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エドガー・アラン・ポー (Edgar Allan Poe) ③

  • 2011-09-08 (Thu) 09:45
  • 総合

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 『黒猫』の中で私が好きな部分は作家の人生哲学がうかがえる次のような表現だ。
 Who has not, a hundred times, found himself committing a vile or a silly action, for no other reason than because he knows he should not? (他に理由があるわけではない、やってはいけないことを承知しているからこそ、下劣な、あるいは愚かな行為を何度も何度もやってしまう、そういうことを経験していない人が果たしているものだろうか)
 私も身にしみてそう思う人間の一人である。
 ポーはアメリカ文学の中でどういう位置づけをされているのだろうか。フィラデルフィアの名門大、ペンシルベニア大学で文学を教えるデボラ・バーナム講師に尋ねてみた。
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 「彼はとても重要な作家であることは疑う余地のないことです。第一に、彼はアメリカで作家として生計を立てることを目指した最初の人物です。もちろん、19世紀前半の当時は著作権などといった概念もありませんでしたから、彼の優れた短編はヨーロッパで模倣される時代でした。当然、経済的には楽な仕事ではありませんでしたが」
 「ヘミングウェイなどは米文学はマーク・トウェインに始まると述べていますが」
 「トウェインとポーはアメリカ文学の両極にあり、作風も好対照をなしています。ヘミングウェイがトウェインを評価するのは無理からぬことです。平易な文章のトウェインの作風は、枝葉をそぎ取った淡々とした描写のヘミングウェイが継承し、精巧な描写を重ねたポーの作風はヘンリー・ジェイムズが継承したと私は考えています」
 「今の学生もポーの作品を読んでいますか」
 「私は講義でポーを読ませていますが、学生は彼の作品を喜んで読んでいます。(怪奇な出来事を描いた)ゴシック文学として興味を抱いているようですが。あなたが指摘した、誰もが心の中に抱えている ”perverseness” (道理に逆らった言動)などを描いた彼の作品は、これからも読み継がれていくと確信しています」
 ポーは1849年に旅先のボルティモアで死亡。47年には最愛の妻ヴァージニアに他界され、生きる希望を失い、飲めない酒に溺れた様子も見てとれるが、死亡の場面は不明な部分も多い。そうした点も彼のミステリアスさをあおっているのかもしれない。
 私は①でポーに「恩義」があると書いた。38年前にポーの家を訪れた時のことだ。当時家のドアノブの一つに触れると、文章がよく書けるようになるという言い伝えがあり、私も何度もそのドアノブを触った思い出がある。今回再訪してそのような言い伝えはもはやないことが分かった。ドアノブも新しくなっているのかもしれない。当時は新聞記者になることなど考えていなかったが、曲がりなりにも31年もの間、文章を書いて食ってこられたのもポーのお蔭と思わないでもない。私は心の中で2年前に生誕100年を迎えた作家に感謝の念を捧げた。
 (写真は上が、フィラデルフィア中心部の建国にまつわる史跡で目にした観光客の子供たち相手のイベント。下が、ポーの魅力について語るデボラさん。川端康成の『雪国』が好きだとか)

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