Home > 総合 > 二人称について

二人称について

  • 2019-11-25 (Mon) 13:34
  • 総合

20191125-1574656378.jpg 公民館の中国語講座で「爱人」(アイレン)という語が出てきた。日本語ではドキッとする語だが、中国語では「夫」や「妻」を意味する普通の呼称。ただ、今ではこの呼称は古めかしくなってしまい、夫は「丈夫」(ジャンフ)、妻は「妻子」(チーズ)と呼ぶのが一般的らしいと教わった。
 日常会話の場で相手に対する適切な呼称を選択するのはなかなか難しい。私が中国語を学んでいて楽に思うのは、初めて会った人をどう呼ぶかについてあまり悩まずに済ませられることだ。普通は「你」(ニィ)という語で何の問題もない。相手が自分より年長者なら、敬意を込めて「您」(ニン)とすればよい。「你」は英語ではyou に当たり、英語ではあらゆる場面でyouを使えるが、「你」も同様で、この点だけでも中国語と英語はよく似ている言語だと思う。日本語には「あなた」があるが、これは「你」やyou のようにあらゆる場面で広く使える語ではない。だが、韓国語はもっと「窮屈」な気がしないでもない。
 先のソウル訪問で再会した友人の韓国人のJさん、Pさんと二人称について議論した。私は韓国語には日本語の「あなた」のように比較的多くの場面で使える二人称はないのではないかと尋ねた。結論はそのようだということに落ち着いたかと記憶している。例えば韓国語では男性に呼びかける場合には課長とか係長とか肩書きを付けて呼ぶのが一般的だ。肩書きが分からない場合は「선생님」(先生様・ソンセンニム)という敬称を付けて呼ぶ。女性を呼ぶ場合はさらに面倒なようだが、それはまたいつか記したい。
 日本語ではしかし「あなた」という呼称は、見知らぬ、あるいは初めて会った年長者にはなかなか使えない語だ。場合によって相手が年下であっても、いきなり「あなた」と呼びかけるのは憚られる。空気を読みながら使うのが無難だ。
 電車の中で年配のご婦人が席を立ち、下車する際にハンカチを落とした場面に遭遇した。私は「ハンカチ、落とされましたよ」と思わず声をかけた。ご婦人は振り返り、頭を下げてハンカチを拾い、下車された。英語なら “Excuse me. You dropped your handkerchief.” とでも声をかけたことだろう。you で何の問題もない。中国語なら「你」を使えばよい。日本語では「あなた」を見ず知らずの年長者にいきなり使っていいものか迷う。だから、主語を省略することになる。それで日本語として成立する。
 なお、冒頭の「爱人」は中国語の簡体字なので「爱」の字は日本語の「愛」とは若干異なる。日本語の「愛人」の意では「第三者」という語もあるそうだ。「二奶」という語も教わった。「お妾さん」という意味。日本語の「二号さん」を想起した。
 以前にこのブログで日中韓の二人称について書いたことがあり、参考になりそうなので、続の項で再録しておきたい。
                  ◇
 日曜日。知己のシャンソン歌手、浜砂伴海さんと一人芝居の岩城朋子さんのコンサート「ふたりのピアフ」が今年も催された。会場は今年は中洲のレストランで、コンサート後の食事会で私は隣席の初対面の男性と楽しく語らったが、相手の名字を知った後は「〇〇さん」と呼びかけ、失礼のない二人称に気を遣うことはなかった。

 外国語を学ぶときには、初対面の相手をどう呼ぶかということは結構頭を悩ます。英語がその点楽なのは、youの一語で済ますことができることだ。相手が大会社の社長であれ、商店のおばちゃんであれ、youで何の問題もない。中国語も似たようなものかと思う。普通は「你」(ニィ)でOKだし、敬意を払いたければ「您」(ニン)と言えばいい。それだけのことだ。韓国語ではそうはいかない。辞書には「너(ノ)」という語も載っているが、これは実際には親しい間柄でないと使わない方が無難のようだ。それで通常、第三者は肩書きをつけて呼ぶか、フルネームに「씨(シ)」をつける。あるいは相手が男性であれば「선생님(先生様ソンセンニム)」と呼んでいれば気を悪くする人はいないだろうとどこかで読んだ記憶がある。中国語でも男性に対しては「~先生(シェンション)」と呼べば、それは「~さん」を意味するとNHKのテキストにあった。
 いずれにせよ、日本語や韓国語では第三者に礼を失することのない人称代名詞、そして適切な敬称をつけるということは常に悩ましい問題だ。だから日本語では煩わしい人称代名詞や敬称は敬遠して、用件だけを話すことの方が圧倒的に多い。初対面の人に臆することなく使える的確な二人称は日本語には存在しないのではないか。「あなた」では決してない。ずっと以前に読んだ専門書に次の指摘があった。「人称代名詞の種類では、中国語より日本語のほうが圧倒的に多いのであるが、使う頻度は中国語のほうがずっと高い。日本語の人称代名詞は、時として翻訳調である印象を与えたり、また、目上の人間を直接指すのは失礼であると考えられたりなどするので、日本語の通常の使用では、あまり人称代名詞を使わない。人称代名詞を使わずに、親族名や身分を表す語を使うか、何も使わず省略する」<『中国語と日本語』(日本語ライブラリー)(朝倉書店 編著・沖森卓也、蘇紅 2014年)>

Home > 総合 > 二人称について

Search
Feeds

Page Top