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『文章読本』

  • 2015-08-03 (Mon) 09:21
  • 総合

 毎日暑い日が続いている。窓の風鈴が涼しげな音を奏でている。夜中はさすがにクーラーに頼らざるを得ないが、日中は自然の風と風鈴の音で何とか今のところはしのげる。子供だましのような音一つでこれだけの効果があるとは・・・。
                  ◇
 芥川龍之介(1892-1927)の短編に続いて、谷崎潤一郎(1886-1965)の文庫本『文章読本』を読んだ。ノーベル文学賞の候補ともなった明治生まれの文豪の作品は代表作『痴人の愛』を随分以前に読んだ。その他には随筆の『陰翳礼讃』を数年前に読んだことがあるだけだ。『文章読本』でマーカーを付けた印象的な記述を以下に・・・。
 文章を綴る場合に、まずその文句を実際に声を出して暗誦し、それがすら~と云えるかどうかを試してみることが必要でありまして、もしすら~と云えないようなら、読者の頭に這入りにくい悪文であると極めてしまっても、間違いはありません。
 全く同感。大学の授業で学生たちによく語っている。自分の書いた文章を(心の中でいいから)読み返してみてください。車の運転で言えば、道が凸凹でがたぴししていませんか。そうであれば、それは悪文かもしれませんね。
 谷崎が推奨する文章のお手本として志賀直哉((1883-1971)の『城の崎にて』が出てくる。谷崎は「故芥川龍之介氏はこの『城の崎にて』を志賀氏の作品中の最もすぐれたものの一つに数えて」いたと述べ、作品中の一節を挙げ、その良さを解説している。私も志賀直哉は好きな作家の一人だ。短編『小僧の神様』は何度も読み返したことのある作品だ。谷崎がそしてあの芥川龍之介も志賀の作品を高く評価していることを知って意を強くした。
 このブログでも以前に志賀の文体論について述べたことがある。それをここで再録すると————。短編『リズム』の冒頭部分。「偉(すぐ)れた人間の仕事――する事、いう事、書く事、何でもいいが、それに触れるのは実に愉快なものだ。(中略)いい言葉でも、いい絵でも、いい小説でも本当にいいものは必ずそういう作用を人に起す。一体何が響いて来るのだろう。
 芸術上で内容とか形式とかいう事がよく論ぜられるが、その響いて来るものはそんな悠長なものではない。そんなものを超絶したものだ。自分はリズムだと思う。響くという聯想(れんそう)でいうわけではないがリズムだと思う」
 
 『文章読本』の中にもリズムという語が出てくる。次の記述だ。「文章道において、最も人に教え難いもの、その人の天性に依るところの多いものは、調子であろうと思われます。昔から、文章は人格の現われであると云われておりますが、(中略)しかもそれらの現われるのが、調子であります。されば文章における調子は、その人の精神の流動であり、血管のリズムであるとも云えるのでありまして、(以下略)」
 谷崎が『文章読本』で特に訴えたのは「含蓄」の大切さ。彼は「云い過ぎ、書き過ぎ、しゃべり過ぎ」を戒め、(彼が生きた時代の)現代人が書く文章では「無駄な形容詞や副詞が多い」と嘆いている。これは古今東西の文豪たちが戒めていることである。イギリスの作家、ジョージ・オーウェルもアメリカの作家、マーク・トウェインも似たようなことを論じている。(それらの言葉は続きで)

続き)”Nineteen Eighty-Four”(『1984年』)や “Animal Farm”(『動物農場』)で知られるジョージ・オーウェル(1903-1950)は次のように諭している。"If it is possible to cut a word out, always cut it out." (語を割愛することが可能なら、常にそうするべきだ)。”The Adventures of Tom Sawyer”(『トム・ソーヤ―の冒険』)や “Adventures of Huckleberry Fin”(『ハックルベリー・フィンの冒険』)を残したマーク・トウェイン(1835-1910)のアドバイスは次の言葉だ。"As to the Adjective: when in doubt, strike it out."(形容詞についてひところ言わせてもらうなら・・・迷う時には削除することだ)
 新聞記者時代に冗長な文章は書かないように極力気をつけたつもりだ。「(恐怖で)青い顔をしていた」「(人気で)飛ぶように売れていた」などといった「手垢の付いた表現」(cliché)は言うまでもなく、「きれいな」とか「鮮やかな」「目の覚めるような」といった陳腐な形容詞(表現)もできるだけ避けようと努めた。果たしてそのように自らを律することができたか自信はない。昨今の新聞記事を読んで思うことは、・・・いや、やめておこう。

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