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パロディ小説(パラフィクション)「『災厄の町』の最悪な結末」①

(エラリイ・クイーン『災厄の町』の真相部分に触れておりますので、かならず作品を、できることならハヤカワ文庫の越前敏弥先生の新訳でお読みになってから、お読みください。文中に記載されているページ数は、そのハヤカワ文庫版のものです。)

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エラリイの前に座った男は、独り言をつぶやくように語り始めた。長身で年齢は七十歳ぐらいだろうか。それほど老齢ではないのかもしれないが、顔には深いしわが刻まれている。ともかく一種独特の雰囲気をもった人物だった。

「スミス、スミス・・・、エラリイ・スミスか。いい名前を思いついたものだ。『シャム双子の秘密』に登場した謎の男もスミスだった。どうして、スミスという名前は謎めいた雰囲気を醸し出すのだろうか。最後まで謎の作家を気取りたかった貴方が、クイーンの名前を明かさなければならなかったのは、お気の毒だったとしかいいようがない。それにしても高名なる名探偵殿、あのライツヴィルという土地に来て、貴方の名推理も少し鈍ってしまったんじゃないだろうか。

この人物だと思い込んでいたものが、実は別の人物だった。ミステリーの定石だというものの、今回貴方が見破った真相はお見事としかいいようがない。しかし、それにしても真犯人を割り出すまでにチト時間がかかりすぎではないだろうか。貴方は現場でじっと毒物が混入されるかどうかを観察していたはずだ。しかもジョンは絶対に混入していない。となると、簡単な消去法を用いさえすれば、ジョン以外の人物で毒物を混入できる可能性のある人物は自ずと特定できるだろう。よりによって、自分を犯人に仕立てる回りくどい狂言まで演出して、今回の貴方の振る舞いは酔狂にもほどがある。昔の本が木箱の中から出てきた話を聞かなければ、そもそも解明できないほどの謎ではなかったはず。名探偵エラリイが鈍くなったのか、それとも名探偵エラリイは話を捏造しているのか。

仮に貴方が最後にパットとカートに説明した真相が正しかったとしても、奇妙なことは、まだまだある。一番わからないのは、ノーラのジムに対する気持ちだ。間違いなくノーラは自分を裏切っていたジムを許せなかっただろう。しかし、投獄された後、何の釈明もしようとしないジムの姿を見て、ノーラは心を動かさなかったのだろうか。ジムが本当に愛していたのはノーラだった。そのことは間違いないはずだ。そのことに気付かないほどノーラは鈍かったのだろうか。その点については、なるほどエラリイ名探偵、君は巧みな説明をしていた。「人生を破滅させられたことを、ノーラは異常をきたした心で感じとり、そのふたりへの復讐を考えた」(p492)要するに彼女は精神に異常をきたしていたのだと。しかし、それにしては随分と狡猾にノーラは計略を実行している。わざとジムが書いた手紙の存在を知らしめたあたり(p255)、精神に異常をきたした人間が考えたことにしては実に緻密ではないか。

さらに不思議なのは、本当にノーラが犯人だったとして、いったい何時彼女は毒物を混入できたのだろうか。ローズマリーがノーラのグラスを奪い取ることを予測できなかったことを根拠にして、貴方はジム犯人説を否定したが、どうしてどうしてノーラだって、そんな予測はできなかったはずだ。ではノーラはローズマリーがグラスを奪い取る瞬間に毒物をいれたのか。いや、いくらなんでも、そんな時間はなかった。だとするなら、ノーラはローズマリーが自分のグラスを奪い取る可能性にかけて、あらかじめ毒物を混入していたとしか考えられない。では、もしローズマリーがグラスを奪い取らなかったら、ノーラはどうするつもりだったのだろうか。

ここでひとつ想定されることがある。飽くまでひとつの可能性だが、実はノーラは自ら毒を飲んで自殺しようと考えていたのではないだろうか。公衆の面前で堂々と自殺を謀ることもまた、ジムに対する最大級の復讐になったはずである。夫の裏切りによって自分がどれほどの絶望を味わったのか、その表現として、これほどインパクトのあるものはない。少なくとも、ノーラが自殺を企てていたことを否定できる根拠はないはずだ。貴方ともあろう名探偵が、その可能性について全く言及していないことも、不思議といえば不思議なことである。

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