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サマセット・モーム(Somerset Maugham)③

  • 2012-10-15 (Mon) 04:42
  • 総合

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 少年モームはやがてウイッツタブルを離れ、カンタベリーにあるキングススクールに寄宿して学ぶようになる。この学校生活も辛かったようだ。先に述べた「吃音症」ゆえに級友たちや時には教師からもいじめのような扱いを受けていた。興味深いのは、後年そのモームが母校に対する篤志家となって学校施設の改善に尽力していることだ。
 カンタベリー大聖堂を仰ぐキングススクールを訪れた。モームがこの学校に寄宿した時は男子校だったが、今では男女共学となり、13歳から18歳の約800人の生徒が学んでいる。日本で言えば、中学と高校が一緒になったような学校で、この国では紛らわしいがパブリックスクールと呼ばれる私立学校だ。裕福な家庭の子供たちが多い印象を受けた。
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 相手をしてくれたのはスクールの図書館で記録係の仕事をしているピーター・ヘンダーソンさん。古い校舎の二階にある図書室に案内してくれた。「この図書室はモームの寄付金でできました。それだけでなく、彼は2千冊の蔵書を贈呈してくれました」。私たちが図書室に入って行った時、生徒が学習をしているところだった。突然のちん入者の私に全員、起立して敬意を表してくれた。
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 私は初めて知ったが、モームは第二次大戦後にはこの学校の理事となり、学校の熱心な後援者となっていた。「モームは確かに学校生活を満喫したとは言えないでしょう。でも、彼が慕った校長もいて、すべてが暗い日々ではありませんでした。だから、彼は死去後に、希望に沿って彼の灰は当時の慕った校長が住んでいた家の前のこの庭にまかれました」
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 私がモームをテーマに卒論を書いた時、モームの同性愛疑惑についても言及したような記憶がある。モームを理解する上ではキーワードだと思っていた。今回の旅で格好の伝記に遭遇した。2009年に刊行された “The Secret Lives of Somerset Maugham”(Selina Hastings著)という本だ。モームが隠し通した同性愛の人生が数々の資料、多くの証言によって明らかにされている。
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 それによると、モームは一度はシリーという名の女性と結婚して、女児ライザをもうけているが、彼が愛したのは生涯を通して男だった。男の秘書は愛人でもあった。人生の後半を過ごした南仏リヴィエラや旅先で秘書を通して若い男の子を「買い求め」たりしていた。彼の親しい友人たちには周知の事実だったが、モームは自分の性的志向が世間に知られることを終生恐れた。オスカー・ワイルドが歩んだ人生が脳裏にあったことは間違いないだろう。モームが生きた時代は同性愛に対しより寛容になっていたとはいえ、成人男性の同性愛が法に触れないとされるのはモームが死去した2年後の1967年のことである。
 1938年に刊行された回顧録 “The Summing Up” (邦訳『要約すると』)に彼の恋愛感を良く示している一節(注1)がある。同性愛志向はともかく、相手を愛し、愛される人生を手にするのがいかに難しいかは多くの人が共鳴する思いだろう。最愛の母親亡き後、モームはずっと「愛の放浪者」だったような気がする。
 (写真は上から、キングススクールからカンタベリー大聖堂を望む。モームの貢献大の図書室。モームのメモ書きが見える蔵書。モームの灰がまかれた庭。それを示すプレート)

 注1)“Though I have been in love a good many times I have never experienced the bliss of requited love … I am incapable of complete surrender”; and “I have most loved people who cared little or nothing for me, and when people have loved me I have been embarrassed”; and “there are few things that cause greater wretchedness than to love with all your heart someone who you know is unworthy of love.”(私はこれまで幾度となく恋をしてきたが、相思相愛の至福を味わったことは一度もない・・・私は惚れた相手にそっくり身を預けることのできない性分だ。私が愛した相手はたいていの場合、私のことなど念頭にないような人間だった。たまに愛されるような局面になると、私は居心地が悪くなり、尻込みした。自分の愛を捧げる価値などないことが分かっている人間を心から愛することほど惨めなことはないだろう)

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