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パロディ小説(パラフィクション)「『スペイン岬の秘密』の不都合な真実」⑤(最終回)

(エラリー・クイーン『スペイン岬の秘密』の真相部分に触れておりますので、かならず作品を、できることなら越前敏弥先生と国弘喜美さんの新訳でお読みになってから、お読みください。)

      従者テイラーからエラリー・クイーン様へ宛てた手紙(5)

「ただ、ここでさらに恐ろしいことを推理せねばなりません。間違いなくエラリー様も充分にお考えになられたことでしょうし、たとえエラリー様が真相にたどり着いておられたとしても、間違いなく公表されることはなかった、もうひとつの問題です。しかし、私は私一人だけが貴方様の本当のお気持ちを理解しておることを表明するために、あえてここに書かせていただきます。それはローザ様に共犯の可能性がなかったかという問題です。最初にデイヴィッド様が仕組まれた狂言には、ローザ様を容疑者から完全にはずすという意図があったのは確かです。それでも不思議でならないのが、はたしてデイヴィッド様が、あれほど愛し大切にされてきたローザ様を、あのような恐ろしいめに合わせるものでしょうかということです。

また事件全体を通して、やや不鮮明なところが残ったのはローラ・コンスタブル様の死です。どうも崖から落ちたのは事故のようにも思われますし、はたして石を当てられたぐらいで人が崖から落ちたりするのかという疑問も残りました。犯人はマーコ様の細君ということで決着がつけられましたが、この後におよんで、マーコ夫人がローラ様を殺害する理由があったのかという点も疑問です。誠に恐ろしい話になってしまいますが、ローラ様が崖から落ちたとき、一番近くにいらっしゃったのは実はローザ様だったのです。

そうですね。私の想像が走りすぎているのかもしれません。このような話を申しあげるには、ローラ様の命が狙われる理由を先に説明しておかねばなりませんでした。間違いなくローラ様はマーコ様から脅されていたでしょうが、そのローラ様が一方でデイヴィッド様とローラ様の秘密を知ってしまっていたとしたら、どうなるのでしょうか。マーコ様の死を契機にして「強請られていた者」が「強請る者」に成り代わってしまった可能性があるのです。そういたしますならローザ様にもローラ様を殺害する充分な動機が存在してしまうことになります。ローザ様が犯罪者に成りうるような女性だったと考えるなら、最初のデイヴィッド様の仕組んだ狂言にもローザ様が加担していた可能性も浮かんでくるのでございます。

しかし、たとえエラリー様が以上のようなことに気付かれていたとしても、総てを我が身一つに背負っていこうとするデイヴィッド様の姿を知ってしまった以上、本当の真相を決して明かそうとはされなかったことでしょう。そのような貴方様の思いを、私としましても充分受け止めさせていただいているつもりではございますが、それでもなお、貴方様が隠し通されようとした真実には、さらに奥があるように思えてなりません。最後に、その真実について記させていただきます。どうか、ここまで失礼なことを書き連ねましたる、その付け足しとお思いください。

さきほどデイヴィッド様とローザ様が近親相姦だったのではなかったかと書いてしまいましたが、実はお二人の愛は近親相姦ではなかったのではないでしょうか。何を訳のわからないことをと・・・、いえ、貴方様は決してそうはお思いにならないでしょう。そうです。実はおふたりは本当の叔父と姪という関係ではなかったのではないでしょうか。それなら、おふたりの間に自然な恋愛感情が生まれても何の不思議もございません。要するにステラ様とデイヴィッド様が本当の兄弟(姉弟)ではなかったということです。では、デイヴィッド様とは何者だったのでしょうか。私にはデイヴィッド様と殺害されたジョン・マーコ様とが異様なまでに似ていたという点が気になります。デイヴィッド様とマーコ様こそが本当の親族ではなかったのでしょうか(本当の兄弟?)。もしこれでデイヴィッド様とローザ様に血のつながりがないことが明確になれば、おふたりは苦しむことはなかったでしょうし、何者からも脅されることもなかったでしょう。とはいうものの、例えば仮にステラ様が真実をご存じだったとして、それを表明するのは無理だったと推察されるのです。マーコ様は、あのような人物でした。マーコ様と同族であると明かすことが、またデイヴィッド様にとって、この上なき不都合(例えば、デイヴィッド様には犯罪者の血が流れているといったような)になった公算が大きいと考えられます。(もちろんローザ様がステラ様の本当の娘ではなかった可能性も存在します。その場合もローザ様に何らかの「出生の秘密」があることになってしまいます。)

「不都合な真実」から逃れるためには、さらに「不都合な真実」を明かさねばならなかった。このような悲劇的な構図が、ここにできあがってしまっていたと想像しています。重ねて申しますが、私がごとき者が想像できますことを、エラリー様が考えつかれなかったはずはないのでございます。「不都合な真実」を公表することが、さらに不幸しか生み出さないことを知る貴方様は、真実を隠し通すという決断をくだされたに違いないのです。先に述べましたように私の想像が単なる妄想でしかなかったら、どうか一笑に付して、この書面を破棄していただければと思います。今後も事件に遭遇されたエラリー様が、まさに人知れぬ苦悩を背負われることになるのは想像に難くありません。そんな折、ひとえに貴方様の苦悩に思いを馳せる老人がいたことを、ほんの少しでも思い出していただければ、このうえなき幸せに存じます。」

読み終えた手紙を折りたたみながら、エラリーはぽつりとつぶやいた。
「テイラーは総てを語った。されど、秘密は守られた・・・。」

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