した。それで福岡の寓居で年末・年始を過ごしている。例年なら故郷の長姉の家で甥っ子たちの家族と賑やかにやっていたが、それも今年は、いや、これからはもはやかなわぬこととなった。
 それで一人で年越しをしたのはいつ以来だろうと思い、古い手帳を机の引き出しから引っ張り出して調べてみた。新聞社の盛岡支局に勤務していた頃、1990年の手帳に91年の正月を支局管内のさびれた温泉宿で一人過ごしたことがメモしてある。そうだった。今は亡きお袋が残念がるのにかまわず、温泉宿に一週間ばかり籠った。目的は前任地のアフリカをテーマにした本を書くことだった。手帳には、毎日原稿用紙8枚をノルマとして、一週間で56枚書き上げるという数字(目標)も見える。
 そうか、あれから27年の歳月が流れているのか。信じられない。あの頃の自分は一体何を考えていたのだろう。精一杯生きてはいたのだろうが、とりあえず、その頃の自分にかけてやる言葉も見つからない。原稿書きは全然進まなかった。当時だからパソコンはまだなく、ワープロを持っていったのだろう。あの頃はでっかい四駆に乗っていたなあ・・・。結局盛岡支局時代はもちろん、ずっと後までアフリカの本を書くことなどできなかった。やっと一冊書き上げたのは新聞社を早期退社し、アフリカを再訪した後の2011年のことだ!
                   ◇
 そんな情けないことも今回の一人正月で思い出さざるを得なかった。おっ母さん、愚かな息子やったばい、俺は!・・・と悔いてもこれも詮無きこと。お袋もそんな私がこの三年来、断酒を続けてきたことだけはほめてくれるだろう。石の上にも三年、というではないか。お袋の命日と大晦日の一杯は例外にしてきており、大晦日、三年ぶりに酒屋さんに行き、焼酎を買い求めた。黒霧島の20度、900ミリリットル。安売りのお店だったので、782円。20度なら生で飲める。乾き物を肴にぐいっとあおる。美味いことは美味いが、思ったほどの美味でもない。一人で飲んでいることもあるのだろうが、アルコール類を有難く思わない「体質」になったのかしれない、いや、そんなことはないか。
 断酒を始めて以来、飲み会の誘いを何回か断ってきている。その分、世間を狭くした可能性があるかもしれない。これからは可能な限り応じよう。それに、月に1、2回程度なら縄のれんをくぐってもいいかなと思い始めている。普段の生活では断酒を続けていくことに何ら変わりはないが。“Time flies.” これまで無駄にした歳月はいかんともしがたいが、せめて残り時間だけは自分の裁量でできるだけ有効に使っていきたい!

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