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『野火』

  • 2015-07-17 (Fri) 13:54
  • 総合

 台風は福岡には被害をもたらすことなく過ぎ去ったようだ。台風の通過もあって暑さが幾分和らいだが、週間天気予報を見る限り、これからの最高温度は軒並み30度を超えている。クーラー頼みの日々がいよいよ本格化するのだろう。寝苦しかった数日前の深夜、クーラーをこの夏初めて使ったが、す、涼しい! 
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 郵便受けに毎日のように何やら印刷物が投げ込まれている。普通はごみ箱に直行の扱いだが、時に手に取って眺めることもある。簡単な料理法などが書いてあることがあるからだ。そんな印刷物の一つに「カレーライス」の簡単レシピ(recipe)の特集が載っていた。私にはとても簡単とは思えないものもあって、投げ捨てようとして、思わぬ語句が目にとまった。「やわらか大根ポークカレー」。「大根」(Japanese white radish)。以前はそう好きでもなかったが、健康を意識し始めた最近では大好物となった食材だ。味噌汁の具材としているほか、おろし金ですって胃袋の友になってもらっている。
 その大根が大好きなカレーにも使えるとは! 早速書かれたレシピに忠実にこのカレーを作ってみた。大根は「2cm角に切って(他の具材とともに)表面が透明になる程度に炒める」とある。あとは同じだ。例によって、蜂蜜をたっぷり鍋にぶち込み、ぐつぐつと煮込む。出来上がり? 申し分ない風味のカレーだった。これでまた乏しいレパートリー(repertoire)に一つ変化球が加わった。
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 大岡昇平の『野火』を読んだ。前回の項で書いた『日本近代短編小説選』(岩波文庫)でこの作家の『出征』が掲載されていて、印象に残った。その「余韻」で買い求めた次第だ。記憶が正しければ、高校時代の国語の教科書に彼の代表作『俘虜記』の一部が抜粋されていたような。『野火』は戦争小説を超えた文学として高く評価されている作品だという。先の大戦で帝国陸軍からフィリピン戦線に補充兵として送り込まれた田村一等兵の凄絶なサバイバルの物語だ。いや、サバイバルと表現するのは違和感があるかもしれない。
 肺病やみとなった田村は分隊長からも穀潰しとして追放され、収容される見込みは皆無と承知している野戦病院に向かう。病院とは呼べないような惨憺たる状況の施設だが。林の中の小道をとぼとぼ歩きながら、田村は死の予感からか奇怪な思いにとらわれる。自分がこの道を通ることはもう二度とないだろうと。「してみれば我々のいわゆる生命感とは、今行うところを無限に繰り返し得る予感にあるのではなかろうか」と。まさにその通りだろう。現代に生きる私たちにしても、この程度の生命感しか持ち合わせていないのではないだろうか。
 一種狂気の世界に追い込まれた田村はその後、成り行きから無辜のフィリピン女性を殺害し、最後には僚友を射殺する羽目にも陥る。餓死寸前の飢餓状態ではその僚友の兵に「猿だ」と言われ、僚友が射殺した日本兵の人肉も貪る。
 今年は戦後70年。日本がいかに愚かな戦争にのめり込み、アジアの同胞に、そして自国民に悲惨な人生を強いたか、その愚劣さに改めて思いを馳せた。

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