Home > 総合 > トマス・ハーディ (Thomas Hardy) ③

トマス・ハーディ (Thomas Hardy) ③

  • 2012-07-05 (Thu) 18:47
  • 総合

null
 クリムが地元の子供たちの教育に尽力したいという気持ちはしかし、村人たちにはあまり歓迎されなかったようだ。エグドン・ヒースで汗を流す農家の人々は “Ah, There’s too much of that sending to school in these days! It only does harm.”(近頃では子供たちを学校にやるのが流行っているようだが、困ったものだ。害になるだけのこった!)と嘆くばかり。ヨーブライト夫人にしても息子が田舎でくすぶるよりもパリで成功してくれることを望んでいた。田舎の教育なんてものは大学にまかせておけばいいと諭す。これに対し、クリムは答える。“Never, mother. They cannot find it out, because their teachers don’t come in contact with the class which demands such a system.”(母さん、違うよ。大学なんてものには僕らのことは分からないよ。大学の教師なんて教育が必要なここらの社会階級の人たちに会うなんてことないんだから)
null
 教区の学校などできちんと教育を受けていたとはいえ、高等教育からは無縁の世界で生きた作家の洞察なのだろう。「一隅を照らす」ことを欲するクリムの考え方に共感を覚えるのは私だけではないだろう。
 主要登場人物は既述のように6人に過ぎない。そのうち、3人がきわめて不幸な死を迎える。ヨーブライト夫人は息子のクリムとユスタシアの結婚を境に息子夫婦と疎遠になり、最後には自ら息子夫婦の家に出向いて和解を模索するが、それも果たせず、ヒースに棲む毒蛇にかまれて失意のうちに他界する。ユスタシアは最後にはワイルディープと駆け落ちすることを企図するが、漆黒の夜、川にはまり死亡する。ワイルディープとクリムも彼女を助けようと後を追い、クリムだけが助かる。助かったクリムは巡回布教師となって生きる。悲劇を描いた小説と言うべきなのであろうが、私はなぜか爽やかな読後感を覚えた。
null
 ところで、ドーチェスターに着いて以来、足を運んでみたいと思っていた場所があった。ハーディが惚れ込んだエグドン・ヒースだ。何人かの人に尋ねてみたが、どうも答えがあやふや。ようやっと、作家が生まれたコテッジがある地だということを知った。作家の生家はドーチェスター中心部から東に向かう。バスの便もなく、歩いて行こうかと思ったが、かなりの距離があること、それにドーチェスターは到着以来、ずっと雨模様の日々。それで致し方なくタクシーに乗って向かった。車窓から見る限り、途中から歩道が消えた。車道にしても、対向車とすれ違うのに一苦労するほど狭い道だった。これはいくら何でも徒歩には無理だ。タクシー代金は約7ポンド(約千円)。
null
 また蛇足が長くなった。作家の生家は一見に値した。1800年建築の二階建てのひっそりした古民家がそのまま残っていた。この家もナショナル・トラスト(National Trust)が管理する歴史的建築物の一つ。ハーディはこの家で34歳まで暮らした。彼がこよなく愛したエグドン・ヒースが二階の小窓から見える。ボランティアのガイドによると、第一次大戦後の植林運動で高木がそびえ、かつてのヒースとはだいぶ趣が異なるという。それでも、手垢に染まっていない自然と家族の温もりの中、作家がのびのびと創作の芽を育んだことが十分伝わってきた。
 (写真は上から、作家の生家。暖炉のあるリビングルーム。玄関前のガーデン。エグドン・ヒースのモデルとなった生家の裏手に広がるヒース)

Comments:4

たかす 2012-07-06 (Fri) 09:20

ハーディ生家の屋根は藁葺きのようですね。ハンプシャー州のチョートンにジェーン・オーステンの生家を訪ねたとき藁葺きであるのに驚きましたが、その後屋根をふき直したのかネットで見る限りタイル葺きです。この写真の家の屋根も相当に傷んでいるようですから、記録写真の価値が出てきそうです。数年後には屋根が変わっていそうです。

那須 2012-07-07 (Sat) 04:46

先生 そうですね。藁葺きか草葺きかよく分からなかったので、あえて言及しませんでした。英語だとどちらでも thatched と表現するようですが。確かに数年後にはスレート(タイル)葺きになっているかもしれませんね。維持費が大変でしょうから。

本部 2012-07-07 (Sat) 07:49

那須君、お元気そうですね。ちょっと見逃すと、早足で歩いて行かれて追いかけるのが大変です。今日は綺麗なジキタリスの花を見かけてお便りしました。野生なんでしょうか、鈴なりに花房をつけていますね。こちらでも流行りのイングランドガーデンとは又違って山裾の野原といった感じです。私は今日から闘病中の叔母と“三日三晩鵜戸神宮参籠の旅”に行ってきます。宮崎は土砂降りが続きましたが、もうすぐ梅雨明けしそうです。

那須 2012-07-08 (Sun) 01:59

本部さん 本部さんらしい文面で嬉しく読ませていただきました。私は風流心がないので、電子辞書で調べてみました。ジギタリスと載っていました。欧州南部原産で、過量だと劇毒だが、薬用として栽培されているとか。ドーセットでも花房が鈴なりの似たような草を目にしましたが、果たして。木々や草花のことが分かっていれば、もっと趣ある文章が書けるといつも悔やんでいます。鵜戸神宮三晩の参詣ですか。叔母様にご利益あらんことを!

このアイテムは閲覧専用です。コメントの投稿、投票はできません。

Home > 総合 > トマス・ハーディ (Thomas Hardy) ③

Search
Feeds

Page Top