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英語の早期教育

  • 2016-01-22 (Fri) 15:14
  • 総合

 大学で非常勤講師として英語を教えるようになって以来、英語や語学関連の本をよく読むように心がけている。一番最近に読んだのは『英語学習は早いほど良いのか』(岩波新書)。昨夏に出たばかりの本のようだ。著者はアメリカの大学の准教授、バトラー後藤裕子氏。書店の書棚で背表紙のタイトルに惹かれて思わず購入した一冊だ。
 例によってマーカーを走らせた部分を紹介すると————。第1章の冒頭で筆者は次のように述べている。早期英語教育への関心とその低年齢化の背景には、「言語学習の開始は、早ければ早い方が良い」という前提がある。そして、その理論的根拠としてよく引き合いに出されるのが、「臨界期」という概念である。
 以前に読んだ『現代英語学へのアプローチ』(英宝社)ではこの「臨界期」は次のように説明されていた。「言語能力が生得的に人間に備わっているものだという考え方は、アメリカの生物学者のレネバーグ(Eric Lenneberg)の研究によって支持される。・・・もし人間の言語獲得能力が生得的に決定づけられたものであるなら、・・・ 臨界期というのは、この時期が過ぎてしまうとその行動を達成するのが不可能、もしくは、困難になる時期である。言語習得における臨界期は、思春期の始まる頃、つまり12歳前後だろうと言われている。この時期を過ぎたあとの言語学習によって、母語話者のレベルにまで言語能力を到達させるのはかなり難しくなる
 バトラー後藤裕子氏は「年齢による制約は存在するが、臨界期のような特別な期間は存在しないと考えている」と懐疑的だ。年齢の要素も重要だが、それよりも「年齢が他の要因と複雑かつダイナミックな相互作用を繰り広げているのだと提案したい」と。
 文科省は2020年からは全国の小学校で3年生からの英語教育導入を図る計画だが、英語早期教育に否定的な考えに立つ教育関係者も少なくない。バトラー後藤裕子氏はこの点について次のように論じている。「日本のように、世界的にみるとかなり言語的にも文化的にも同一性の高い社会では、外国語の学習を早期に開始したとしても、それによって母語との接触が大きく制限されることはないだろうから、母語の習得が危ぶまれるということはない。日本の早期英語教育をめぐる議論で、早く英語を導入すると、日本語に悪影響を及ぼすことを懸念する人もいるようだが、そのような懸念を裏づけるような実証データは、筆者の知るかぎり存在しない
 英語教育のプロの主張だけに拝聴に値する。バトラー後藤裕子氏はただし「早期に英語学習を始めても、ネイティブ・スピーカーのような発音にはまずならない」とも断じている。そもそも始めからネイティブのような発音や英語にこだわる時代ではなく、「現代では英語を母語としない人同士の英語でのコミュニケーションが爆発的に増大している。だから、特定の母語話者の発音の習得にこだわる必然性はなくなってきている。そうしたことに膨大なエネルギーと時間、資金を使うよりも、コミュニケーション上、誤解されないような聞きやすい発音をめざせばよいのだ」とも。全く同感だ!
 英語教育に日本以上に熱心な韓国及び韓国人の英語についても、『英語学習は早いほど良いのか』には興味深い記述があった。それは続で。 

 日本語と韓国語は語彙的には似通った点は多いが、音韻構造は基本的に異なっている。以下のくだりを読んで、韓国人の方が一般的に日本人よりも英語が上手と言われる一因を理解した。「音素を単位とした書記システムをもった言語を母語としている人たちと比べると、私たち日本人は、英語の読み(少なくとも単語レベルの読み)を習得するのに、どうやらハンディがありそうだ。(中略)ちなみに、同じアジア側でも、韓国語のハングルは、ローマ・アルファベットではないものの、音素を単位としたアルファベットであり、ヘブライ語のケースと同様、英語の読みの習得に関して、韓国語を読む際の音韻処理からのメリットが享受できると考えられる
 小学校で英語の早期教育が導入されることに関して、バトラー後藤裕子氏は多大なる教育予算の投入が必要と訴えている。「日本と同様に小学校で学級担任制が導入されている韓国では、1997年に英語が小学校で導入されたときには、英語に自信がないと答える学級担任が大多数で「ほとんどパニック状態だった」と形容する韓国の研究者もいたほどである。韓国教育人的資源部(日本の文科省にあたる)は、すべての教員を対象に、最低120時間の基礎研修を義務づけた。(中略・徹底的な英語教育充実策が実施され)その結果、韓国の小学校の英語担当教員の英語力は、筆者の感触では、この10年あまりで格段に向上したと思う。(中略)いずれにせよ教員が英語指導を自信をもって行えるようになるには、韓国が行ったようなすべての教員を対象とした、徹底的な教員研修が不可欠である。子どもは、教師の英語への自信のなさを敏感に感じ取ることが実証的にも報告されている。早期英語教育を実のあるものとするには、教員への十分な投資が絶対不可欠である」→子どもたちが教師の英語への自信のなさを敏感に感じ取る、という記述に考えさせられた。なるほどね。さらに一歩進んで、英語(外国語)を学ぶ喜び、楽しさを子どもたちに感じさせられるようになればしめたものだろう。
 私はバトラー後藤裕子氏の論に概ね賛成だが、次の指摘に関しては異を唱えざるを得ない。「母語では区別しない似通った音でも、訓練すれば大人も聞き分けられる。日本人が英語を学ぶとき、RとLの音の区別に苦労するが、意識的に練習すれば聞き分けられるようになる」。私には到底そうは思えない。私は意識的にかなり練習してきたつもりだが、いまだに両者の区別については「苦悶」し続けているからだ。

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