鑑真はなぜ日本に来たのか……

鑑真

鑑真が日本で求めた生と死の意味とは?

「鑑真」
転生への旅立ち
山本巖/著 伊東昌一郎/写真


A5判変形、並製、144ページオールカラー 
定価:本体1,429円+税
ISBN978-4-902108-57-6 C0015

日本で初めて仏教の戒律を授けた鑑真は、日本に来て9年、763年、76歳の波乱の生涯を閉じた。日本朝廷の依頼で日本への渡来を決意したのは55歳のとき、しかしそれは苦難の道の始まりだった。当時の唐王朝の許可は得られず密出国の形で行われたからだ。5回におよぶ失敗にもめげず、6回目、やっと実現したが、その間、遭難、失明、弟子の死と幾多の苦難が襲い掛かる。最後の船出でついに日本本土鹿児島県秋目浦を経て、奈良へ辿り着き、唐招提寺が建立される。そこまで鑑真を駆り立てたものはなんだったのか。生と死の間を生き、日本において、別の生への転生を願ったのではないか……。ふんだんに収められた写真もまた、鑑真の心の旅を表出している。

2007年8月上旬全国書店にて発売。

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著者プロフィール

山本 巖 (やまもと・いわお)
1941年北九州市門司区生まれ。早稲田大学卒。1964年西日本新聞社入社。北京支局長、文化部長、論説委員長などを務める。
著書『夢野久作の場所』『昭和史を歩く』『三国志の旅』(共著)

山本巖ブックレットシリーズ(書肆侃侃房)
001『祖国幻影』
002『菊と一銭五厘』
003『辺境から』
004『福岡から見た昭和史』
005『熊本・反乱の系譜』
006『中国よ!』

撮影者プロフィール

伊東昌一郎 (いとう・しょういちろう)
1966年 佐賀県生まれ
1989-1992年 P&G
1992年 西日本新聞社 本社写真部、東京支社を経て
現在、画像センター・写真グループ勤務

帯文表

鑑真はなぜ日本に来たのか……。
鑑真自身はそのことについて、何も書き残していないが、
おそらく「転生」という言葉が謎を解く鍵になるだろう。
唐代の中国と日本との
思いがけない深いつながりがそこに見える。

帯文裏

その年の早春から、鑑真和上は体調がすぐれなかった。
高弟のひとりが唐招提寺の講堂の梁が砕ける夢を見て、和上の死が近いことを悟り、
和上の肖像製作に着手した。
旧暦の五月六日、鑑真は結跏趺座の姿勢のまま亡くなった。
鑑真は、生前に「座死することを願う」と遺言していたのだ。

掲載情報など

新文化 2007/9/6号「地方・小通信」で紹介されました。

イベント情報など

「国宝 鑑真和上展」 ※終了しました。
期間:2007年7月14日(土)~9月2日(日)
場所:福岡市博物館
http://museum.city.fukuoka.jp


目次

はじめに
和上の遺言…「座死することを願う」
長安の空気…玄宗は道教の布教を希望?
運河の街で…自ら、困難な道を選ぶ
東へ…………悲劇の旅を乗り越え
大仏開眼……「仏法有縁の国」に至る
転生…………聖徳太子につながる糸

関連書籍

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