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バロネス・オルツィ『隅の老人<完全版>』を10倍楽しむ方法(2)「フィルモア・テラスの盗難」について

(真相部分に言及していますので、必ず「フィルモア・テラスの盗難」を読了されてから、お読みになってください。)
いきなり冒頭から女性記者が迷っているところが面白いです。「隅の老人」が座っているかもしれないA・B・C喫茶店に足を踏みいれていいものなのかどうか、彼女は躊躇しています。しかし、ここでためらっているということは、やはり彼女には「隅の老人」に会いたいという気持ちがあるとも考えられるわけです。どうして彼女は、このような態度をとっているのでしょうか。

結局、彼女の前に姿をあらわした「隅の老人」は、こんな感じで事件について説明を始めました。

フィルモア・テラスを巡回中だった巡査(D21号)は怪しい男を見つけます。その男にクノップス家から出てきた召使いのロバートソンが飛びかかります。この男は泥棒で、主人クノップスさんのダイヤモンドを盗んだというのです。泥棒の身体は調べられますが宝石は出てきません。そのとき、クノップスはシップマンと宝石の取引をしつつあったのですが、兄が重い病気にかかったという知らせを受けとり、遠くブライトンというところまで行っていました。警察は先にシップマンを訪ねたのですが、事情聴取を受けている間にシップマンは不安になり、急いで二階の自室を調べてみると、彼のダイヤモンドも盗まれていたのです。

さて、今回「隅の老人」が着眼するのは次のような点です。
 ・ロバートソンとクノップスが同時にいあわせていない
 ・刑事が訪ねたときに二人とも青い顔をしていた
 ・遠方から帰還したクノップスが風呂あがりだった
さすがは「隅の老人」。ぴたりと辻褄のあう結論を導き出しています。彼の推理の組み立て方は傑出していました。その着眼点が読者にも明確に示されているあたり、「フィルモア・テラスの盗難」においても、充分なフェア精神は貫かれているといえましょう。

とはいうものの、この事件には不鮮明かつ奇妙なところが多すぎます。例えば
 ・ロバートソンが浮浪者めいた男を取りおさえたとき、もし巡査(D21号)がいなかったら、どうするつもりだったのか。
 ・そもそも、この立ち回りは必要だったのか。(最初からシップマンの宝石だけ盗んでおけばよかったのではないか。)
 ・結局シップマンから盗まれたのは、人工ダイヤモンドの方だったのか、ブラジル産ダイヤモンドの方だったのか。
 ・もしフランシス・ハワード刑事がおとり捜査を思いつかなかったら、犯人側はどうするつもりだったのか。

そして極めつきの疑問点が女性記者によって指摘されています。
 ・「隅の老人」によって犯人だと推定された人物の名前が『企業総覧』に載っているのは、なぜか。

そして、その取引先に問い合わせてみれば、間違いなく犯人が優良な経営者であったことは証明されるであろうとさえ「隅の老人」はいっています。にもかかわらず、彼はこの人物こそが犯人であると言い捨てて去っていきました。

というわけで、では「隅の老人」が立てた推理以外に、どんな可能性が考えられるでしょうか。
ひとつには、実は被害者であるシップマンが犯人である可能性があります。何らかの方法でクノップス家の盗難騒動を聞きつけた彼が自作自演の盗難事件を起こしたのではないでしょうか。ここで盗難をすれば少なくとも嫌疑は浮浪者にも向けられます。もし、盗難騒動自体が仕組まれていたのだとすれば、クノップスとシップマンの共犯説も浮上してきます。

それにしても、今回の「隅の老人」の態度は気になります。なぜ彼は疑問の余地を残したまま立ち去ったのでしょうか。

それで、もうひとつ考えられてくるのが「隅の老人」犯人説です。ただし、後半の浮浪者消失の一件などを考慮に入れると、彼一人で成し遂げることは無理だといえましょう。もし、彼に共犯者がいたとすれば、作中の登場人物の中での最有力者は・・・、おそらく家政婦です。クノップス家の「雑役婦の老婆」そしてシップマン家の「三人の召使い」。どちらも怪しくなってきます。

ここまで想定してみると、この度、女性記者が「隅の老人」に会うことをためらったのも肯けてきます。彼女は直感的に何か飛んでもない謎に巻き込まれるかもしれないことを予測していたのではないでしょうか。

「謎解き」のみならず「謎の発見」も楽しめる。それが「隅の老人」シリーズの魅力なのです。(また勝手なことを書いてしまいました。翻訳者の平山雄一様、再びお許しください。)

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