第5作詩集

詩集「ビーキアホゥ」

詩集「ビーキアホゥ」
脇川郁也

A5判変形、並製、108ページ 
定価:本体2,000円+税
ISBN978-4-902108-68-2 C0092

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著者プロフィール

脇川郁也(わきかわ・ふみや)
1955年生まれ
 
詩集
『百年橋』(1988年・紫陽社)
『花の名を問う』(1990年・本多企画)
『バカンスの方法』(1995年・本多企画)
『露切橋』(1999年・本多企画)

もくじ


消えていく家
緑の階段
夜の桜に
後回し
妹の亡霊
虫食い
風が吹けば
祝福
卯の花腐し
眠りのために

**
ビーキアホゥ
倒れる人
冬の犬
冬の木立
風の道
山の神
休息の方法
揺れまどう海
横たわる闇

ビーキアホゥ

ずいぶん前に
ニューヨークへ行ったことがある
そのころ流行りのソーホー地区で
夜遅くまで遊び回っていたぼくは
ホテルの帰り道が怪しくなった

小さな公園のベンチに座り
街灯のひかりを頼りに本を読む
蛾のような若い男に道を尋ねた
想像していた距離と方角が
おおむね間違っていなかったことに
ぼくは満足した
酒も入っているものだから
拙い英語でひとしきり話していると
早めにホテルへ戻ったほうがいい、と男がいう
ああ、そうだね
ありがとう、と返して別れた

蛾のいった最後のことばだけが
ぼくの耳に残った
「ビーキアホゥ」
日本では聞き慣れぬことばのように思った

中学校で学んだ程度の語学力で
地球のヘソのようなこの街にやって来た
小柄な東洋人に
彼は何に気をつけろ、といったのか

夜になると日常的に走る
飲酒運転の車かもしれないし
三十八口径リボルバーの
黒光りした銃口かもしれない
この街だけでなく
いまでは日本でもありふれた危険だ

ビーキアホゥ、とつぶやいて
暗がりを踏みしめて歩いた
あと一ブロックで
イエローキャブが拾える広い道に出る
自分の足音に追われるように
ぼくは急ぎ足になった

あれから時間が経って
いくつかの事件もあった
ケビン・マカリスター少年のように
ニューヨークの眺望を楽しんだ
ワールド・トレード・センターも消えた