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2008-11-08

今週末もお休みです^^v

 天気予報では雨・・・って言ってたのに、よいお天気の中、歯医者さんへ。きょうで、治療は終わりました!よかった^^

そして、今週も友だちとごはん&ドライブ&お茶。楽しかった~♪

お茶を飲もうと、わざわざ?滑石にあるBERGEというケーキ屋さんまで足を伸ばしました。ここは、おじいちゃまとよくドライブがてら一緒に来た店でしたが、道路の拡幅工事などでなくなってしまっていたのでした・・・先日、たまたま、通りかかって復活に気づいたもので(遅い??)懐かしくなって、行ってみました。

写真を撮るのを忘れちゃったのですが、のんのんは迷ったあげく、モンブランにいたしました。ここのいいところは、プチケーキでいくつもの種類を試せること(女ゴコロをよーくご存知です*^^*)。ショーケースの前であれも食べたい、これも食べたい!と迷ったときはプチケーキもオススメです。

ただし。お茶はふつーでした。のんのんは珍しく紅茶をチョイスしたのですが、ちょっと・・・??って味でした。残念><

2008-11-08 - 23:11 - | コメント(0) - TB(0)

2008-08-09

63回目の8月9日

毎年、ものすごく引き締まった、なんともいえない気持ちで迎えてきた8月9日。なのに、ことしは、その気持ちにまで自分を高められずに朝になってしまった。

企画、そして番組のでき、という点だけで言えば、ことしは合格点なのであろう。実際に、ミスもなかったし、あの選択もよかったねー、といくつかの点で別の部署の先輩からもおっしゃってもらえたし、何より、カメラさんたちが情緒豊かな映像を撮ってくれた。

だから、単に、自分の問題。
これは、もう少し、整理できてから・・・

それにしても、8月9日に戦争を始めなくても。以前、8月9日に核実験をされた。戦争も核兵器も、63年ものあいだ、人々の身体にも心にも傷を与え続ける。いえない傷だ。

ばかじゃないかしら、と思う。本当に戦争をしたい人たちは、表には出てこない。戦場では戦わない。ものをいえない人たち、社会の底辺に押し込められた人たち、反対も言うことができないままに、いのちを失っていく。

ことし、平和祈念式典の中継番組の構成を考えながら、「こども」というキーワードも織り込んでいた。
以前にも書いたけれど、姪っ子が生まれ、より沖縄戦でわが子を手にかけたという人の話がぐんと迫ってきた。何度も見た被爆当時の写真の子どもたち。ふくふくとした肌で、無垢に笑う姪っ子と重なる。

式典の中で、永井隆博士が作詞した「あの子」という歌を子どもたちが合唱した。今回は、歌詞をスーパー文字で流してみた。タイミングを計るために、一緒に口ずさみながら作業をしていると、なんだか目頭が熱くなった。

「ああ、あの子が生きていたならば」

爆心地公園や平和の泉でも、小さな手を合わす子どもたちの姿を見た。おとなに、何ができるだろう。

ちょっと、散漫な文章になってしまった^^; とりあえず、しばらく、ちょっと休憩です。

2008-08-09 - 23:23 - | コメント(4) - TB(0)

8月9日に

きょう、63回目の長崎原爆の日。

あの日も、真夏の青空が広がっていたそうです。空を見上げたとき、あの日のナガサキに思いを馳せていただければ・・・

平和と核兵器廃絶。小さな力と小さな思いだけれど、あきらめずに、伝えていきたいと思います。

2008-08-09 - 02:28 - | コメント(0) - TB(0)

2008-08-07

こも。

 お盆が近づくと目にする「こも」。お供え物の下に敷いて、ご先祖様がお帰りになるときにはお供え物をくるんでおみやげにしてあげるのです。

子どものころ、夏になるとおじいちゃまが朝早くからこもを編んでいたのですが、ひとり、朝5時ぐらいにたたき起こされて、そのお手伝いをしていたのでした。だから、こもが売られているのを見ると、ついつい思い出すのでした。あの、もやーっとした涼しい朝に庭で、仕事をしていた祖父の姿を。

2008-08-07 - 23:14 - | コメント(0) - TB(0)

2008-07-19

【映画】7月24日通りのクリスマス

7月24日通りのクリスマス えーっと・・・恋愛映画としてはとってもベタな展開で・・・もろもろあるのですが・・・ロケ地が長崎!なんです。

しかも、何度かのんのんもロケに遭遇したもので・・・そういう意味からは面白かったー。

地味なヒロイン・サユリ(中谷美紀)が自宅から勤め先の市役所に通うんだけれど・・・地元(長崎流にいえば、「じげもん」)的に見てると、「おいおい、どこをそんなに回って行くねん!」って感じ。何度か、路面電車が出てくるんだけれど、その車窓を見て「あー、どっちに向かってるのー」って思ったり、そういうのがなんだか、面白くて・・・

誰かに長崎の風景を見せたいときには、いいなーって思える。何気ない、景色があちこちにあったから。これでもう少し、ちりんちりんアイスとか、修学旅行生とか、シスターとか、ちょっとした市場とか、そういう長崎らしさを感じられるものがあったらもう少しよかったなーと思うのはじげもんのエゴかな。

2008-07-19 - 22:04 - | コメント(0) - TB(0)

2008-07-02

真夜中の会合

きょうはオフィシャルな飲み会があり(どうも、こういうのが苦手でありますが・・・^^;)、その帰り、横断歩道で友人とばったり!!

超・久しぶりだったので、そのまま共通の友人のお店に。ソムパテです。オーナー・せいさんは、パティシエであり、ソムリエ、なので友人はカクテル、のんのんはクレームブリュレをいただいて、3人でおしゃべり三昧。

ほとんど、近況&恋愛話(しかも、非現実的な!)でしたが・・・面白かったです。ときどき、かなり鋭い本音もあったりして・・・もう、私たちって10年来ですわねー^^ しみじみ。

2008-07-02 - 23:29 - | コメント(0) - TB(0)

2008-05-25

ことしの平和宣言で

この子を残して
きのう、ことしの8月9日に長崎市長が全世界に向けて発信する平和宣言の起草委員会が開かれた。報道によると、ことしは生誕100年を迎える永井隆博士のことばを宣言に加えようという。

いいのか。

と、疑問を持つのは私だけなのだろうか。

永井隆博士は、著作『長崎の鐘』や『この子を残して』で占領軍のプレスコード下で初めて、被爆地の惨禍を世に知らしめた人だ。科学者らしい緻密な記述、「この子を残して死なねばらならぬというのか」という父親としての叫び。昭和天皇の見舞いを受け、長崎市の名誉市民でもある。

しかし、その一方で永井博士は原爆投下を「神の摂理、神の恵み」と宗教的観点から捉え、「神は(原爆が落とされた)浦上の地を償いのいけにえとした」と主張した。このことが「怒りのヒロシマ、祈りのナガサキ」と言われ長年、ナガサキの怒りを封じ込める土壌を作ったとも指摘されている。それは、原爆投下を過小評価しようとしたアメリカの意図もあったとも言われているが、この永井博士の一連の主張(はん祭説、といわれる)についてここ数年を知る限り、被爆地では大きな議論にもならずにきた。

長崎を訪れたローマ法王(ヨハネ・パウロ2世)は、「原爆は人間の仕業です」と述べた。そのことばに救われた被爆者も多いという。そして、敬愛する詩人・山田かんさんが公然と痛烈に批判なさっている。平和宣言の重みを知るならば、永井博士を単に、ノスタルジックにロマンチックに捉えてはいけないと私は考えている。単に耳心地の良い文章でことばあそびをすべきではない。

2008-05-25 - 23:23 - | コメント(3) - TB(0)

2008-05-17

あじさいでお出迎え^^

 長崎市の花・あじさいがことしも、そろそろ色づき始めました。新聞によればまだ、2分咲きですが・・・JR長崎駅でもこうして、列車をお出迎えしております。数えてみたら、駅には200株のあじさいが置かれていました。ぜひぜひ、足をお運びくださいませ^^

あじさいはのんのんの好きな花・ベスト5に入るよ。毎年、梅雨どきは雨が多くて大変だけれど、あじさいを見るとちょっと心が和むね~

2008-05-17 - 23:30 - | コメント(0) - TB(0)

2008-02-02

筒井茅乃さん、逝く

娘よ、ここが長崎です―永井隆の遺児、茅乃の平和への祈り 週末、福岡に向かう列車の中で、筒井茅乃さんの訃報を聞いた。

茅乃さんのことは、子どものときに見た映画『この子を残して』で知ったのですが、たまたま私が育ったところの近くの教会に通っていらっしゃったりして、初めてお目にかかったときには、そんなお話をしたこともありました。

そのときは永井隆博士の短歌についての取材で、茅乃さんと先に亡くなった兄・誠一(まこと)さんからそれぞれたくさんの思い出を聞いたのですが、お父さんに対する2人の印象が余りに違ってとても興味深かったのです。

誠一さんは「とても怖い」と話し、茅乃さんは「とにかく優しかった」と言う。「この子を残して死なねばならぬ」と永井博士が、兄・誠一さんをしっかり鍛えようとしたのと、母の思い出さえおぼろげな茅乃さんに温かな思い出を残そうとされたこと、お話をしながら、本当に感動したことを覚えています。

くしくも永井博士生誕100年の記念行事を翌日に控えて亡くなられた茅乃さん。「父の遺志を伝えなければ」と、大きすぎる使命に、ときには苦しみながらも過ごされた一生だったと思う。体調を崩していらっしゃるということは耳にしていたものの、あまりに突然の訃報で、どう受け止めればいいのだろうか、と戸惑っているというのが今、ですが、本当に心からご冥福をお祈りしたいと思います。そして、本当にありがとうございました。

↓その、永井隆短歌集はコチラ。
新しき朝―短歌集

2008-02-02 - 23:09 - | コメント(0) - TB(0)

2007-10-15

後輩とごはん^^ トンカツ「文治郎」に行きました

ようやくくんちも終わったので、制作でくんち番組を担当した後輩Yとごはんを食べに行くことに^^ とはいえ、スタートが夜8時・・・どこが空いてるんだ~と考えながら勧銀通りまで来て、ふと、思い出したのが!「文治郎」。

トンカツのお店です。ちょうど、くんちでお世話になった方がなさっているお店で、関係者の方に割引チケットもいただいていたので(といいながら、9月末までだったので使えなかったけど~><)、行ってみました。

とーーーーーってもおいしかったです^^(あまりに、おいしくて写真を撮り忘れたほど) 後輩Yなんて、「なんだこりゃー、おいしすぎるー」ともくもくと食べていたもの。ちょっとは会話しようよ、私たちっ!というほど、もくもくといただきました^^

次に行ったときには、写真もね^^

2007-10-15 - 17:27 - | コメント(0) - TB(0)

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