ニューヨークの30年はアートの創造現場そのものだった

「ふたりのニューヨーク」

30歳の年齢差を超えた2人の芸術家の魂が交錯する
アートエッセイ

「ふたりのニューヨーク」
グリニッチビレッジにて
真島明子

四六、並製、224ページ+口絵カラー16ページ
定価:本体1,500円+税
ISBN978-4-86385-075-0 C0095

画家・古川吉重の海の向こうからのプロポーズに根負けした著者は、安定した美術教師の生活を捨て単身ニューヨークへ。「彼は画家、私は彫刻家。」2人の住まいは、グリニッチビレッジのアトリエを兼ねた芸術家アパート。食べるものに困ったときのために、彼がアトリエの床にばら撒いていたコインを集めて生活費にあてるほどの、貧しい暮らしが始まる。何度チャレンジしても認められない日々……。SOHO を歩き、画廊を巡り、ニューヨークで認められたときの喜びは大きかった。芸術家としての誇りと、貧しいけれど充実していた日々を、作品の写真とともにまとめた一冊。

2012年4月中旬全国書店にて発売。

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著者プロフィール

彫刻家 真島明子 Akiko Mashima
1952 年 佐賀県生まれ
佐賀県立佐賀西高等学校卒業後、
武蔵野美術大学彫刻科卒業
1976 ~ 1977 年 東京都三鷹市第五小学校美術教師
1977 年~ 個展始める
1978 年~ 渡米 在ニューヨーク
1978 ~ 1979 年 ブルックリンミュージアムアートスクール(NY)
1978 ~ 1980 年 アートスチューデントリーグ オブニューヨーク(NY)
1996 年~ OKハリスギャラリー(NY)にて個展開催
2001~ 2008 年 九州産業大学非常勤講師
2002 ~ 2003 年 武蔵野美術大学共通彫塑特別講師

画家 古川吉重 Yoshishige Furukawa
1921 年 福岡市生まれ
福岡県立修猷館高校卒業後、東京美術学校油絵科
(現、東京芸術大学美術学科)卒業
1944 年 海軍に召集
1946 ~ 1963 年 福岡、東京にて美術教師
1949 年 独立美術協会 独立賞受賞
1963 年~ 渡米 在ニューヨーク
1963年のアメリカでの個展を皮切りに
海外と日本で次々に作品を発表しつづける
1972 年 現代日本美術展 現代美術賞受賞
1997 年 新ワシントン空港ロビーに特殊壁画作成
2000 年 帰国 神奈川県相模原市在住
2008 年 死去

帯文表

30歳の年の差を超えて、ふたりで暮らしたニューヨーク。
画家古川吉重と彫刻家真島明子のふたりにとって、
ニューヨークの30年はアートの創造現場そのものだった。

帯文裏

ここは、ニューヨーク・ウエストビレッジの一角にあるカフェ。
私は一人、自由きままなスタイルで行きかう人々を眺めている。
この通りを、よく彼と歩いた。
しかし、この時期、この新緑をゆっくり心ゆくまで眺めたことはあっただろうか。
息子の成長が一区切りついた今、二人で上を向いて、のんびり歩けたらと思う。
歩いてほしかった。そんな気持ちで散歩したかった。
「もう泣きたくはない」と、思う。
今は、彼の芸術家としての姿勢を私は振り返ることしかできないのだから。
彼はもうここには居ないのだから。                   (本文より)

掲載など

佐賀新聞 2012年6月15日(金)朝刊の文化・学芸欄で紹介されました。
 真島明子さん『ふたりのニューヨーク』出版
西日本新聞 2012年5月6日(日)朝刊の読書欄の「郷土の本コーナー」で紹介されました。
 『ふたりのニューヨーク』

目次

プロローグ ビレッジのカフェで

第一章 日没
 ケアハウス/最後の日/太陽/思い出の中に
第二章 出会い
 ふと目にした新聞記事/画家・古川吉重/初めてのアメリカ旅行/海の向こうからのプロポーズ/絵描き貧乏/仕事と制作と/ついに出発/厳寒のニューヨークへ
第三章 二人で
 二つの形/勘違い/前途良縁/キリギリス/労働者/鏡の中の私/イサム・ノグチ氏のこと/輪っかの指輪
第四章 芸術って何?
 探し物/裏窓ニューヨークの頃/光と円/画廊探し/チャレンジ/放つ
第五章 それぞれのアトリエ
 宝の山/今日の天気/戦争の前後/七十八歳での帰国/画家としての魂/二○一一年、ニューヨークのアトリエ

エピローグ 再び、ビレッジのカフェで