書籍

『トカゲの人』 田島安江

『詩集 トカゲの人』
田島安江

四六判変形、並製、112ページ 
定価:本体2,000円+税
ISBN4-902108-39-9 C0092
 

トカゲの人

何もかも知っているふりをして
トカゲの姿をしたあの人が
庭をよぎる
ちらりとこちらを見て
だからもう夢はどこにも行かない
若いときよりもずっと過激に
人を愛することだってあることを
きっと誰も知らない
かなしみは年をとるほど深いから
愛だって深くなるから
心だけを
さみしい粉砂糖のように甘くできれば

不眠の夜が歩道に寝そべって
わたしの方をじっと見ている
鳥が鳴かないのは
鳥がいなくなったわけではない
鳥は眠っているだけ
おいで
ここにはないものがない
人にはなくても鳥にはあるから
鳥は歩く
鳥は飛ばない

鳥は歩かない
鳥は飛ぶ

鳥はわたしを見捨てない

ずっとむかしに
本を読んで過ごした
星の零れ落ちる小さな公園
いまは夜の片隅にうずくまったまま
マンションに囲まれて
ひっそりと虚無を抱え込む
どこからか小さな悲鳴が聞こえる
――いま、何をしているのか



【著者プロフィール】
田島安江(たじま・やすえ)
1945年大分県生まれ。
所属詩誌 「侃侃」「something」

既刊詩集
『金ピカの鍋で雲を煮る』(花神社・1985年)
『水の家』(書肆侃侃房・1992年)
『博多湾に霧の出る日は、』(書肆侃侃房・2002年)

【目次】

秋の遅い午後
木と鳥と
黒門橋
終着駅
絵空事の月
トカゲの人
記憶の水琴窟
眠れない夜の片隅で

**
海のにおい
蛇の住む町へ
ハンミョウ
ユリカモメ
野いちごの棘
死を食べ続ける虫
するりと虫が

***
泣き女
博多にぎわい通り
洗濯日和
狐の嫁入り
割れた卵
あちら側の家
槐の白い花がはらはらと

あとがき