- 2017-07-01 (Sat) 21:14
- 総合
7月が到来。一年の半分が過ぎた。いよいよ暑さが本格化する。先にも書いたが、手帳を見ると、去年は7月1日にクーラーのスイッチを入れている。今年もそろそろそうしようかと思っている。昼間は窓や玄関ドアを開け放すことで何とかしのげるが、深夜になっても30度を超す余熱が部屋の中に残っていると、さすがに寝苦しい。
窮余の一策。ベッドを西日が強烈な洋間から和室の方に移した。部屋を変えるだけで、温度が1、2度下がるよう(な気がする)。これなら、クーラーなしでも扇風機だけでなんとか眠りに落ちることができるのではないかと期待しているが、はてさて・・・。
謝恩会でもらった花束は今、三葉だけになってしまった。コップに一輪挿しのようにしているが、葉っぱ自体はまだ緑色が瑞々しく、捨てきれない。それで枯れてしまうまではと、毎朝コップの水を入れ替え、窓際に置いたイスの上でもてなしている。
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NHKラジオの中国語講座を聞くようになって1年経過。週日はほぼ欠かさず聞いてはいるものの、上達の度合いは実にのんびり。頭の片隅には日英中韓の言語的共通性(相違性)を探りたいという思いがある。最近学んだ文章では例えば、「谢谢你来看我。」という表現。日本語訳では「会いに来てくれてありがとう」。あえて直訳すると、「あなた(你)私(我)に会い(看)に来て(来)くれてありがとう(谢谢)」となるのだろう。英語だと “Thank you for coming to see me. と言えようか。you もme もここでは絶対不可欠だ。この点では中国語は英語に近いことが分かる。日本語では「あなた」や「私」は分かり切ったことだから言う必要はない。この違いは興味深い!
土曜日。香港が中国に返還されて20周年になるのだという。ケーブルテレビの中国国営放送の生中継で、習近平国家主席が香港で催された記念式典で行ったスピーチを同時通訳で聞いた。「一国二制度」の堅持を訴えていた。中国の歴史に暗い私に印象深かったのは、習主席がアヘン戦争(1840-42)にまで遡って香港そして中国の自立発展の大切さを強調していたこと。19世紀中葉のアヘン戦争で英国を筆頭とする欧州列強に屈せざるを得なかった歴史。日清戦争を経ての日本の植民地支配も忘れてはならない屈辱の歴史の一コマであるのだろう。
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遅ればせながら中国の三国志を読んでいる。書店にはさまざまな三国志のシリーズ本が並んでいるが、私は図書館から吉川英治の『三国志』を借りてきた。新潮社の文庫本で全10巻となっている。活字が大きいので少しは気が休まっているが、全部を読み終えるのは大変そうだ。今、四の「臣道の巻」を読んでいる。西暦200年頃にこれほどの権謀術数、愛憎あふれる史実が海の向こうで展開していたとはと複雑な心境にならざるを得ない。現代中国の権力闘争劇を見ているかのようだ。人口13億人を超える中国を統治する難事業を世界一般の常識でとらえることは無理といった指摘をこれまでも何回か目にしてきた。香港返還20周年の記念式典で壇上に立った習主席の顔を見ながら、『三国志』で描かれている群雄の浮沈を思い浮かべた。