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“The Buried Giant”

  • 2019-12-01 (Sun) 17:02
  • 総合

20191201-1575187314.jpg 先日、宮崎から上福(こんな語あるのか?)した妹と天神に出た際、暇があったので、書店をぶらついていたら、洋書のラックがあったので、手ごろな本がないかなと探すと、この本が目に入った。カズオ・イシグロの小説 “The Buried Giant”(邦訳『忘れられた巨人』)。一昨年にノーベル文学賞を受けたこの日系英国人作家の作品はほとんど読んでいるが、2015年刊行のこれは読んでいない。寝しなにでも少しずつ読もうと買い求めた。
 英国及びイングランドが今の国家となる以前の六世紀始めと思われる時代を背景に、ogre(人食い鬼)や小妖精が跋扈する怪異な社会が描かれている。主人公はブリトン人(Briton)のアクセルとビートリスの老夫婦。伝説的なアーサー王が没した後、ブリトン人の王国とサクソン人(Saxon)の王国が緊張をはらみながら共存していることがうかがえる。
 新聞社のロンドン支局に勤務していた頃は英国やアイルランドの歴史をかじらざるを得ず、少しは分かっていたつもりだが、物語の冒頭近く、ビートリスが “We’re two elderly Britons …” というくだりでは、Briton は今では「英国人」という意味でも使われるため、少なからず脳内が混乱した。ここでのブリトン人とはアングロサクソン系民族が移住し、現在の英国を構成する以前の先住民であるケルト系の人々を指す。スコットランドやアイルランドの人々がケルト系だ。嗚呼、ややこしい!
 物語はブリトン人とサクソン人の確執を軸に、この世のものとも思えないドラゴン(竜)や奇怪な獣も交えながら語られる。ドラゴンの吐息がミスト(霧)となり、人々は集団的健忘症にかかり、過去の異民族虐殺も忘れている。サクソン王の命を受け、ドラゴン退治にやって来たサクソン人の戦士が同胞の少年にブリトン人への報復を誓わせる場面が強烈だ。“Should I fall and you survive, promise me this. That you’ll carry in your heart a hatred of Britons.” “What do you mean, warrior? Which Britons?” “All Britons, young comrade. Even those who show you kindness.”
 この幻想的な小説の印象は読者によってまちまちだろう。民族(国)がいがみ合う現代の国際情勢を絡めながら読むべきなのだろう。forgiveness(許し)よりも hatred(憎悪)や vengeance(復讐)が幅を利かせている現実を想起せざるを得ない。この小説が世に出た時はまだ「アメリカ第一」いや近頃では “me first” しか念頭にないように見えるトランプ米大統領はまだ政権に就いていなかったが。日韓関係を考えるまでもなく、forgiveness が vengeanceのかなたに追いやられる時代は悲しい。
 読者はやがてお互いの身をいたわり合う主人公の老夫婦も心の闇を抱えていることを知る。ドラゴンの死と共にミストが消滅し、昔の記憶が蘇るからだ。二人には思い出したくない記憶だったかもしれない。もっとも、現代に住む我々も皆、そうした記憶の一つや二つは抱えているのではないか。
 この不可思議な小説を(私には縁がない)夫婦愛や、老いることに焦点を当てて読むことも可能だろう。いずれにせよ、私はちまちまと読み進めるつもりだったが、熟練の作家が紡ぐ幻想的世界に引き込まれ、幾晩か深夜まで付き合わされ、一気に読了した。嗚呼、しばらくの間、睡眠薬代わりにするつもりだったのに・・。

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