書籍

『ぼくは手紙を書く』 福冨健二

『詩集 ぼくは手紙を書く』
福冨 健二

A5判変形、並製、104ページ 
定価:本体2,000円+税
ISBN978-4-86385-067-5 C0092
 

ぼくは手紙を書く

名刺も手帳も財布も
万年筆も本もノートも
ポケットの中に
カバンの中にきちんとある

鏡の前に立てば
鏡の中にはぼくが立っている

はち切れるほど膨らんでいたポケットは萎んでしまい
手にあまるほど重かったカバンは軽くなって
なによりもしなやかだった青年の筋肉は固くなり
みずみずしかった少年の皮膚は乾燥し
髪は白く
それなのに失くしたものがひとつもないなんて

ポケットを裏返しカバンをひっくり返せば
手帳はあちこち痛み名刺はわずか数枚
本は紙魚に汚れ財布は小銭ばかり
ノートの文字はぼやけて
万年筆のインクも残り少ない

鏡の隅まで指で磨けば
鏡の奥にはぼくの抜け殻が蹲っている

やはり多くのものを少しずつ失くしてきたのだ
これまでの道の峠や十字路に

ぼくは手紙を書く
間欠泉の衝動に突き上げられて
手帳のメモ
ノートの文字を頼りに
インクの薄い万年筆で
便箋が文字でびっしり埋まるまで
ぼくは手紙を書く
鏡の奥に蹲っているぼくの抜け殻に宛てて

朝になれば
番地のない手紙は
届けようもなく
机の上に重ねられていくばかりである
しかし手紙を書き終えれば
ぼくのポケットには希望が煌めき
ぼくのカバンには未来が灯って
蹲っているぼくの抜け殻には新鮮な血が脈打ってくる

今ではむしろ
手紙を書くために
ここまで来
ここまで来るために
多くのものを少しずつ失くしてきたように思えるのだ
 

【著者プロフィール】
福冨健二(ふくとみ・けんじ)
1944年 福岡県に生まれる
詩集 黄昏が森を照らすとき(葦書房)1971年
   樹と魚と(葦書房)1972年
   相似形(芸風書院)1986年
   遠い家族(初版・葦書房)1992年
   福冨健二詩集(選詩集・私家版)2002年
   遠い家族(新装改訂版・私家版)2011年
   個人詩誌「草の旗」(2007年2月創刊。現在15号)

【目次】
ぼくは手紙を書く
 窓の外の交通標識のそばに
 モンマルトルの夕日
 来歴
 ぼくは手紙を書く
 紅葉
 警告
 さりながら
 風説によれば
 亀
 毛虫
 空の奥に
 朝顔
 平凡な朝
 石を彫る

少年の日
 少年の日
 近くから遠くから
 走る家
 夏の少年
 空蝉
 正しい歩き方
 押しピン
 バイスクール
 五十一枚目の葉書
 待合室で
 想父景
 
あとがき