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September 2018

さあ帰国へ

20180922-1537593235.jpg 本日は土曜日。今回の台湾の旅、最後の項を今、台北の桃園空港で打っている。出発前は2週間は少し長いかなと案じていたが、過ぎてしまえばあっという間だった。
 台北でいつも朝ご飯を食べていた食堂はホテルから歩くと少し距離がある。それでフロントにカギを預ける際、何気なく近くに美味い朝飯食べさせるいいレストランないかなと尋ねると、お粥はどうですか、近くに美味いお粥が食べられるお店があるよとの由。例によって道に迷い、通行人に尋ねながらたどり着くと、ビルの2階にそのレストランはあった。お店の前に着くと、いつも利用している庶民の食堂でないことはすぐに見て取れた。
 旅もほぼ終わりに近いし、たまには「高級」なレストランで食すのも悪くなかろう。来年当たりは妹を連れて来たいと考えているし、レパートリーを増やしておかないと。
 それで立派なメニューをぱらぱら。明らかに高い。単品だけで私がいつも支払っている価格を軽く上回る品も。卵を浮かべた牛肉のお粥、シュウマイ、それに、今ははて何だっかよく思い出せない総菜などを注文した。結論から書くと、どれもこれもみなとても美味かった。締めて231元(約860円)。決して高くはないが、私のここでの朝食の価格の2倍以上だ。
 メニューを見ると、麻婆豆腐やチンゲン菜炒め、チャーハンなども涎がでてきそう。よく考えると、私は台湾の旅でこうしたものは一度も食していない。この次からはたまには食べようと決意した。決意するほどのことでもないが・・・。
                  ◇
 前回の旅、台北から花蓮への車中で知り合ったKさんがホテルに訪ねてきてくれた。彼の90歳代になる母親は日本語が話せるとかで、お会いするのを楽しみにしていたのだが、彼女の体調の関係で今回の旅の直前にKさんからお断りのメールが届いていた。それで私は手ぶらで来訪したのだが、Kさんは台湾土産にとお菓子を私に持参して来た。
 ほぼ同じ年配だし、どうしても政治的な話題は回避し難い。話はやがて日台関係、台中関係に及んだ。彼は台湾の多くの人々は中国本土の人々と民族的にまったく重なるわけでなく、また思想信条、考え方も異なるので、台湾は現在の立場を堅持し、やがては独立の道を進むのがいいという思いを抱いているようだった。彼は私が還暦を過ぎた身でなぜ中国語に関心があるのかということに興味を示し、何度もそのことを質問した。あなたのような人のことを日本語で何と表現しますか? ぴったりする表現を即座に思い浮かべることはできなかった。「好奇心」「向学心」? 結局「向上心」のある人というところに落ち着いたような感じだった。単に暇を持て余しているだけのことかもしれない・・・。
 私はお土産を頂いた上に、喫茶店でのコーヒー代までKさんに払ってもらった。かたじけない。見た目もそうだが、Kさんは日本人以上に律儀な人だ。
 3度目となる今回の台湾の旅はマイペースでの独学に限界を感じた旅でもあった。この次に長期の休みが取れるのは3月から4月。1か月ぐらいの期間、集中的に中国語を学ぶ学校でもどこかに開講していないものだろうか。ネットで適当に検索して行き当たった大学に足を運んでみた。居合わせた担当者は日本語が堪能で、いろいろとこちらの質問に答えてくれた。これから台湾での短期集中講座の受講を真剣に考えたい。

再び台北に

20180920-1537414719.jpg 水曜日も花蓮は気持ちのいい好天。ホテルの窓を開けると青い空が見え、心も晴れやかになる。嗚呼、残念ながら、本日の午後には台北に戻らなくてはならない。台北に特段、大事な用事があるわけではない。明日木曜午後に一人の男性と再会する約束はしているが、花蓮滞在を1日引き延ばすことぐらいわけなくできる。ホテル代も段違いにこちらの方が安いし、そうしようかとも何度も思ったが、また来春訪ねることとして重い腰を上げた。
 今回の花蓮ではいい喫茶店を見つけた。そこの店主と英語を中心に色々話をさせてもらった。もちろん、旅の目的は中国語の学習だから、できるだけ中国語を交えながら話をしたが。こちらの方はあまりはかばかしくなかった。花蓮では前回の旅でも馴染みになった喫茶店があるから、これで2軒目。またの再会が楽しみだ。
 さて、花蓮を発って台北に。花蓮発午後3時27分。台北着5時38分。切符代440元。車窓の風景を楽しむつもりだったが、毎日歩き疲れていたのか、アメリカ人の友人に頼まれていた歌詞の和訳を済ませた後はうつらうつらに。台湾で過ごす時間はわずかあと2日間。土曜日には帰国だ。次回はさらに時間をかけてゆっくり旅をしたい。私はお金の余裕はないが、時間だけはたっぷりある。
 そういうことを考えていると、宮崎の山の中で一緒に育った幼馴染の一人からラインのメッセージが届いた。同級生に胃がんが見つかり、来月手術することになった、それで近く激励の飲み会を開くという連絡だった。私たちはそういう年頃なのだと改めて思い知らされた。会社をやめかつての同僚たちと疎遠になると、友人と呼べる者は限られてくる。明日は我が身とはまだ思えないが、気持ちが少しふさいだ。
                  ◇
20180920-1537414753.jpg 花蓮でテレビを見ていてもニュースが分からない。NHKが見れるチャンネルもあるが、そうそう付き合ってもいられない。それでいつも英字新聞をコンビニで買い求めている。台北では割と簡単に入手できるが、花蓮ではそうもいかなかった。それで店内をうろうろしていて、ある雑誌が目に入った。英語関連の雑誌だ。退屈しのぎには丁度良い。
 「用英語翻身 懂1500字就夠了!」という活字が表紙に踊っていた。正確に理解しているか自信はないが、「英語を用いてキャリアアップを図ろう 1500ワードが分かればそれで十分だ!」というような意味合いらしい。冒頭に簡単なテスト問題が10問あった。英語表現自体はそれほど難解ではないので簡単だったが、嬉しかったのは中国語、この場合は台湾の中国語でも私には正解が答えられたことだ。
 例えば、次の問題。「請問 a pain in the neck 是什麼意思?」(a pain in the neck とはどんな意味ですか?)。問いには絵が添えられていて、ドラキュラのような男が女性を抱きかかえ、“How do you feel about me?” と尋ね、女性が “A pain in the neck.” と答えている。答えの項には三つの選択肢が書かれていて、私でもすぐに3つ目の「討厭的人」が正解だと分かった。中国のドラマを見ていて覚えた表現だ。「うざい人」「嫌いな人」という意味かと思う。
 中国語(台湾語)が分からないと、フラストレーションがたまるので、こんな些細なことでも気分は少し晴れてくる。

花蓮はいい!

20180918-1537272712.jpg 花蓮は昨日今日と快晴に恵まれた。今回の台湾の旅で初めての好天と言えるかもしれない。それだけ太陽が嬉しかった。もちろん、太陽が出ると暑い、暑いだけでなく、湿度があるから蒸す。しかし、なぜか分からないが、昨年の9月と比べ、到底我慢ができない、というものではない。不思議だ。花蓮だからだろうかとも思うが、経験自体が少ないから分からない。去年と異なり、今回は短パンでさるき(歩き)回っていることも一因していることは間違いないだろう。還暦の身、本当に小学生に戻ったような旅だ。
20180918-1537272743.jpg 花蓮に来て楽しみにしていたのは、行きつけの朝の食堂。二回目の花蓮で行きつけと書くのは大げさ過ぎるが、気分としてはそういう感じだ。地元の人たちに人気があるみたいで、いつ行っても混んでいる。私は混んでいれば引き返す。再度行って座れるイスがあれば、そこに座って注文した品を待つ。到着した翌朝は「味噌汁」「餃子」「卵焼き」の三品を注文した。締めて92元(約345円)。私は毎朝ここの朝食でも一向に構わないと思う。「味噌汁」ではなくとも、ちょっと塩味の「豆漿」(ドウジャン)でもOK。何度も書いたかと思うが、台湾では一人で食事していても周囲の「人の目」が全然気にならないのがいい。機嫌よくパクついていると、お皿の上はすぐに片付いてしまう。
 街中を散策していて、メガネのフレームの片方が壊れた。ねじが緩んだようだ。小さいねじなので、素人が直すのは一苦労だ。しかし、放っておくとレンズが外れそう。メガネがないと遠くが見えない。困ったと思って目を上げると、通りの向う側にメガネ店の看板が見えた。すぐに駆け込んだ。中年の店主が奥から出て来て、メガネをじっと凝視。これはレンズとフレームが合致していないですな、みたいなことを言いながら、すばやくフレームを直してくれた。有難い。お礼を言いながら、謝礼を口にすると、何のことはないから、気にしないでください、みたいな感じ。感謝の言葉を繰り返してお店を後にした。
20180918-1537272789.jpg 昨夜は例の東大門国際観光夜市に足を運んだ。ほぼ一日中、花蓮市内をさるき回っていたので、夜市が本格化する前にすっかり疲れ切っていた。お腹も空いていた。それで屋台の前を何度も行ったり来たりしているうちに、とある一軒のお店に吸い込まれてしまった。「花蓮肉牛」と銘打っていたからだ。お店の前の写真に凄く食欲をそそられた。220元のステーキがじゅうじゅうと湯気を上げながら運ばれてきた。ナイフとフォークで切り、一切れ口に運んだ途端に悟った。「失敗!」。美味いからは程遠い味。それでも大半を胃袋にしまい込んで席を立った。夜市の雰囲気だけは楽しんだからいいか。
20180918-1537272824.jpg 翌日のお昼過ぎ。今度は若いお客であふれていたレストランに吸い込まれ、メニューのカバーに載っていた人気商品と思わしきランチを指差した。スープを添えて218元。こちらは正真正銘美味かった。スープも美味だった。パンが二切れ、カレーがかかったご飯のお椀のそばにポテトチップスもあって、人によっては「節度がない」と思うかもしれないが、「全天候型」の胃袋を備えている身には何の不満もない。昨夜とほぼ同じ値段でもこの差!
 短パンで比較的快適な旅となっているが、限られた数の衣服・下着で過ごしている身には3日に1回の洗濯は欠かせない。明日は再び台北に戻る日だが、ホテルをチェックインする前にコインランドリーに行かなくては。意味合いは異なるが、立つ鳥跡を濁さずか。

花蓮着

 花蓮駅に予定より40分近く遅れて到着。台湾の鉄道でこれほどの遅れは経験したことがない。大きな台風が通過したばかりなのでそれが一因しているのかもしれない。車窓からは濁流の河川を幾つも見たので、東海岸では豪雨に見舞われたのだろう。
 花蓮駅で公衆電話を見つけ、3月に投宿したホテルに電話を入れた。スマホはルーターでラインとネットは格安で利用できるが、電話は日本経由となるので格安とはならない。必然的に台湾内での電話は公衆電話を探すことになる。10元の硬貨を入れてダイヤル。すぐに通じたが、駅構内の喧騒もあり会話に四苦八苦。どうやら1泊500元(約1,860円)でOKとの由。信じ難い安さだ。半信半疑でホテルに向かった。
 とその前に現地通貨が心細くなったので両替をしなくては。本日は日曜日。銀行は休みだ。駅構内の観光案内所で尋ねると、デパートに行けばいいと言う。どこにある?遠東百貨店が近くにあるとか。歩いて行こうと思ったが、生憎の雨天もあり、案内所の女性陣がタクシーを薦めるので、今回の旅で初めてタクシーを拾った。運転手さんとのやり取りが面白かった。「分かりました」は中国語では「知到了」。敢えてカタカナ表記すると、「ジィダォラ」みたいな音か。最初の「ジィ」が日本人には難しい。私も当然そうだ。運転手さんは何度も私の「ジーダォ」という発音を矯正してくれた。私はお手上げ状態。
 そのうちに英語でのやり取りとなり、彼が何度も “Oh, I see.” と言うのだが、“see” の発音が日本人の多くが口にする「シー」だった。私は「あなたの発音では日本人の英語と同じで、英語のネイティブスピーカーは奇異に感じるだろう」と指摘した。彼は私の指摘の意味するところを理解したが、何度指摘しても最後まで「オゥ、アイシー」だった。タクシー料金でたかだか130元(約485円)の距離だったが、私たち二人は日中英の言語の発音の微妙な差異の話で大いに盛り上がった。
 さて、くだんのホテル。民宿のような小さなホテルだが、チェックインして3泊の予定だから1,500元を一括で支払った。私のような節約の旅の身にある者には実に有難い。建物は比較的新しく、設備的には部屋の明かりが少ないということ以外には何の不満もない。
 順序が逆になるが、高雄―花蓮の車中は閑散としていて快適だった。駅弁も値段が安いだけでなく、味も良かった。特に付け合わせの筍が。多少贔屓目があるかもしれないが、日本の新幹線でよく食べる駅弁よりも確実に美味いと思った。ほぼ5時間の乗車中、私が乗った車内には乗客がほとんどいず、私の右隣と通路をはさんだ左側に2人。この4人が花蓮まで他はほぼ空席だらけの車中でずっと並んで座らされていたのには少し笑った。私はもちろん、途中から空いた窓際の席に移動し、車窓の光景を堪能させてもらった。
20180917-1537155318.jpg 車中で読んだ地元の英字紙に台湾の人々の自律性ある暮らしぶり、働き方を称賛する中国系アメリカ人の寄稿が載っていた。“A shining example for the world”(世界に対する輝けるお手本)という見出しが躍っていた。その中に次の記述があった。It reminds me of the uniqueness of Japanese society, where bicycles are routinely left unlocked at rail stations.(私は鉄道の各駅で自転車が施錠されることなく日常的に駐輪されている日本社会のユニークさが頭に浮かぶ)。いや、今は施錠が常識でしょ。これはほめ過ぎですよ!

高雄から花蓮へ

20180916-1537075659.jpg スマホが機能しなくなったので、ルーターを持ち込める事務所を探したが、勝手がよく分からない。台北の空港まで戻ればいいのだが、まさか、旅の途中でそんなことはできない。困ったなあと思いながら、高雄には国際線の空港があることを思い出した。高雄空港に行けば、同じ系列の事務所があって、不良品のルーターを取り換えてくれるだろう。
20180916-1537075693.jpg と考えて、土曜朝に空港への地下鉄に乗るべく高雄駅に歩いた。駅前まで来てふと思った。今のホテルにチェックインを済ませた後に散策していて、高雄駅前のとあるしゃれた感じのホテルで、念のため、値段を確認した。きっと凄い値に違いない。ところがフロントの女性スタッフは1泊1,600元でOKですよと言った。利発そうな彼女の英語はとても聞き取りやすく、私は心中、しまった、ここにすれば良かった、と少し後悔した。
20180916-1537075717.jpg 彼女がこの日もフロントにいれば、きっと相談に乗ってくれるはずだ。ひょっとしたら、空港にまで行かなくても名案を思いついてくれるかもしれない・・・。虫のいい考えだ。
20180916-1537075746.jpg その彼女はフロントに立っていた。私の顔を見て不思議そうな顔をしたが、事情を説明すると笑顔でそれは困りましたねと応じてくれた。私はとりあえず、これから高雄空港に地下鉄で行くつもりだと言った。彼女はルーターを手にして触っていた。私が何気なくルーターをのぞくと、まさか! 元通りに作動しているではないか。充電も十分な状態だ。
 私は狐につままれたみたいな心持ちになった。ルーターのボタンは色々と押しもした。ショックを与えればいいかもと机の上に壊れない程度に落としたりもした。それでも全然効果がなかったのだ。なぜ回復したのか分からない。大事なことは再び機能をし始めたことだ。スマホも使えるようになった。彼女の手触りが良かったのだろうか。とにかく問題が解決した。この後、彼女は私が中国語と韓国語を独学していると知り、自分も少しだけ韓国語をやったことがあると韓国語の話で盛り上がった。泊り客でもない私にこのように接してくれ、実に有難かった。私は彼女に丁重にお礼を言って、表に出た。
 そして日曜の朝、あまり快適とは言えなかったホテルを後にして再び高雄駅に。フロントでカギを返すと、初めて見る女性スタッフが「またのお越しを!」みたいなことを笑顔で言う。この人がいつもフロントにいたなら印象も異なっていたころだろう。
20180916-1537075774.jpg 高雄から花蓮への切符を購入。高雄発8時58分、花蓮着13時54分の予定で705元(約 2,620円)。ホテルのテレビでは花蓮には大雨警報が出ていたような感じだったが、果たしてどうだろう。今朝の高雄は雨模様だった。花蓮は今年3月に訪れており、二度目の訪問。東大門国際観光夜市が強く印象に残っており、ぜひもう一度足を運びたいと思っている。その時に泊まったホテルもユニークで良かったが、高雄でネット検索してみたら、日本円で1泊1万円を超える額の設定となっており、私にはとても泊まれない。現地に着いて、電話でも入れて交渉してみよう。交渉の余地がなければ仕方ない。もっと安価な宿を探すことにしようと思いながら、この項を花蓮に向かう電車の中で書いている。
 お昼をはさんでまた駅弁を買って食べた。今日は付け合わせの筍が美味かった。これで値段は僅か80元(約300円)。日本の駅弁より確実に美味い。今日は日曜日だし昔だったら、車内で缶ビールに乾き物といったところだろうが、今はそうしたことは思いつきもしない。

高雄へ

20180915-1536981752.jpg 金曜朝に台南を離れ、高雄に来た。電車(特急)でわずか39分。料金も106元(約395円)という安さだ。台風が心配だが、どうやらフィリピンに向かっているようだ。フィリピンの人々には済まなく思うが、台風シーズンにはいつも感じる「後ろめたさ」。祈るのは、台風が九州(日本)には来ず、他に行きますように! NHKも日本を逸れることが明確になると、その時点でほぼ確実に台風報道は終わる。
 それはさておき、金曜朝、高雄駅で下車すると、嬉しいことに日が差していた。少し蒸すようだが、この程度なら雨よりははるかにましだ。高雄は地下鉄も走っており、台北に次ぐ台湾第二の都市と聞いていた。もっとも電車で隣に座った地元の青年は今は台中に抜かれて三番目でしょうみたいなことを言っていた。
20180915-1536981780.jpg 今回の旅ではうっかり、台湾のガイドブックの類の本は一冊も持参してこなかった。台北はともかく、高雄には何の土地勘もない。よって高雄駅内の観光案内所に足を運んだ。初々しい男女の若者二人がスタッフとして勤務していた。1,500元ぐらいの安いホテルを紹介してください。2泊するつもりです」と伝えた。二人がパソコンで探してくれたホテルに歩いた。駅のすぐ近くにあった。フロントで宿代を確認すると、本日は1,500元でOKだが、明日は土曜の週末だから2,100元に上がるとか。日本でもよくあることだが、到着したばかりで時間はたっぷりある。市内を見物がてら他のホテルを当たってみることにした。
 少し裏通りに入ると、ホテルがそこかしこに見える。一軒に入ってみた。恰幅のいい中年女性がフロントに座っている。部屋があるかと聞くと、男の同僚らしき人を呼んだ。この男性は「部屋はある。800元だ」と言う。え、安い!でも、どんな部屋だろう。実際に見てみないと即断できない。それで決める前に部屋を見せて欲しいと言うと、二人はやかましく議論を始めた。私はもちろん、内容は全然分からない。議論が終結すると、男性は週末をはさむから1泊1,000元にしたいと宣う。え、さっきの値段はどこ行ったの? それでも十分安いので、とりあえず部屋を見せて欲しいと、エレベーターで7階に。清潔という感じではなかったが、2泊には十分。それで手を打った。男性は別れ際に「あなたは英語が上手だ。先週来た日本人の英語はひどくて理解するのに苦労した」みたいなことを言う。
20180915-1536981832.jpg 荷物を整理して、さあ、高雄市内の散策に出かけようと部屋を出た。部屋の前の廊下、それとエレベーターの前に何やら小さい自動販売機があるのに目がとまった。何だろうとのぞき込むと、何と大人のおもちゃだ。女性が使う、いや正確には女性に使うあれだ。後で気がついたが、部屋の机の上にはコンドームも一個置かれていた。
 どうやら、このホテルはそういうホテルらしい。まあ、夜露がしのげればいいだけのことだから全然構わない。散策後に夕食を食べ、夜市を見物して、ホテルに戻り、部屋のかぎを開けようとしていると、早くも例の艶めかしいあえぎ声が聞こえてきた。残念ながら、部屋に入ると、その声は聞こえなくなった。
 とまあ、そんなことはどうでもよくて、こちとらには問題が発生。スマホが使えなくなった。スマホ用に借りていたルーターがダウンしたのだ。ルーターの中の充電器に不備があるようだ。困った。今回の旅はまだあと1週間は残っている。どうしたものか?

大観音亭

20180913-1536846351.jpg 腹痛と睡眠不足とはいえ、今回の旅は駆け足で台湾を一周しようと考えているので、寸時もおろそかにできない。おかゆで空腹を癒し、出掛けにフロントのスタッフに昨夜来の腹痛の件を告げると、ホテルの隣に薬局があるから胃薬を買ったらいいとの由。あまり気乗りはしなかったが、スタッフが一緒に行ってくれ、何やら「肚子疼」と店主らしき人に伝えた。あ、この表現、知っている。「お腹が痛い」という意味だ。嬉しくなった。
 薦められたのは何とあの「正露丸」。小学生の頃、日曜日に小学校で兄貴と遊んでいてお腹が痛くなったことがあった。たまたま居合わせた女の先生が親切に正露丸を飲ませようとしてくれたが、正露丸の匂いが苦手の私は運動場を逃げ回った。正露丸と聞くとなぜかこのことを必ず思い出す。
 今では「良薬は口に苦し」ということが分かる。店内で水をもらい、すぐに3錠服用した。何だか胃がすっきりしたような気がしてきたから不思議だ。さて観光案内所でもらった地図だとホテルの近くに立派なお寺があったはずだがと歩いていると、そのお寺があった。「大観音亭」。一応お参りして行こうと石段を上がった。こういう場所で誰かに話しかけても言葉の問題があり、空振りに終わることが多い。
 駄目もとでお寺のスタッフらしき人に声をかけると、笑顔で英語なら少しできますよと応じてくれた。このおじさんの説明を聞きながら、祈っていると、若い女性がやって来た。日本語ができるスタッフの王莓娟(ワン・メイケン)さん。大学で日本語を学んだのだとか。それからは彼女の指示に従いながら、療養生活を続けている長姉夫婦の安寧をお祈りした。思わず笑ったのは堂内に縁結びの神様として知られる「月下老人」の像があり、そこで祈ると良縁が生じると説明されたこと。もう私にはそうした赤い糸の縁など無縁の世界のことであるが、彼女は「いえいえまだまだお若いですよ」と遠来の客を持ち上げてくれた。よくできたお人だ。
 お祈りした後、よく分からないが、二個の木切れを渡され、地面に落とすと、裏表が分かれて出た。王さんは「あら、縁起がいいですよ」みたいなことを言った。まさかね!
20180913-1536846399.jpg 彼女と一緒に記念の写真を撮ってもらい、晴れやかな気分でお寺を後にした。その後に向かったのは台中で行ったらいいと薦められていたアイスクリーム店の泰成水果店。例によって道に迷い迷い、汗をかきながら、ようやくたどり着くと、シャッターが下り、「今日公休」という張り紙が。仕方なく引き返していて、伝統的なお茶のお店の前を通ったので、そこでお茶を頂いた。暑い日には熱いお茶がいいかもしれない。ましてやこちらは「病み上がり」。台中でも飲んだ「阿里山烏龍茶」と「紅玉紅茶」という銘柄を飲ませてもらったが、見た目は赤ワインのような紅玉紅茶に魅せられて一缶買い求めた。
20180913-1536846440.jpg 夕食はホテル近くの食堂で済ませた。水餃子と「昔ながらの汁なし麺」とメニューに書かれたものを食べた。まあまあの味だった。食後に念のため、再度正露丸を服用した。もう腹具合は大丈夫なようだ。ありがたや、正露丸。
 明日は台南から高雄に下ろうと思っている。凄い台風が襲来しているようなので、台風次第だが・・・。

台南にて腹痛

 台南に入った。つい最近、ここの慰安婦像を巡って対日批判が起きていることは承知していた。ホテルのテレビで連日、慰安婦像のビデオが流され、有識者が侃々諤々論じ合っているのを目にして、一体何を話し合っているのだろうと思っていた。私の台湾の旅の「案内人」である新聞社勤務時代の後輩君のラインで、日本人の活動家が像を足蹴にした疑惑が浮上、問題となっていることを知った。言動には気をつけなくては!
 台南駅に到着して観光案内所の看板が見えたので足を運んだ。2日ほど滞在したいので、安価なホテルを紹介してもらいたいと伝えた。日本語のできる中年の男性がいて、懇切丁寧に応対してくれた。歩いて行ける距離に朝食付きで一泊1,700元(約6,300円)のホテルはどうですか? 台北の定宿より高いし、私は朝食も地元の人たちが食べている食堂で同じ物を食したいので、朝食込みでない方が嬉しいのだが、そうそうえり好みもできない。
 紹介されたホテルは古い造りだが、落ち着いた雰囲気で好印象。コインランドリーも同じ7階のフロアにあったので、早速ジーンズやポロシャツなどを洗濯した。下着の類は毎夜シャワーの後に手洗いして乾かしていたが、ジーンズはコインランドリーがあれば楽だ。
20180913-1536811870.jpg フロントで夜市がどこかで開かれていないかと尋ねると、この日の夜は武聖夜市が開かれるという。毎週水曜と土曜が夜市の日だとか。タクシーを拾えと言われたが、例によって歩いた。ここでも中心部を離れるにつれ、あまり歩いている人を見かけない。圧倒的に多いのはバイクだ。老若男女、小型バイクをすっ飛ばして駆けていく。日本ではまず見かけないほど高齢と思われるお婆ちゃんが目をすぼめながらハンドルを握っている。
 歩いているのはほぼ自分一人だけだったが、武聖夜市の会場に着いてみると、結構な人出のお客でごった返していた。皆車やバイクで来たのだろうか。夜の帳が落ちると、夜市の気分が盛り上がる。私は昼飯を抜いていたのでお腹は空いている。それでイカの丸焼きやジャガイモの団子、ソーセージと野菜の炒め物などをパクついた。
20180913-1536811903.jpg 会場の近くではカラオケ大会も催され、大音響が響く。昔懐かしいゲームを楽しめるコーナーもあり、子供たちだけでなく若者も歓声を上げながら興じている。不思議な世界だ。十分夜市の雰囲気を満喫した後、帰路に就いた。途中で雨が降り出しタクシーを拾うことを考えたが、コンビニの入口で雨宿りしていたら雨も上がってくれた。
 この辺りまでは良かった。ホテルに戻り着き、汗びっしょりのポロシャツと下着を脱ぎ、シャワーを浴び、一息ついている頃から、おかしくなり始めた。お腹が。吐き気もなく、下痢の症状もないのだが、軽い痛みがある。とりあえず横になったが、眠れない。深夜・未明になっても一向に睡魔はやってこない。以前にも台北の夜市の後に似たような症状を呈したことがある。確かあの時は冷たい物を食べたかと思っている。それに凝り、あれ以来、夜市では火を通した物だけを食するようにしていたのだが・・・。
20180913-1536811935.jpg 結局、ほとんど眠れずに一夜が明けた。ほとんどと書いたのは、明け方にかけ、新聞社の地方支局勤務時代のデスクや同僚が出て来た夢を見ており、少しは眠りに落ちていたようだからだ。少しく空腹を覚え、ホテルのレストランに降り、バイキングの朝食に臨んだ。おかゆがあった。おかゆを実に有難いと思ったのは本当に久しぶりだ。

無為草堂にて

20180912-1536761700.jpg 台中。ここに「無為草堂」という茶店があることを聞いていた。食事もできるらしい。台中に来たら、ぜひ足を運ぼうと思っていた。草堂でランチを食すべく、ホテルを出て歩いた。私は旅ではできるだけ歩くことを心がけている。タクシー代が浮くし、健康にも良いが、第一の目的は歩きながら、周囲の事象をゆっくり見物すること。やはり自分の足で歩いて初めて垣間見ることができるものがある。
 それで台中も歩いた。ポケットに忍ばせた万歩計は11日は25,237歩を示した。この万歩計はご主人を喜ばせようと実際の歩数に上乗せしているのではないかと疑いたくなるときもあるが、この日はよくさるき(歩き)回ったことは本人が一番よく分かっている。方向音痴の私には地図通りに歩くのは至難の業でもあるが。
20180912-1536761602.jpg さて、冒頭に記した無為草堂。比較的空いていたこともあり、希望する池に面したテーブル席にすぐに案内してもらった。池に面した席を希望したのは、食事をしながら、池に餌を投げ入れ、集まって来る幾多の鯉の饗宴を楽しむことができると聞いていたからだ。餌を投げ入れると、鯉の群れがやって来た。水面上に大きな口を開け、餌をおねだりする鯉も数多くいた。中には亀もいて、こちらも同じく口を開けて来るのには参った。
20180912-1536761660.jpg カモの肉がメインの定食を食した後、地元の阿里山烏龍茶を頂いた。茶器から熱湯で温めた後にお茶を飲むだけあって、厳かに何杯もお湯を足して飲んだ。お茶代を含めて627元(約2,330円)を支払ったが、満足至極。
 この草堂は周囲に竹が茂っていたり、先述の池があったり、古い木造りの家の窓を爽やかな風が吹き抜けるなど佇まいも良かった。草堂の壁に台中を紹介した14年前の読売新聞及び英字紙デイリー・ヨミウリ(当時)の切り抜き記事が張ってあり、懐かしく読んだ。
 台中も居心地が良かったが、長居はできない。12日朝再び台中駅まで歩き、台南行きの電車に乗った。午前11時20分発で午後1時15分着。運賃は363元(約1350円)。
 電車の旅の楽しみは車窓の風景。この日もそれを楽しみにしていたが、車中でスマホをいじっていて、ふと、スマホが使えるのなら、パソコンもネットが使えるのではないかと思い、リュックから取り出して操作してみると、使えることが分かった。台北の空港でスマホ用にルーターと呼ばれる機器を旅行期間中借り受けていたのだが、これはパソコンにも援用できることを初めて知った。
 それで車窓の風景はしばし忘れて、大リーグのゲームをチェックしながら、アメリカ人の友人から依頼されたばかりの彼の自作の歌の歌詞の和訳にも精を出すことにあいなった。彼は関西の大学で英語を教える傍ら、音楽活動にも勤しんでいる。作詞は解釈がやや難解で、あれこれ翻訳の文言を思案しているとあっという間に時間が経過した。車内アナウンスで台南が次の停車駅だと知って、急いで下車する支度にとりかかった。
 定刻通りに台南着。駅舎の外に出て見ると、快晴とは言えないものの明るい陽射しが差している。今回の台湾の旅で初めて出合った日光だ。やはり旅はこうでなくちゃ! 天気予報だと、凄い台風が台湾方面に向かっているようでもある。次の高雄行きが危うい。台風などどこかに消えてくれ!

笑顔の台中へ

20180911-1536628483.jpg 居心地のいい台北を離れ、10日、台湾の西北部を走る電車に乗り、台中に入った。日本で言えば特急電車のような感覚だろうか。台北を午前11時きっかりに出て、台中に午後1時15分に到着した。台北駅の窓口で出発直前に片道切符を購入したが、座席指定で375元(約1395円)だから凄く安いような気がした。
20180911-1536628521.jpg 列車はほぼ満席。この日朝もいつもの大衆食堂でしっかり朝飯を食べていたのでランチは抜きでもいいかと思っていたが、駅弁も売る車内販売のカートが来た。どんな弁当か興味もあるので買い求めた。80元(約300円)。小ぶりの骨付き豚肉弁当といった類のものだったが、総菜のキャベツやウズラの小さな卵のようなものも美味くて満足した。
20180911-1536628593.jpg それより嬉しかったのは台北駅で買っておいたペットボトルのお茶が独特の風味で悪くなかったこと。日本のペットボトルのお茶では味わえない風味だなあとボトルをつらつら眺めると、何と苦瓜(ゴーヤ)のイラストが描かれている。「健康の油切」の「分解茶」と銘打っている。苦瓜の種子を活かしたお茶のようだ。私はほぼ毎日のようにゴーヤをらっきょう酢で漬けたものを食しており、ここでもゴーヤが味わえると嬉しく思った。
 さて、台中に近づくにつれ、曇天が少しずつ明るくなっていったような気がした。晴天とは呼べないだろうが、少なくとも雨の心配はないようだ。台中のホテルは台北からすでに電話で予約を入れていた。何だかよく分からないが、ネットで予約するより、直接電話した方が安くなるケースもあるみたいで、このホテルもネットで調べておいた価格より安かったので飛びついた。台北の定宿に比べれば高かったが、2泊の予定なのでまあいいか!
20180911-1536628626.jpg 台中駅に着いてとりあえず、お菓子を売っているお店に足を運んだ。台湾を熟知している新聞社勤務時代の後輩君から薦められていたからだ。「宮原眼科」という名称のお店で、昔の稼業名をそのまま残しており、アイスクリームが絶品だとか。確かに辺りをきょろきょろしながら歩いていたら、そのお店の前にだけ異様な人だかりがしていた。さすがに今回は諦めて通り過ぎようとしていたら、ほとんどお客のいないお店の一角があった。
20180911-1536628673.jpg コーヒーでも飲めるのかとカウンター内の女性のスタッフに声をかけると、立ち飲みとなりますが、それで良ければと言うではないか。ちょっと喉が渇いてもいたので、お店の中に足を踏み入れた。私が片言の中国語で何とかやり取りを試みると、英語を交えながら辛抱強く付き合ってくれた。私が注文したコーヒーフロートのような飲み物の味はどうですか?と尋ねてきたので、NHKラジオ講座で習った「不错。」と答えると、それは英語だと”So so.”(まあまあ、良くも悪くもない)というニュアンスですよ、といった趣旨のことを言う。
 私の記憶が正しければ、ラジオ講座では「不错。」は「大変良い」といった意味合いの表現と教わったような気がする。台湾では受け取り方に微妙な差があるのかもしれない。いや、個人によって印象が異なるだけのことかもしれない。この辺りはこれからより深く理解できるようになるだろうと願っている。
 いずれにせよ、たまたま飛び込んだお店で上記のような勉強になるやり取りができた。笑顔の素敵な彼女たちの写真も撮らせてもらった。「犬も歩けば棒に当たる」ということか。私はこの慣用句には苦い思い出があるので、あまり使いたくはないのだが・・・。

再び台北に

20180909-1536502761.jpg 去年9月に初めて台北に旅した際に次のようにこのブログで書いている。————今回の台北の旅で心に決めたことがある。台北には9月のこの時期には絶対に行かない。あれほど蒸し暑いのには参った。聞くと6月ぐらいからそうらしい。だから、台北に足を運ぶとしたら10月下旬から12月。それと3月から5月かな。————
 このことを忘れたわけではない。だが、まさに二度と行かないと誓ったはずのその9月に私は再び台北にいる。非常勤講師とはいえ、仕事に何らの影響を及ぼすことなく、ある程度の期間、外国に旅することができるとなると、やはり、この時期が一番動きやすいのだ。そういう次第で7日朝、福岡空港を発ち、台北の桃園国際空港に降り立った。桃園空港は海外からの観光客で混雑していた。そのかなりの数を日本人客が占めていたものと思われる。
20180909-1536502796.jpg 蒸し暑さは覚悟していたが、残念ながら、台北はこのところ雨模様のよう。昨日(8日)はバケツをひっくり返したような雨が夕刻にかけ降っていた。とても散策などする気はおきない。今年は蒸し暑さに負けないように短パンを持参してきた。短パンでさるき(歩き)回るつもりだ。しかし、晴れ間が見えないことには・・・。
                  ◇
 台北の定宿としているホテルのフロントにいる中年の女性陣とはもう顔馴染みになっており、こちらのたどたどしい中国語に中国語で付き合ってくれる。
 昨日のランチは前回の旅で知り合った地元の若い姉妹二人と食べた。中国語に関する素朴な疑問点を尋ね、親切に答えてもらった。姉は英語が達者で妹は日本語が上手。彼女たちは「風変わりな日本のおじさん」と思ったかもしれないが、愛想よく付き合ってくれた。
                  ◇
 私の泊まっている安ホテルの部屋でも日本のNHKの他、大リーグや欧米のスポーツを楽しめる多チャンネルのテレビがある。それでテニスの全米オープンを見ることができた。普段はテニスにはあまり関心がないが、女子決勝にまで駒を進めた大坂なおみ選手はさすがに応援せざるを得ない。まさかあのセリーナ・ウィリアムズまで打ち負かして優勝するとは思わなかった。特にあのようなアウェイの決勝戦でセリーナ選手に対する熱狂的な声援が飛び交い、主審の判定にブーイングの嵐が巻き起こる異様な雰囲気。それに屈しなかったなおみ選手の精神的タフさは特筆に値する。
 台北の英字紙では彼女の大活躍をロイター電を使って報じていたが、この記事は日本の社会におけるいわゆる「ハーフ」と呼ばれる人々の微妙な立場にも言及していた。言及せざるを得ないだろう。例えば次のようなくだり。While Japan is becoming more ethnically diverse – one in 50 births is to interracial couples — there is still plenty of prejudice against haafu, or half-Japanese, including cases of bullying against mixed-race children.(日本は新生児の50人に1人は国際結婚のカップルにより生まれるなど人種的により多様性を抱える社会になったが、ハーフ、つまり片親が外国人である同胞には今なお多くの偏見が残っており、そうした混血の子供たちは時としていじめに遭うこともある)
 「ハーフ」にとって変わる日本語の表現がないものだろうかと私はよく思う。

しばらく聞けない「オオタニサン!」

 明日から再び台湾に旅する予定。これが3度目の台湾の旅だ。今回は2週間程度の滞在を予定しており、台北だけでなく、台中や台南にも足を伸ばしたいと考えている。目的はもちろん、中国語の実地研修だ。これまでの旅では中国語はほとんど話していない、いや話せていない。今回はできるだけ中国語で話すよう努力したいと思っているが、はてさてどういうことになるやら。
                 ◇
 木曜朝、目覚めて、テレビをつけると、北海道で大きな地震があったことを伝えている。またか。気がふさぐ。四国から近畿にかけて強い台風が襲い、関西空港の滑走路が水浸しになるなど、大きな被害が出たばかり。日本列島は災害が相次いでいる。自然のなせる業だからどうしようもないこととはいえ、気がふさぐ。近い将来に発生の可能性が警告されている首都直下地震とか南海トラフ地震のことを考えると、気がふさぐどこの話ではない。
 そんなことを考えると、悠長に台湾を旅していいものかと少し思わないでもないが、私が一人、福岡の寓居に籠って沈思黙考していても屁の突っ張りにもならないから、予定通り出かけることにする。
 冷蔵庫の中もほぼ生ものは食べ尽くした。タッパーに付けているらっきょう酢の野菜の残りも今晩胃袋に収めれば完了。心置きなく旅立てる。
                 ◇
 いや、心残りがないわけではない。以下に記す。まず、大谷翔平君の活躍をケーブルテレビの生中継で楽しむことができなくなることだ。これはとても残念。旅先で毎朝夜、パソコンで確認することになるだろう。ただ、大リーグのホームページを見ると、彼が痛めていた右ひじに新たな損傷の個所が見つかったという。手術をした方がいいとの指摘もあるようだ。右腕にメスが入れば、今シーズンは無論、来シーズンもほぼ棒に振ることになるかもしれない。What a waste! (なんともったいないことか)。大リーグ生中継ではその翔平君が今、3番DHで出場している対テキサスレンジャーズ戦で5回表、17号ホームランを放った。凄い選手だ。実況している米国人アナウンサーも「オオタニサン、ビッグフライ!」と嬉しそうに叫んでいた。手術、要らないんじゃないの!?
 NHKラジオの語学講座が聞けなくなるのも残念。中国語、韓国語ともに初級講座は今月は半期の講座が終了する月であり、いわば佳境を迎えている。2週間そっくり「欠席」することになり、劣等生の私には痛い。でも、これも致し方ない。旅行期間中、ホテルの部屋でテキストを熟読することにする。
 もう一つ、心残りがある。このブログでも少し前に書いたが、毎週日曜夜に中国中央電視台から放送されている家族ドラマの「父母爱情」(両親の愛)が今度の日曜夜に最終回を迎えるのだが、私はこの最終回を見ることができない。最終回の内容はだいたい予測がつくのだが、見たい。テレビドラマをここまで楽しんだのは、あの「渡る世間は鬼ばかり」以来だ。
 とここまで書いてきて、何だか自分がとても「俗物」に思えてきた。いや、俗物であることは事実だから、それはそれで一向に構わないのだが・・・。

ケイティ夫人、安らかに!

 アメリカ・ニュージャージー州に住む恩師から悲しい知らせが届いた。恩師の奥様が病気で急死なされたとの由。メールの表題に奥様の名前、Katyが目に入った時、なぜか、訃報だと直感した。恩師が私の母校の宮崎大学で教えていた頃はケイティ夫人とやり取りしたことはなかった。私が新聞社を辞め、アフリカの次にアメリカを旅していた時にニュージャージーの恩師の家を訪ねて初めて会った。恩師の家で数日間、お世話になったが、楽しいひとときを過ごさせてもらった。いつかアメリカを再訪する機会があれば、また会いたいと心から願っていた。恩師のメールには愛妻を突然に失った悲しみがあふれていた。
 海の向うの訃報に思いを馳せていた時、ジャパン・ニュース紙をめくっていたら、インドネシア・ジャカルタ発でアジア大会の話題物の記事が目に留まった。大会が行われているパレンバンに住む夫婦が開会式当日に誕生した第三子の娘の名前を「アジア大会」と名付けたとか。両親は娘が成長して気に入らなければ、変更すればいい。でも娘にはインドネシアの人気スポーツのバドミントンかバスケットボールの選手に育って欲しいと語っていた。
 今年は実姉やかつての上司の死にも接し、人の世の営みのはかなさを改めて実感した。命に限りがあるのだから、80年前後で生きとし生けるものの「入れ替わり」があるのは自然な流れだ。それは分かり切ったことだ。私もいつか必ず「お迎え」が来る・・・。
                  ◇
 日本のプロ野球もアメリカの大リーグも佳境に入りつつある。大リーグは依然、大谷翔平君の一挙手一投足に魅せられている。右ひじの痛みを癒していた翔平君が日本時間の3日朝(現地時間2日夜)、ほぼ3か月ぶりにマウンドを踏んだ。相手は昨年のワールドシリーズを制したヒューストンアストロズ。残念ながら、私は年に一度の定期健診日だったため、初回だけ見て出かけた。帰宅後にテレビを付けると、3対2で負けていて、翔平君はマウンドから消えていた。パソコンで急ぎチェックすると、3回途中で交代している。
 大リーグのホームページを読むと、2回の投球の際に打球に思わず右手を出し、ボールが手に当たったのが災いしたようだ。球速が明らかに落ち、ホームランを打たれたのもこれが要因となったのかも。一難去ってまた一難とならなければいいのだが・・・。
                  ◇
 プロ野球の方は惰性で付き合っている。巨人がもう少し元気ならと思わないでもないが、相変わらず、ピリッとしない試合を続けている。
 そう思いながら、読売新聞のスポーツ欄のコラム記事を読んでいたら、先日、次の文章に出くわした。「先発投手が三回までに8点を奪われ、KOされた。(中略)巨人の高橋監督は内海が崩れたこの一戦で、あえて打線と守備に言及することで、今後の戦いざまを問うた」。私は「戦いざま」という表現が気になった。「生きざま」という語句にも何だかなあと思うが、これは今では許容されている言い回しのようだ。しかし「戦いざま」はさすがに無理があるのではないか。この記事の筆者が巨人の無様な戦い方に辟易してしまい、思わず、「戦いざま」と書きなぐってしまったのなら、それはそれでよく理解できるが・・・。

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