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ウィリアム・シェイクスピア(William Shakespeare)②

  • 2012-10-08 (Mon) 07:27
  • 総合

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 ハムレットがつぶやく言葉、“To be, or not to be, that is the question.”(「生きるべきか死すべきか、それが問題だ」)で広く知られるシェイクスピアの名作 “Hamlet”
 新潮社版の福田恆存氏の訳本を再読していて、次のようなシーンで手がとまった。第五幕第一場で、オフィーリアを埋葬する墓場でそうとは知らないハムレットと道化役(墓堀人)が交わす会話。道化はハムレット王子がデンマークからイングランドへ追いやられたと語るので、ハムレットは「で、どうして王子はイギリスへ追っぱらわれたのだろう?」と尋ねる。道化は答える。「どうしてといって、それ、気がちがったからでさあ。あそこなら正気になる。もっとも癒らなくたって、あそこじゃ平気だがね」と。ハムレットは重ねて尋ねる。「どうして?」「あそこなら人目はひかない、あたりがみんな気ちがいだからね」というやりとりだ。
 シェイクスピアがイングランド人だから、このような自虐的なブラックユーモアも許されたのであろうかと思う。
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 原文では以下のようになっている。
 Hamlet. Ay, marry, why was he sent into England?
Clown. Why, because ’a was mad. ’A shall recover his wits there; or, if ’a do not, ’tis no great matter there.
Hamlet. Why?
Clown. ’Twill not be seen in him there. There the men are as mad as he.

 ハムレットは敬愛する父親の王が王の実弟、自分にとっては叔父の奸計で毒殺されたことを、亡霊となって現れた父親から知らされる。王位だけでなく、王妃、自分にとっては母親をも略奪され、ハムレットは王位に就いた叔父へ復讐を誓う。自分の意図を悟られぬために狂気を装うが、これが仇となり、結果的にお互いに心を寄せるオフィーリアの死を招いてしまう。最後にリベンジは果たせるものの、自分と母親の命も奪うことになる。シェイクスピアの悲劇の中でも最高傑作と称される作品だ。
 こういう作品を読むと、英文学の「奥行」に思いを馳せざるを得ない。シェイクスピアが生まれた1564年は日本では戦国時代の永禄7年。『ハムレット』は1600年頃に書かれた作品だとか。
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 冒頭に紹介したハムレットのつぶやきの後に、以下のような独白が続く。この辺りは昔も今も多くの人が共感する部分だろう。人は死んだらどうなるのか、死後の世界というものがあるのだろうか、あるとしたら、どういう世界なのだろう。不安だらけだから、現在の生に執着する。
 「それでも、この辛い人生の坂道を、不平たらたら、汗水たらしてのぼって行くのも、なんのことはない、ただ死後に一抹の不安が残ればこそ。旅だちしものの、一人としてもどってきたためしのない未知の世界、心の鈍るのも当然、見たこともない他国で知らぬ苦労をするよりは、慣れたこの世の煩いに、こづかれていたほうがまだましという気にもなろう」(福田訳・原文は続きで)
 (写真は上から、シェイクスピアの故郷、ストラットフォード・アポン・エイボンに残っている彼の生家。シェイクスピア劇のさわりの部分を即興で演じて観光客を楽しませていた。公園で観光客を出迎えるハムレット像)

 “Who would fardels bear, To grunt and sweat under a weary life, But that the dread of something after death, The undiscovered country, from whose bourn No traveler returns, puzzles the will, And makes us rather bear those ills we have, Than fly to others that we know not of?” (原書の注釈によると、fardels=burdens, bourn=region)

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