『詩集 空が最も青くなる時間』
船田 崇
四六判、並製、168ページ
定価:本体2,000円+税
ISBN978-4-86385-023-1 C0092
私信
君への手紙を
書くために
夕暮れの斜光の中に
座り込んだのです
風が吹いています
肋骨を肺を汚れた舌を
風が洗っていきます
背中に染みついて
離れない過去までをも
運んでいってくれる
君が知らない
そんな風の優しさ
地平線に押し潰され
夕日は今にも破れそう
雲は幾層にも折り重なり
一度限りの造形を
残照が支えています
これを
血だらけの羊群だとか
天女のはらわただとか
ぎらぎらした脂肪の海だとか
そらに書き付けては
すぐさま
かき消しているぼくは
無力です
このような
大きな時間の劇場では
雲を雲としか呼べず
そこには光と空と
時間があるだけ
君へ送るのは
言葉が失われた
手紙なのでしょうか
木々のシルエットが
魔法使いたちのように
取り囲んでいます
ボールで遊ぶ親子も
帰路につく時間
遊び足りない男の子が
ボールをぽーんと
高く蹴り上げるその瞬間も
鮮やかな影絵になって
そんな美しい風景をぼくは
かつて知りません
もちろんぼく自身も
薄っぺらな影の一枚
でしかなく
見えない電車の音が
通過していきます
成田へ向かう機影が
引っきりなしに
空を切り分けていきます
その前を
二つの鳥影が円やかな
曲線を描いて行く
足下では枯葉たちが
腐食の季節にたえている
すると
だれかのケータイが
突然鳴り響きます
こんなに速度の違う時間たちに
毎日切り刻まれる
そんな時代に生きていて
気が狂わないほうが
おかしいのかもしれませんね
君はだいじょうぶ?
街灯が
一つずつ点っていく
そのたびに
思い出が
一つずつ胸に点ります
すべてが悔悟に滲み
すべてが痛みでしかなく
ぼくの胸の中はいつも
血だらけになってしまうのです
こんな時の君は
近づいたかと
思えば遠ざかり
優しいかと
思えば残酷で
ベンチにひとり蹲るぼくは
午後七時の鐘に
助けられるのです
でもね
こうして
ずっと座っていると
一日のうちで
空が最も青くなる時間が
いつなのかもわかるのです
そんなことを
君に伝えたくて
きょうも
ぼくは
手紙を書いています
【著者プロフィール】
船田 崇(ふなだ・たかし)
1966年、北九州市生まれ。新聞社に勤務。「侃侃」同人。
【目次】
Ⅰ 冷たい夜の雨
線路
他人の朝
星雲
こんなところ
孤独な心臓
雨音
私信
透明な滝
秘密の営み
雨の記憶
中洲
Ⅱ 陽炎揺らぐ駅
過去になる部屋
パレード
夜光虫
灼熱の街
吐息
ポケットの夏
昼休み
白桃
手鏡
秋の気配
半島の朝
Ⅲ 優しい夕暮れ
列車の旅
光のナイフ
こんな夜に
黒い河
添い寝
魚の骨
夕暮れ
心臓
突起
古町と喫茶店
長い時間
朝の時間
髪
あとがき