書籍

『引き潮を待って』 吉本洋子

『詩集 引き潮を待って』
吉本 洋子

A5判変形、上製、80ページ 
定価:本体2,000円+税
ISBN978-4-86385-062-0 C0092
 

引き潮を待って

こんなところにまで潮は満ちていました      
     
あなたの手に残された満潮のしるし
何処まで遊びに出かけたのですか

あなたと海沿いの町に生まれて
重なり合って辿り着いた寝台の傍では
今日も潮鳴りが聞こえています

細い管で潮鳴りを鎮める神事は
濁った音を立てながら
あちらこちらで催されます
腕自慢から見習いまで
誰に当たるのかはその日の運試し
今日も良い一日でありますように

排尿には問題はありません
なかなか引きませんね

呼応するように
潮が指の先まで満ちてくる
こんなにもたっぷりと薄い皮膚のすぐ下に
ずぶずぶっと私を埋没させる水脈があるなんて

呪術師を真似て両手を差し込み
ゆっくりと潮を押し戻す
潮は抗いながら肘関節までは退いてみせるがそこから先は
頑な意志を持って居座っているテロリストのようだ

リンパの流れに沿ってマッサージをしてください
ん? 銀波の流れに乗ってマッサージをするわけ
人の身体の六割は水だというから
このままだとあなたの中で溺れそうです

長期戦になりますから

幾度と無く波に押し戻され取り残されて
次の波を待っている間にも潮はあなたから湧いてくる              
   
先夜差し込まれた細い針の穴から
漏れてくる

病室の二十五時此処から先は
全てのものが別の成分にでも変化するのでしょうか
あなたから零れおちた潮が迷い船を招き入れる

だからあなたは
潮を汲みあげる柄杓を片手に
引き潮を待ちながら潮路を歩いている
内気な船幽霊です

 

【著者プロフィール】
吉本洋子(よしもと・ようこ)
1947 年広島県に生まれる
詩誌「孔雀船」同人 福岡県詩人会会員
既刊詩集 「午前一時の湯浴み考」

【目次】
引き潮を待って
石の胎児   
帰還   
喉に御座します   
逢瀬   
待っている人   
お作法について   
水辺に住む女   
間借り人   
あさきゆめみし   
蛍   
夢の縁   
新しい習慣
午睡の行方
黄昏月の間に   
この穴抜けられますか   
今様相聞   
飢えた冷蔵庫   
昼下がりの   
鼻の系譜   
御近所伝説   
行方しれず   
ふぁみりー