第一詩集

一反田

「詩集 一反田」
荒木理人

四六判並製、96ページ 
定価:本体2,000円+税
ISBN978-4-86385-229-7 C0092

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著者プロフィール

荒木 理人(あらき・みちと)
1948年福岡県飯塚市生まれ。
嘉穂高校19期生。
明治大学卒業後、福岡市内外の高校教師を勤め、
現在は福岡市立博多工業高等学校非常勤講師。
宗像文夫、五條元滋との共作『連句集 ふらう』

もくじ

一反田
 一反田
 
夜よねむれ
 夜よねむれ  
 しじまのうた  
 それは違う  
 おやすみ  
 ぽかん  
 れーてる  
 明け方の刹那の夢  
 
夏のおわりに  
 あるくひと  
 シングル・ナイト  
 眞実のむこう 
 
水準器
 無数の始まりと無数の終わり  
 またなる始めに  
 
あとがきに代えて
 一筆書きでは済まないことを

一反田
   安田登師との出遇いに感謝をこめて   
 
 
 
ワキ  これは諸国遊行の者にて候。さても我去る仔細あって、住み慣れし家郷を捨て、諸国を遊行じ仕り候。またこれより諸国行脚に出でばやと存じ候。

地謡  にくき世は前世と後世のまずめ時。行きつ戻りつそのあはひ、たゆたふ人こそかなしけれ。 
    さばれ恋しき人の世を捨てなんことやあるまじき。捨てぬとならばただひた直に歩むほかには術もなし。世と世のひまをおづおづといさよふべしやもろともに。
    さてしもあるべきことならねば。

ワキ  急ぎ候ほどに、これは早やくまの郡に着きて候。またここに清らかなる泉の候。
    夜も更けたり。しばらくこのところにて休らはばやと存じ候。
シテ  冥きより冥き道にぞ入りにける。黄泉路遙けき旅路かな。
ワキ  不思議やな。まどろむ暇もなきうちに。そのさま化したる人影の。
    冥き道より音もなく、現れ出づるはいかなる人ぞ。
シテ  これはこの泉のほとりにて、命を失ひたる者の亡霊にて候。
    晴れぬ恨みのそのままに、この泉のほとりに流れ留まり。いまに浮かべぬわが身なり。
ワキ  さては御身は亡霊なるか。去りながら、縁もゆかりの波のまにまに彷徨ふ我に言葉を交はすは。こはそもいかなることやらん。
シテ  愚かの仰せや。一河の流れ一樹の影。他生の縁も荒磯海の
ワキ  波に流離ふわが身なれば。縁なきこととは白波の
シテ  寄る辺なきは
ワキ  足引きの
地謡  山路の奥の泉にて。山路の奥の泉にて。袖ひぢて結ぶ手の。
    玉水かけて尽きせぬは。恨みの数はむばたまの。
    亡き夜語りを語らばや。亡き夜語りを語らん。
ワキ  さらば面々御物語候へ。
シテ  さても。我はもと他国の者にて候が、相慣れし妻とただ二人この国に来たり。
    ここかしこと彷徨ひ歩きしが、国境の峠にこの泉の候。その水を引き一反の棚田を作り、人目をはばかることもなく裸で生くるたのしさよ。満天の星のもとにて青草を褥に目合ふときめきよ。生れ出で来たりしよろこびよ。生れ出でしむるうれしさよ。
   愛き三人の子をも得て、腹ふくれ眠る顔見るやすらぎよ。
    心穏やかに暮らし候ところに。ある夜のことなりけるが、たちまち響く人馬の声々。数多の兵寄り来たり。
地謡  ここを出でよと兵は。ここを出でよと兵は。
    剣を抜きつつ攻め来たれば。ここは我が家なり。泉も清くおだやかに、明かし暮らして居るものを。退くべきよしも波の間に。否やと言へば無慙やな。
    我が子の胸を押さへ、氷の刃に二刀、三刀四刀刺し殺し。
    妻をも殺し我が胸にも。立つるや剣の光も失せて。気も魂も絶え絶えに、なりても恨みは尽きぬ泉かな。
    黄泉路に彷徨ふ我が身なり。
    黄泉路に彷徨ふ我が身なり。
ワキ  無慙やな。無慙やな。
シテ2 我が物語をもお聞き候へ。
ワキ  聞きませう。
シテ2 泉ある峠で見張れと下知を受け、取りしところの国境。残されし棚田は一反田。
    麓のおなごを呼び寄せて、人目をはばかることもなく、裸で生くるたのしさよ。満天の星のもとにて青草を褥に目合ふときめきよ。生れ出で来たりしよろこびよ。生れ出でしむるうれしさよ。
    めぐき三人の子をも得て、腹ふくれ眠る顔見るやすらぎよ。
    心穏やかに暮らし候ところに。ある夜のことなりけるが、たちまち響く人馬の声々。数多の兵寄り来たり。
地謡  ものも言はずに妻子を殺し、我が胸にも。
    恨みは尽きぬ泉かな。
    黄泉路に彷徨ふ我が身なり。
    黄泉路に彷徨ふ我が身なり。
ワキ  無慙やな。無慙やな。
シテ3(シテ2と極似した装束)無慙やな。無慙やな。
ワキ  無慙やな。無慙やな。
シテ  無慙やな。無慙やな。
シテ2 無慙やな。無慙やな。
シテ3 無慙やな。無慙やな。

地謡  なべて世は夢とうつつの汽水域。潮目も分かぬあはひにて名のる人こそやさしけれ。草葉の陰とは時のひま。群れのひまとも聞きおよぶ。義しきことの何ならむ。狂ほしきことこそ眞なれ。狂ほしきことの何ならむ。狂じてあれよ草木石。躍れや鳥よ魚獣。奔れや雲よ水ひかり。風と嗤へよ野も山も。

   (ほのかな曙光のなかにワキだけが残されている)

ワキ  下りらばや。このお山をば下りらばや。
地謡  下りらばや。このお山をば下りらばや。
    還らばや。遠き家郷に還らばや。せばき家郷に還らばや。にっくき家郷に還らばや。恋しき家郷に還らばや。
    還らばや。
    還らばや。               

2015/10