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東野圭吾さんの『聖女の救済』(文春文庫)

  (東野圭吾さんの『聖女の救済』の真相部分に言及しますので、ご注意ください。) 
  4月10日に東野圭吾さんの『聖女の救済』(文春文庫/ガリレオ・シリーズ)の文庫本が発売され、村上春樹さんの『1Q84』(新潮文庫・3月28日発売)の売り上げを抜きました。4月28日に発売された『1Q84』BOOK2の文庫に間もなく抜かれるでしょうが、相変わらず両作家とも絶大な人気です。文庫というシステムがあるのは日本だけなのでしょうか。あらためて不思議な発行形態だと思われます。すでに単行本で入手しているにもかかわらず、文庫化されると再び購入してしまう読者が多いのです(私もその一人なのですが・・・)。
 きわめてシンプルな毒殺事件が起こります。ですが、被害者の体内に毒を入れた方法が容易に解明できません。
 試行錯誤の末、探偵ガリレオは「虚数解」をみつけます。もちろん、この言い方はものの喩えに過ぎないでしょう。現実に起こってしまった以上、どんな犯罪であっても実数界での出来事だからです。むしろ、きわめて的中率の低いプロバビリティ(確率)の犯罪が実行されたとみなした方がよいのかもしれません。現実的にはありないような、存在する可能性が低い真相を思いついたとき、ガリレオは「虚数解のような」解答が発見されたといいたかったのでしょう。物語の終局部で、実は本当の問題は毒の混入方法ではなく、犯行が計画された時期と、そして犯人の動機にあるということが判明してきます。動機が、嫉妬や憎しみにあると考えてしまう者には、この犯罪の真の動機は解明できないように犯行は企てられていたのです。はたして人は「こんなときに、こんな理由で」人を殺そうなどと考えるものでしょうか。プロバビリティが低かったのは、こんな人間性をもった人物が存在してしまう可能性だったといえます。
 この作品の白眉は、ガリレオが語る化石発掘の例話です。発見された化石において、実は骨の周辺部にある土(実は単なる土ではない)が重要であることを近年の科学技術は解明しました。それまでは土の部分は捨てられていたのです。しかも、骨の部分をより鮮明かつ正確にみせようとするため、積極的に周辺部分は除去されてきたのです。これは消去法など何かを明確にしようとする意図そのものが、何かを隠蔽してしまうことにもなりかねないことを物語っています。起こりえた確率が低いと判断され放棄された可能性のなかに、実は事件の真相を解明するために必要な要素が含まれている場合があったということです。
 ガリレオが真相にたどり着けたのは、自分の判断に懐疑的でありながらも、的確な推理ができていたからです。彼は消去法によって捨てた事象の中に、まだ何かが残されている可能性があることを忘れません。真に合理的な思考とは、合理的であること自体を相対化しながら真実を追究してゆく精神活動のことをいうのでしょう。
 

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